「第ニ章:失われたO/過去からの追想」
「ちわーっす……って、もう京太郎来とるんか」
「女性に待たされる趣味はあっても、女性を待たせる趣味はないんで」
「はは、その格好らしくてええ台詞やな」
水を勢いよく飲み干す江口セーラの、その快活さは変わらない。
その赤い目を不敵に輝かせてあたりを見回す彼女は、今では、特殊犯罪や特殊事件に対する警察官だった。
ぼさぼさと跳ねたライトブラウンの茶髪。後ろ髪は伸ばしているらしいが、今は纏めて結わえてある。
やはり活発的な気風のいい良くも悪くも男前の女性であるが――一度、丁寧に憧によって髪を梳かれたときは、どこにでもいる長髪の美女となった。
当人は二度とやらないと言っていたが、どうやら尾行に変装を用いる時などには使用しているらしかった。
「とりあえず、今回の件について手短に纏めるで?」
「お願いします」
「この――青山士栗が失踪したのは三日前。失踪届を出したのは、姉の青山和。
妹が姉に言わず急にどこかに行くなどと言う事はないので、そもそも帰宅しなかった当日に届を出したかったらしいんやけど――まぁ」
「一日で失踪なんていうのは、無茶がすぎますね」
「そーなんやなァ……ま、真っ当な警察なら動かへんな。実際姉の和も、知人にそう言われて待つ事に決めたらしい」
「……そこらへん、制度的な問題ですね。ひょっとしたらそれが命取りになるかも知れないとしても」
「わぁってる……やけどまあ、失踪者を一々受理してたら警察も回らんくなる。最低限、ある程度見させて貰わんとな」
「……ええ、俺も分かってます。無茶だってのは」
「家族がどう思ったって、結局ただの家出とか夜遊びってせんもあるからなァ……こればっかりは、警察じゃどうにもならんわ」
「ま、自分から言っておいてアレですけど……警察に出来ない事をするために、俺みたいのがいるんですしね」
「京太郎は身軽やもんなー」
「逆に不便もありますけどね。……どこまで行っても、私立探偵ですから」
「ま、そのために俺がおるんやけどな」
「……これ、警察と民間業者の癒着になりませんかね?」
「なら、コーヒー経費で落としにかかるか?」
「まさか。駄目ですよ、お巡りさんが法を犯しちゃ」
「俺らは取り締まる側やもんな。……今なら笛吹のおっさんが言ってた気持ちがよー分かるわ」
「まだ口煩いんやで、あの人」――とセーラが笑う。
どうやら件の眼鏡の警視(今は警視長で部長である)は、直接の上役である。
しかしその笑みが満更ではなさそうなあたり、いい関係なのだろうと思う。ひょっとしたらいずれ彼と結婚するかもしれないな――なんて。
まあ、十三歳差は色々ヤバそうだが(確実に男に向けられる目が)。
そうなったら、出来る限り祝福しようとは思っている。
(……和か)
失踪した少女の外見。そして、その姉の名前は京太郎の胸に言いようのない寂寥感を齎す。
結局あれから十年、京太郎は清澄メンバーを探せず終いだ。
探す手段など山ほどあるし、己が探偵業をしているというのもそう。だけれども手を出しがたい。
どこかでやはり、失うことへの無意識的な忌諱反応があった。正確に言うのなら、失ってしまったと明確に分かってしまうことへの。
どうにも感傷的な性質は抜けない。
それでも前ほど浸らなくなったのは大人になった証か。それとも単に、こうして人は痛みに鈍くなっていくのだろうか。
なんて思考を即座に打ち切る。
それよりはこの少女を見つけ出す事が先決で、彼女の姉の不安を拭う事が何よりも優先されるべき事。
「それで、どうするん?」
「そうですね……当座は聞き込みしかないですね。現時点じゃ情報が足らない」
「って言うと、街の情報屋と……それとこの、青山士栗の家族か? 俺らの方でも話は聞いとるんやけど……」
「俺の方からも、改めて聞いてみたいんですよ。……あとは学校の担任ですかね。クラスメイトから聞ければ万々歳だけど」
「中学生相手は、難しいな。そこは京太郎の腕に期待ってとことして……担任って言うと――」
天井を仰ぐ江口セーラ。
考えるのは不得意と言っている彼女であるが、それは「意味もない事を考えるのが苦手」であって、大事な場所は外さない。
特にこの手の仕事に関わる事、事件に関わる事なら猶更。
まさか担当教諭の名前を忘れているなどという事はないだろうが――。
そこで彼女は、詰まっていた骨が取れたかのように目を開いて、手を叩いた。
それから発せられた一言は、京太郎を驚愕させるには十分すぎる言葉。
「あれや。原村和やった、そうそう」
「――――。はらむら、のどか」
「な、教師と姉の名前が同じなんておもろいなー。事件が事件なだけに笑えんけど、おかしな偶然もあったもんやな」
そこから先の、彼女の言葉は耳に入らない。
幾度となく京太郎の頭の中では、セーラの発した言葉がリフレインされているから。
原村和が生きていて、いつの間にか教師としてこの街で働いており、そして――今回の事件の関係者。
生きていたのなら、せめて連絡の一つでも入れてくれたらよかったんじゃないだろうか。
――――これは京太郎も同じだ。和に対して自分の生存を伝えてない。
どうして巡り合う事がなかったのか。
――――これだけ狭くて広い街だ。自分と職業が異なる彼女が、出会う確率というのはそう高くない。
とにかく彼女は元気でいるのか。
――――教師をやっているのだから、そうに決まっている。
いくつもの問答を頭の中で行い、それを咀嚼し、同時に混乱し、そしてまた咀嚼するというルーチンワーク。
思う事は沢山あるし、言いたいことだって聞きたいことだって同じだけ。
彼女の十年、自分の十年――何があったのか、是非とも話してみたくて一杯になる。
だけどもそこで、自分を諌める。
確かに感傷的な性質であり、どうにも非情に徹しきれない一面もあるが――これは仕事だ。
実際に年頃の少女が一人失踪している。そんな事件。
その最中に私情を交えて思い出に浸り、過去に酔うなどとという事はあってはならない。
終わった後でいい。
この少女を見付けて真相を突き止め、それからの話でいい。
「……セーラさん」
「ん、どした?」
「アポイントメントを取って貰えますか? 青山和と、原村和それぞれに」
「……せやな。俺も同行した方がええかなって思っとってんねんけど、これからちょっとやらなきゃアカン仕事があるし……任せてもえーか?」
「一応、警察からの紹介ってことにしてください」
「りょーかい、や」
「まずはこの事件を見極めないと……これがただの家出なのか、事件に巻き込まれているのか。それとも……」
「……“そっち”の可能性にしても、件の士栗ちゃんがどうなってるかによる――ってとこやな」
「ええ。下手したら、被害者ではなく既に加害者のパターンもあり得るんで……。そこを見極め損ねると、最悪になる」
失踪者の探索に於いては、むしろそのパターンの方が多かった。――これまで京太郎が見てきた数々の事例では。
初めてそれに出会ったのは、探偵業もある程度続いてきたと思ったその日。
横流し品であるガイアメモリを使用したドーパントが起こす怪事件、或いは時より迷い込む逸れイマジンに当たるために探偵になった。
そんなある日だ。
音信不通になってしまった恋人を探してほしいという、そんな依頼。
仕事自体はいつもと変わりない。
かつて作った人脈を生かし情報を集め、そして推理して行動を類推する――それだけの話である。
しかし、いつものように進まない。まるで網に掛からない。
不審に感じた。人間というのはある程度の行動のパターンを持つはずなのであるのだが……。
そのあたりで、事件性が高いと京太郎は判断した。
初めは――言い方は悪いが、そのような強制的な自然消滅での破局という形を選んだというのもあり得るから。
しかしそれでも、全く以前の思考と同じ行動を行わないというのはあまりにも異常過ぎた。
監禁か、それともともすれば死亡しているか――それも考慮に入れるべきだった。
そして、まるでその人物と関係のなさそうな場所で遭遇したその女は――恋人である男から聞いた人間とは大きく異なっていた。
怪物に姿を変え、人を襲おうとしていたのだ。
ドーパントとは異なる力の持ち主。大きく隔たる怪物。
地球上の伝承の内にしか存在せず、この星にそのように刻まれた記憶はない。
となれば、契約した誰かのイメージによって実体を得る怪物イマジンか。
しかし――イマジンか、それとも……。
その時は辛くも撃退に成功したが、撃破には至らなかった。
それから京太郎は、問いかけた。
イマジンと言えば――彼女しかいなかった。
「お久しぶりです、小蒔さん」
「お久しぶりです、京太郎くん」
神をその身に降し、人と神を繋ぐ憑代となる巫女。
そんな生まれ持った特性と共に――彼女は“時を記憶する特異点”として、時間を守るために戦っていた少女。
心優しく、そして強い女性であった。
たとえ弱くとも、恵まれなくとも、運がなくとも何かを諦める理由にはならないと――そんな信念で戦った女性。
彼女は卒業と同時に、生家である霧島神宮へと戻っていた。その眷属である六女仙と共に。
そして以前と同じく、心霊的な事象の相談を受け付けていた。
その時に彼女は、ある事例と出会う。すなわち――。
「……ファントム?」
「ええ……。人の希望を喰らい、絶望へと導く――そんな怪物です」
魔力を持つ人間=ゲートの心にある希望を全て破壊し、絶望の淵へと叩き落とす事で――人はファントムと言う魔人として再臨。
ファントムは同族を増やすために人を襲い、人々の希望を踏みにじっていく。
それが去った後に遺されるのは絶望。希望という名の苗は枯れ果て、掘り起こされ、刈り取られる――心の終焉。
麻雀に於いてのオカルト能力というのは、ある種魔力に通づる――――というよりも、どちらも不可分なほど似ているし、ともすればオカルトというのは魔力の発現の形。
例えば神代小蒔はその身の上に神を降ろすし、姉帯豊音はその身の内に魔を飼っている。
どちらが先なのかは判らないにしても、とにかく通じ合うものらしかった。
「……なるほど」
「私たちは運よく、ファントムに変わる前の人を助ける事が出来ましたが……ですが」
「そんな力もないし、オーズとしての力を失ってる俺じゃ――太刀打ちできない、って言いたいんですよね?」
「……はい」
元より除霊などの超自然的な力を持っていた小蒔たちだ。
希望を砕かれ、あわや絶望に飲まれようとしていた被害者を助ける事ができたのは――彼女たちが、以前より手にしていた力の為。
勿論、京太郎にそんな力はない。ある筈がなかった。
それどころか京太郎は――オーズという、小蒔やセーラと共に戦っていたときの、欲望を力に変えて戦う戦士としての力を失っていた。
欲望と希望というのは、実に似ている。
生きるうちに何かを手に入れたいと思う事や、或いは守りたいと言う事――つまり自分の希望を叶えたいと思うのは得てして欲望。
希望と絶望が不可分のように、希望と欲望もまた密接に関わっている。
かつてオーズとして戦っていた京太郎は、欲望の強大さを知っている。
その力は容易く空間を引き裂き、雷を巻き起こし、音を置き去りにし、瀑布をしたため、重力を操り、火炎を撒き散らした。
地球上のあらゆる兵器の及ばぬ――人間の力では並ぶこともできないほど強大なパワー。
ならば、そんな希望と天秤の真逆に属している絶望――そしてファントムの力は、推して知るべし。
しかし本質は、そこではない。
小蒔のような力があれば、絶望に飲み込まれかけた人を救う事が出来る。
或いは失ってしまったオーズの力があれば、もしかしたら希望が全て失われるという事に歯止めをかけられたかもしれない。
でも――そのどちらも、京太郎にはない。
「だけど……小蒔さん。俺は、仮面ライダーなんです」
「……」
「たとえオーズとしての力を失っていても……俺はあの日誓ったんです。最後の希望だ、って」
「……京太郎くん」
「だから……、絶望なんてものがあるなら――――誰かから希望を奪い、絶望を与えようとする奴がいるなら……」
「……」
「俺は、戦う。須賀京太郎として……、仮面ライダーとして……」
この身一つになっても、悪と闘う――。
勿論、自殺願望はない。あくまで心構えの話だ。簡単に死を選べるほど、須賀京太郎の命は安くないのだ。
交わした約束もあるし、護りたい人間だっている――何よりも自分自身、死にたいはずがある訳なかった。
だけどそんなのは、皆同じだ。
ドーパントに襲われる人間。イマジンの改変によって消滅する人間。ファントムに陥れられる人間――皆京太郎と変わりない。誰もが明日を望むのだ。
だからこそ、護りたい。
仮面ライダーオーズの力があろうとなかろうと、そんな気持ちは変わらない。
人間の自由と尊厳を踏みにじり、舌なめずりをして牙を光らせる――絶望をほくそ笑む悪魔など、許せる筈がなかった。
「……相変わらずですね、京太郎くん」
「すみません……でも」
「うん、いいのではないでしょうか。京太郎くんらしくて――素敵だと思いますよ、私は」
「……ありがとうございます」
困ったように零す彼女に、苦笑で返す。
相変わらず、神代小蒔という人は――京太郎にとって姉のような人だった。
弱いからこそ、強さを諦めない。
逆に、強さを言い訳に何かを捨てる事がない――そんな、尊敬できる女性だ。
「では、二つほど――簡単にそちらに行くことができないので、京太郎くんに気を付けてもらいたいことがあります」
「なんですか……?」
「京太郎くんでは、《絶望による崩壊》が始まってしまったとき……止める事ができません。だから、その前に食い止めないと」
「早期発見、早期解決……判りました」
「それと、くれぐれも無茶はしない事! 言い方は悪いですが……そうなってしまった時には、諦める事も考えてくださいね」
希望を満たされ、絶望を与えられた時――正しく卵から雛が孵化するかの如く、ファントムは生まれる。
そしてその、殻であった人間は罅割れて、そして弾き飛ばされ死に至る。
比喩ではなく、現実としてそんな現象が巻き起こるらしい。物理的に。
除霊などを用いれば、ともすればそんな現象は止められるらしい――だが。
「……小蒔さん、探偵ってのは――――諦めが悪いんですよ」
「京太郎くん!」
「……。……そういう小蒔さんも、もう電王として戦えないんじゃないんですか?」
「……私はまだ、ライダーとしての力がなくなっても――モモさんたちと別れても、払う事が出来ますから」
「……。……まあ、二つとも分かりました。憶えておきます」
その時の会話を思い返す。
あれからも、時間が経った。時折彼女と連絡は取っている。
その中で判った事だが……何とも皮肉なことに、イマジンやドーパントの存在が、ファントムへの対抗手段となってしまっている事実があった。
イマジンは願い=希望を叶える。
つまりイマジンにとって希望を破壊されると言う事は――破壊するファントムというのは、利益を損なわせる敵。
宿主がファントムに変化してしまったら――言わばイマジンと契約した、人としてのその人物も死する為――彼らにとっては邪魔者なのだ。
戦いは以前よりも、複雑さを増していた。
倒すべきかそうじゃないのか――そんな判断すら、綺麗に決まる事もない。
「それじゃあ……あとは任せてええか?」
「ええ。……まぁ、逆にこっちが後で頼る事になるかもしれないですけど」
「ははっ、なら――お互い様って奴やな」
「ですね」
笑いあいながら、手を上げて別れる。
直後に会計を済ませた京太郎は、歩きながら方針を作り上げていた。一刻も惜しい。
情報は得た。
ならこうしている間にも、事件は動き出しているのだ。速やかに行動に移るほかあるまい。
件の青山士栗がもうファントムとなってしまっているのなら、新たな犠牲者を生まぬ為にも――。
或いは、青山士栗がファントムに狙われているのならば、一刻も早く彼女の身柄を確保する為にも――。
(……ってなると、和か。すぐにでも家族に面通ししたいけど、いきなり俺一人で行くよりは担任でも一緒に行ってくれた方がいいよな)
心理的な警戒の度合いだ。
和は京太郎と以前の知り合いであり、また、教師だ。仕事上の関係以上の気持ちを生徒には抱いているであろう――それが都合がいい。
警察からの紹介で来たと言ったならば、おそらくはすんなりと受け入れてくれるはず。
だが、失踪者青山士栗の姉はそうもいかない。
身内が居なくなった異常事態への動揺もあるだろう。そんなところの、「警察の紹介だ」と私立探偵がやってくる。
間違いなく――いくら専門家だと言ったところでも、不信の目は拭えないであろうし、ともすれば警察が丸投げしたとも思うはず。
そこに、担任の教師が居れば多少なりとも反応は変わるはずだ。
少なくとも一人でホイホイと顔を出すよりかは、よっぽどマシだ。
(それにしても……二人とも和って、なんか紛らわしいな)
のどっちだけに、どっちも。
なんて言っても笑いが返ってくる筈はない。或いは新子憧なら、「馬鹿じゃないの?」と頭を叩いてくるだろうか。
そんな彼女の様子を思い返して笑いを零し、心を落ち着けたところでイグニッションキーを捻る。
目指すは、スマートブレイン学園中等部だ――。
◇ ◆ ◇
一歩ごとにリノリウムの床が、来客用スリッパと相俟って張り付くような音を立てる。
スマートブレイン学園中等部。
清潔な校舎。内側の壁は白く落ち着いていて、単なる学び舎というよりはもっと高尚なものを感じさせるほど。
ただ今は授業中。時折にぎやかな笑い声が響いてくる。
アポイントメント自体は、すんなりと受け入れられた。警察からの依頼――勿論前後関係を明かした――ところ、教頭から、逆に頼まれた。
どうにも話を聞く限り、青山士栗というのは悪い遊びに手を出すような人間ではないらしい。
それだけに教師としても事件性を心配している――調査については、向こうから申し出たいほどだと。
或いは、卒業生だけに警察よりも融通が利くと思ったのか――まあ、互いに悪い話ではなかった。
校舎を見て回る。
授業中である為、特に得られるものが多い訳ではないが……。
雰囲気としては、京太郎の知る普通の学校に近い。この街での普通と言うのは、他と異なっているが……それにしても。
特段校舎内で喫煙や飲酒、或いは合法・非合法のドラッグが蔓延していると言った様子はない。
まあ、どこにでも跳ねっ返りやカーストというのはあるもので、それはこの学園にしても例外ではないだろうが――。
一先ず、荒れてはいない。
それが確認できただけで、いいだろう。
それから、元の応接室に戻る。
離席していた原村和は、折よく今日は授業が入っていないらしい。
その呼び出しまで待っていてくれという話だったが――生憎と断って、こうして校舎を見回る事に決めた。
若干の警戒を滲ませながらも了承した教頭は、とにかく早期の解決を願っているようであった。
そして、扉を開いたそこには――
「……えっ。……もしかして、探偵というのは?」
「久しぶりだな、和」
軽く手を上げて、笑いかける。
その鳶色の目を見開いていた彼女――桃色の髪を一房、側頭部にて赤いリボンで結わえて、腰まで伸ばしていた女性=原村和は、応じるように小さな笑いを零した。
相変わらず、いや、ますます美貌に磨きがかかっているようであった。
当時はどちらかと言えば温和な、護りたいという印象を受けるような表情であったが……今はそこに年相応の静謐さが含まれている。
なるほど、教師だと言うのも分かる責任感に満ちた顔つきだ。
長らく顔を合わせていなかっただけに、彼女に対する印象の変化に、些か戸惑うものが残るのもまた事実だ。
その、特段一目を集めるであろうスーツの上からも分かるほど盛り上がった乳房の前で、祈るように両手を握った和が窺うように眉を上げた。
「須賀君……そちらこそお元気でしたか?」
「まあ、それなりに。……和の方は?」
「元気……と言えたら、よかったんですが」
ま、だろうな――と思う。
生徒の突然の失踪に、眉を顰めぬ教師がいるはずがない。
互いに言いたいことは色々とあるものの、肩をすくめて手帳を取り出した。
早速、仕事に取り掛かるとしよう。
「……じゃあ、素行的には問題がなかったのか」
「はい。……青山さんに限って、悪いグループと付き合っているとか、夜遊びとかは。連絡を入れない、というのもおかしいです」
「そっか、ありがとう。……なるほどな」
つまりいよいよ、ファントムがらみである線は濃厚になってきた訳だ。
或いはドーパントの犯罪者に捕まったか、それともイマジンとの契約の影響で――その願いに絡む被害者となったか。
もしくは単純に、犯罪に巻き込まれたか。
なんにせよ、事件性が高いと認めざるを得ない。喜ばしくないことに。
「何か、悩みとかはあったりしないか? 家庭環境とか、校内のグループとか……勉強とか」
「……いえ。いつも快濶としていますね。友達は、特に仲が良い子が二人ほど」
「運動が苦手とか、そういうのは?」
「……体育教師顔負けです。元々は、私たちみたいに長野で育って……山で遊んでいたそうなので」
「山育ち、ね……どこも一緒なのか、山育ち」
「え?」
「いや、こっちの話」
そう言えば京太郎の知る限りでもかなりの身体能力を持っている高鴨穏乃(山育ち)と、和は友人であったと聞く。
ちなみに高鴨穏乃は新子憧の友人で、原村和も同じだ。小学校の一定時期から中学校なので、幼馴染に近いかもしれない。
憧からは、「元々麻雀で全国大会を目指したのも原村和と再会するため」だとか。
……教えてあげたら、彼女も喜ぶかもしれない。原村和が生存していたことに。
「どちらかと言えば、正義感も強く……負けず嫌いな方で」
「負けず嫌い……か」
負けず嫌いな人間――いわば困難の内に合っても好戦意欲を保てる人間というのは、本質的に強い。
それが生来的な資質にせよ、あるいは後天的な環境にせよ、得てしてそういう人間というのは悩みがあっても自分で乗り越えられる。
或いは、障害というのは突破するためにある――だなんて嘯くかもしれない。
となると、人間関係による悩み。修学に対する悩み。ないしは健康に関する悩みというのは不適当であろう。
彼女を絶望させるとしたのなら――きっと手間だと思う。
資料にあったが、彼女の祖父の一人はノルウェー人、だそうだ。
士栗という中々一般的でない名もそのあたりに由来していて、それが故に衝突や軋轢というのも少なからずあっただろう。
そのあたりで排除されるというのも、あり得ない話ではない。
「その、間違っていると思ったのなら……或いは上級生とも衝突する事もありますが、基本的に優しい子で」
「……」
「そうですね。……喧嘩していたはずなのに、ちょっとしたらその相手と笑い合ってるというのもあります」
「……なるほどな」
話だけ聞くなら、皆に愛されている娘だろうが――。
特に仲が良いのが二人――という言葉には、多少なりとも引っかかる。
逆に言ってしまうなら、皆の輪に溶け込んでいる訳ではない……という言葉の裏返しともなるのだ。
まあ、額面通りに受け取っても問題ないかと考えてみる。
聞いたところの人物では、たとえそんな状態でも絶望しきることはないだろう。
別に、友達が百人いるから孤独でない訳ではない。
話す相手も遊ぶ相手も多いが孤独感を味わっているという人間もいるし――逆に、一人でも平気な人間はいる。
単純な数では、図れない問題だ。
ただ、正義感の強さと人間性の良さが、友人関係を保障してくれる訳ではない。
特にこの時期はそうであるが、中学生ほどの多感な年齢に於いて、“正しさ”は即ち“良さ”とは結びつかない。
逆にそんな“人の好い”態度で在ったり、“正義感”が疎まれるという話も、往々にして成り立ちえる。
もっとも、京太郎は別に学習指導の専門家ではないし――。
担任教師であるのがこの原村和である限りは、それが故に排斥されているというのは特に考えずともよいか。
特に和も、その青山士栗ほど活発ではないものの……似通ったところのある少女であったし。
「……よし、分かった。頼みがあるんだけど、いいか?」
「なんでしょうか? 私に出来る事で、青山さんが見つかるなら――なんでもします!」
「……じゃあ、その青山士栗の家族のところに行きたいんだけど。付いてきて貰えるか?」
「判りました。今すぐ準備しますけど……その」
教頭に伺いを立て、了承のサインを貰って部屋を出る和。
静かにメモを取り出して、青山士栗に関する情報を改めて整理する。
こうしていると確かに、家族や周囲が受ける衝撃は相当なものであったろう。今のところ、自分から失踪する理由が見られない。
――或いは、彼女本人ではなく彼女の周囲にゲートがいるのかもしれない。
そう考えながら京太郎は、メモ帳を閉じた。
ファントムは、ゲートを絶望させるために手練手管を用いる。
そのために無関係な人間を攫う事や、或いは殺す事など毛ほどにも思っていない――どころか必要と褒め称えるだろう。
ならば、士栗本人ではなくたとえばその友人や姉がゲートという可能性もあり得た。
聞く限りでは身体能力に優れる為に、単純なる事件に巻き込まれたという可能性が減っていく。
何事も決めつけるのは、探偵としてご法度であるが……。
それでもこうして様々な証拠が並べ立てられるに従って、京太郎の内で、ファントム絡みではないかという思いは強くなっていくのだった。
「須賀君は、どうして探偵に?」
「……んー、まぁ色々あったけど。それでも、なんか困ってる人の役に立てたなら、それっていいよなーって」
「……須賀君らしいですね」
「和は?」
「私の将来の夢は、小学校の先生かお嫁さんだったんですよ?」
「本当か!? もっと、バリバリ両親のあとを継ぐか……麻雀プロにでもなるのかと思ってたけど」
「……どんな目で私の事を見ていたんですか?」
ハハハ、と力ない笑いで返す。
到底男に興味がある風ではなく、目下気になっているのは麻雀のみ――というある種のストイックさの持ち主。
ただ、だからと言って感情に乏しいとかコミュニケーション能力に難があると言った事はなく、京太郎とも普通に接していた。
あと、実は、私服は少女趣味で……麻雀の最中にも、エトペンと呼ばれる縫ぐるみを膝に抱いて卓に臨んでいたので、そういう面はあるのかも知れなかった。
なお、当時京太郎はそこはかとなく和の事を「いいな……」と思っていた。
明らかにスタイルが良く、美人で、おしとやかで、何かの真剣さや信念を持っていたからだ。
……まぁ、あのオカルトに対して頑なな態度は、内心どうかとも思ってたが。
それも、昔の話だ。
「結局は中学校の先生になっちゃいましたけど……これも、いいものですね。誰かに、何かを教えるっていうのは……凄く」
「へー、まぁ……清澄のときも、和には何回か教えてもらったよな」
「……ええ。随分ともう、昔のことになってしまいましたけど」
しんみりとした言葉に、京太郎は唾を飲み込んだ。
やはり――思い出を思い出として消化する為に、彼女は過去との関わりを絶ったのだろうか。
そうして整理をつけて前に進もうとするのが、和なりのやり方なのかもしれない。
小さく喉を鳴らして、そんな空気を払拭する為におどけて見せる。
「それにしても、先生か……俺は逆に教えられてばっかりだな」
「探偵さんなら、確かに教えて貰わないとどうしようもないですよね」
「そうなんだよな。……なんか、いつまで経っても生徒みたいだよなぁ」
「ふふ、なら課外授業でもやりましょうか?」
女教師、原村和。
眼鏡を上げて、しかも何故かセーラー服で――と。なかなか魅力的な提案だ。
が、残念ながらその申し出を受けるわけにはいかないし……。
ましてや仮に、よしんば冗談で飛ばしたところで……憧から「浮気とか信じらんない。最低!」と言われるだろう。
ひょっとしたら、殴られるかもしれない。それは御免だ。思った以上に、憧の拳は痛いのだから。
「それじゃあ、部屋の方を見せて貰っても?」
原村和同じく、和という名前の少女の姉――青山和に頭を下げる。
やはり、青山士栗が和に似ていて……そしてその姉妹だけあって非常に、二人とも似ていた。
服装を変えれば、親しい人間以外は騙せるのではないだろうか――などと思うほど。
これが映画や演劇の世界だったら、一々演じる役者が大変だろうな……なんてくだらないことを考えるぐらいに。
きっと巧みにカメラワークを駆使して、上手いところ二人が同じところに立つシーンを撮影するであろう。
「須賀さん……あの」
「……大丈夫です、青山さん。妹さんは俺が必ず見つけ出します」
しっかりと目を見て――これは本心だ。
多分、探偵だろうと探偵でなかろうと変わらないだろう。
頭を下げて、二人を連れて士栗の部屋へ。
男が無断で少女の部屋に入ると言うのは――――今は緊急事態である為、仕方ないにしても――――あまり褒められた行為ではない。
その姉が付いてきたいと思うのは当然であるし、手持無沙汰になる和が同行するというのも頷けた。
本当のところを言うなら、仕事である以上は他の介在をさせたくないものであるが……。
家族の反応や、円滑な捜査の為であったなら受け入れるしかない。
そのあたりは、警察と違って強気には出られないのが悲しいところである。
士栗の姉から、解説を受けながら部屋を除く。
年頃の少女という割に、あまり少女趣味が見られるものは少ない。
唯一と言ったら……デフォルメした白猫の上半身に、白蛇の下半身を合わせた縫ぐるみ――確か、セアミィと言ったか。
以前見覚えがあるこれ、実は流行っているのだろうかなんて考えながら視線を移す。
……特に、一際強く景色に映り込んだ物体に。
「これは……舞姫コンビのポスターか」
戦友――白水哩と鶴田姫子は、麻雀プロになっていた。
あのとき背負わされた十字架を乗り越えて、見事彼女たちは新しい人生を獲得した。
テレビに映り日本中に広められるその姿は、言わば人々の希望である。
そんな彼女たちは京太郎の誇りであり、一片でも彼女たちの人生に関われた事もまた、誇らしい。
同時にプロになったのは、片岡優希と南浦数絵。
彼女たちも――コンビ。それも、哩と姫子と同じ立場である。
そこらへん、何とも因縁深いんだな……と思う。この間だって、コンビ麻雀戦で鎬を削っていた。
どちらが日本一のコンビか、それを証明しようというらしい。
しかし、これが意味するところに――京太郎は半ば背筋が寒くなるものを覚えた。
ファントムは、ゲートと呼ばれる人々を絶望させ、ファントムを生み出そうとしている。
そこでは人の希望を踏みにじられることが当然の如く発生し、その為の姦計が張り巡らされる。
となれば。
青山士栗が哩と姫子のファンだとするなら――彼女を絶望させるために、哩と姫子に魔の手が及びこともあり得た。
しかし、当人にとって容易いものであってはならない。
まさに絶望を与える為の乾坤一擲で、相応の希望でなくてはならない。
故に、青山士栗にとってどこまで哩と姫子が重要であるか――という話だが。
「……やばいな、これ」
部屋を見渡した。
その限りで存在していたのは、舞姫。或いは都市伝説の本。
そこまで調べているのか――相当にコアだと、京太郎は小さく笑いを零した。
白水哩と鶴田姫子は、かつて仮面ライダーWと呼ばれる戦士だった。
彼女たちは、自身らを攫い改造したミュージアムへの復讐の為に戦い、その途中で京太郎と衝突した。
紆余曲折の末に、彼女らと手を取る事になった京太郎は――お互いを助け合い、そして囚われていた哩と姫子の友人を救出した。
同時にまた、京太郎が絶望に飲まれかけたときに、彼女らに助け出されたと言うのもある。
かけがえのない仲間だが――今はそこはいい。
ミュージアムと、そしてそのミュージアムが販売する怪人製造機のガイアメモリ。
ガイアメモリが生み出したドーパントという怪人と戦う際に、彼女たちが用いていた方法。
それは、依頼と検索。
先ほどコンビ麻雀プロとして話題に上げた、南浦数絵=地球の本棚――検索エンジンの全地球版だと思ってほしい――が検索をかける。
その対象は、この街にある森鴎外の舞姫。
被害者或いは相談者が舞姫に助けを求める紙を挟む事で、彼女たちは事件を知りドーパントを調べ、そして戦闘する。
曰く――経験を積むためというのと、ミュージアムに自分たちの存在を知らしめるため。加えるなら、ミュージアムの被害者を減らすためだそうだ。
まさか、そこまで知っているとは――。
つまりは哩と姫子が仮面ライダーであると確信には至っていなくとも、彼女たちと「舞姫」そして「仮面ライダーW」に辿り着いているとは。
これはちょっとしたファンでは難しいだろう。相応に、熱意を持っているという事。
確かに、この学園の都市伝説を調べれば「舞姫と怪人と仮面の男」に行き着くのは難しくない。
哩と姫子はこの学園の出身であるから――そこから辿れはするだろうが、関連付けるというのは些か困難。
「……悪いな、和。――ってああ、違います、青山さんの方じゃなくて」
「なんでしょうか?」
「ちょっと心当たりが出来たんだ――悪い、急がなきゃいけない」
「判りましたけど……その……」
不安げに瞳を揺らす和に、頷いて返す。
「何か判ったら、そのときは連絡する。――青山さんにも、勿論」
どこまで話していいのか――そんなのは、その時に考えて決める。
帽子を改めて被り直し、そのまま飛び出した。同時に、スマートフォンを操作して連絡。
これから向かう、仲間のところへ。
そして、事件を共に解決する立場である、新子憧と江口セーラのところへ。
「すみません、あの、俺です! 京太郎です! ちょっと二人にお願いがあるんですけど――」
幸いにして、電話はすぐに繋がった。
麻雀プロというのは人気職業であり、簡単に掴まったり予定が空いたりするものではない。
この街に来ていて――そして、イベントに臨んでいると言う事だった。
何とも実に、都合がいい。
あとは――逆に言えば、チャンスであるがピンチとも言えた。
青山士栗がゲートであるなら、その希望ともいえる白水哩と鶴田姫子が狙われる可能性だって、格段に上昇する。
こうしている間にも、彼女たちは襲撃を受けるかもしれない。
イグニッションキーを勢いよく捻り、ヘルメットのバイザーを降ろすとともに急発進。
あまり褒められた方法ではないが、とにかく今は――先へ。
◇ ◆ ◇
そして京太郎がその場に駆けつけていたときには――既に事件が起こっていた。
逃げ出してくる人の波。
時折車道に食み出そうとしているそれを躱しながらバイクを走らせるが、しかし京太郎が回避したところで渋滞は生まれる。
思ったほど、バイクが進みそうにない。ここが限界か――と臍を噛む。
赤信号、止まるタクシー。鳴らされるクラクション。急ブレーキのトラック。
倒れる自転車の女性。何事かと呆けるコンビニの店員。首を傾げる大学生に、サラリーマン。
人の群れが逃げ出してきたその方向は、公園。
公園でイベントをすると言っていたので――間違いなく、白水哩と鶴田姫子が狙われていると考えてよいだろう。
どうするか。
公園の大きな石畳の通路には、未だに人の流れが出来ている。
よしんばバイクを降りたとて、この流れに逆らうのは一苦労だ。
……仕方がないと、溜息を漏らす。
「……悪いな。見逃してくれよ」
誰に対するわけでもなく呟き、バイクを急加速。
後輪の爆発的な膂力に逆らわず、ハンドルを引き上げウィリー。そのまま、公園を囲むフェンスを飛び越える。
着地しようとしたその瞬間――完全に現れる木の枝を、頭をよじって回避。
落ち葉や枝が形成した腐葉土が、バイクの衝撃に耐えかねて盛大な煙を上げた。
構わず疾走。
枝にハンドルを取られそうになりつつも、車体を捻ってバランスを。
林を走行する自分を尻目に、批難を続ける人々の先を見る――おそらくは、あのあたり。
(――哩さん! 姫子さん!)
――居た。
グールと呼ばれる、ファントムの持つ尖兵。
正しく石と言える体色の所々に金色のラインを入れた、怪人。その額には金の角が二本覗き、顔にはスリットの入った仮面。
その無表情さこそが、何よりも雄弁に人間と彼らの間を隔てている。
対するは、二人の女性――白水哩と鶴田姫子。
白水哩は深緑の長髪を、向かって左側だけ垂らしている。背後で二つに結んだ髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。
麻雀プロとしていても、昔培った戦士としての勘は薄れてはいないらしい。
相手の持つ武器を奪い取り、巧みに立ち回っていた。その真紅の瞳が、凛として灯る。
相変わらずの短いスカートから除いた上段蹴りが、グールの頭部を弾き飛ばしていた。
「部長!」
哩に迫った槍の穂先を、横から蹴りつける一つの影。
鶴田姫子――赤色がかった茶髪のセミロング/薄緑の瞳/長い下睫毛が小悪魔的な風情を浮かべる。
相も変わらず袖口を弛ませた灰色のカーディガンから、指先が外界と僅かに触れ合う小さな手。
その手が、グールの顔面を真芯でとらえるが……ほんの少し身じろぎしただけで、未だ顕在。
奮戦虚しく、やがて追い詰められる。
さながら古代ローマのアリーナを小さくしたかのようなステージの隅へ。
そこへ、京太郎のバイクが躍り込んだ。
二人を追い詰めようとするグールを跳ねのけ、バイザーを上げる。
「……お待たせしました」
「京太郎!」
「きょーたろ君!」
「あとは、俺がやります!」
バイクの衝撃にも健在なグールを見て、京太郎は好戦的に頬を釣り上げた。
「握手会なら後にしてくれ。忙しいんだ」
呟いた須賀京太郎が、懐から取り出したるのは――異形の銃。
赤を基調とした、角ばった近未来的な拳銃。ともすれば玩具や映画の撮影道具にも思えるだろうそれ。
グリップとトリガーの手前には小窓。その先には、アサルトライフルのマガジンを思わせるような斜めに生えた突起。
しかしこちらもまた、銃口である。
たった今火を噴いた黒い銃口の斜め下に存在しているそれは、連動するギミックを搭載し、京太郎がその気になれば即座に爆裂するだろう長方形。
哩と姫子を背後に庇い、京太郎は単身グールの群れに踊りかかる。
右手の内で暴れるマグナム。放たれる弾丸が、グールの胸で跳ねた。
怯んだそこに浴びせられるのは、左足での痛烈な回し蹴り。
グールの頭部を跳ね飛ばし、しかし止まらずに半回転。迫る右の踵が、よろけるグールの側頭部に突き刺さる。
迫り来るグールに、敢えて京太郎は近寄った。
繰り出される槍の横薙ぎを潜り避けて、相手の左足の甲に射撃。
砕ける装甲。呻くグールに構わず殴りあげ、後続のグールに叩き込む。
さながら、プロレスの試合で弾き飛ばされる相方に巻き込まれたパートナーよろしく、揃ってロープ際――壁へと追い詰められる。
瞬間、京太郎は転身。
銃を放り投げ、右手で背後のグールの槍の側面を叩いて攻撃を往なし――左アッパー/右フックのワンツー。
踏鞴を踏むグールに背を向けて、落下するマグナムを右手で受け取り――ダブルタップ/トリプルタップ。
脇の下を通して、標的を視界に収める事なく連続射撃。その目は、新たなグールを捉えていた。
前方から襲い掛かるグールの拳を、首を捻って躱す。薄皮一枚。
直後に胴体に接射。一切の距離なく弾ける弾丸に、突き動かされるグール――目掛けて米噛みへの左の肘打ち。
返す刀で裏拳を浴びせ、続いて顔面での接射――電流が走ったように震えた後、沈黙するグール。
「うおっ、っと」
袈裟懸けに振り下ろされた、右腕が肥大したグールの一撃。
バックステップとダッキングを駆使しながら――躱す/躱す/躱す/躱す/躱す。
その間も腰だめで、さながらダンスの為の演奏が如く砲声を上げるマグナム。
機先を制し、初動を殺し、速度を砕き――偏に京太郎が回避しているのも、これが理由。
積み重なるダメージに、グールの膝が居れた。
そこへ飛びかかる、両足での飛び膝蹴り。
さながら肩に跨るかのようにグールの顎を打ち砕き、同時に挟み込む形で両肘が振り下ろされる。
人間なら頭蓋が陥没するだろう衝撃に、たまらずグールは膝を折る。
飛び退いた京太郎のステップからの痛烈な横蹴り。壁際から復帰しようとしていたグールの真ん中に躍り込み、そのまま彼らを引き倒した。
そして京太郎が懐から取り出した長方形の――ガイアメモリ。
クリアーな赤のボディに刻まれているのは、爆弾を思わせる「B」の文字。
これがボムメモリ。仮面ライダーオーズとして戦う力を失ってしまった京太郎の、切り札。
確かに生身で彼らとやり合うのは、無謀が過ぎる。
一撃でも受ければ――ともすれば骨が砕け、肉が裂かれ、それだけで絶命する。上手く受けたところで、痛烈な打撲は間違いない。
また彼らの装甲は、拳銃弾をも通さない。
言うまでもなく生身の拳では、人類最強のヘビィ級ボクサーとて拳銃弾並み。
しかも拳の面積は弾丸のそれよりも広いので、貫くと言う意味では拳銃に足らない。
言うまでもなく京太郎は、ヘビィ級ボクサーでもなければ人類最強でもない。
その身の持ちうる攻撃を動員しても――最も強固で鋭い肘骨や膝を打ち込んでも、破壊力には開きがある。
しかしながら、怪人からの攻撃を受けて絶命しないためには――ただ躱せばいい。
当たらなければどうということはないという真理。
縦横無尽、変幻自在に緩急を織り交ぜれば、たとえ生身に出しうる速度だとしても惑わせてこれを回避するには十分。
そして生身で敵の装甲を貫けないのなら、武器を持てばいい。
それがこのマグナムであり、そしてこのガイアメモリだ。
「これで、お開きだ」
――《BOMB》!
――《BOMB》! 《MAXIMUM DRIVE》!
タップされたガイアメモリ。
囁く地球の声に耳を傾けつつ、マグナムへと挿入――同時にさながら弾倉めいていた銃身を掴み、斜めに引き上げ。
嵌り込む音と共に慣らされたのは、最後を告げる音声。小窓に浮かぶはBの文字。
直後、唸りを上げる銃身。放たれた光球が、グールへと迫り――分裂。
それぞれが立ち上がりかけたグールに激突し、爆炎を撒いた。
これが《爆発の記憶》を収めた、ボムメモリの力だ。
「……ふう」
拳銃を一回転、そのまま懐にしまう。
額に滲む汗を拭いながら、思考に戻る。
哩と姫子が狙われたということは――ここに来て真実、青山士栗はゲートであり、そして未だにファントムには至っていない事を告げた。
つまり、まだ間に合う。
フィナーレには遥かに遠い、ということだ。
(……待っててくれ。必ず、俺が助けるから)
静かに拳を強く握る。
人の希望を奪い、絶望を与えて――そして怪物を作り出すなど、到底許せるものではない。
奪われたならそれ以上の希望を持って、絶望を吹き飛ばせばいい。
あの夜から受け継いだ思いは変わらない。
――俺が、最後の希望になる。
青臭いと言われようと、筋違いと言われようと……こればっかりは譲れないのだ。
オーズとしての力を失ったとしても、全てがフイになった訳ではない。
鍛えた技術と勇気と信念があれば、人の身に圧倒的な絶望の怪物とだって戦える。
「……憧に連絡を取りますから、事件が終わるまで外出とかは控えて下さい」
「そいはよかと……。そいよい、強か男になったな……京太郎」
「そりゃあ、まあ……色々と守りたいものが増えたんで」
スマートフォンをタップして、新子憧にコール。
京太郎は調査を進ませなければならぬ以上、ここで頼りにできるのは彼女以外の誰もいない。
すぐさま、彼女は呼び出しに応じた。
二三言告げれば、即座に返る了承の声。
伊達に仕事慣れはしていないというのもあるし、それよりも彼女と自分の長らくの付き合いの賜物である。
「そいよい、聞きました? ぶちょー」
「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ(キリッ)』……変わるもんやな、京太郎も」
「そーですか? 前から、色々格好つけしか男やったかとー」
「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ』……なんかツボに入りよるかも」
「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ(ドヤッ)』ですから、そいは勿論ツボに入ってん何の可笑しくなかとですよ」
「……やめてくれよ。ねえ、泣きますよ?」
このキャラ付、そんなに駄目か。駄目なのか。
おかしい。
もっとこう……ハードボイルドでスタイリッシュな感じになる筈だったのに。これじゃあハーフボイルドでフーリッシュじゃないか。
酷い虐めだ。
「あはっ、きょーたろ君の泣き顔ってそそるけん……よかよ?」
「姫子がこうゆーとるから、ほれ」
「なんて時代なんだ……これが麻雀プロだなんて」
ゲートよりも先に絶望するかもしれない。なんてこった。
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最終更新:2014年05月06日 01:18