風の音だけが吹き抜ける小高い丘の上。小さな電子音が響き渡っていた。
「だ、だからダメだって、静かにしてろよ馬鹿!!」
薄い長方形の機械を胸に抱いて、3年1組星川杏太は一人言った。
これが星川に支給された《武器》なのだが、彼は今ひとつこれの使い方を理解できていない。
相変わらず機械は、ピピピという音を立てている。よく見ると、画面上には点滅する2つのドット。
黄色のと赤色のだ。星川はやはり機械を抱え首を横に捻った。
「ゲーム・・・でもないよなあ。かと言って、こんなのじゃ戦えそうもないし・・・」
しかし実際気の小さい星川には、戦いに参加するなどという選択肢はどこにもなかった。
正直、出発してからというもの誰とも出会っていないし、誰かの死体を見かけたとか、そういうことも一切なかった。
だから実感がなかったのかもしれない。
しかし一応、プログラムが始まってから数回の銃声を聞いていたことは確かだ。
地図で確認すると、今自分のいる島を一望できそうなこの丘はEー4エリアに当たるらしい。
ここまで登ってくるのに運動神経の良さだけが取り柄の彼でさえかなりの苦労を要したから、もしかしたらココには誰も来られないかもしれない。
そう希望を持って息を切らしながら登りきったはいいが、今度はこの機械が謎の電子音を発し始めてしまった。
もしこのままこれが鳴り続けていれば、自分の居場所が「やる気」になっている誰かに感づかれてしまうかもしれない。
一番バカが集まりやすいと言われる1組に3年間所属し続けた星川でも、これは容易に想像できた。
とりあえず、手頃な茂みの真後ろに横たわって、機械を自分の腹の下に潜らせる。これで多少、音は曇って聞こえにくくなるはずだ。
早速地面の上に平気で腹這いになった彼だが、その瞬間、更に電子音が音量を上げ始めた。
「うっうわあああああああちょっと待てっておいこら聞いてんのか!!うるさいって!お願い!静かにして!!ばかやろう!!!」
と、星川自身も大声を上げた。最大の失敗である。
「だ、誰かいるんですか?!」
品の良さそうな少女の声だった。星川は慌てて機械の上にのし掛かり無視を決め込む。
まだ、誰の声なのかは判別がつかなかった。
どうやらその、恐らく少女は星川の隠れた茂みのすぐ近くまで来ていたらしい。さっきまでは電子音に気を取られて全く
気がつかなかったが、僅かに足音と思われる草を踏む音も聞こえていた。
(ごめんなさい、通り過ぎてください!!お願いします、なんでもします!!)
そう念じながら、ただ時が経つのを待っていた。
3分くらい経っただろうか。と、星川は思った。しかし実際にはまだ1分も経っていないのだが、まぁそれは良いだろう。
先程から、足音や声はやんでいた。残ったのは電子音だけだ。あの少女の反応からして、この電子音には気がついていなかったらしい。
そう悟った星川は、ちょっと気を大きくしていた。
(もう大丈夫かな)
ゆっくりと頭を持ち上げる。すると
「「うわあああああああああああああああっっっ!!!!!」」
誰かと目が合って、星川はそのまま後ろに転げた。相手もまた同じように叫んで頭を手で抱えてしゃがみこんでいる。
茂みを挟んで二人共怯えていることおよそ10秒。相手が何もしてこない事に気がついて、星川は問いかけた。
「だ、誰だお前」
すると、こう返ってきた。
「さ、さささ3年4組の宮田です・・・・・・宮田、絵里。その声はもしや、3年1組の星川くんでは・・・・・・?」
「そ、そうだけど・・・」
星川が勇気を出して茂みから顔を出すと、そこには三つ編み眼鏡という、いかにも優等生面した女子生徒が座り込んでいた。
それから1分が経過した頃だっただろうか。今ではすっかり落ち着いて、元いた茂みの向こう側に二人で並んで座っている。
「星川くんは、どうして此処に?」
先ほどの態度が信じられないくらい様子が豹変した彼女は、落ち着き払っていつもの調子で訪ねた。
実は星川と宮田は家が近所で、中学の頃から同じ学校に通っていた。
「俺?俺はまぁ、怖くてココまで一気に走ってきて・・・ずっと隠れてたんだけど、さ。特に理由もなしに」
「そうですか・・・私も先ほどまでそこをウロウロしていたんです。ココなら誰も登ってこられないだろうと思って
登り始めたのはいいんですが、どうやら私には勾配がきつすぎたようです。体力の限界がはや近づいているといった状況でしょうか」
「あぁ・・・そりゃ大変だったろうな。俺ももう限界だし」
丘の反対側からは、遥か遠くに広がる海が見渡せた。まだ夜は明けそうにない。
「まだ暗いなぁ、夜明けは遠そうだ」
「そっちは西ですよ星川くん。太陽が昇るのは、あっち」
そう言って、彼女は星川が眺めていた海とは真反対の方向をスっと指さした。
「・・・」
ふいに星川は思った。
「宮田ってさ、あれだよな。天才」
「はあ・・・私が、ですか?」
「うん、天才。だって、色々知ってるじゃん、さっきの、ほら、方角の話とか」
宮田が不思議そうな顔をする。そうして、苦笑した。
「あれは小学校の問題ですが・・・」
「それを18になった今でも覚えていられるっていうことが凄いんだよ」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
再び、二人は黙り込んだ。波の音だけが暫く耳に入ってくる。宮田はもう一度口を開いた。
「私はまだ18歳です。日本の少子高齢化が叫ばれているこの世の中、私よりも年上の・・・そりゃたくさんの知識を持った人々がたくさんいるという事です。」
・・・私がもし仮に天才であるとしましょう。そうすると、日本にいる私よりも年上の、知識のある人々のほとんどが
天才になってしまうことになります。天才とは、努力だけでは到底手にする事のできない類希なる才能を持って生まれてきたからこそ
天才と呼ぶのです。そうそう人数の居る人種ではありませんよ。よって、私が天才である事はまず有り得ません」
「そうか・・・」
星川にはいまいち宮田の言っていることが理解できなかったが、それでも頷いた。宮田との会話についていける者は、
頭の良い奴だけなのだ。
「私には」
「え?」
「私には、あのような優しい方々が殺し合いに参加するなどとは考えられません」
いきなりの真面目な話題に(今までの話も宮田にとっては大真面目な話だったのだが)、星川は一瞬面食らった。彼は真面目な話も正直言って苦手なのだ。
「・・・まぁ、そうだよな。でも現に、銃声が何回か聞こえてるわけだし」
「本当にあれは、人に向けて発砲した音なんでしょうかね。できれば、誰かが間違えて引き金を引いてしまったという
可能性にかけたいのですが・・・しかし、銃声はプログラムが始まってから、もう幾度と無く聞こえました。一人一発と考えましょうか。
そう数えるならばおよそ4発。4人が、誰かに向けて発砲しています。全員が全員そうである可能性は、限りなくゼロに近いでしょうね」
悲しげに話す彼女を見て、星川もなんだか悲しくなってきた。そこで、彼は例の機械のことを思い出した。
あまりにもうるさいので、さっきからリュックサックに入れっぱなしにしていたのだ。
「あのさ宮田」
「なんでしょう」
「これ、何だか分かるか?俺の武器みたいなんだけど」
あの機械は、まだ電子音を発している。星川はスピーカー部分に手を当てて音量を極力小さくしながら、宮田に訪ねた。
宮田は星川から機械を受け取ると、暫く黙り込んで、そして言った。
「あぁ・・・・・・恐らく、参加者のレーダーでしょうね」
「参加者の?」
「この黄色の点が星川くんで、赤色のが私。この首輪か、もしくはリュックか何かに細工がしてあって、
もし自分に近づいてくる人がいれば、半径何キロかの範囲でこのモニター上に表示できる仕組みになっているんだと思いますよ。
戦闘向きではありませんが、危険をいち早く察知できる点においては、当たりと言っても良いのではないでしょうか」
「なるほど・・・レーダー、か・・・」
他の参加者の居場所を知れるというのならば有難い。星川は、途端にこれが大当たりであるかのように思えてきた。
「宮田がそう言うんならそうなんだろうな」
「そんな、何でもかんでも私の言うことを信用するのはよくありません。人間誰しも、勘違いというものはあるんです」
「うーん、そうか、そうなのか・・・」
しかし星川は、宮田が1+1が3になると言えば、1+1は3になりそうだと思った。
少なくとも星川が生きてきた短い18年間の中で、一番頭が良かったのは宮田だったのだ。
「星川くん」
「何だ?」
「これから、私もご一緒させて頂いてよろしいでしょうか。今言った事を否定するわけではありませんが、そのレーダーは、
確かにこのプログラムを生き抜く上でかなり重要となってくると思うんです。それに、私には一人で生き残る自信がない。
お勉強は得意なのですが私体育はからっきしなんです。その点星川くんなら頼りになりそうですから・・・」
俺が頼りになるのか・・・星川は何故宮田がそう思ったのか分からなかったが、女の子に頼りにされるのも悪い話ではない。
大きく頷いて、宮田に問いかけた。
「宮田の武器は?」
彼女は一瞬、星川が何を言っているのか理解できていないようだった。
そして一瞬の沈黙のあと、頷いた。
「武器、そうですよ、武器。忘れていました。ちょっと待ってくださいね・・・」
「ありました、これです」
宮田が手にしているのは、一般家庭でもよく見かけるようなアイスピックだった。
誰かを傷つけようと思えば、傷つけることだって容易いだろう。
「・・・銃なんかに比べれば、殺傷力は低いですがまぁ、護身用、ですね」
宮田は静かに言った。星川も頷く。そして、リュックサックの奥底に眠っていた携帯電話を取り出した。
ディスプレイの明かりが二人の顔を照らし出す。
「今は・・・・・・午前2時時過ぎか。もう2時間以上も経ったんだな・・・」
「そうですね。亡くなった方も居るんでしょうか・・・」
「考えたくねぇな、そんなこと。・・・ま、誰も死んでないと祈っておこうか」
「あぁ、まぁ、そうですよね」
【星川杏太】
【Eー4】
[状態]健康
[装備]参加者レーダー
[道具]支給品一式
[思考・状況]死にたくはないけど、戦いたくもない
【宮田絵里】
【Eー4】
[状態]健康
[装備]アイスピック
[道具]支給品一式
[思考・状況]争いたくはないが、もしもの時は応戦する
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