そうだ、殺さなきゃならないのかも。
だって私、よく考えたら死にたくない。
お母さんやお父さんに迷惑かけるし、私が死んだら、悲しむ人がたくさんいるんだよ?
私、寄川桜子は、柊さんやかなえが神社の建物内に引っ込んでしまってからもずっと、
一人で石段に座り考え込んでいた。
握り締めた「なんとか酸」の正体はまだ分からない。
でも、一応は「武器」という名目で支給されたのだから、
少しは殺傷能力のある道具なのだと、都合の良い解釈を下すことにしたのだ。
ちょっと、他人の武器を奪うのは、レディとしては乱暴すぎるよ、ね。
「よし、やるぞ」
普段、勉強には見せることの無かったやる気が、「人を殺す」という全く悪極まりない行為には漲ってきた。
その事実に少し、私は悲しげな表情を浮かべたが、すぐにそれも消え去る。
頑張らなきゃいけないんだ。お母さんやお父さんを悲しませちゃいけない。
本堂に戻った二人がその後何をしていたのか、私は知らない。
けどきっと、明日からの行動方針とか、此処に来るまでにあった事の情報交換とかしてたんだろうな。
さっき、一回だけ大きな音がしたけど、柊さんが顔を出して「また転んだ」って言ってた。
そう言えば柊さん、本当凄い怪我だったな・・・結構ドジなんだなぁ、あの人。
柊さん殺しちゃったら、椿に怒られるかな?
椿ってああ見えて、結構柊さんの事大好きっぽかったしな・・・
あんなイケメンのお兄ちゃん持ってて、本当羨ましいよ。
かなえを殺したら、月彦はどう思うかな?
っていうか月彦、かなえが月彦の事好きだって、知ってるのかな?
あぁでも分かるか。あんだけストーカーみたいな事してたら・・・
とりあえず、私がもし生き残ったとしよう。生き残って、島を出たとする。
私、そのまま警察送りになっちゃうのかな・・・
プログラムって、けっこう前から実施されてるって恋堂さんは言ってたし、
それに鮫島くんもこの事には詳しそうだったから・・・
私もちゃんと、現代社会については勉強しておくべきだったかも!!!
ああ神様、見ててください、私今からちょっと本気出します!
二人を殺して、皆殺して、両親の元へちゃんと戻ります!
どうかご加護を!!!
六條柊は、さっき修理したばかりの斧に視線を戻した。
それは、壁にできた隙間から差し込む月明かりによって、美しく光り輝いている。
銀色に、「真紅」のコントラストがとても映えていた。
足元には、相田かなえの無残な死体が転がっている。
椿には申し訳ないが、今回は俺に勝利を「譲って」もらいたい。
お前は少々我侭が過ぎたんだ。
斧を放り出そうとした時、本堂の古びた鎧戸がそっと開けられた。
差し込んできた一際明るい光に、俺は目を細める。
誰が来たかは分かっていた。もちろん、桜子ちゃんだ。
「柊さん、かなえ、まだ起きてる?」
俺は、いつものように優しげな笑みを作った。
「あぁ、俺は、起きてるよ」
俺は、って事は、かなえはもう寝ちゃったのかな?まったく、無用心だなぁ・・・
まあいいか。その方が、きっと楽に死ねるよ。・・・多分。
もちろん電気なんて点かないから、本堂の中は真っ暗で、多少月明かりの明るさに目が慣れていた私には、
最初は何も見えなかった。少しだけ待って、それで柊さんの姿を見つけた。
先輩は壁にもたれかかって、私の正面に座ってる。
右手には、確かにあの斧が握られていた。
「かなえは、もう寝たんですか?」
「うん、寝た」
「へぇ」
先輩の表情がよく分からないけど、きっと、普段よりも口数の少ない私に驚いてるんだろうなぁ。
私、もしかして今、ちょっとだけクールな女になってるんじゃない?
やだぁ、かっこいい!
目の前にいる桜子ちゃんがどんな顔してるのかは分かんないけど、
あんなに無邪気に笑う女の子を殺してしまうっていうのも、なんだか哀れな気がした。
まぁすでに一人殺してしまっている自分に、そんな事言う資格なんて無いのは知ってるが。
私は、手に持ったガラス瓶の蓋をそっと開けた。
俺は、手に持った斧をゆっくりと振り上げた。
ん?柊さん、何してるの?
ん?桜子ちゃんは、何してるんだ?
二人はその時気がついた。ほぼ同時だった。
六條の持った斧と、寄川の持った瓶がやはり同時にお互いの手を離れた。
斧は円弧を描きながら、瓶はまっすぐ、それぞれ目掛けて飛んでいく。
その時寄川が、足元に広がった「水たまり」に足をとられて、その場で尻餅を付いた。
おっと、ビックリした・・・なにこれ、床が濡れてる?
雨でも漏ったのかなあ・・・
その頃丁度、寄川の放った瓶の中身が、六條の左半身にぶちまけられた。
攻撃を仕掛けた寄川でさえ予想していなかったような凄まじい音が、狭い室内に反響する。
「わっ、あ、っぁぁ・・・!!!」
それは、肉の焼ける音だった。
寄川の持つ武器の正体を知っているのは相田だけ。その相田も、今はもう目を覚ますことはない。
六條は一瞬表情を苦痛に歪めたが、それも束の間だった。
今度聞こえたのは、ドスっという重たい音と、寄川のうめき声だったからだ。
桜子ちゃんの頭に、俺の投げた斧が刺さった。
それを見た瞬間何だか安心して、さっき自分の身に起きた不運も忘れてしまっていた。
左手にそっと触れてみると、肌が焼け爛れてドロドロになっているのが分かる。
制服も溶けていて、もう袖は半分くらいしか残っていない。・・・硫酸だったのか、あれ。結構濃度も高めだったみたいだ。まだ一回目の放送も始まってないのに、まったく、この段階で手負いかよ・・・
それにしても、ちょっと太陽の光の下で見るにはこの光景はエグすぎる。
今が夜で良かった・・・
やっばい、頭超痛い!!
何か溢れてきてるし・・・ドロドロしてて、妙に暖かくて、プヨプヨしてて・・・
気持ち悪い・・・吐き気がする・・・
寄川の頭には、まだ深々と斧が突き刺さっている。
だがこれを抜こうとも抜かなくとも、彼女の先が長くない事は見て取れた。
でもまだ本人は、その事に気がついていないようだ。
ダメだ、私は死んじゃ駄目なんだ・・・
生きて帰って、お母さんとお父さんに会わなくちゃ・・・
「わ、私、死んだら、お、母さんとお父さ、ん、悲しむから、だ、から」
桜子ちゃんは床に這いつくばって、しっかり俺の目を見ている。
何だか、今更になって罪悪感に駆られた。
そうか、皆、生きるのに必死なんだもんなあ
悪いことしちゃったな
夜の闇のように真っ暗になる視界にも、
水の底に沈んでいくような感覚にも、
あの水たまりが相田の血液である事にも気付かず、
寄川は事切れるその瞬間まで、ずっと、自分の勝利を信じていた。
鉄錆のような不快な匂いが、狭い室内に充満している。
でも、俺はその場から動けずに居た。
そうしている事が、先程俺が理不尽に殺してしまった少女達への、ささやかなお詫びになると信じていたから。
誰しもが、生き残りたいと云う欲に駆られて誰かを殺し出す。
それは、俺も桜子ちゃんも同じだった。
ただ違うのは、結果的に「被害者になった」のか「加害者になった」のかだけ。
最初は二人ともが同じ考えを持っていたのに、こうして決着がついた今、確実な悪者になっているのは俺の方だ。
これから誰かを殺していくというのは、自分だけが悪者になる覚悟ができているか、という事。
だとしたら、俺はもう覚悟はできている。
今なら妹でさえ、何の躊躇も無く殺せる気がした。
そんな自分に少しだけ恐怖する俺がいた事もまた、事実であったのだが。
2年5組 20番 相田かなえ 41番 寄川桜子 死亡 残り15名
【B-8】
【六條柊】
[状態]精神的疲労・左半身に火傷(特に腕が重症)
[装備]斧、アサルトライフル
[道具]支給品一式・相田、寄川の支給品一式
[思考・状況]参加者を皆殺しにする
1.優勝に対する意欲が高まっています
2.左腕は、殆ど動かなくなっています
3.寄川桜子の頭から、斧を抜き取りました