年間行事:冬

松茸大学の冬は、静けさと発酵のはざまにある。
寒さが極まるほど、学生たちは内省的になり、こたつを囲んで哲学討論を始める。
討論テーマは「冬眠は学問的活動に含まれるか」。
結論は出ないが、全員が「考えてる間に寝てた」と言い訳する。

【祈祷と終講式】

民俗宗教学科の主催による、年末の恒例行事。
教授が呪文のようにシラバスを朗読し、学生たちはそれをありがたく聞き流す。
最後に成績表を火にくべ、“次の自分”へ煙で送る儀式が行われる。
教務課は毎年、再発行依頼の山に埋もれている。

【冬期集中講座「筋肉と哲学」】

スポーツ健康学部の名物講座。
雪中スクワット、無言のマラソン、沈黙の腕立て伏せなど、“声を出さない鍛錬”がテーマである。
教授いわく「筋肉は喋らないが、思想は震える」。
単位の判定は凍傷の深さによって行われる。

【発酵納め】

薬学部では年の瀬に「発酵納め」が行われる。
一年間の発酵成果を瓶詰めで提出し、最も香り高いものを生み出した者に「金茸賞」が授与される。
審査員の一人は毎年、匂いを嗅いだまま意識を失う。
それでも「良い発酵だった」との評価が下る。

【卒業式と再発酵】

3月、松茸大学では「卒業」ではなく「再発酵式」と呼ばれる儀式が行われる。
卒業生は純白のガウンではなく、発酵を象徴する淡い褐色のローブを着用。
壇上では学長が静かに語る̶̶
「発酵とは、終わりではなく、香りの続きである」。
学生たちはそれぞれの瓶(研究成果)を胸に抱き、校舎裏の松茸山に埋める。数年後、それが新入生の実験材料になる。
涙ではなく湯気が立ちのぼる式典として知られ、参加者の半数は「また来年も出たい」と言い残して帰る。

【冬のキャンパス日常】

購買部では「自己発熱カイロ(試作品)」が売られているが、
温まるのは主に心だけ。
図書館の空調は相変わらず弱く、学生たちはページをめくる音を“知の摩擦熱”と呼ぶ。
夜の松茸山では、雪に埋もれたベンチから光が漏れることがある。
誰が座っているのかは分からないが、翌朝そこに温かいココアが置かれているのが恒例になっている。

凍てつく夜にも、知は小さく湯気を立てている。

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最終更新:2025年11月02日 03:58