【MP2 ハイスクールデイズ:後編】

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 ※ ※ ※



「えー。出席の前に、今日は新しいお友達を紹介したいと思います。み、みなさん静かにしてくださ~い。ど、どうぞ入ってください」
 騒がしいH組の教室で、練井は小さな声で生徒たちそう言った。そうして促されるままショコラは騒がしい教室の中に堂々とした足取りで歩いていく。
「はいショコラちゃん。これでここに名前書いて自己紹介してね」
 練井は優しくショコラの手にチョークを握らせ、黒板を指さした。
(ふん。ここが学校というものか。こんな狭いところに四十人前後も集まってるなんて妙な光景じゃのう)
 ショコラはざっとクラスメイトを見渡してから、背伸びをして黒板に名前を書いていく。日本語に慣れていないせいか酷く拙い字だがそれは仕方がないであろう。手をぱんぱんと叩いてチョークの粉を落とし、ショコラはクラスメイトたちのほうへと振り返った。
「わしはショコラーデ・ロコ・ロックベルト、吸血鬼じゃ。仲良くしてやるから感謝するがいい人間共。わしの“夫”のアルには絶対に手を出させないつもりじゃからそのつもりで頼むぞ」
 ふふんと鼻を鳴らし、ショコラはぺったんこの胸を大きく逸らしながら堂々と名乗りを上げた。
「あの子小学生じゃね……?」
「吸血鬼……?」
「有葉くんとどっちが背高いかな?」
 ざわざわとクラスメイトたちはショコラを見て声を上げていたが、その中でひときわ大きく声を上げたのはショコラと同じように小学生くらいの背丈で、愛苦しい容姿をしている女装少年である有葉《あるは》千乃《ちの》であった。
「あ~~~~~! あの子昨日の!」
 ショコラはそんな有葉を見て首をかしげていた。
「むう。お主誰じゃ。わしのことを知っておるのか」
「忘れちゃったの? 私たちがきみのこと見つけたんだよ~!」
 有葉はそう言うが、ショコラはわからないようだ。
「覚えてなくても仕方ないわよ有葉くん。ショコラちゃんはあの時気を失ってたんだから」
 練井はなだめるようにそう言うが、自分はあの後起きているショコラと会っているのに覚えてもらえてなかったことを思い出し、また少し涙を浮かべる。
「なるほど。お主もまたわしの命の恩人ということじゃな。名前を聞いておこう」
「私は有葉千乃だよ。よろしくショコちゃん。でもでも、ショコちゃんを見つけたのは春ちゃんもだよね!」
 そう言って有葉は友人の春部《はるべ》里衣《りい》のほうへと視線を向けた。彼女は有葉とは対照的に背が高く、健康的な褐色肌にネコのようにしなやかなボディラインと、綺麗なショートヘアが印象的な少女だ。
 ニコニコと有葉は笑っているが、春部はむすっとした表情でショコラを見つめていた。
「ふーん。あんた昨日中庭で倒れてたやつよね。あんたのせいで私と千乃の楽し~~お弁当タイムが邪魔されちゃったじゃないの。しかし吸血鬼ねぇ、どおりでもうピンピンしてるわけね」
「おいおい春部。転校生の美少女相手にその態度はないだろ。美少年美少女ってのは例外なく愛されるべきだと思うね。そう、俺のように」
 春部がそう悪態をついていると、ショコラと同じように金髪碧眼に白い肌を持っている少年が割り込んできた。
 しかしショコラと違い線の細い美形というよりは、筋骨隆々としていて、まるで映画俳優のような二枚目である。
彼の名はイワン・カストロビッチ。ロシアからの留学生らしい。同じ外国人であるショコラを見て、少し仲間意識を覚えているようだ。
「うっさい筋肉バカ。私が転校生をどう思おうが勝手でしょ」
「そりゃそうだが、仲良くするにはこしたことないだろう。美少女とよろしくしたいと思うのは健全な男子高校生なら当然のことだね。お前だってそう思うだろチン」
「え? あの、うん」
 カストロビッチにチンと呼ばれた男子生徒は、突然話題を振られてなんと答えればいいのかわからず、ちらりとショコラの顔を見た。吸血鬼の特性である美貌を間近で見て、思わず赤面してしまう。
 チンと呼ばれたその少年の本名は雨申蓮次《うもうれんじ》と言い、その珍妙なあだ名は有葉がつけたものだ。雨申はこのクラスでも珍しい純真なピュアハートを持つ健全なむっつりスケベの少年である。
「変態ね。あんな幼女みたいなガキのどこがいいのかしら――ってちょっとまって」
「おいおい幼女みたいってそれは千乃ちゃんもだろ。お前も十分変態じゃねーか」
「キングオブ変態のあんたに言われたくないわよ。それに千乃は例外よ! 性別も年齢も超越した可愛さがあるから! ってそうじゃなくて! さっきあの子なんて言った!?」
 春部はいまさら重要なことに気付いたようにそう叫び机を叩いた。カストロビッチもぽかんとした表情になり、何を春部が驚いているのか気付けないでいる。
「なんてって、吸血鬼だろ。この学校じゃ別に珍しい事も無い――」
「そうじゃなくてその後よ、私の聞き間違いじゃなければあの子『夫のアル』って言わなかった?」
「あ!」
それはあまりに自然な言い方だったため、春部たち生徒も思わず聞き逃してしまっていた。クラス中の視線が目の前のショコラへと注がれる。なんと聞いたらいいかわからず、生徒たちはしばし黙ってしまっている。
そんな沈黙を破ったのは有葉であった。
「ねえショコちゃん。アルってもしかして瀬賀せんせーのこと?」
 有葉はまるで授業で質問するかのように手を上げ起立しながらショコラにそう尋ねた。その瞬間クラス中がざわめき立つ。ショコラはそれを気にも留めず、堂々と答えていた。
「そうじゃ。何をそんなに驚いているのかわからぬが、アルとわしは夫婦じゃ。血の契りを交わした立派な夫婦じゃ!」
 どどーんという効果音がショコラの後ろから聞こえてきそうである。それを聞いてさらにクラス中は騒がしくなっていく。
「血、血の契りって言葉の意味はわからんがなんだかすごい卑猥な響きだ!」
「ええー! 瀬賀先生ってロリコンだったの!? ショック~!」
「ってか犯罪じゃね」
「でも十六歳から結婚できるんだから、大丈夫なんじゃ」
「でもあの子見た目幼女じゃん」
「じゃあ有葉くんも幼女だから、春部さんも犯罪……」
「誰よ今私を犯罪者扱いしたのは! ぶん殴ってやる!」
 がやがやと大騒ぎのクラスを見て、練井は溜息をついた。いつものこととは言え、ショコラのせいで騒がしさに拍車がかかってしまっている。
「ひゅー。あの瀬賀先生がねー。確かにあの人はいい男なのにいつも女生徒からの告白断ってたのが不思議だったけど、まさかこんな面白い趣味があるとは。わからんもんだな」
 なぜかカストロビッチは感心したようにそう言った。
「もう、みんな静かにしてください……。出席取りますからショコラちゃんも席について――えっと、どの席が空いてるかしら」
 練井は教室を見渡し、一番後ろの窓際の席を指さした。そこには空席が二つある。
「あそこの右側の席がショコラちゃんの席です。その隣も空席になってるけど、あそこの大神《おおがみ》さんは今日ラルヴァ討伐に出てて休みだそうよ。明日出席してきたら仲良くしてあげてね」
「うむ。わかったのじゃ」
 ショコラはとてとてと音を立ててその席へと向かっていく。だが生徒たちはショコラの隣の席へと視線を向けた。
「ああ、なんか静かだと思ったらあの発情犬が今日休みなのね。あいつがヤブ医者とあの吸血鬼の関係知ったら怒り狂うでしょうね」
 と、春部。
「血を見るかもしれんな。吸血鬼だけに……」
 と、カストロビッチ。
「吸血鬼と人狼《・・》って天敵って聞いたけど、まずいんじゃない……?」
 と、雨申。
 彼らはH組の問題児の一人である大神という生徒のことを思い出し、少しだけ顔を曇らせていた。
 それに気付かず練井はようやく落ち着いたことに安堵し、出席を取り始めた。
「みなさん名前を呼ばれた人は返事してくださいねー」
 









 昼休みを知らせるチャイムが鳴り響き、ひとまず退屈な授業から解放されたことに喜びを覚えて生徒たちは背伸びをしていた。
 だが、みなが伸び伸びとしている隅っこで、ショコラは疲れたように机に顔を突っ伏したままである。
 そんなショコラを心配して、有葉は彼女の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ショコちゃん? なんだか顔色悪いよ」
「んぬ~。なんなんじゃこの“授業”というものは。よくお主らはこのような苦行に耐えられるもんじゃ。あの教師という奴らが発する謎の呪文はなんなんじゃ、眠くなるしなんだか頭がぼーっとしてくるしのう。まるで五十年前に戦ったエクソシストたちの祈りのように苦痛じゃわい」
 ぐぬぬとショコラは涙目になっていた。それも仕方のないことかもしれない。何せ彼女は今までの人生で一度も学校に通ったことがないからである。
「まあ私たちは慣れてるしね~。ショコちゃんも無理しないでちょっとづつ慣れていけばいいと思うよ」
 有葉は天使のような眩しい笑顔を向け、ショコラは嬉しがっているようだった。
「お主いい奴じゃのう。チノと言ったか、覚えておくぞ」
 涙をごしごしと拭い、ショコラは有葉の手を取った。二人がこうして並んでいると、本当に仲の良い小学生の女の子のようにしか見えない。
「ちょっと。私の千乃の手に気易く触れないでくれるかしら」
 ショコラと有葉が話していると、まるでアイドルの鬼マネージャーのように春部が立ち塞がり、有葉を抱き上げた。
「なんじゃお主は。わしが誰の手に触れようが勝手であろう。それともこのチノとお主は夫婦なのか?」
「なななななな……そ、そうよ、私と千乃はなんてたって婚約――」
「春ちゃんはねー、私の大事な友達だよ!」
 有葉は自慢げに春部をショコラに紹介したが、その笑顔が逆に春部にはつらく、がっくりと肩を落とした。
「おいおい春部。また転校生イジメか。そんなことより仲良く肌をこすり合わせるほうが楽しいぞ! さあ。俺の胸に飛び込んでおいでショコラちゃん!」
 カストロビッチは肉体美を自慢するかのようにシャツの胸元を開けていて、その白い歯がいやらしくきらりと光る。
「変態は黙ってなさい。行こう千乃。今日こそ二人っきりでお弁当食べるのよ」
「おいおい連れないな春部。ちょっと待てよ、今日はショコラちゃんの転校祝いとしてぱーっと大車輪に食べに行こうぜ」
「大車輪?」
 鉄棒の大技? と、ショコラは首をかしげる。
「ああ、大車輪ってのは商店街にある中華料理店だよ。めちゃくちゃ美味いから気にいると思うぜ」
「いやよ、あんな汗臭い連中が集まるとこ。それに脂っこいし太るからいや! 千乃の美容にも悪いわよ。いこ千乃」
 そう有葉の手を引っ張ろうとするが、有葉はニコニコと笑いながら春部の顔を見た。
「私チャーハン食べたいな! ショコちゃんともお昼一緒に食べたいし」
「うっ……!」
 春部は何も言えなくなってしまい、諦めたように溜息をついた。
「仕方ないわね。ちょっと金髪ど変態。あんたが全部奢りなさいよ。こうなったらヤケ喰いよ」
「げっ! なんで俺が」
「言いだしっぺでしょ。じゃあいこっか千乃」
「うん! ほら、ショコちゃんこっちだよ!」
 春部が有葉の手をひっぱり、有葉がショコラの手を引っ張っている。その奇妙な繋がりの後をカストロビッチは追いかけていった。
 





「な、なんじゃこりゃー!」
 ショコラは目の前に広がる凄まじい光景を見て思わずそんな驚きの声を上げてしまった。
 そこは中華料理店“大車輪”。体育会系の生徒たちが集まり、厨房の方は燃え上がるような熱気につつまれている。
「こ、これがサウナという奴じゃな! 知っておるぞここは銭湯なんじゃろ? わし電気風呂に入ってみたいぞ」
 目を輝かせ、スーパー銭湯と勘違いしたショコラは服を脱ぎ始めてしまった。それを春部は慌てて止める。周りの客たちは食べるのに夢中でこちらに気付いていないのが幸いであった。
「バカ吸血鬼! ここはサウナじゃないわよ」
「ちっ、春部。止めるならもう少し後でもよかったじゃないか」
「そうだよぉ。ここが大車輪だよ!」
「ふむ、そうなのか。しかしすごいの……」
 まるで灼熱地獄だ、ショコラはそう思いぐるりと店内を見渡した。かきいれ時のため、店内は満員であったが、奇跡的に一組がちょうど会計に入り、彼らが座るテーブルが空いた。
「おっ、空いたみたいだぞ。行こうぜ」
 カストロビッチは滑り込むように空席に座り、続いて他の三人も座っていった。有葉と春部が隣同士で、その向かいにカストロビッチとショコラが座っている構図だ。
「そういえばショコラちゃん。きみ吸血鬼だけど人間の食べ物喰えるのか?」
 それは当然の疑問であった。血を吸って生きる吸血鬼が、ここの料理を食べられるのだろうかと今さらにして思いついたのである。
「大丈夫じゃ。わしらロックベルトの家系は血を吸うことで力を蓄えることができるし、不老不死じゃから空腹で死ぬことはない。じゃが味覚は人間と同じようにあるからのう。栄養にはならんが道楽としてわしも国にいるときは色々と食べたものじゃ。吸血鬼の中には人間の食べ物を受け付けない奴もいるがわしらは違うのじゃ、グルメな貴族じゃからの」
「へー。吸血鬼って言っても色々あるのね」
 春部は少し関心を示したように呟いた。ふと春部はカストロビッチが首にさげている十字架のネックレスに視線を移した。
「じゃあこういうのも平気なの?」
 そう言ってその十字架のネックレスを鎖ごとちぎってもぎとってしまった。
「ちょ、お前! 何してんだよ! それこないだ露天で買って高かったんだぞ!」
 怒るカストロビッチを無視して、春部はその十字架のネックレスをショコラの前に投げた。だがショコラは平気そうである。
「ふふん。わしらロックベルト一族に神に対する信仰心は無いからの。このようなものがきくのは人間上がりの下層吸血鬼だけじゃ。奴らは神に逆らい吸血鬼になったことに無意識下で罪悪感を覚えておるから有効じゃが、わしらには意味はない」
 そう言ってショコラはその十字架のアクセサリーをぴんっと弾いてカストロビッチのほうへと滑らした。慌ててカストロビッチはそれを手に取る。
「おっとと、雑に扱うなよ。これ純銀製らしくて高値だったんだぜ。この俺の肉体に合う代物なんだから」
「いや。それは銀製ではなくアルミ製か何かじゃ。わしは、十字架は平気じゃが銀が苦手でな。じゃがそれに触れても嫌な感じはしなかったからの。お主騙されておるぞ」
「な、なんだって! くそ、あの露天商……。ニット帽にギターケース担いでて妙な関西弁を喋るから怪しいと思ったけど……まさか本当に偽物だとは……」
 カストロビッチは悔しそうにうなだれた。
「ショコちゃん銀が苦手なんだね。そういえば私も漫画かなんかで読んだことあるよぉ」
 有葉はニコニコとショコラに話しかけ、ショコラは自慢げに答えていく。
「そうじゃ。わしらロックベルトは銀以外に怖いものはない。他の吸血鬼のように海にわたれないだとか、日に当たると焼けるだとか、杭で心臓を貫かれると死ぬという弱点はないのじゃ。吸血鬼の中でもわしらは飛びぬけて生命力が高いからのう」
「じゃあさ、じゃあさ、|ニンニク《・・・・》も平気なの?」
 有葉は笑顔で好奇心からそう尋ねた。
 だが、それを聞いた瞬間、ショコラの顔は汗だくになり、顔が真っ青になっていた。
「あれ、どうしたのショコちゃん?」
「ななななななななんでもないぞ。ニンニクが苦手なんてことは絶対に無いぞ! ほんとじゃぞ!」
 ショコラは小さな顔を必死に横に振り否定していた。それを見て春部はにこりと笑う。
「ご注文はお決まりですかー?」
 その時ちょうどタイミングよく店員が注文を取りに来ていた。
「遅いわよ。もう少し早く――って、C組のおっぱい星人じゃない」
「げ、あんたらH組の……」
 その店員は彼らと同じくらいの年齢で、どうやらバイトをしているようである。彼の視線はなぜか他の三人ではなく、春部の胸にずっと向けられている。
「邪魔してるよ拍手《かしわで》。さて、お前ら何食べる? やっぱチャーハンか?」
 ショコラはメニューを見て目を白黒させている。中華料理を食べたことがないショコラには、名前だけでは判断がつかないようである。
「あら、やっぱあんたにはわかんないのね。いいわ。私がお勧めを注文しておいてあげるわ」
 そう言って春部はメニューを取り上げた。
「おお、お主いいやつじゃのう! 楽しみにしておるぞ」
「じゃあ、この子にはニンニクラーメンをお願い。私は冷やし中華」
「ねえよ! 冷やし中華は夏だけだよ!」
「客に対してその態度はないじゃない。私猫舌だから熱いのとか辛いのとか駄目なのよね。じゃあ八宝菜でいいわ」
「私チャーハン!」
「俺もチャーハンと、あと唐揚げなー」
 春部のその言葉にショコラはまた滝のような汗を流し始めた。
「に、ニンニクラーメン以外にお勧めはないのかのう……?」
「ここのニンニクラーメンは絶品なのよ。チャーハンもおいしいけど、そっちも看板メニューね。ニンニク平気なんでしょ。ならいいじゃない。ほら、あんたも早く料理作りに行きなさいよ」
 そう言って店員を追っ払い、にやにやと春部は笑っている。
 やがて料理が運ばれてきて、テーブルの上に並べられていく。
「ほい、ニンニクラーメンお待ち」
 店員はニンニクラーメンをショコラの目の前に置いた。やはりそれを見るショコラの顔は青ざめている。
「どうしたのショコちゃん。大丈夫?」
「もしかして本当はニンニク駄目なのか?」
 心配そうに有葉とカストロビッチは尋ねるが、ショコラは首をぶんぶんと振る。
「そ、そんなことはないぞ。高貴なるロックベルト一族がニンニク如きには屈指はしない。ロックベルトの弱点は銀だけじゃからのう!」
 そう強がりを言いながらも、目の前のニンニクラーメンと睨めっこをしている。
 そこでようやくカストロビッチは気付く。
「もしかして、吸血鬼の特性とか関係なく、ただ個人的にニンニクが嫌いなのかきみは?」
 そう言われて、ショコラは身体をびくりと震わせる。
「なななな、そんなわけなかろう。わしらロックベルト一族は代々他の吸血鬼たちとの差を見せつけるためにニンニク料理をこのんで食おったからの! その末裔であるわしが食べられないわけがなかろう!」
 そう叫び割り箸を取り出してラーメンに箸をつけるが、そこから手が少しも動かなくなっていた。
「うう……ぐぬぬぬぬ」
「あら、苦手じゃないなら食べなさいよ。せっかくこの金髪ど変態が奢ってくれるっていうんだから」
「誰が奢るって言ったよ。って、ショコラちゃん無理しないでいいんだぞ」
 ショコラは箸を口元まで持ってきたが、ついにはテーブルに突っ伏して大声で泣き出してしまった。
「うわ~~~~~ん! やっぱ駄目じゃあ! わしは一族の面汚しなんじゃあ!」
 まさか泣きだすとは思わず、春部が一番あっけにとられていた。
「おいおいおいおい。転校生泣かせてどうする春部」
「ダメだよ春ちゃん、ショコラちゃんに意地悪しちゃ!」
 有葉にも怒られ、春部もやりすぎたと思ったのか、すっと自分の八宝菜とニンニクラーメンを取り換える。
「わ、悪かったわよ。まさかそんなに嫌いなんて思ってなかったのよ。これでいいでしょ」
 つっけんどんにそう言うが、なんとなく反省しているのだと、有葉もカストロビッチも長い付き合いなのでわかっていた。やれやれとカストロビッチは肩を下ろす。
「い、いいのか。う、うむ! 美味いのうこの八宝菜とやらは!」
 春部の仕打ちも一瞬で忘れ、ショコラは目の前の八宝菜に食らいついていた。代わりにニンニクラーメンを食べることになった春部はそっと蓮華でスープをすくい取り、口に運んでいく。
「あぢっ! くさ!」
「自業自得なんだからちゃんと全部食えよ春部」
「わ、わかってるわよ。黙ってなさい!」
「あの美人で大人気の春部がニンニク臭くなるなんてきっとクラスの連中も幻滅するね。可愛いショコちゃんには俺の唐揚げを一個あげよう」
「おっ、いいのか! お主はいい奴じゃのう!」
「私もちょっとチャーハン少しあげるから八宝菜わけて~」
 そうして四人はわいわいと昼食の時間を楽しく過ごしたのであった。


 

「ちぇっ、結局俺が金払うのかよ。召屋《めしや》のやつ連れてこれば俺の負担減っただろうに、失敗したなぁ」
 愚痴りながらカストロビッチは会計を終え、女子三人(うち一人女装)は外に出ていく。
「もうお腹いっぱいだよー」
 有葉は満足そうに呟き、ショコラも同じように満足している。
「うむ。馳走であった。感謝するぞお主ら」
 そうショコラと有葉は笑いあっていたが、春部は何粒もフリスクを食べてニンニクの臭いを消そうとしているようだ。
「さて、そろそろ昼休みも終わるし、戻りましょ千乃」
「うん。そうだねー」
「まったく。今度はお前が奢れよ春部」
 会計を済ませて店から出てきたカストロビッチはそう言うが、春部はそれを無視し、千乃と手を繋ぎ学園に戻ろうと歩いていく。
「ふう、じゃあ俺らも行こうかショコラちゃん」
「うむ!」
 しかし、彼らが商店街の道を歩いていると、人々の悲鳴が聞こえてきていた。
「なんだ、騒がしいな。そんなに俺の美しさに驚いているのか?」
 カストロビッチはそう言いながら後ろを振り返るが、その光景を見て、それが黄色い声ではなく、恐怖からくる悲鳴なのだと悟った。
「げっ、おい春部、千乃ちゃん、ショコラちゃん、逃げろ!」
 慌てて三人も後ろを振り返る。そこでショコラの眼にはとんでもないものが映っていた。
 それは大きなトラックである。
 そのトラックがブレーキも踏まず、人通りの多い商店街を駆け抜けていた。
「暴走トラック!?」
 そのトラックは道を歩く人々を無視しているようで、みなは逃げ惑っていた。突然のことでパニックを起こしているようだ。
「おい、二人とも脇に下がれ!」
 カストロビッチはショコラを抱きかかえて後方へ飛び下がった。同じように春部も千乃の腕を引っ張って後ろに下がる。
 トラックは直進しているため、こうしていれば安全だろうと思いながらカストロビッチは道路へと目を向けるが、それを見て身体を凍らせる。
「お、おい! 子供が!」
 暴走トラックが直進してくる道路の真ん中に、恐怖で身体を固まらせているのか、初等部の女の子が立ちすくんでいる。
 すぐそこまでトラックは接近しており、彼女を助けている余裕はない。もし助けようと飛び込んだならば、確実に助けた人間が轢き殺されることになるだろう。
 しかしカストロビッチは覚悟を決め、彼女を助けようと決心する。だが、その瞬間、何を考えているのか、ショコラがカストロビッチの手を振りほどいていた。
「お、おいショコラちゃん!」
「見てるだけなんぞできるものか! わしはあの娘を助ける!!」
 そう叫びショコラはその少女のもとまで全力で駆け、その少女を思い切り突き放した。少女は勢いのまま向こう側まで跳んで行ったが、ショコラはその場に倒れこんでしまう。
「チビ吸血鬼何してんのよあんた!」
「ショコラちゃん!」
 春部と有葉はそう叫ぶが、その直後暴走トラックはショコラの小さな体を|轢いた《・・・》。
 ショコラの身体はボロ雑巾のように吹き飛び、鮮血が宙を舞う。そして嫌な音を立てて地面にどしゃりと落ちた。当然のことながらショコラはぴくりとも動かない。
「くそ、まじかよ!」
「あのトラック……逃がすか!」
 そう呟く春部の身体に変異が起きていた。まるで獣のようなうぶ毛が生え、鋭い爪が伸びている。それは彼女の異能によるものである。ショコラが轢かれ、泣いている千乃を見て春部は怒りが頂点に達していた。
 その判断は一瞬のことで、春部はそのネコの力を使い、素早くトラックめがけてジャンプした。爪を荷台に突き刺し、なんとかはりつくことに成功する。
「にゃにゃにゃにゃにゃ! 何考えてるのよこの運転手は!」
 全開で走行するトラックに必死にしがみつき、そのまま横に移動して運転席のほうまでゆっくりと移動していく。そのトラックの側面になぜか一枚の切手が張られていることに気付いた。不思議に思ったが、今そんなことを気にしている余裕はなく、ひたすら急ぐ。
 しかし、春部は目を前に向け、とてもまずいことに気がついた。
 目の前は行き止まりで、ガソリンスタンドがある。もしこのトラックがこのまま突っ込んだら大惨事だ。春部は急いで運転席へと回り込む。
「嘘でしょ?」
 だが、信じられないことにそのトラックの運転席には誰も座ってはいなかったのだ。春部は驚愕したが、唖然としている場合ではないと窓ガラスをぶち破り、中へと侵入する。すると、アクセルの上に重しがされており、それでトラックは走り続けているのだと理解した。春部はそれをどかし、全力でブレーキを踏む。
「止まれえええええええええええええええ!!」
 トラックは凄まじい音を鳴らしながら徐々に勢いを殺していき、ガソリンスタンドの直前で、ようやく停止した。
 春部は安堵のため息をつき、トラックの中から出てきていた。
 しかし、大惨事は免れたが、ショコラのことを思い、みなのもとへと駆け戻る。
 こんなことになるならもっと優しくしてやればよかったな、そう後悔しながらショコラが倒れている場所へとついた。
 人々は唖然として静まり返り、カストロビッチも有葉も暗い顔をしてショコラを見つめる。
「チビ吸血鬼……」
 春部がショコラの身体を抱き起こそうと近づいた瞬間――
「あーびっくりした! 死ぬかと思ったぞ! というか一回死んだではないか!」
 そう大声で叫んで飛び起きた。服はボロボロになっているが、どこも怪我をした様子が見られなかった。
「は?」
「え?」
「お?」
「なんじゃ?」
 きょとんとする三人を、ショコラは不思議そうに見つめている。
「ちょっとチビ吸血鬼。なんであんたそんなピンピンしてるのよ……」
「なんじゃ。わしが無事で不服か? そのわりにはさっきは心配そうな顔をしておったではないか。これがあれか、日本の伝統ツンデレというわけか?」
 ショコラはとぼけたようにそう言うが余計春部を怒らせるだけである。
「そんな怖い顔するでない。言ったであろう。わしは吸血鬼じゃ。不老不死だと申したであろう。トラックで死ぬほどやわではないわい」
 ショコラは堂々とそう言った。どうやらトラックで轢かれても、一瞬でその怪我を再生させ、復活したようである。
「生きててよかったショコちゃん!」
 有葉は涙を浮かべながらショコラに抱きついた。
「うむ。心配かけて悪かったのうチノ。でもそれであの子供が助かったのだからいいではないか」
 ちらりと道路の向こう側に視線を向けると、さっきの少女と、その親が泣きながら抱き合っているのが見える。
 ショコラの無事を確認し、安堵したカストロビッチはその場に腰を下ろした。
「まったく驚かせやがって。人騒がせなお嬢様だな……」
 そう言いながらカストロビッチは自分の手を見る。その手はスライム状に変化しており、それこそが彼の異能であった。彼ならば少女の代わりに轢かれても平気であっただろう。
(別に俺が飛び込めば一番安全だったんだけどなぁ。黙っとこ。でも、度胸だけはあるんだな、あのお嬢様は……)
 カストロビッチは鳴り響くパトカーのサイレンの音を聞きながらそう思っていた。
 こうして吸血鬼ショコラの転校初日はまたもや大騒ぎになっていた。







 ※おまけ※


 暴走トラックが停止しているのを、商店街の八百屋の屋上に立っている三人の人影が見ていた。
 その人影は少女のようで、それぞれ奇抜な格好をしている。
 一人は銀色の自転車にまたがり、一人はクマの着ぐるみを着込み、一人右目に眼帯、体中には包帯を巻いていた。
「あれが兄貴の言ってた吸血鬼なんだね! ボク面白くなってきたよ! リサの仕掛けた暴走トラックに突っ込むなんてマッハすげえ!」
「ポヨヨーン! わたしも驚きだよぉ。やるねえあのお嬢ちゃん。お兄たんの命令とは言え殺すのがおしいネ!」
「……………………そうね。でも兄上の命令は絶対よ」
「わかってるって。ボクたちが本気を出せばあんなの余裕だよ」
「ポヨヨーン! でもメグは頭悪いんだから油断しちゃダメね! あの愚妹のフラニーは単独行動してしくじったし。バカなメグも同じことになるネ」
「なにさルル! もういっぺん言ってみろ! 誰がバカだって!?」
「じゃあ7×8は?」
「ううっ………24?」
「ブブー! 残念でしたぁ! やっぱバカです。ポヨヨーン!」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」 
「…………………喧嘩はおよしなさい。メグ。ルル。さあ、パトカーも来たみたいだから下がるわよ」
 そうして彼女たち三人は一瞬でその場から姿を消した。

 おわり(あるいはつづく)



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