「えー。出席の前に、今日は新しいお友達を紹介したいと思います。み、みなさん静かにしてくださ~い。ど、どうぞ入ってください」
騒がしいH組の教室で、練井は小さな声で生徒たちそう言った。そうして促されるままショコラは騒がしい教室の中に堂々とした足取りで歩いていく。
「はいショコラちゃん。これでここに名前書いて自己紹介してね」
練井は優しくショコラの手にチョークを握らせ、黒板を指さした。
(ふん。ここが学校というものか。こんな狭いところに四十人前後も集まってるなんて妙な光景じゃのう)
ショコラはざっとクラスメイトを見渡してから、背伸びをして黒板に名前を書いていく。日本語に慣れていないせいか酷く拙い字だがそれは仕方がないであろう。手をぱんぱんと叩いてチョークの粉を落とし、ショコラはクラスメイトたちのほうへと振り返った。
「わしは
ショコラーデ・ロコ・ロックベルト、吸血鬼じゃ。仲良くしてやるから感謝するがいい人間共。わしの“夫”のアルには絶対に手を出させないつもりじゃからそのつもりで頼むぞ」
ふふんと鼻を鳴らし、ショコラはぺったんこの胸を大きく逸らしながら堂々と名乗りを上げた。
「あの子小学生じゃね……?」
「吸血鬼……?」
「有葉くんとどっちが背高いかな?」
ざわざわとクラスメイトたちはショコラを見て声を上げていたが、その中でひときわ大きく声を上げたのはショコラと同じように小学生くらいの背丈で、愛苦しい容姿をしている女装少年である有葉《あるは》千乃《ちの》であった。
「あ~~~~~! あの子昨日の!」
ショコラはそんな有葉を見て首をかしげていた。
「むう。お主誰じゃ。わしのことを知っておるのか」
「忘れちゃったの? 私たちがきみのこと見つけたんだよ~!」
有葉はそう言うが、ショコラはわからないようだ。
「覚えてなくても仕方ないわよ有葉くん。ショコラちゃんはあの時気を失ってたんだから」
練井はなだめるようにそう言うが、自分はあの後起きているショコラと会っているのに覚えてもらえてなかったことを思い出し、また少し涙を浮かべる。
「なるほど。お主もまたわしの命の恩人ということじゃな。名前を聞いておこう」
「私は有葉千乃だよ。よろしくショコちゃん。でもでも、ショコちゃんを見つけたのは春ちゃんもだよね!」
そう言って有葉は友人の春部《はるべ》里衣《りい》のほうへと視線を向けた。彼女は有葉とは対照的に背が高く、健康的な褐色肌にネコのようにしなやかなボディラインと、綺麗なショートヘアが印象的な少女だ。
ニコニコと有葉は笑っているが、春部はむすっとした表情でショコラを見つめていた。
「ふーん。あんた昨日中庭で倒れてたやつよね。あんたのせいで私と千乃の楽し~~お弁当タイムが邪魔されちゃったじゃないの。しかし吸血鬼ねぇ、どおりでもうピンピンしてるわけね」
「おいおい春部。転校生の美少女相手にその態度はないだろ。美少年美少女ってのは例外なく愛されるべきだと思うね。そう、俺のように」
春部がそう悪態をついていると、ショコラと同じように金髪碧眼に白い肌を持っている少年が割り込んできた。
しかしショコラと違い線の細い美形というよりは、筋骨隆々としていて、まるで映画俳優のような二枚目である。
彼の名はイワン・カストロビッチ。ロシアからの留学生らしい。同じ外国人であるショコラを見て、少し仲間意識を覚えているようだ。
「うっさい筋肉バカ。私が転校生をどう思おうが勝手でしょ」
「そりゃそうだが、仲良くするにはこしたことないだろう。美少女とよろしくしたいと思うのは健全な男子高校生なら当然のことだね。お前だってそう思うだろチン」
「え? あの、うん」
カストロビッチにチンと呼ばれた男子生徒は、突然話題を振られてなんと答えればいいのかわからず、ちらりとショコラの顔を見た。吸血鬼の特性である美貌を間近で見て、思わず赤面してしまう。
チンと呼ばれたその少年の本名は雨申蓮次《うもうれんじ》と言い、その珍妙なあだ名は有葉がつけたものだ。雨申はこのクラスでも珍しい純真なピュアハートを持つ健全なむっつりスケベの少年である。
「変態ね。あんな幼女みたいなガキのどこがいいのかしら――ってちょっとまって」
「おいおい幼女みたいってそれは千乃ちゃんもだろ。お前も十分変態じゃねーか」
「キングオブ変態のあんたに言われたくないわよ。それに千乃は例外よ! 性別も年齢も超越した可愛さがあるから! ってそうじゃなくて! さっきあの子なんて言った!?」
春部はいまさら重要なことに気付いたようにそう叫び机を叩いた。カストロビッチもぽかんとした表情になり、何を春部が驚いているのか気付けないでいる。
「なんてって、吸血鬼だろ。この学校じゃ別に珍しい事も無い――」
「そうじゃなくてその後よ、私の聞き間違いじゃなければあの子『夫のアル』って言わなかった?」
「あ!」
それはあまりに自然な言い方だったため、春部たち生徒も思わず聞き逃してしまっていた。クラス中の視線が目の前のショコラへと注がれる。なんと聞いたらいいかわからず、生徒たちはしばし黙ってしまっている。
そんな沈黙を破ったのは有葉であった。
「ねえショコちゃん。アルってもしかして瀬賀せんせーのこと?」
有葉はまるで授業で質問するかのように手を上げ起立しながらショコラにそう尋ねた。その瞬間クラス中がざわめき立つ。ショコラはそれを気にも留めず、堂々と答えていた。
「そうじゃ。何をそんなに驚いているのかわからぬが、アルとわしは夫婦じゃ。血の契りを交わした立派な夫婦じゃ!」
どどーんという効果音がショコラの後ろから聞こえてきそうである。それを聞いてさらにクラス中は騒がしくなっていく。
「血、血の契りって言葉の意味はわからんがなんだかすごい卑猥な響きだ!」
「ええー! 瀬賀先生ってロリコンだったの!? ショック~!」
「ってか犯罪じゃね」
「でも十六歳から結婚できるんだから、大丈夫なんじゃ」
「でもあの子見た目幼女じゃん」
「じゃあ有葉くんも幼女だから、春部さんも犯罪……」
「誰よ今私を犯罪者扱いしたのは! ぶん殴ってやる!」
がやがやと大騒ぎのクラスを見て、練井は溜息をついた。いつものこととは言え、ショコラのせいで騒がしさに拍車がかかってしまっている。
「ひゅー。あの瀬賀先生がねー。確かにあの人はいい男なのにいつも女生徒からの告白断ってたのが不思議だったけど、まさかこんな面白い趣味があるとは。わからんもんだな」
なぜかカストロビッチは感心したようにそう言った。
「もう、みんな静かにしてください……。出席取りますからショコラちゃんも席について――えっと、どの席が空いてるかしら」
練井は教室を見渡し、一番後ろの窓際の席を指さした。そこには空席が二つある。
「あそこの右側の席がショコラちゃんの席です。その隣も空席になってるけど、あそこの大神《おおがみ》さんは今日
ラルヴァ討伐に出てて休みだそうよ。明日出席してきたら仲良くしてあげてね」
「うむ。わかったのじゃ」
ショコラはとてとてと音を立ててその席へと向かっていく。だが生徒たちはショコラの隣の席へと視線を向けた。
「ああ、なんか静かだと思ったらあの発情犬が今日休みなのね。あいつがヤブ医者とあの吸血鬼の関係知ったら怒り狂うでしょうね」
と、春部。
「血を見るかもしれんな。吸血鬼だけに……」
と、カストロビッチ。
「吸血鬼と人狼《・・》って天敵って聞いたけど、まずいんじゃない……?」
と、雨申。
彼らはH組の問題児の一人である大神という生徒のことを思い出し、少しだけ顔を曇らせていた。
それに気付かず練井はようやく落ち着いたことに安堵し、出席を取り始めた。
「みなさん名前を呼ばれた人は返事してくださいねー」