土曜の昼下がりの公園は活気に満ちている。
老若男女問わず、遊び、休み、休日をそれぞれ謳歌しているのだ。
そんな中で。
「いけえええっ! 塵塚怪王っっ!」
「迎え撃て、ブレイズライオ!」
セイバーギアに熱中する子供たちの声が公園に響く。いや、子供モドキとセイバーモドキが混じっているのだが。
座敷童子と塵塚怪王。
ラルヴァである二人は、しかし親分こと大宅誠二くんの操るライオン型セイバーの一撃に見事に敗北した。あまりにも敗北っぷりが見事なので、詳しい描写は避けさせてもらう。
「ま、また~……」
「甘いぜざっきー、おとといきやがれってんだ」
「……そんな口利いていいの!? 時間を操るラルヴァか異能者を探して、本当に一昨日に攻め込んでやるわよ!?」
わけのわからないことをいうさや。本当にやってしまいそうだから怖い。
俺はとりあえず、リングアウトしてピクピクしている怪王を拾い上げてベンチの上に置く。
「……ぬぅぅ、不覚……付喪神の王たる我が、たかだか獅子の玩具程度に……!」
まああっちはあっちで百獣の王だしなあ。がんばれ。
闘志を燃やす怪王を尻目に、俺は自販機でジュースを買う。そして一息つきながら公園を見回す。平和だ。実に平和だ。
「ねぇケンジ様。さやちゃんはああだし、私たちは二人で茂みの奥に行かない?」
真っ昼間からくっついてきてこんな事を言ってくる妙な悪魔っ娘がいなければもっと平和なのだが。
とりあえず俺はしっしっと手を振ってジェスチャーで拒絶の意を示すことにする。
「つれないわよねぇ。ツンデレ?」
デレた覚えはまったく無い。
「ていうか、小学生がいるんだしあまりくっつくなって」
彼らの情操教育上、ひじょうにこのましくないと思うのだ。
「いいじゃない、最近の子はマセてるって言うし?」
「理論が飛躍しすぎだ!」
疲れる。
「……」
そしてさらに疲れるのは、
「…………………………………………」
街頭の影からこっちをじっと見つめてくる由梨ちゃんの視線。にらんでる。むっちゃこっちにらんでる。
「由梨ちゃんも混ざればいいのにぃ」
「だから何言うんだお前は」
「仲良きことは美しきかな」
「だまれ便所神。不健全にもほどがあるんだよお前は!」
「あらつれない。でもそこがいいのよねぇ、袖にされると追いかけたくなる女心をわかってるあたり性質が悪いわぁ」
……もういいです。まともに相手したら疲れる。
「昼間っからアツいなぁ、ケン兄ぃ」
親分がやってくる。どうやらまたさやたちを倒したらしい。座敷童子に似合わない不幸オーラを全力で出して落ち込んでいる二人が隅っこにいるがほっとくことにした。彼女たちの心の傷はきっと時間が解決してくれるだろう。
「改めて礼言うぜ。由梨を助けてくれてありがとう」
そう言ってくる親分。律儀なことだ。
「礼はいいよ。友達を助けるのは当然だろ」
「……ああ。でもオレ達、何も出来なくてさ……」
うつむいて拳を握る親分。自分の無力さを悔やんでいるのだろう。俺は親分に言う。
「そんなことないよ。親分は由梨ちゃんがいなくなったことに気づいて、俺に知らせてくれただろ」
そう、気づくということは……大事で大切なことだ。
いわゆる神隠し系の怪異のもっとも恐ろしいのは、「いなくなって初めていなくなったことに気づく」という事だ。全てが手遅れになってしまうケースが多く、それが一番恐ろしい。
親分が早めに気づいたくれたおかげで、由梨ちゃんは助かったのだ。
俺はそれを親分に伝える。
「俺だって、この……ベルフェが力を貸してくれなかったら、由梨ちゃんを探し当てる事だって出来なかったさ。みんなが出来ることを頑張ったからだよ。だから、親分がそんなに気にすることはないさ。みんなで無事を祝えばいいよ」
「……ああ、そうだな!」
元気な笑顔を見せる親分。さすがはガキ大将、責任感の強さも折り紙付きだが、この前向きさもなかなかどうしてのものだ。
「そうよぉ。みんなで幸せにならなきゃ」
……お前が言うと一気になにか別の意味に聞こえて怖いんだが。
「ん?」
改めて親分を見ると……親分のその後ろに何か気配がある。
……ラルヴァの影だ。不穏な雰囲気は感じないが……そう、親分の後ろに、女の子だ。親分と同じくらいのとしごろの女の子が、親分の服の袖を掴んでいる。親分は気づいているのだろうか。そう思っていると、俺の視線に親分は気づいたらしい。
「こいつか? 新しく友達になったんだ、ええと、名前は……」
「……柚……」
ぼそぼそと言う女の子ラルヴァ。そうか、親分にも見えているのか。となると、見鬼がなくても普通に見えるタイプのデミヒューマンラルヴァか? あるいは、さやと同じく子供には見えるタイプか。
「ん、袖引き童じゃない」
ダメージから回復したらしいさやが涙目を拭きながらやってくる。まだ完璧に回復はしていないらしい。
「知ってるのぉ? さやちゃん」
「うん」
ベルフェの問いに、さやが解説する。
「袖引き童、袖引き小僧と言われる妖怪ね。いつの間にか後ろに現れて、人間の袖を引くだけの無害な妖怪よ」
「……なるほど」
それで親分の袖を掴んでいるのか。だがその姿は、袖を引っ張り悪戯をする妖怪というよりは、お兄ちゃんにくっついている人見知りの激しい妹、っていう感じで見ていて実にほほえましい。
「へぇ、お前そんなんだったのか」
「……!」
その親分の言葉に、袖引き童はびくっ、と震える。
「鬼ごっことか強そうだな!」
親分はニカっ、と笑う。ああ、確かに。いつの間にか後ろに現れるのが能力なら鬼ごっこやおいかけっこでは無敵の強さを誇るに違いない。
……小学生ならではの発想だ。そして親分の頭の中では、彼女を自分の鬼ごっこチームに引き入れて戦力増加のプランが綿密ら練られているに違いない。
「……ぇ」
その親分の反応に、彼女はあっけにとられている。……ああ、そういうことか。
俺は柚ちゃんに向かって話しかける。人見知りが激しそうなのであまり近寄らずに。
「親分はそういうの気にしないから。この子……さやが座敷童子と知っても別に、だったし」
人や魔の区別をつけずに接することが出来る、というのは稀有な性質だと思う。それも考え努めて平等に、ではなく、素のままでありのままで。
「つーか、気にするほうがおかしくね?」
「ああ、俺もそう思う」
親分の言葉に俺も賛同する。現実はそれほど甘くも優しくもないのだが、それでも……親分の言葉は正しいと思う。
「だから、いじめられたりしないよ」
俺は柚ちゃんに言う。妖怪だから、魔物だから、ラルヴァだからといって意味も理由も無く彼女たちを害しようとする人間は確かに多い。だけど少なくとも親分たちは、そういうことはしない。彼らにはそのまま育ってほしいと俺は思う。
「…………ぅん…………」
顔を赤らめながら、こくりと頷く柚ちゃん。ぎゅっ、と親分の服のすそをにぎりながら。
「ははぁ、あんたそれ知ってて、わざと妖怪だって説明した?」
ベルフェがさやに言う。
「さて何のことかしら、私はただ事実を言っただけだけど」
さやが涼しい顔で答える。なるほど。
「んじゃ、遊ぼうぜ」
親分が声を張り上げる。
そして子供たちの輪に、柚ちゃんが加わった。