私はいつも考える。
この宇宙に果てはあるのだろうか。
そしてその果ての果てにはなにがあるのだろうか。
世界の終わりはどこなのか。世界の終わりの終わりはどこなのか。
そんなことをどれだけ考えても答えなんてでるわけがない。そう頭ではわかっていても、ふとそんな漠然とした考えがいつもよぎる。
それも仕方がないと、私は私に言い聞かせる。
なぜなら私の目の前にはその果てのない宇宙が広がっているのだから。
無数に輝く星々が私を照らし、世界を覆う暗闇の中に光をもたらしている。
もしそれすら無いのならば、きっと私はここが宇宙だと認識することすら不可能であっただろう。
私の身体に設置されている八十二個の“眼”がぐるりと周囲を見渡す。はるか遠くにはぽつんと青く輝く星が見える。あれが地球だ。私の母星。だが母星と言ってもそんな実感は私には無い。たしかに私が生まれたのは地球だが、私がこうして意思を持ち始めたのは宇宙に出てからだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、地上からコールが入った。私は慌ててその呼び出しを受ける。すると私の脳内(私に脳なんて存在しないのだが)に存在するモニターに人の姿が浮かび上がってきた。白い肌に翡翠を思わせるような緑の瞳。その上には黒ぶちの眼鏡をかけている。ふわりとした黒髪が内側にはね、幼い顔立ちに似合わない大人びた雰囲気を出している。
それは人間の女だった。その容姿から伺える年齢から言えば少女と表現するのが正しいであろう。歳は十四、十五といったところだ。彼女は椅子に座り、キーボードを叩きながら私を見つめている、正確には私と繋がっている地上のカメラを覗いているだけだ。
その少女を一目見た瞬間、私の中の回路に激しい電流が走った。人工知能は熱くなり、思考演算機能にラグが生じる。どうしたのだろうか。故障だろうか。私は言い知れぬ不安感を拭いさることができずにいた。
『はじめましてサジくん。あたしは瀬名《さな》零里《れいり》よろしくね』
私にはその少女が誰かわからない。メモリーを探っても彼女の顔と一致するデータは出て来なかった。ということは彼女と私は初対面ということになるのだろう。
いつもは白衣を着た男性が私との通信をしているのだが、これは一体どういうことなのだろうか。
零里と名乗った少女は柔らかな笑顔を浮かべ、私のことを『サジくん』と呼んだ。そんな風に呼ばれたのは初めてだ。妙にむずがゆい感覚を私は覚える。
私のパーソナルネームはサジタリウス。恐らく零里はそこから取って私のことをそう呼んでいるのだろう。サジタリウスは射手座のことだ。もっとも、私を開発した片桐《かたぎり》博士は昔のSFアニメから拝借したのだと言っていた。私にはアニメという単語の意味すらわからないが、その時の博士の顔見るに、思い入れのあるものなのだろう。
私には発声機能がついていないため、地上のコンピュータに文字を送り込み、通信社と対話をする。言わば仰々しいメールと言ったところだ。
〈はじめまして私がサジタリウスだ〉
私がそう文章を送ると、少しの時差はあるものの零里はすぐに返事を返してきた。
『通信の反応が少し遅かったけど何か不具合でもあった?』
〈すまない。少し考えごとをしていたのでね〉
『すごいわ。機械なのに考えごとをするのね。さすが片桐さんが遺した超科学の産物ね』
――機械。
そう、私は機械だ。
私は他者にそう呼ばれることで、自分が無機質な鉄の塊であることを思い出す。人間は考える葦という言葉がある。ならば考える機械は何なのか、この私の問いに答えてくれるものはいない。私は現在の科学技術では到底実現できない高度な|人工知能《AI》が組み込まれている。その理屈は私にもわからないが、片桐博士は超科学の力を用い、私を生み出したのだ。地球のどこかには魂を物に定着させる魔術や秘術も存在すると聞く、ならば私が“意思”を保有していても不思議はないではないだろうか。
私は意思を持つ機械であり、ある目的のために作られた“兵器”でもある。
対宇宙
ラルヴァ用戦闘兵器、通称“|イマジンズ《考える者》。それが私たちの総称である。もっとも、私以外の四体のイマジンズは三年前に“戦死”し、残ったのは私だけだ。イマジンズの開発をしていた片桐博士も去年没した。博士がいない以上イマジンズの製作は不可能なため、事実上私が最後のイマジンズということになる。
私は私がどのような外装をしているのか当然ながら直接見たことはない。だがメモリーに残されている私の設計図を見る限り、私たちイマジンズの外見はとてもロマンに欠けた無骨なものである。
それは筒だ。
黒く、巨大な筒状の物体。それが私たちイマジンズの姿だ。全長は約二十メータで、宇宙に浮遊する大きな巻き寿司などと科学者たちは揶揄している。機体の下部には蜘蛛のような細長い足が四つ生えている。それはサブアームで、小惑星の除去などに使用される。戦闘に使用される十二本のメインアームは普段機体の中に仕舞われている。
機体のいたるところに設置されている八十二個のカメラアイは剥き出しになり、レーダーの役割も果たしている。私の持つ索敵能力は今までのイマジンシリーズの中でも飛びぬけて高い。半径四十キロメートルまでならば、どれだけ小さなデブリすらも見逃すことは無いだろう。
〈あなた誰ですか〉
『あたしは貴方の新しいパイロットよ。これからよろしくね』
パイロット……。このような少女が?
私は驚きを禁じ得なかった。もっとも、感情を相手に伝える術のない私のこの驚きを彼女が知る事はないだろう。
高度な人工知能を持つ私たちイマジンズには本来パイロットなど必要ない。それでも私たちが戦闘を行う際には人間のパイロットがイマジンズを操縦することになっている。
それはなぜか。
人間は恐れているのだ。私たち意思を持つ機械を。
もし、私が私の意思で機体に組み込まれている数々の兵器を人間たちに向け、人類に敵対したならば――と、人間たちは考えているようだ。それも仕方がないであろう。知性を持つ機械に恐怖心を抱くフランケンシュタイン症候群は根強く人間たちの間に広まっている。
〈あなたが新しいパイロットということは、前任者の山岡はどうなりました?〉
私の前のパイロットである白衣の男のことを私はあまり良く思ってはいなかった。プライドが高く、嫌みたらしい性格で、私とは馬が合わない人間であった。
『えっと、彼はパイロットの席を外されたわ。あなたとのシンクロ率が極めて低いせいでイマジンズの性能を半分も出せていなかったもの、仕方ないわね』
〈なるほど。それできみが選ばれたわけか。まだ若いのに優秀なんだな〉
私は彼女の服装に眼を向ける。彼女はブレザーを羽織っており、それは
双葉学園という私が開発された機関の制服である。零里は見た目通りにまだ学生なのだろう。
『機械もお世辞を言うのね。あたしは別に優秀なんかじゃないわよ』
〈謙遜は時に嫌味にしかならないよ零里。少なくとも私のパイロットの候補は百人以上いるはずだ。その中のトップだけが私のパイロットに選ばれる。きみは優秀な人間だ〉
『…………そうね。あたしは厳しい訓練を受けてその中でも選りすぐりのパイロット――ってことだったわね』
零里は
マイクに反応するかどうか、というほどに小さな声でそう呟いた。
〈どういう意味だ〉
『ううん。なんでもないわ。忘れてサジくん』
零里は慌てた様に手を振り、ふっとカメラお覗きこんだ。
『本当にあたしは優秀じゃないのよ。いつもクラスで浮いてるし、昨日だってクラス委員に睨まれるしでやんなっちゃう』
零里はふっと疲れた表情を見せ、背もたれに身体を預けながら溜息をついていた。私には人間社会のしがらみなどはわからないが、どれだけ周囲から理解されなくとも、暗黒の宇宙でこうしてぽつんと孤立しているよりはましではないだろうか。私は時に人間が羨ましくなる。だが同時に煩わしくもある。
〈人間は自分より優れた存在が恐ろしいのだ。だから拒絶し、敬遠する。そのような人間の行動にきみが気分を沈めることはない。精神の負担は戦闘に障害をもたらす〉
それは私自身のことでもあった。人間の中には私のような意思を持つ兵器を快く思わないものいるであろう。実際私の開発に反対したものが大勢いたと聞く。
『でもそういうわけにはいかないわ。人間はそんなに単純じゃないの。一人で生きていくことはできないわ。だからどれだけ他人に拒絶されても、自分はそこから離れて生きてはいけないのよ』
ふうっと零里はまた溜息をついた。私は彼女が溜息を漏らすたびに人工知能の回路に妙なうずきを感じ始めていた。
『それにあたしは別に勉強ができるわけでもないのよ。運動だって苦手だわ。イマジンズの操作を覗けば本当にただの落ちこぼれなの。だから優秀だから周りから嫌われるなんていうのはサジくんの勘違いよ』
〈そんなことはない。きみは優れている〉
『初めて会ったのにあたしの何がわかるの?』
零里は呆れた様子で私にそう言った。その瞳にはなぜか憂いを感じる。なぜか私の回路は激しく回転し、熱暴走を起こしそうになってしまう。慌てて冷却装置を作動させるが、なかなか熱は引いていかない、
〈きみは美しい〉
『え?』
零里は呆気にとられたようにぽかんとカメラを見つめている。それはそうであろう。驚いているのは私もなのだから。
私は何を言っているのだろう。私は自分が何を言っているのか理解不可能であった。私に美的感覚は存在しない。人間の顔や容姿なんてものは個人を特定するものでしかない。そこに私自身の感想なぞ存在するわけがない。
〈美しい――いや、きみの年齢を考えれば可憐といった表現のほうがいいのかもしれない。人の心の美しさは容姿にも表れる。美しすぎる存在もまた、優秀過ぎる人間と同じく他者に敬遠されることがある。だから何も気にする必要は無い〉
私は私を止められない。私の理性(そんなものが私に存在するのか甚だ疑問だが)と関係なく、私はそのような文章を零里に対して送りつけていた。
『なによそのお世辞は。フォローになってないわ』
零里はつんと唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。なぜだ。何故怒っているのか私にはわからない。だが彼女のそんな態度に私はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
〈気に触るようなことを言ったのなら謝罪する〉
『あなたって乙女心をわかってないのね。って機械にあたしは何言ってるんだろ……。ともかく、そんな風に過剰に言われたら馬鹿にされてると思うわよ普通』
〈そういうものなのか。私にはわからない〉
『そうよ。そりゃ変に回りくどいよりかはストレートに口説かれたほうが気分はいいものだけれど。そこまで過剰だと詐欺じゃないかと疑っちゃうわよ』
〈私に嘘をつく機能はない。詐欺なんてありえない〉
『ほんとかしら』
〈本当だ。私はきみを美しいと思う。可憐だと思う。それは事実だ〉
私がそう念を押して言うと、何がおかしいのか零里はぷっと吹き出した。
『なんだか必死ね。わかったわ。信用する。ありがとうねサジくん』
零里は笑いだして涙を手で拭っている。私は彼女の微笑む姿を見て、自分の中の何かが落ち着いていくのを感じた。熱暴走は収まり、機能という機能の調子がすこぶるよくなってくる。これは一体どういう現象なのだろうか。
〈零里。私はきみのことがもっと知りたい。パイロットとして私を操縦するのならばデータを転送してくれないか〉
『データ? ああ、この専用のメモリースティックのことか……。これどこに挿すのかしら』
ぶつぶつ呟きながら零里はごそごそとコンピュータをいじる。すると、私の中に彼女のデータがインプットされる。
私はそのデータを表示する。すると、彼女の個人データが私の中に流れ込んできた。
瀬名零里。双葉学園中等部二年生。
そう記されている隣に彼女の顔写真が載っている。そのほかには身長や体重、血液型といった類のものまで記載されている。私はそれを読み飛ばし、零里の成績表を見る。勿論学業の成績表ではない。それはイマジンズパイロットになるための訓練時の成績表である。
零里の成績はパイロットに選ばれたこともあってかトップである。二位との差は激しく、彼女はやはり優秀な人材なのだと私は実感した。
〈なるほど実力は申し分ないな。これから私のパイロットとしてよろしく頼むよ零里〉
『ええ、こちらこそ』
これが私と零里のファーストコンタクトであった。