蔵丹《ぐらに》悠人《ゆうと》は飢えていた。
何に?
女に、である。
そういう言い方をすれば身も蓋も無いのだが、多くの男子がそうであるように悠人もまた、恋人を作りたいのであろう。
彼は高校二年生になった今でも、彼女の一人も出来ていないのである。
(ああ、女の子とお付き合いしたい……。可愛い女の子といちゃいちゃしたい……)
そう頭の中で願っても、現実は非情で、学園には美少女がたくさんいるが誰も自分の相手をしてくれはしない。
(モテてーなー)
ぼんやりとしながら悠人が中庭を歩いていると、ふと人影が目の前に見えた。
そして、目を疑った。
目の前には見たことも無いような美少女が箒を持って掃除をしていたのだ。
長い金髪に、フリルのたくさんついた白いドレスを身にまとい、胸は大きくスタイルもいい。顔は、まるで人形のように綺麗だった。
そんな美少女がなぜか学園の中庭で箒を持って掃除しているのである。そんな摩訶不思議な光景に、思わず悠人は頬をつねってこれが夢なのかどうか確認する。
(痛い……ってことは夢じゃない。ってことは理想の美少女が目の前に――いる!)
悠人は胸を高鳴らせた。
夢にまで見た金髪美少女が目の前にいるのだ。どうにかしてお近づきになりたい。
悠人は勇気を振り絞り、その美少女に話しかけることにした。
「や、やあキミ。こんなところで何してるの?」
すると、ようやく美少女は悠人に気付いたようで、ふっと彼のほうを振り向く。
青く輝く瞳が悠人を見つめる。
「わたくしはお掃除を、シテイルのデス」
美少女はそう悠人の質問に答える。
だが、その言葉は妙にぎこちなく、片言のようだった。見た目通りに外国の子なのかな、悠人はそう納得する。それでもどうやら日本語は理解しているようなので一先ず安心だ。
「きみ見かけない顔だね。この学園の生徒じゃないよね?」
「ハイ。ですがわたくしはこの学園で生まれたのデス」
(学園で生まれた……?)
どういう意味だろうか。この双葉区で生まれ育ったって意味なのだろうか。だとすると片言なのは少し変だな。
不審に思いながらも、悠人はその疑問を口には出さなかった。
なんだかそういう細かいことを気にしてしまったら、幻のようにかき消えてしまうのではないかと思えるほどに、その美少女には現実味がなかった。
まるでファンタジーに出てくるお姫様のようである。
「あの、俺は蔵丹悠人っていうんだ。きみ名前は? よかったら教えてよ」
普段悠人がこうして積極的に女の子に話しかけることは無い。それゆえに女子と付き合えないのだから。
だが今回はそういうわけにはいかない。
今、この期を逃したら、彼女は二度と自分の目の前に姿を現さないんじゃないか。そんなことを思ってしまう。
「わたくしの名前はD――いえ、ドロシーというのデス」
「ドロシー……」
なんて可愛い名前なんだろう。
「ドロシーちゃん。俺と、俺と付き合ってください!」
悠人は何を血迷ったのか、突然そんなことを言い放った。
自分でも何を言い出したのか、悠人本人も理解できない。一目惚れというのは厄介だ。その根底には理屈はなく、自分でもわからない行動をとってしまうものである。
ドロシーは唖然としているのだろうと思ったが、なぜか彼女は無表情であった。
「あ、あの……」
我に返った悠人は、おそるおそるドロシーの顔を伺う。
「ダメです……」
「な、なんで!」
なんでもへったくれもない。いきなり見知らぬ男子に告白して、オーケーする美少女などまずいない。だが、ドロシーはそういう意味で駄目と言ったわけではなかった。
「わたくしは、ロボットですカラ」
ロボット……。
その一言は衝撃的で、悠人の頭をゆすぶるには十分だった。
だが、人型ロボットというのはこと
双葉学園においては決して珍しいわけではない。
ここは人外魔境の双葉学園。怪物と人間が交流することができるなら、ロボットと人間だって愛し合うことはできるはずだ。
今悠人はそんなことを考えていた。
恋は盲目。
「ろ、ロボットだっていい! 俺はキミを好きになってしまったんだ!」
普段の自分ではありえない情熱的なアプローチをし、悠人は思わず彼女の手をとった。たとえロボットでも、その美しい姿は嘘じゃない。それだけで悠人にとってドロシーを好きになるには十分な理由であった。
だが、その瞬間悠人は違和感を覚える。
手に取ったドロシーの白く綺麗な手が、|ブレていた《・・・・・》のである。
まるで映像にノイズが入ったかのように、目の前の彼女の手が歪んだのだ。
「え? え?」
悠人が混乱していると、どこからともなく女の叫び声が聞こえてくる。
「こらードロシー! 勝手に外に出るんじゃないわよ!」
そう叫び中庭に現れたのは白衣姿のちんちくりんな女生徒であった。その女生徒はドロシーの背を押し、無理矢理どこかへ連れて行ってしまおうとしていた。
「お、おいあんた。その子は今俺と――!」
「うっさい。もうすぐコンテストが始まるのよ。バカは下がってなさい!」
白衣の女生徒の剣幕に気圧され、悠人は何も言えなくなってしまう。咄嗟に二人を止めようと思ったが、二人はものすごい速さで走っていき、すぐに姿が見えなくなってしまった。
こうして悠人の恋は一瞬で終わってしまった。
ロボットでもいい。彼女と仲良くなりたかった。
「ドロシーちゃあああああああああああああああああああん!」
悠人は大きく叫ぶことしかできなかった――