ぼくと千波ちゃんは一先ず近くの公園へと出向いた。ゴスロリ子ちゃんの死体があるのは人気がないからしばらくは大丈夫だろうが、急いだほうがいいだろう。ぼくたちは公園の茂みをかき分け、猫を探した。この公園も夜になると人は一切いなくなる。電灯も少なく、頼りなるのは月灯りだけだ。
「それで千波ちゃん。その猫ちゃんの特徴は?」
「一応前に写メ撮ったのがあるんだ。見て見て」
そう言って千波ちゃんは短いスカートのポケットから携帯電話を取り出した。もとの形が分からないほどにデコレーションされている。そしてその携帯電話にある画像をぼくに見せた。
そこには小さな黒猫が、ピースしている私服姿の千波ちゃんの腕に抱かれていた。
だけどその猫はどう見ても普通の猫じゃない。目玉が無く、口が耳元まで裂け、キリのような鋭い歯がそこから覗いている。尻尾も三本もあった。どっからどうみても
ラルヴァの類だろう。子供が見たら泣き出す造形をしている。
「えへへ、可愛いでしょ? あたしのお師匠様が一人前になった証にって譲ってくれたのよ」
千波ちゃんはペット自慢をするセレブのようなウザさでぼくに次々と、屍喰い猫の画像を見せつけてきた。他人の夢の話と、ペットの自慢ほど興味のないものはない。
「ああ、かわいいかわいいよ。しかしこの猫は千波ちゃんに懐いてなかったんだね。逃げ出しちゃうなんて」
ぼくが皮肉ってそう言うと、千波ちゃんは頬をぷくーっと膨らませてそっぽを向いてしまった。
「仕方ないじゃない。あのゴスロリがめちゃくちゃな攻撃ばかりしてくるんだもん。あたしのせいじゃないもん。この子はぜったいあたしのこと好きなんだもん!」
「わかったよ。泣かないでくれ。それじゃあ一所懸命探そうね」
「うん……」
千波ちゃんは涙を拭いて、必死に茂みの中へと顔を突っ込んでいた。
しかし屍喰い猫が普通の猫と生態が違うのであれば、どうやって探したらいいのかさっぱり皆目見当がつかない。
「そうだ千波ちゃん。猫ちゃんに名前はつけてないの? 名前で呼んだら出てくるんじゃない?」
「ううん。お師匠様が猫に名前を付けるのは邪道だって言ってたの。それにあくまで屍喰い猫は仕事用の道具で、愛玩用のペットじゃないから、名前を付けると情がわくって言ってたの」
「もう十分情がわいてるじゃないか」
嬉しそうに屍喰い猫を携帯電話でパシャパシャと写真を撮るイメージが頭に浮かぶ。なんでみんな猫なんて気持ち悪い生き物が好きなんだろうか。
「うう、仕方ないじゃん。だって、あの子だけがあたしといつも一緒にいてくれるんだもん……」
「へえ、それじゃあお師匠さんはどうしたの? もう巣立ちして会ってないんだ?」
「ううん。お師匠様はもう死んじゃったわ。あたしが殺したの」
「え?」
ぼくはふと千波ちゃんの顔を見る。嘘吐きのぼくは他人の嘘には敏感だ。千波ちゃんのそのなんとも言えない表情からはそれが嘘や冗談だとは思えなかった。本当に、言葉の通りに自分の師匠を、自分で殺したのだろう。
「それがこの流派の習わしなの。弟子は師匠を殺してその総てを引き継ぐのよ。お師匠様も最後は満足そうな顔してたもの。これでよかったのよ」
そう言って夜空を見上げる千波ちゃんの目は、どこか寂しそうなものだった。ぼくには彼女の孤独や悲しみはきっとわからないだろうけど、それでもその瞳からはこの世界でたった一人生きていく人間の憂いが見て取れた。
ぼくより何歳も年が下のはずなのに、もうしっかり自立して殺し屋稼業で喰っているなんてすごいなぁ。尊敬しちゃうなぁ。
まあ、そんなことはどうでもいいことなのだけれど。
とにもかくにも屍喰い猫を探さなきゃだめだ。そうすれば千波ちゃんだって満足してぼくを解放してくれる。
「そういえば千波ちゃん。どうしてわざわざ双葉区なんかにやってきたの? 誰か標的でもいるのかい?」
双葉区は当然ながらほかの街より警戒が厳しい。殺し屋が入り込むのだって相当苦労するだろう。
「わからないの中也? ここはね、殺し屋業界にとっての、言わば金の鉱脈なのよ。ここではいろんな陰謀が渦巻いてるの。あたしだって一応は裏の世界で生きる人間だから、この街がなんのために存在してるか知ってるよ」
「まあ確かに。ここは国家レベルの、いや、世界レベルの機密があるからね。仕事にはことかかないかもね」
「そう。さっきのゴスロリが所属してる傭兵集団“|少女地獄《ステーシーズ》”や暗殺チームの“|三重殺し《トリプルプレイ》”。それに“聖痕《スティグマ》”や“オメガサークル”なんて巨大組織の人間も潜入してるみたいだね」
「まったく。物騒な街だよ。ぼくみたいな善良な人間にとっては迷惑この上ない話だね」
その結果こんなくだらないペット探しをするはめになるんだからたまったものではない。殺し屋なんて人にたやすく暴力をふるう人種がこの街にうじゃうじゃいると思うと背筋が凍る。ぼくは暴力沙汰が大嫌いなんだ。いや、好きなやつがいたらそいつは人としての資格なんてないね。
「もう、喋ってる場足じゃないよ中也。あたしあっち探してくるから、逃げちゃ駄目だよ! 逃げたら殺すから!」
「はいはい。逃げないよ」
千波ちゃんは立ちあがって反対方向の草むらへ探しに行った。ぼくはそれを後ろ目で見送る。すると、どこからともなく一匹の猫が千波ちゃんの前に飛び出してきた。
「ん?」
一瞬屍喰い猫が姿を現したのかと思ったが、違う。それは普通の三毛猫で、どうやら公園に住み着いている野良のようだ。この双葉区は猫の数が異常に多い。どうも猫好きが多いようで、餌を与えているうちに数が増えてしまったのだろう。
「わーニャンニャンだー! かわいいー!」
千波ちゃんもここの住人と同じく猫が大好きなようで、いきなりテンションをあげて猫のほうへと駆け寄っていった。
「ねー猫ちゃん。あたしの屍喰い猫知らないかなぁ? 知らないよねぇ」
千波ちゃんは嬉しそうに猫に話しかけた。綺麗な毛並みをしていて、夜だからか目がまん丸だ。きっと猫好きにはたまらないだろう。
「あー、猫ちゃん可愛いなぁ」
そう千波ちゃんが我慢しきれず右手で猫を撫でた瞬間――
あれから千波ちゃんと別れてアパートに帰ったら、アキ姉は爆睡してしまっていた。こんなに苦労してアイスを買ってきたのに。まああれから時間かかり過ぎてしまったのだから仕方のないことかもしれない。
ぼくもアキ姉と同じ布団の中に潜り、ごく普通に眠った。疲労感が半端なく、泥のように深く眠ることができた。
しかし翌朝大変なことが起きた。
「おっはよう中也!」
そんなやかましい声で飛び起き、窓のカーテンをさっと開けると、外の柿の木にぶら下がっている千波ちゃんの姿があった。幸い、アキ姉は眠ったままだ。
「なんでここにいるんだよ千波ちゃん」
「えへへ。あたしもこのアパートに住むことになったから、挨拶に来たのだ」
そう言う千波ちゃんの服はボロボロのセーラー服ではなく、ピンクのシャツにチェックのミニスカートという可愛らしい私服で、木に足を引っ掛け逆さまの状態のためかスカートが盛大にめくれてパンツが丸見えになっている。今日は縞パンだ。ちゃんと穿き替えたみたいで安心。
だけどそれ以上に驚いたのは千波ちゃんの右手だ。そこにはちゃんと手首から上が存在した。
「どうしたんだよそれ。もしかして千波ちゃんの腕ってトカゲみたいに生えてくるのか?」
「そんなわけないでしょー。義手よ義手」
そう言って千波ちゃんは右手をグーパーとにぎにぎした。その際にミョンミョンと機械音が聞こえる。どうやら本当のようだ。
「それに見てこれ、義手を外すと、仕込みナイフがあるんだよ! サイボーグみたいでかっこいいでしょ」
「百鬼丸かよ!」
まあ元気そうで何よりだ。たった一晩で義手まで用意して住む場所も確保するなんて、馬鹿そうに見えて案外抜け目ない子だよ。
「しかしこのアパートに住むって、きみ学園の人間でもない不審者なのによく住むことができたね」
「色々あってねー。兎にも角にもそんなわけだからよろしくー」
「できればよろしくしたくないなぁ」
「ひどい! 昨日も『また会えたらいいね』って言ってくれたじゃん」
いやあれは嘘なんだけど。なんて言えやしない。
「それじゃあ、あたし朝食食べるから、まったねー!」
千波ちゃんは満面の笑みでそう言い、木から飛び降りてそのまま下階の窓に入って行った。ぼくが窓から下をのぞくと、千波ちゃんは窓から義手の右手を出してピースをしていた。
隣には吸血鬼と元闇医者。下の部屋には殺し屋。
こうしてぼくの周りに犯罪者がまた一人増えたのであった。