「ねえ博士。あなたは
ラルヴァの研究をしているそうですが、同時に異能についての研究もしているんでしょう。
なら僕が今からお話しする話は、きっとあなたの興味を引くものだと思います。
これは僕の友人の話。仮にAと呼びましょうか。Aは異能を持っていませんでした。この学園は異能者が集まる学園ですよね。勿論能力を持たない生徒もたくさんいます。Aもそんな非能力者の一人でした。彼は親の仕事の都合でここに引っ越してきただけなんです。Aはそのことにコンプレックスを抱いていました。そりゃあそうでしょう。周りのっ友人らは超常的な力を持つ生徒ばかりです。Aは彼らのことを進化した人間だと思っていました。
Aはみながうらやましかったのです。自分の特別な異能が欲しい。強い力が欲しい。そう思いました。
でも自分には異能を発現する可能性はない、と研究者たちに断言されました。
Aは勉強も、スポーツも、これまで必死に努力して成績の上位を納めてきました。だけど異能に関しては努力なんて意味がない。完璧に才能頼りなんです。発現した能力を高めるためには努力が必要かもしれませんが、そもそも能力が発現しなければ努力の使用が無いのです。
そこでAは悩みました。
どうにかして異能が発現しないものか。
そのためならば自分は悪魔に魂を売ってもいいとさえ、彼は思い始めたのです。
そんな彼に悪魔は本当に近づいたのです。
いえ、悪魔と言うのは当然ながら比喩です。その人物は、学園の異能研究者でした。
彼はAにこう申し出ました。
「発現の可能性の無い非能力者を、人工的に能力者にする研究をしている。その実験の手伝いをしてくれないか」
それはあまりに怪しげで、あまりに荒唐無稽でした。ですがAは簡単に首を縦に振ります。Aにとってはこれこそ願っても無い申し出だったのですから。
実験の手伝いというのは、身も蓋も無い言い方をすれば人体実験でした。
人間の脳髄に機械を埋め込み、強制的に魂源力を増幅させて異能を引き出すというものでした。そんな人体実験は当然ながら違法なものです。研究者もそれをわかっていて、口を割らないであろう、異能を渇望するAにそれを持ちかけたのです。
さすがのAもそれには悩みました。自分の脳みそを切り開かれ、そこに異物を埋め込まれるなんて不気味極まりない。
しかし、Aが考え込んでいる間に、親友のBが異能を発現しました。彼が発現したのは強力な異能で、すぐに前線で活躍し、ヒーローとして喝采を受け始めました。彼にはそんな才能が隠されていました。ですがAには何もない。
自分はこのまま誰も彼にも置いていかれてしまうのではと強迫観念に苛まれました。
数日後、Aは決心しました。
研究者の契約書にサインをし、研究者が自宅の地下に用意していた手術室へと向かいます。
Aは麻酔を打たれ、手術台のベッドで深い眠りにつきました。
その時、どんな術式が行われたかはわかりません。しかし、器具から察するに、直接Aの頭を切り開き、前頭葉に刺激を与えるチップ型の装置を埋め込んだのです。今でもAのおでこにはその時の手術痕が残っています。
目を覚ましたAは、研究者にこう言われました。
「おめでとう。術式は成功だ。後は三日以内に異能が発現すれば、人口異能者の実験も成功となる。これで私も研究者としてまた一つ、上に上がれるだろう」
その後すぐに解放されたAは、寮に帰り、そのまままた眠りにつきました。
そしてその翌日、Aは予定通りに異能を発現しました。
いつも通りに登校したAは、キャンパス内に足を踏み入れるなり、奇妙な声が頭に響いてきたのです。
『おい、Aが来たぞ。あいつ気持ち悪いよな。いつも暗い顔だし』
『うわぁAよ。何あの頭の傷。こっち見ないでほしいわ』
『能力も持たないクズが何しにこの学園来てるんだよ。目ざわりだ』
それは普段彼と爽やかな会話をしている、大学の仲間たちの声でした。
しかし彼らは口を動かしておらず、何もしゃべってはいないようでした。それどころか「おはようAくん」と笑顔で言いながらも、同時に『うざったいなー。もう顔を見せないでほしいわ』という悪態がAの頭の中に聞こえてくるのです。
その時、ようやくAは理解しました。
自分は異能を発現したのだ。これはテレパシーだ。しかも受信専用の。
ああ、なんと役に立たない異能だ。それどころか、自分が聞きたくなかった友人らの本音までも聞くことになってしまったのです。Aはなんとか他人の心の声を掻き消そうと試みますが、異能を止めることはできませんでした。
これではまるで、自分はサトリの化け物だ。
伝説上の、人の心を読む気持ちの悪い山男と一緒だ。
Aは大学を飛び出しました。
しかし、街を走り抜けている間にも、人々の黒い言葉がAにぶつけられました。
Aは自分が嫌われ者の、気持ちの悪い人間なんだと思いました。
今までそんなことを自覚してなかったのに、異能を発現し、人の心を読むことができるようになったせいで知りたくもないことを知ってしまった。
誰もかれもがAの悪口を言います。
誰もかれもがAを罵ります。
Aは百の、いや、千の罵声を直接頭に聞きながら、その夜にある場所に向かいました。
それは研究者の自宅でした。
こんなことなら、異能なんていらなかった。これもすべてあの研究者のせいだ。
頭が痛い。割れるように痛い。もうAは人がいる場所で生きることはできないでしょう。
Aは研究者を恨み、復讐を果たそうと自宅の中に足を踏み入れました。手には包丁が握られ、この家で眠っているであろう研究者を探しました。彼は寝室で幸せそうに眠っていました。Aが部屋に踏み込むと、物音で気づいたのか、研究者は驚きながら起き上がりました。
「何をしているんだAくん!」
「うるさい! 貴様のせいで僕は、僕は!」
Aは包丁を研究者に突きつけます。研究者は頭を床につけながら、謝罪し、命乞いをしました。
しかし、Aの頭に流れ込んでくる彼の本音はまったく正反対のものでした。
『このガキ、頭がおかしくなりやがった。実験を上層部に知られないように、このガキが油断したところを殺して埋めてやる』
研究者は頭を下げながらもそんなことを考えていたのです。
カッとなったAは、とうとうその包丁で研究者をめった刺しにしました。肉を何度も何度も切り裂き、部屋は血に染まっていきます。研究者は声を上げることもできずに絶命しました。Aは復讐を果たした勲章代わりに、研究者の首を切り落としたのです。
それでAの復讐は終わりました。
ですがAの苦悩は続きます。
Aは決意しました。これもすべて異能の存在が悪いんだ。それを研究する奴らも、あの研究員動揺全員同罪だ。
Aは異能に携わる研究を皆殺しにしようと考えました。
そしてAは、研究者を殺すために一軒のバーに入っていきました。
そしてそこで飲んだくれている研究者を殺そうと思いました、おわり」