【召屋正行のささやかな日常はこうして壊れた その3】

召屋正行の日常はこうして壊れていく その3

 召屋正行と有葉千乃は、商店街へ向かって歩いていた。理由は、その方向に目的地があることと、仕事前の腹ごしらえをするためである。
 召屋は、自室へ帰った時にブレザーは脱いでおり、ネクタイも外していた。学生として識別できるものがパンツのみのため、巨大な体躯なのと、横にいる小柄な少女ということもあって、商店街の奥様連中からはどう見ても親子であった。
「何か食べたいものはあるか?」
 一生懸命、はや歩きでついてこようとする健気な有葉に声をかける。
「私はなんでもいいですよー」
「女の何でもいいってのは、何でも良くないってことだからなあ」
 クシャクシャと頭を掻く。
「ホントになんでもいいんですよー」
「じゃあ、ここでいいな」
 急に足を止める召屋、それにぶつかり、後ろへと転ぶ有葉。
「急に止まるなんて。痛いですよー。えっと、ここですか?」
「ああ、ここだったら、誰にも邪魔されずに今後の方針も練れる」
 ふたりが立ち止まった目の前には、異質なオーラを放つ、古ぼけた喫茶店が建っていた。明らかに周りの商店街から浮いてる、ドロドロとした雰囲気のその店の戸を召屋は躊躇なく開ける。
 カランコロンと扉に取り付けられたベルが乾いた音で鳴る。
「ほれ、入れよ」
 そう手で導く召屋だったが、有葉は一種異様な空気に戸惑う。
「別にとって食おうってんじゃねえ。食い物も旨いぞ。特にスパゲッティナポリタンは絶品だ。ささ、入れ入れ」
 やや薄暗い店内は、外観とは裏腹に小奇麗で、十分な手入れが行き届いているようだった。カウンターの奥には、客が来たのに一瞥もせず、スポーツ新聞を読むマスターと思しき男が、その横ではカウンターを拭いているウェイトレスがひとりいた。
「あら、いらっしゃい。お隣の子は……隠し子?」
「そんなわけねえ! この歳で子供がいてたまるか!!」
「あらあら、じゃあ、もしかして、まーくんの恋人!?」
 ウェイトレスは目を大きくみひらき、手を口に持っていく。
「やっぱりねえ、年頃だものねえ。色恋沙汰のひとつやふたつあってもおかしくないと思ったけど……。でも、そんな幼女に手を出すなんて、それはちょっとどうかと思うのよ。お姉さん悲しいわ」
 目元にキラリと光るものをエプロンの端でそそと拭き取るウェイトレス。
「恋人でもねーし、幼女でもねえ」
「あら? そうなの!?」
 再び、驚くような表情浮かべる。
「そうですよ! 私は幼女なんかじゃありません。17歳の高校生ですっ!! 大人なんですよー」
 召屋の時と同じようにツルペタな胸を張り、自己をアピールする有葉。
「あらぁ? 本当の大人っの女性ていうのは、こういうのを言うのよ」
 そう言って、ウェイトレスはやや前屈みになって両腕で胸を挟み、その規格外なボリュームをより強調するようなポーズをしてみせる。
「ううっ。ふ、ふーんだ! 春ちゃんの方がもっと凄いもん。ボインボインでバインバインで、しかも強いんだもんっっ!!」
「だから、誰だよ春ちゃんってのは……」
「あら? そうなの。私も結構強いわよ?」
「春ちゃんの方が百万倍強いんです!」
「じゃあ、機会があればお手合わせしてみたいわねえ」
 髪の毛をかきむしりながら、ふたりの間に割って入る召屋。
「もう、いい加減にしてくれ。とりあえず、ナポリタン。有葉、お前もそれでいいな?」
「ううー、春ちゃんの方が強いんだもん」



 マスターお手製のナポリタンを平らげたふたりは、地図と出来の悪いイラストを机に広げ、考え込んでいた。
「確かに、この神社は街の外れで、ここの商店街からも住宅街からも遠い。でも遠いといっても人気が全くないってワケじゃない。第一、一般生活区域に発生したラルヴァは速やかに駆除されるはずだ。それなのにラルヴァの目撃があるだけで、駆除はされてない……。どういうことだ?」
「きっと、隠れるのが上手いラルヴァさんなんですよ」
「だったら、被害がないのは?」
「うーん、そ、それは、あまり強くないのかもしれませんよ! そうですよ」
 召屋は腕組みしたまま目を閉じて考え込む。
(確かに、字元は大した仕事じゃないと言った。俺たちレベルでも何とかできる代物って可能性は高い? だが、正体不明なのに何故、低級ラルヴァって断言できるんだ?)
「考えてても仕方ないですよー。早く現場にいきましょうよ。ところで、メッシーはどんな生き物でも召喚できるんですか?」
「あ? ああ。どんなってワケにはいかない。自分が過去に見聞きしたものだけだ。しかも、それを自分の中で明確にイメージした時だけだな」
 有葉は、何かをはっとひらめいた様子で、ナプキンにボールペンで何かを描き始める。そして、描き終ると、それを召屋に突きつける。
「じゃあ、これを召喚して下さい!!」
 そこには、ドラゴンのような、それともそうでないような、ファンシーな生き物が描かれていた。
「却下だ」
 ナプキンを奪い取り、ビリビリに破り去る召屋。
「何をするんですかー?」
 ため息をひとつ付いて、つぶやく。
「そういった抽象的なのはダメなんだ。立体として認識できないとダメなんだよ」
「ドラゴンが、ドラゴンがいいですー!!」
 ジタバタと手足を動かし抗議の意を表す有葉。
「―――うーん、そうだな、やれたらやってみるよ。別の機会にな」
「ホント?」
 両手を組んで胸元に、目を輝かせている有葉は、クリスマスプレゼントをサンタさんにお願いする子供のようだった。



 十分な満腹感と、それなりの対応策を考えたふたりは、喫茶店を後にする。周りはすっかり真っ暗になっていた。時計を見ると21時だ。喫茶店にはかなり長居をしたらしい。
 ちなみに、喫茶店を出る時、有葉は『絶対に春ちゃんの方が強いんだからねっ!!』という台詞をウェイトレスに吐き捨てていたのは言うまでもない。
 目的地である神社に向かうほど、周囲の人気は少なくなっていき、その近くでは、人の気配も感じられないほどにまで静まりかえっていた。どこからか、カエルの鳴き声まで聞こえて来る。
「なるほど、これは……」
 ひとりごちる召屋。そして、その目の前に長々と続く階段が現れる。
「これを登るんですよね」
 目的地であるはずの神社は小高い丘の上にあり、そこにたどり着くためには、この目の前の長い階段を登る必要があった。
「面倒くせ~」
「こんな階段ぐらい、留年の恐怖に比べれば問題ないですよ」
「そうだな、ちびっ子」
 召屋はグリグリと有葉の頭を撫でる。
「ちびっ子じゃないですよーっ!!」
「ああ、そうだったな、有葉。よし、行こう」
 ふたりはゆっくりと階段を登って行くことにした。
 だがしかし、階段の途中で召屋はペタリと座り込んでいた。
「こ、これは…ハア、かなり…ハアハア…高いな」
「こんなところで、へこたれるなんて、カッコワルイですよメッシー」
「う、うるへえー、こっちは運動不足でそれどころじゃ、ねえんら」
 汗だくで、語尾がしどろもどろになりながら、精一杯反抗しようとする。一方の有葉といえば、汗一つもかいていない。あまりの自分の不甲斐なさに、明日から毎日ランニングでもしようかな、と思う召屋だった。
 その後、何度かの小休止を挟み、ふたりはようやく神社へと到着する。
「よ、ようやく目的地かよ」
 汗だくで足元がふらつきながらその場にヘナヘナとへたりこむ。大男がペタリと座り込む姿はなんとも滑稽だった。隣にいる少女が小柄なだけに尚更だった。
 暫くの休憩の後、ふたりはようやく活動を開始する。周辺に一般人がいないことと、ラルヴァの痕跡を探すことだ。
 幸いにも、人気は一切なく、いるといえば、カエルがネズミか猫程度。もしかすると、捨てられた子犬もいるかもしれない。まあ、こんなところに捨てるような馬鹿もいないだろうが。
「なにも、無い、ですねえ」
 マグライトの光を周囲にかざしながら有葉が喋る。このマグライトは召屋が自室に帰ってきた時に持ち出したものの一本だった。その巨大さは、鈍器としても十分成立するものであった。一方、召屋、小振りのLED仕様のマグライトで周囲を探っていた。
「いねえなあ。これは今日は無理かもしれんな」
「きっといますよ! さっさと終わらして、薔薇色の学園生活を送るんですよっ」
「そうは言うけどなあ。相手が出てこないんじゃあ、こっちもやりようがないな」
 ポリポリと頭を掻く召屋。
(そういえば、昨日は風呂入ってなかったなー)などと思い返す召屋。
 今日帰ったら風呂に入ろうと固く決意する召屋の耳に、何か植物が擦れるような異質な音が聞こえる。
 召屋は有葉の顔の前に人差し指を立てた手を差し出す。それに理解したであろう有葉は喋ろうとしていたことを喉の奥に追いやることにした。
 何かがいた。気配から察するに人や動物ではありえない。禍々しいまでのオーラがマグライトで照らす方向から放射されていた。
「こいつか?」
 召屋が向けたマグライトの方向には、奇異な物体の影が大きく伸びていた。その形状は不定、だが、それは不定形でありながらも、まるで四足歩行の生き物を模そうとしているようだ。足は四本? いや、五本か? それとも三本か? 絶えず変わり続ける物体は決してこの世のものではない。また、目や口とったものらしきものも不明だ。ビー球のようなものが表面に浮いているが、その位置は一瞬にも定まらず、その不定形の身体を駆け回っている。
 恐らく、確実に資料にあったラルヴァに間違いなかった。だか、この物体は、液体なのか? それとも固体なのか? その存在自体が不安定で、召屋には断言は出来なかった。
(さて、どうするべきかね? 逃げるか、戦うか……)
 対応にあぐねた召屋の隙を見たのか、ラルヴァの背中から、触手のようなものが伸びる。後ろのポケットから、ステンレス製の警棒を取り出そうするが間に合わない。
「ちっ」
「メッシーッ!!」
 紙一重で触手をかわす。だが、人の急所を狙ったのであろう、召屋の左脇には、鋭利な刃物で切り裂かれたような痕があった。ワイシャツはバッサリと切れ、その下の脇もパックリと割れ、血が流れていた。
 召屋は、取り出した警棒を振って引き伸ばす。付与魔術師《エンチャンター》によって祝福された警棒なら、ラルヴァにもダメージを与えられるはずだ。
「こなくそっ!!」
 精一杯の瞬発力で、不定形の生物に一気に駆け寄ると、ステンレス製の警棒を一気に叩き付ける。その瞬間、付与された魔法が発動し、バチバチッと炸裂する。追加の攻撃は与えずにラルヴァから遠ざかる。
 一撃離脱。召屋にとって、力が分からないラルヴァには基本の戦略だった。
「どうだ? ……ハアハァ……」
 自信を持って打った一撃に対して、不定形のラルヴァには大きなダメージを与えたように思えなかった。
「有葉ぁぁっ!」
「な、なんですかぁ?」
 その大声に、遠巻きに見ていた有葉はビクっとする。
「時間稼ぎはできるか?」
「え? あの? その!?」
「コイツで三十秒だけなんとかしてくれ。そうすれば、俺も対抗できる奴を召喚できる」
 そういいながら有葉に警棒を放り投げる。
「うわっ? えと! あの!? えぇー??」
 取り落とそうになりながらもなんとか受け取る有葉。そして、何かを決したような表情をする。
「三十秒ですねえ! 分かりました。なんとかします!! さあこいっ、ラルヴァさんっっ!!」
 こんな時にさん付けはねーだろと思いつつも、召屋。いつもの能力開放の手順を思い出す。まず、過去の記憶のサルベージ。これまで出会った中で、最も凶悪で、最も強靭、最も悪辣なラルヴァをイメージする。
(そうだ、あのラルヴァだ……)
 一瞬躊躇する召屋にとっては最悪の記憶だったからだ。だが、それは今必要としている。そして、そのイメージをより強固なものとしていく必要がある。四肢の姿、毛皮、動くべき筋肉、その筋肉を強固なものとする骨格、獲物を捕獲するためのしなやかな動作、人を屠るための異能の能力……。ゆっくりとだが、それは現実のものとなっていく。
(我の名を持ってここに現れよ!!)
 空間がビリビリと張り裂け、そこから、獅子のような化け物がゆっくりと姿を現す。それは漆黒の姿をしていたが、鬣をそなえた、気高き獣のプライドを兼ね備えた、過去に召屋が見まごうたラルヴァの中でも最強、最悪のものであった。確実に記憶から消したりたいほどの。
「有葉、コイツでアイツをなんとかしろっ!!」
 極限の集中力のためか、脂汗を掻きなから、有葉に叫ぶ。その有葉といえば、ラルヴァと対峙しつつ、その触手を絶妙な棒さばきで逃れていた。
 召屋は召喚の疲労も忘れて一気に有葉に近づく。そして、手に持っていた警棒を奪い取り、有葉に向かって言う。
「こっちは俺がやるから、お前はアレを従属させろ!」
 だが、その答えは召屋の期待するものとは異なっていた。
「あんな怖いのは嫌ですー! ドラゴンがいいですー」
 カランカラン……。
 有葉の手から奪い取ったはずの警棒を滑り落とす召屋。
「て、てめえっ、この状況で、何、我侭いってるんだ? このクソちびっ子のツルペタ幼女っ!!」
「幼女じゃありませんよっ。なにより、私はあなたよりもお姉さ……」
 そう言いかけようとした瞬間、有葉は舌を軽く噛んでしむ。触手が有葉を攻撃しようしたところを召屋は首根っこを掴み脱兎のごとく逃走したのだ。
 その背後では、召屋が召喚したであろうラルヴァ(?)が細切れになり、断末魔の叫びを上げていた。
 階段近くまで戻ったふたりは、そっとその境内の奥にいるラルヴァを覗き見る。
「くそっ、全然簡単な仕事じゃねーじゃねーかっ?? 明日会えることがあったら、あの馬鹿教師を一発殴ってやる!」
「はひ、はぁ、もう、舌噛んじゃったじゃないですかあ。……だから、メッシーがドラゴンを召喚すればいいんですよ」
 あっけらかんとした表情で、有葉が言う。
「はあ? お前のあのワケわからないイラストを元にして召喚しろってか? そんなの無理に決まっているだろうがっ」
「メッシーのイメージでいいんですよね? なら例えば、映画とかテレビとかで観たものでもOKでしょ?」
 なるほど、確かにそうだと召屋は思う。現実に見たものではないにせよ、幼心に観たスクリーンの中のそれは、確かに動き、炎を吐き、大地を、人を蹂躙していた。
「どうせ、このままじゃヤバイのは一緒だ。その案に乗るぞ!」
 そう言って、召屋はイメージを開始する。
 ドラゴン、背に羽を持ち、口から炎を吐く魔物。その腕の一振りは、一瞬にして街を破壊し、口から放つ炎は全てを焼き尽くす。強靭な肉体はあらゆる攻撃を撃退する無敵の存在……。
(出でよっ)
「わーっ、カワイイっ!!」
 有葉の声に目を開けた召屋は、愕然とした。
 チンマリとしたドラゴンが有葉の頭の上に乗っていたのだ。
(そーか、イメージってのはTVを通してだと、そのサイズになるんだなぁ。32インチのテレビ、買おうかなあ)
 その可愛らしい姿に絶望する召屋だった。だが、有葉はノリノリだった。
「さあ、行きますよう! 貴方の名前は……りゅうた、どらお、どらすけ、あとええとお……!! やっぱり、ドラ吉で決まりです!! 行けっ ドラ吉」
 その言葉にドラ吉は「あぎゃ!」と応えると口から全てを焼きつく炎を吐き出すのだった。


「で、そのまーくんの頭の上にある生き物は一体何?」
 ウェイトレスは召屋に問いかける。その生き物は、有葉が食べさせるサンドイッチを美味しそうにほおばる。お陰で、召屋の頭の上はパンカスだらけだ。
「ドラゴン……ですよ」
 むすっとした顔でウェイトレスに話す。
「それより、有葉、いい加減開放してくれないか?」
「どうしてです?」
 ストロベリーパフェを頬張りながら、有葉は首を傾げる。
「お・れ・は・っ、常時一匹しか召喚できないんだよ。そいつがいる限り、俺はただの役立たずなんだっっ!!」
「でもドラ吉はラルヴァに勝ちましたよー?」
 頭を掻き毟る召屋。
「そういう問題じゃねー。お前は良くても、俺が問題なんだよ!」
「ええっ!? こんなにカワイイのにぃ?」
「あぎゃ!」
 ドラ吉は飛び上がると、召屋ぬ向かって炎を浴びせかる。まっ黒になる召屋。
「頼む、そいつを解放してくれっ! そうでないと俺はただの役立たずになっちまう」
 そんな会話は朝方まで続き、有葉がドラ吉を開放したのは、空も白くなってきた頃だった。



エピローグ


『召屋ってのはどいつだーっ!?』
 その声の主は猛烈な速度でコチラへ向かっているのだろう、ドップラー効果で、語尾がやや高音に聞こえるほどだった。そして、間髪入れず、豪快な破壊音と共に教室の戸が窓側へとすっ飛んでいく。
 召屋は、この問題が誰のせいであるかをなんとなく理解した。そのライダーキックで突入した人物は入り口に一番近いクラスの男子の首根っこを掴み「お前が召屋かっ?」と質問ならぬ尋問をする。有無を言わせぬ迫力の殺気染みた瞳で、だた、首を振って召屋の方を指差すだけだった。
 そんな心にトラウマを残すような犠牲者を六人ほど生み出し、ようやく召屋の前にたどり着く。
「あんたが召屋ね」
「そうだけど」
 椅子に座っていた召屋をギロリと睨み付ける。どうにも威圧されているように感じた召屋は、めんどくさそうに立ち上がった。一瞬にして上下関係が変わり、召屋が彼女を見下ろすカタチとなる。
「うわ!? デカッ?」
「自分だって人のこと言えないだろ」
 確かに、ふたりが並んでみると、頭一つ分、召屋の方が大きい。もちろん、それは召屋の身長が高すぎるからで、彼女も女性としてはかなり大柄な部類に入るだろう。また、怠惰な生活を送っている召屋とは違い、部活で鍛えた身体は適度な筋肉で引き締まっている。それでいて、思春期の女性らしい肉感的な柔らかさを失っておらず、グラビアモデルも裸足で逃げ出すほどのプロポーションだった。浅黒い肌も、より一層健康的な色気を醸し出しており、男女共に人気がありそうに見えた。
 高さによる高圧的態度ができないとみるや、彼女は召屋のネクタイを引っ張り、召屋の顔を強引に下げさせる。
「で、あんたが千乃を誑かしたって話はホントかしら?」
 自分に死亡フラグが立ったことを感じつつ、最善の回答を1ミリ秒で絞り出そうとする。
「やだなー、おねーさん、そんなことないですよー。はははは……」
 ネクタイを引っ張る力が更に強くなる。
「正直にいいなさい。あの子は昨日、一晩あんたと二人っきりで過ごしたって言ってたわよ。しかも、頬を赤らめながらね。一体全体、あんたは彼女に何をしたのよ? ―――ま、まさか、あんなことやこんなこと、それともアレなことに……。こ、この変態っ!? 性欲の塊めっ!!」
「ひとりで妄想で盛り上がっているとこ悪いんだけどな。数学教師に厄介ごとを押し付けられてな、それでだ。第一、あんなちびっ子に手を出すほど、俺は奇特じゃない」
 ネクタイに更に力が加わる。立っているのがやっとなほどだった。
「私の千乃を馬鹿にすると許さないわよ! あんなカワイイ生き物はないわ。そう、あれこそがこの世に舞い降りた天使なのよ!! 嗚呼、私の愛しいエンジェル、マイハニー! 麗しきフィアンセ!! それをちびっ子ぉ? 奇特ぅ? 冗談も休み休みにしなさい。でないと……殺すわよ」
 最後の言葉にはどす黒いオーラがこびり付いてた。下手なことをすれば、召屋は躊躇なく殺されるだろう。そんな生と死の狭間にある召屋だったが、彼女の言葉の中におかしな部分があることに気づく。
「ん!? ちょっとまて」
「何よ」
「フィアンセって言ったか?」
「言ったわよ」
「どんな冗談だ?」
「冗談じゃないわよ」
 彼女はそれまで獣じみた力で引っ張っていたネクタイをパッと離す。それまで、潰れまいと抗っていた召屋は後ろへもんどりうって盛大に倒れこんだ。
「冗談じゃ、ない? するってーと、お前らはあれか、将来はオランダかベルギーにでも移住するのか?」
 そう言いながら、召屋は立ち上がりズボン汚れを払い落とす。
「しないわよ」
「だからどういうことだ?」
「まだ分からないの? あの子は男よ、男」
(あぁ、なるほど、だから、あんなにツルペタだったんだな……)
『あ、春ちゃんだー! 春ちゃん、春ちゃん、どうしてここにいるのー?』
 トテトテとふたりの方へ向かって走ってくる。が、教室の中ごろで、ずべたぁ!と豪快に転ぶ。
「嗚呼っ!! 大丈夫、千乃?」
 春部は獣のような俊敏さで千乃へ駆け寄る。
「うん、大丈夫だよー。でも、いつのまに春ちゃんとメッシーは仲良くなったの?」
 春部は有葉を自分の傍によせ、召屋を強く睨み付ける。
「こんな変態と仲良くなるわけないわ」
「えー? メッシーは変態さんなの? そうそう、メッシー! この子が昨日話した春ちゃんだよ」
「そりゃご紹介どうも。ところで、お前、本当に男なのか?」
「もちろんだよ。第一、年頃の女の子ならブラジャーするでしょ?」
「ブラジャーどころか、女装もしねーよっ!?」
 召屋は自分の中にあった『常識』というプレートが、目の前のふたりによって、徹底的に蹂躙されていているように感じた。
「メッシー、女装は男の人がするから女装なんだよ。別におかしくないんだよー」
「ぐっ、いやまあそうだけど……」
 珍しく的確な答えをいう有葉に言葉を詰まらす。
 授業開始のベルが鳴った。
「ほら、千乃、こんな変態に関わっちゃダメよ。脳みそが腐るわ。さあ、教室に戻りましょ」
「じゃあねー、メッシー。また遊べるといいね! ドラ吉をまた呼んでねー」
 ブンブンと強く手を振る有葉と、それをズルズルと引っ張っていく春部。それを呆然と見送る召屋。
「いや、いやいやいやいやいやっ、お前らの方がよっぽど変態じゃねーか。馬鹿野郎っ!!」
 双葉学園という特殊な環境の中、ノラリクラリと平凡な生活を送ろうとしていた召屋正行の日常はこうして壊れていくのであった。

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最終更新:2009年08月02日 16:04
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