逢洲と慧海が銃撃と剣戟を交わしている間、慧海を風紀委員に推した生徒課長の喜久子の手引きで、隣の会議室に避難した、
6人の醒徒会メンバーは、何かわけわかんない奴が来る緊張をほぐすために、お互い意識して、よく喋った。
「夕べ、星を見ていてね、北斗七星の隣に、とても綺麗な星があったんだよ」
「オレ、今日の晩飯には、パインサラダを注文してあるんだ」
「あたし、この学園を卒業したら田舎に小さな牧場を買うの」
「こんな殺人犯が居るかもしれない会議室に居られない!わたしは自分の部屋に帰るぞ!」
やがて、慧海と逢洲が会議室に入ってきた、直前に何かをドサっと放り捨てる音がしたが、大したことではないんだろう。
慧海の事実上の身元保証人である生徒課長の喜久子は、皆を会議室に集めた後、無責任にもどっかに行ってしまったきり。
すでに何度か会議に出席していた逢洲は、いつもの場所、出入り口脇の回転椅子に静かに座った、ドア横の壁に二本の剣を立てかける。
慧海は会議室に入ると、出入り口と窓の両方が見渡せる位置を確かめ、部屋の最奥の椅子に座っていた役員をヒョイと持ち上げて横に置き、
椅子にどっかりと腰掛けた、和室でも土足だった慧海は、ウェスタンブーツを履いた両足を、テーブルの上、何枚かの書類の上に載せる。
上座に迷わず座った慧海、脇を持ち上げられて強制的にどかされた、醒徒会長の御鈴は、イス取りゲームにあぶれた子供のように所在なげに立っている。
慧海は一応、国家の高度な情報にアクセスが可能で、それを平気でメール送信してくる父親からのタレコミで、誰が誰は知っていた。
無用心に携帯メールに貼っつけてきたファイルの情報と一致する人物、醒徒会長の
藤神門御鈴に、慧海は真っ先にコンタクトした。
「おい、チビすけ」
理事長の孫娘で醒徒会長、立たされ坊やとなった御鈴には、目の前の、御鈴視点では自分と同じくらいチビな少女の言葉が理解できなかった。
「あんたよ、そこのバカみたいに突っ立ってる、珍獣ブラ下げたチビすけ」
慧海は制服スカートのウェストに付けた手榴弾装着用のDリングに引っ掛けていた、錫のカップを腰から外すと、御鈴にポンと放った。
「コーヒー……ブラックでいいわ」
その場に居た醒徒会役員の、呆気に取られた空気を察した慧海は、表情を変えぬままポケットに手を入れると、指で何かをピンと弾いた。
御鈴に押し付けられた、傷とへこみだらけの錫のカップが、手の中でチャリンと音をたてる。
25セント
チッピングの習慣がある国に、無い国より長く居た慧海の、ごく自然な行動、米軍基地内ではこれ一枚で、大概の自販機のコーヒーが買える。
社会性と常識に富んだ慧海は、子供にビールやクラック《低純度コカイン》が買えるほどの、1ドル札のチップを弾むことはしない。
その場に居た、6人の醒徒会役員と、さっき初めて会ったばかりの逢洲が揃って、何だこいつは、という視線を慧海に集中させた。
慧海はといえば、チップを貰っといて、いまだにコーヒーを淹れにいかない、こんな動きの悪いチビに醒徒会長が勤まるのか不思議に思っていた。
今まで誰にも使われたことのない御鈴は、その場に固まっていた、錫のカップの中で25セントのニッケル貨がカチカチ鳴っている。
その時、醒徒会役員と慧海、会議室全体に流れる、一触即発な空気をブチ壊す乱入者が現れた。
生徒課長の、
都治倉喜久子《つじくら きくこ じゅうななさい》
「みなさ~ん、おいし~いコーヒーが入ったので、おやつにしましょう♪」
コーヒーの入ったジャグを持って、くるりと回りながら入ってきた生徒課長の攻撃力は、無礼王の慧海に匹敵するものだった。
都治倉 喜久子《つじくらきくこ じゅうななさい》は、アンナ・ミラーズの、オレンジ色の制服を着ていた。
胸を押し出すデザインのメイド服、この会議室の面々の中で、その制服の想定するバストサイズを保持しているのは、彼女しか居ない。
この生徒課長は、入学式直後の、全校生徒が集まる醒徒総会で、不在の多い学園長の代行として出席した時、
晴れ舞台の衣装として、セーラーマーキュリーのコスプレ(水分私物を借用)で、全校生徒に異能者の心がけを説いた前科がある。
学園のナンバー2と言われる生徒課長、醒徒会の面々さえ、話す時には緊張する、経歴、年齢不詳の、極めて稀な99年以前生まれの異能者は、
ミニスカートを翻しながら、皆のカップや湯飲みに、湯気をたてる芳ばしいコーヒーを注いで回り、砂糖とクリームの盆をテーブルに置いた。
真っ先に口をつけた慧海は、会議室に入って以来初めて、ごく微かな笑みを浮かべた、醒徒会役員を前に発していた、獣の警戒心を少し和らげる。
「あ、これ、パパのコーヒーだ」
その台詞を待っていたように、生徒課長の都治倉 喜久子《じゅうななさい》はスカートを両手で摘み、軽く持ち上げるポーズを決めながら、誇らしげに語る。
「あなたのお父さんが、いつかこの学園に帰ってきてくれることを信じて、ずっと買い続けている、ハワイアン・コナです」
慧海はコーヒーの匂いをたっぷり吸い込み、彼女の邪悪な評判に似合わぬ笑顔を見せる、、醒徒会のメンバーも、香り高いコーヒーに手を伸ばした。
「…パパはね、瓶のマックスコーヒーのほうが好きなのよ」と言いながらも、慧海は微笑み、浅炒りのアメリカンコーヒーを飲んでいる。
錫のカップに入っていた、歌聖マイケル・ジャクソンの横顔が鋳彫られた25セント硬貨は、生徒課長がちゃっかりポケットに入れた。
25セントのチップを貰いそこねたチビすけこと、藤神門御鈴は、普段は副会長の水分に、オトナの飲み物だから、と禁じられていたが、
今日は水分と生徒課長から特別に許されたコーヒーの匂いに魅かれ、いつもの指定席でない、窓際にある空席に大人しく座った。
コーヒーでも緩和しきれない、会長を下座を押し付けた無礼な慧海に対する、抗議するような視線は、喜久子の言葉でいくらかマシになった。
「慧海さん、相変わらずですね、壁を背に、出口と窓を視界の中に、あなたはいつも、皆を守る場に居てくれる・・・お父さまとおんなじです」
慧海は、会議室に入った瞬間、外敵の来襲を、侵入襲撃する立場となって想定し、それに即応できる場所、最奥の席を確保した。
その席には、藤神門美鈴が既に座っていたが、反撃に有利な位置は同時に、室内戦が始まれば危険な場、迷わず安全位置に移動させた。
生徒課長は、戸と窓に向かい、壁を背に座った慧海が、醒徒会の面々を、自分の盾に使える位置に配していることについては黙っていた。
それもまた、慧海に映る父親の面影、生徒課長の初恋の人、届かずとも愛した人の、ガンマンとしての誇りは、胸にしまっておきたかった。
「オバサン、まさか、このブタ小屋までコーヒーを出前するために、露出プレイしにきたわけじゃないんでしょ?」
また部屋の空気が冷える、ところが生徒課長はわが意を得たり、と言わんばかりの自慢顔で、部屋の外、出口脇に置いていた何かを持ってきた。
「皆さんごらんあれ、高等部の蛇蝎 兇次郎さんからのおすそ分けです、とぉ~ってもおいしい、手作りのお饅頭はいかがですか?」
生徒課長の都地倉 喜久子《じゅうななさい》が持ってきたのは、湯気をたてる竹のセイロの中に並ぶ、白い蒸したての饅頭だった。
人間、甘いものを目の前にすれば頬が緩む、とりあえず、この問題児の処遇は、饅頭を頂いた後ということで、暗黙の了解が結ばれた。
皆でコーヒーを飲み、饅頭を食べながら、当初の予定だった、新任の風紀委員と醒徒会役員との、自己紹介が始められた。
まず、さっきからの慧海の無礼にもさほど不快を顕していなかった、髪の跳ねた、小柄でパワフルな少女が、一番乗りとばかりに立ち上がる。
「あたしは加賀杜紫穏、醒徒会の書記をしてるわ、はじめまして、デンジャーちゃん!」
話し好きな紫穏は、この学園に来た経緯、記憶を失って学園に流れ着いたこと、失った過去より未来を楽しみにしてることを早口で話した。
醒徒会の人間の間でも、本人から言わない限りタブーになっている、記憶喪失、慧海はその話しを聞いた途端、弾けるように笑い出した。
「ひっきゃっきゃっきゃ!!浜に流れついたクルクルパーの土座衛門が生徒会書記か、大した出世ね、腹痛いわ!」
再びブーツを履いた足をガンガン鳴らしながら笑う慧海、紫穏はといえば、同級生に体重や幼児体系をからかわれたみたいに頬を膨らませる。
「ドザエモンって何よも~、ニックネームをつけるなら、もうすこしカワイイほうがいいわ~」
慧海は少し考え、以前にカンザスで日本語教材として読み、学校に行く年になってからは読まなくなった漫画を思い出しながら言った。
「ん~、じゃあ、ドザえもん、ってのはどう?」
紫穏は言葉では伝わらない何かから、言葉では言い表せない何かを感じたが、記憶が無い身ゆえの怖いもの知らずで、その呼び名に妥協した。
「何だか凄っごく危険な匂いがするんだけど、それでいいわ、これから、よろしくね、慧海ちゃん」
「よろしく、ドザえもん」
慧海と、互いの手を握りつぶすアメリカン・スタイルの握手を交わした紫穏が着席する、待ちかねたように、隣に居た鋼のような肉体の男が立ち上がる
「俺は
龍河弾、大学部の一年だ、デリンジャー、俺はお前のような奴は結構好きだぜ!、そうだ、え~と俺は醒徒会の広報をしヘクショイ!」
龍河弾がクシャミをしたと同時に、大学部生なのになぜか着ている詰襟のガクランが、破れ去った。
全裸
「ハッハッハ!俺の能力たる肉体メタモルフォーゼが、また暴走してしまったようだ!大丈夫だ!俺は全然気にしてないからな!」
水分が慣れた手つきで素早く、御鈴の両目を片腕で塞ぎながら、有事に備えいつも持っているブリーフを、龍河弾に差し出した。
紫穏も目を覆ったが、指の隙間からしっかり覗いている、逢洲は龍河弾を見て、それから自分の太くて黒い刀を見て、フンと鼻を鳴らして嘲った。
慧海は目前の全裸男に動じないまま、物憂げな顔で、首から下げたデリンジャーに、カチカチと2発の弾丸を填める、よ~く弾ける弾を選んだ。
「・・・あたしは街でパンツを履いていない男を見かけた時は、この銃がなんで二連発なのか、その意味を教えてやることにしてるのよ…」
自分の能力に誇りを持ち、そのデメリットをさほど気にしていない龍だったが、異能を暴発させて水分からパンツを貰う時ばかりは、
お母さんにお漏らしの後始末をして貰っている気分になる、すごすごとブリーフを履き、そのままの姿で会議への参加を続けた。
「…あんたは…そうね、"コック"、他に無いわ、他に印象ないもの、あたし今、あんたじゃなくて、あんたのcockに挨拶した気分よ」
そのcock、書籍によってはdickやrodとも隠喩されるモノは、水分のブリーフのお陰で、血の霧と化す運命を免れた、それを知らぬ龍は豪快に笑う。
「おう!よろしくなデリンジャー!コックっつっても料理は出来ねぇけどな!なぜなら、何でもそのまま食うのが一番うまい!ハハハヘ…ヘ…ヘック…」
龍河弾は何とかクシャミを飲み込んだ、彼は義理堅い男、せっかく水分から貰ったブリーフを、無駄に破るのを避けた。
「お~い理緒、コックって何だ?かわいいコックさんか?龍のcockはかわいいな、か?、オゥ!グレイトユアコック!モンスター!!…」
水分は自分の腕に抱え込んで、目と耳を塞いだ御鈴の、締め付けをさらに強くした、読書家の水分はその単語を知らなくもなかった。
「し…知りません!会長もそんなこと、聞いたり見たりしてはいけません!穢れた大人になっちゃっいますよ!」
続いて、髪をオールバックにした、渋い壮年男子が立ち上がる、慧海は13歳という事前情報を修正しなくては、と思った。
「オレは成宮金太郎、醒徒会で会計をやっている、え~山口、オレは……」
彼へのニックネームは、意外とスムーズに決められたようだ、さして意味があると思えない話を早々に遮り、挨拶を済ます。
「ようキンタマ、次」
キンタマの横に居た、青いサングラスをかけた長身の男が、無駄のない仕草で、立ち上がった、最も効率的ゆえに不自然さえ感じる仕草。
「ぼくはエヌ・R・ルール…会計監査をしている」
慧海は、キンタマもとい成宮金太郎よりも興味を持った様子で、エヌR・ルールを上から下まで眺めると、感想を述べた。
「聞いたことあるわ、あんたが学園のオモチャ屋が作った、手足のついた電卓ね、電池はどこに入ってるの?」
挑発も揶揄も利かない男、エヌ・R・ルールは自身のスペックについての誤解に関してのみ、訂正した。
「……概ね、その認識で間違いない……非常に高度な演算とメモリーが可能な、電卓だ、……なお電源供給については機密事項だ」
「よろしく、電卓」
「うん…呼称や双方の認識不足についての懸案は、後々に改善しよう、よろしく、山口君」
慧海の真横、普段は御鈴が座る席の左側に控える、蒼い制服に身を包んだ長身の女性が立ち上がった、水の流れるような動き。
「私は副会長の
水分理緒、僭越ながら水の力で、皆さんのお役に立つべく精進しております、慧海さん、なにとぞよしなに」
別にアダ名の命名会をやってるわけでもないが、慧海は少しの間、中空を見つめながら、彼女を表現しつつ呼びやすい名を熟考した。
「うん、よろしく 蛇口」
「まぁ、ご冗談がお好きな方で、よろしくお願いしますわ、慧海さん」
最初に思いついた「タレ目」という呼び名については、それを口に出せば、主に溺死方面で危険だと、慧海の警戒本能が告げていたため、ボツにした。
「……ところで慧海さん、人体の70%が水で、その5%を失うと……ひとは死亡するということを……ご存知?」
トリは醒徒会長、この無礼な新入り風紀委員を、せいぜい威嚇してやろうと思い、立ち上がろうとした御鈴を遮ったのは、逢洲の声だった。
「おいデンジャー!、室内ではせめてタマを抜け!」
さっきまで居た資料閲覧室は、弾痕と刀傷でメチャクチャになっている、この上、高価な備品の多い会議室までも荒らされたらたまらない。
「あたしは撃つ直前まで装填しないわよ!あんたら銃のことなんてロクに知らないくせに……暴発事故がどれだけ怖いか…」
首から下げたデリンジャー拳銃を振りながら、慧海は小柄な体を急がしく動かして、逢洲に怒鳴り散らす、御鈴はまた立ちんぼのまま。
PAM!
「……ほらね?……」
さっき投げ捨てた、醒徒会役員だという男、一度捨てた窓の下から、ほうほうの体で戻ってきた早瀬が、ドア前に立っていたのが悪かった。
鎮圧弾を今度は真正面に被弾して吹っ飛んだ彼の自己紹介は、とりあえず後回しになった、廊下に転がってるので片付けの手間もいらないだろう。
皆でお茶と菓子を楽しんでる中、御鈴が突っ立ってるのを不思議に思った、副会長の水分は、「ほら、お行儀が悪いですよ」と、席に座らせる。
さすがに二度に渡って早瀬に弾丸をブチこんだ当事者の慧海は、既に失神している早瀬に、饅頭を頬張りながら気遣いの言葉をかける。
「ま、海兵隊なら戦傷勲章《パープルハート》ね」
実際は一日15ドルの公務中負傷手当が出るだけと思われる、被弾被害者、名も無き一兵士への、慧海なりの優しさだった。
饅頭を頬張り、番茶に似て意外と饅頭に合うアメリカンコーヒーを飲みながらの自己紹介は、慧海の入室直後よりも和やかな雰囲気のまま進められた。
しかし、その饅頭には、学園一の策士を自称し、醒徒会乗っ取りを画策する
蛇蝎兇次郎による、恐ろしい毒が含まれていた。
後に裏の醒徒会を結成し、アイスとデンジャーと追いかけっこを繰り広げることになる、蛇蝎兇次郎という男の作った毒饅頭、
自炊派の蛇蝎が、最近導入したセイロで蒸し、餡も小豆の缶詰から作った饅頭は、蒸したてということもあってなかなかの美味だったが、
会議が催されることを知った蛇蝎の、悪魔のような頭脳は、饅頭に練りこむ毒を編み出した、醒徒会に六つ、風紀委員に二つ、生徒課長に一つ。