「え? どういうことさ。異能者が攻めあぐねていて戦況が動いてないって」
廊下をかけながら、高等部二年生・立浪みかは友達の
異能力者にそうきいた。腰まである長い茶髪をばさばさ揺らし、緑の瞳で顔色をうかがいながら走る。友達は顔を赤らめて視線を逸らすと、とても言いにくそうにしてこう言った。
「だってぇ・・・・・・。あんなの、私の口から言えませぇん・・・・・・」
「何なんだよう! わけわかんないなー。強いの? 硬いの? でっかいの?」
「言わせないでぇみかちゃん・・・・・・」
ますます彼女は真っ赤になり、縮こまってしまった。この意味不明な反応に、みかは首を傾げてしまった。とにかく、現場へ急行してみるしかない。
上級クラスのラルヴァが出たと聞いては、この立浪みかが黙っちゃいられない! 彼女はペロリと舌なめずりを見せては、今回はどうやって華麗に撃破してみせようかをすでに考えていた。
友達が時間をかけて駆け上がっていく階段を、みかはひとっ飛びで上っていく。彼女の自慢は身軽さだ。グラウンドや校舎内を軽やかに駆け回り、飛び回る、猫のような動き。
屋上の扉を開け放ち、昼の白い日差しが彼女を出迎える――。
潮風が後ろ髪をたなびかせる。風の強い屋上から、みかはその異形を見た。
異能者たちが攻撃を躊躇するぐらいの、謎に包まれたラルヴァ。立浪みかは、ついにその全貌を目の当たりにする。
「・・・・・・こっ、これはっ!」
百戦錬磨の彼女をもってしても、そのラルヴァを前にして絶句を見せたのであった。
びたんびたんと、リンガ・ストークは白色の本体を真っ青にしながら、苦しそうにもがいている。周りを取り囲む異能者の男子たちも、思わず脂汗を額に感じていた。
「あたしゃ女の子だからよーわからんけど、相当痛がってるみたいだねえ。直接的な表現はあたしも恥ずかしいから、あたしも『魚肉ソーセージ』と呼ばせてもらうよ」
と、ニヤニヤしながらみかは言った。魚肉ソーセージは、ぶるるっとその巨体を震わせてから、ガサガサとこの上なく気持ち悪い挙動でみかに急接近する。八本足の想像以上の速さに、油断しきっていたみかは懐をとられた。
ばちんと、砲台をしならせてみかの頬をうった。みかは横に吹き飛ばされ、グラウンドを転がっていく。受身を取って立ち上がると、異形に向かってこう怒鳴った。
「いったーい! あんた、よくもそんなもんで女の子のあたしをぶったね! 許さない! 絶対に許さない!」
みかは緑の目を燃え上がらせると、弾丸のような速さで魚肉ソーセージに走りかかった。左手に再び、短剣を呼び寄せた。
すぱっと深く斬りこんでみせる。その切れ味に、異能者たちから歓声があがる。何度も近接間合いに入っては敵を斬りつけ、突き刺して、ナイフを持ち替えてはまた斬った。グリーンの美麗な残像が何度も描かれ、乱舞する。
しかし。この
リンガ・ストークは系列が「M」であった。痛めつければ痛めつけるたび、彼女の見えないところで別のゲージが溜まっていった。
がきんと突然グラディウスがはじき返され、みかは仰天する。
「は? 何で? 何が起こってるの!」
刃先を叩きつけても、石のように硬化した魚肉ソーセージにまったく通用しない。みかのグラディウスは斬れないもののほうが少ないだけに、それは彼女をひどく困惑させた。
リンガ・ストークは砲台をほんのり赤く変色させ、その巨体も心なしか、一回り大きく・長くなっているように見えた。この状態変化に危険を感じたか、みかは距離を取る。
「あたしの攻撃がまったく利かなくなった。なあ、男の子ども? これはどういうことなんだい? あたしにわかりやすく教えてくれると、助かるなあ」
などと悠長なことを、みかはわざとらしくギャラリーにきいている。男子の異能者は言葉に詰まって、黙り込んでいた。そのとき、彼女にしっかり照準を向けている真っ黒な経口が、かっと輝いた。
「姉さん! 飛んでぇ!」
みきの絶叫を耳にしたみかは、とっさに跳躍した。
すると、真下をリニアのごとく白いビームが駆け抜けていったのを見た。みかが着地した瞬間、背後にものすごい音が轟いたのをきいた。
恐る恐る背後を振り返ると、山がひとつ吹き飛んでいた。
「・・・・・・怖いってぇ! 何だよこいつ! 危険すぎるじゃないかあ!」
上級ラルヴァのリンガ・ストークは、拠点強襲に特化した兵器タイプのラルヴァである。ビーストにもデミヒューマンにも属さない固有の生物は、便宜上エレメントの分類となる。(その形状から部位としてデミヒューマンに分類されるという意見も根強い)
砲台から高威力のレーザーを無尽蔵に発射できる、恐怖の兵器だ。どうして学園を襲っているのかその真意は不明だが、このまま野放しにすると学園は破壊の限りを尽くされてしまうことだろう。
積極的に敵をいたぶることでますます猛り、レーザーを乱れ撃ちにして手の着けられなくなる「S」タイプと、敵にいたぶられることでゲージをため、強力なレーザーで一撃必殺を狙う「M」タイプが存在する。今回みかが交戦しているのは、後者のほうだ。
「よっと、うわああっと、ひいいいいい?」
みかは横っ飛びにレーザーを避け続ける。彼女を追い回すよう、魚肉ソーセージはレーザーを何発も撃ち込み、よそに直撃しては甚大な被害が出た。「絶対にこっちを背にして戦わないでねみかちゃん!」と、校舎に引きこもっている女子たちは叫んだ。それに対してみかは「無茶言ってないであんたたちも戦ったらどうなんだよぅ!」と怒鳴る。
リンガ・ストークは数秒間パワーを溜めると、砲台を右回りに回転させながらより太いレーザーを射出した。もうやりたい放題だ。
それはグラウンドを白い画用紙にたとえれば、クレヨンを押し付け、扇形を描いたようであった。この想像を絶する激しい攻めたてに、みかは冷や汗を何度もかいた。
「こいつったらあたしをオカズにしてるっていうの? やあん、嬉しくないってえ! こんな早撃ちマック、こっちから願い下げだよ!」
横に飛んで着地したところを、的確に狙われてしまう。正面を向いたら、経口が自分のほうを向いていたのだ。みかは隙を突かれ、レーザーを放たれようとしていた。
みかの機動力なら、それだけ一目見てから回避するのはたやすい。しかし、彼女は背後にあるものを思い出して、くっと歯をきしませた。
(後ろには初等部の子供たちが!)
うかつだった。敵の攻撃に追い回されているうち、初等部の校舎を後ろに背負ってしまったのだ。ここでみかが回避をしてしまえば、子供たちの命が危ない。
みかには九歳になるもう一人の妹がいた。その子は大のお姉ちゃんっ子で、みかもまたこの末っ子を溺愛している。ここは絶対に引き下がれない。
「ああもうわかったよ! 撃つなら撃ってこいやあ! あたしがあんたの出したモノ、全部受け止めてやるわあ!」
リンガ・ストークは憤怒の色をたたえ、今まさにレーザーを撃ち込まんとしていた。みかは腹を決めて、両目をぎゅっと瞑って耐え抜こうとした・・・・・・。
ところが、魚肉ソーセージは突然その身をロープのようなもので雁字搦めにされ、レーザーを撃つことも身動きもとることもできなくなってしまった。ばたばたともがいていた。みかはぱっと笑顔になって、もう一人の猫耳少女を見る。
「みき!」
「あうう・・・・・・」
みきは自分に付与された武器・青い鞭で、リンガ・ストークを締め上げていたのだ。縦に、横に、斜めに何重にも巻かれた硬質ロープは、本体にぐいぐい食い込み、ソーセージというよりボンレスハムを思わせた。
「みきったら、やるぅー。カゲキぃー!」
「もう! そんなつもりじゃないのにぃ、姉さんってば!」
泣き出しそうな顔で、みきはそう言う。しっかりと両手で鞭を握り、ぴんと張って異形を締め上げている。
しかし、異形はそれでもびくびく動き、ほんのりと赤みを帯びてその身を硬化させる。硬くなりすぎたあまりビンと反りあがってしまったリンガ・ストークの勇姿は、校舎で引きこもっている女子異能者たちの阿鼻叫喚を引き起こす。
「うわあ、恥ずかし・・・・・・。てか、みき! そんなんじゃダメだ! もっと強く締め上げて!」
「何言ってるの姉さん! こんなの、これ以上縛っていたくないのにぃ!」
「一通り戦ってわかったんだけど、その程度の力加減じゃ相手は悦んじゃうんだよ! ズタズタにするつもりでやって!」
「私にこんなことさせてないで、姉さんが早くとどめを刺してよ! 私、もう、恥ずかしくて、死んじゃいそうだよお!」
「よしわかった、あたしがあの自重しない魚肉ソーセージ止めてやるから、しっかり拘束プレイしてな」
みかはリンガ・ストークに接近し、その本体をよく探った。本体は非常に硬くなっているので、恐らくナイフは通用しないだろう。弱点を見つけ出すことができれば、勝てるのだ。
「これか・・・・・・!」
砲台の根元の真下に、二つの巨大なボールがあった。それはどくどくと心臓のように鼓動しており、指先でつついてみたら、本体と違ってとても柔らかかい。
「あたしたちがカワイイからって、散々ここでヌきちらかした罪は重いぞ! くたばれぇ!」
みかは自慢の短剣を振りぬいた。二つの玉を切り裂いてしまった。
束縛されている魚肉ソーセージが、一気に真っ青になってがくがく震えだした。グラウンドで猫耳姉妹の戦闘を鑑賞していた男子たちは、一目散になって逃げ出す。彼らには、これから何が起こるのかうっすらと想像がついたのだろう。
リンガ・ストークは痙攣を終えると、ばちんと弾けてしまった。
それはまるで植物の鞘が弾け、種子が乱れ飛んだかのようだった。風船が割れたような音のあと、校庭は凄惨な様相を呈する。魚肉ソーセージのばらばらになった肉塊に混じって、白い液体があちらこちらに吹き飛んだのだ。
校舎の壁にもべっとりつき、女子の悲鳴が収まらない。リンガ・ストークを束縛していたみきはまともに液体を浴びてしまい、わんわん泣いてしまった。
「ふえええん・・・・・・。やだあ、臭くてべとべとですごく気持ち悪いよー」
そして見事に強敵を撃破した立浪みかも、心底嬉しくなさそうにしてあぐらをかき、肘を太ももについていた。彼女が一番、破裂による悲しい被害が甚大であった。
「サイテーだ。あたしも戦線に出て長いけど、こんなサイテーな勝利、嬉しくもなんともないわ・・・・・・」
そのぶすっとした童顔も長い髪の毛も、自慢の猫耳も、白濁した液にまみれて糸を引いていた。