「そんじゃ、ここが私たちの研究室だから。テキトーにくつろいでね」
学園に到着した早々
ラルヴァに襲われ、手荷物を全て失った敷島《しきしま》藤次《とうじ》は、同僚――らしい神楽坂《かぐらざか》美弥子《みやこ》に案内され、研究棟の一室に通された。
「ここが、ですか?」
しかし、その部屋はとても研究室には思えなかった。研究室というよりはむしろ……
「マンガ喫茶の間違いでしょう」
広い室内にびっしりと並んだ本棚は、どれも隙間無くマンガ本で溢れかえっている。
「いいのよ、コレは私たちのお姫様の能力に必要な物って事になってるんだから」
神楽坂は慣れた様子で、マンガ本を抜き取りソファでくつろぎ始めた。
深く腰掛けているため、膝上までのタイトスカートに包まれている脚や、深く開けられた胸元を見下ろす形になってしまい、敷島は慌てて視線を逸らした。
「はあ……」
出合ってから数時間しか経っていないが、敷島は神楽坂が相当奔放な人間だという事は理解した。恐らく天性の素質として頭が良かったのだろう、研究者には割と多いタイプだ。
敷島は神楽坂に格好の事も言えず、適当に室内を見回っていたが、改めてマンガの量に圧倒された。
「しかし、本当に凄い量ですね。アメコミまであるし。けど、全部変身ヒーローとか超能力バトルモノなんですね」
「あの子の能力で再現するにしても、何か特殊能力持ってないと検証のしようが無いからね」
マンガのキャラクターの再現、それが敷島が研究員として配属された第十三研究室の研究対象、八島《やしま》響香《きょうか》の能力だった。
「自分にはまだよくわかりませんが、マンガのキャラクターを再現するというのは一体……」
「そういう事なら私から説明しよう」
敷島が言うと同時に、一人の男が入ってきた。
敷島のような人付合いが苦手なタイプや、神楽坂のように世間の感覚とズレているタイプといったいかにもな研究者と違い、人好きのする笑顔が印象的な男だ。
「あの、貴方は?」
「ああ、稲生。丁度良いところに来たわ」
「見計らったからね」
戸惑う敷島をよそに、神楽坂はその男を出迎えた。
「コイツは稲生《いのう》賢児《けんじ》。第十三研究室《ウチ》の所属じゃないんだけど、異能力の事を資料で読んだだけのあたなに説明してもらおうと思って呼んでおいたの」
「はあ……」
研究のメインテーマをいきなり部外者に説明させるのはどうかと思うが、それとも学園ではこういった研究者同士の情報交換は活発に行われているということなのだろうか。
「どうも、稲生です。普段は異能力研究室で講師をやっています」
「敷島です。よろしくお願いします」
フレンドリーに手を差し出してきた稲生に、弱冠の苦手意識を感じつつ握手を交わし異能講座が始まった。
「それでは早速だが、第十三研究室の研究対象である特例的魔術系能力者、八島響香君の能力について説明しよう。
響香君の能力はマンガのキャラクターの再現とされているが、私は少し違うモノだと考える」
いきなり、神楽坂から聞かされていた説明と異なることが飛び出す。
敷島は慌てて神楽坂を振り返るが、神楽坂は笑って稲生に向き直るようにアゴで示した。
「彼女の能力は、恐らくマンガのキャラクターを再現するコスチュームを作る事だろう。
魔術系に分類されるものでは、『道具によって異能の発動状態を一定にコントロールする』というパターンの一例だ。
つまりキャラクターの能力を再現するというのはコスチュームの力であって、響香君はそれを利用しているに過ぎない。キャラクターの技を使うのに技の名前を叫んだり、ポーズを取る必要があるのはそのためだ。
その一連の動作がサイコキネシスの質を変化させていると考えられる。
もっともそのコスチューム自体が彼女の魂源力にしか反応しないマジックアイテムなので、彼女は効果付与術者《エンチャンター》であると同時に専門の使用者《ドライバー》でもある訳だ。
こういった例は確かに大変珍しく、研究する意義は十分にあるとは思うが他者への応用は……」
「とまあ、今はこのPK《サイコキノ》学説が主流なんだけど、それを覆すような新発見の期待を掛けられてるのが、世界で初めて機械的に発現前の魂源力《アツィルト》の観測に成功したあなたよ。敷島教授」
稲生に話をさえぎって、神楽坂がそうまとめた。
「おいおい、呼び出しておいて覆せっていうのは無いだろう」
「あくまで理想論よ。学者にとって現行の学説をひっくり返すってのはロマンの一つでしょ?」
いたずらを思いついた子供のような無邪気な顔で、神楽坂は敷島に笑いかける。
「自分は物理学が専門で、能力研究に関しては門外漢なのでどうも」
反応に困った敷島は、とりあえず当たり障りの無い事を口にする。
「ハハハ、案外世紀の大発見というのは、そういう視点から生まれるものだよ。私としても能力の謎に迫れるなら学説が覆るもの大歓迎さ」
稲生は敷島の背中をたたき、肩にを回した。
決して悪い人ではないのだろうが、敷島はのこ稲生という男とは根本的に合わない気がした。