「うむ、いい友達を持ったもんじゃないか」
ビクッと二人は驚いてドアのほうを向く。完全に油断しきっていた。得体の知れない人物の声だ。
そして目に飛び込んできた光景に、××はひどく驚愕する。
「×!」
×は意識が無いのか、襟首を掴み上げられている。
腕と足をぶらりと下げて、返事も無い。そんな彼女を片手だけで掴み上げているのは、赤いドレスに身を包んだ西洋風の少女であった。背丈も×とほとんど変わらないのに、とんでもない力だ。
「私のお友達も、それぐらい素直でおりこうだったらよかったのにな・・・・・・?」
隣に転がっている汚い死体に目をやってから、二人に苦笑を見せつけた。
「あんたがエリザベート!」
初見となる×××××はわなわな震えながら声を荒げる。×××××を拉致させその手にかけようとしている宿敵だ。
「そうとも呼ばれている。なかなか気に入ってるがな」
赤いボブカットに赤い瞳。肌は白い。エントランスホールの肖像画の通りだった。彼女こそがジュンとシホの親玉であり、この洋館の主・魔女・エリザベート。
「×をどうする気!」と、××が叫ぶようにして言う。
「君には教えたじゃないか? こうするんだよ」
「まさか、嘘でしょ?」
愕然とする。こいつは最初から自分たちを仲間として見ていなかったのだ。
敵を欺くはずのつもりが、結局は敵の言いように扱われていた。学園に二度目の背信をし、×××××を裏切って、不本意ながら悪に染まった結果がこれでは、あまりにも馬鹿げていて空しすぎるではないか。
もはや誰の味方でも敵でもない。涙を散らして懇願することぐらいしか、裏切り者の彼女にはできなかった。
「ダメ、やめて――――」
ぱっと手を離した瞬間、×の体がふわりとその場で浮いて静止する。それをエリザベートは背中から抱きしめた。×が赤いドレスに包まれる。
きゅんという、何かが発火したような音が×××××を驚かせる。×の肌や髪、瞳が真っ白になってじゅうたんに崩れ落ちたとき、彼女は物も言えないぐらい衝撃を受けた。彼女の始めて目撃する「魂源力強奪」の瞬間であった。
「・・・・・・ものすごい力だ。やはり
双葉学園の生徒はいいモノを持ってるなぁ。あっはっは」
「いやぁあああああああああ・・・・・・」
××は居間に泣き声を響かせた。いつも自分の後ろについて周り、懐き、共に戦い、時に守ってくれた親友が、無残にもやられてしまった。×を守ってやれなかったことがとにかく悔しくて、情けなくて、悲しい。
ボンとエリザベートの近くで爆発が起こる。魔女はすかさずそれを避ける。
ボンボンと爆発が連続して起こった。弾幕を貼ったような強力な攻撃だが、エリザベートは踊るように避けながら二人のところへ突っ込んでくる。
魂源力の回復した×××××が、エリザベートにエクスプロージョンで攻撃しているのだ。
「××! あなたは逃げて!」
××はうつぶせになったまま、動かなかった。じゅうたんにうずくまったまま、長い黒髪を背中と床に散らばしてしくしく泣いている。
「大怪我してちゃ戦えない! 早く逃げて! ねぇ、聞いてるの――うっ」
×××××は喉元を掴まれた、瞬時に重力から解放されたように体が浮き上がり、天と地がひっくり返る。
彼女の体が横の壁に叩きつけられた。エリザベートに投げられたのである。頭を強打したため出血を起こし、右目にべっとりかかった。「何てすごい力なの・・・・・・!」
しかしすぐにはっとしてエリザベートのほうを見る。彼女はとうとう××のところに到達し、毒牙を伸ばそうとしているのだ。
「次は××××、君だ」
「いけない! ××、××ぁー!」
×××××は必死に××の名を呼んだ。
××はそれでも動かなかった。床に伏せたまましばらく固まっていた。
そして、フフッと一人で笑い出したのだ。エリザベートも怪訝そうな顔つきになり、手を止めた。
「馬鹿ね私ったら。力とか強さとかよりもっと大事なもの、あったのに――」
気が強くて、強がりで、みんなに美しい黒髪や鱗粉を見てもらうのが大好きな少女。これからも彼女は周囲に力を見せ付けるために、活躍をして実力をひけらかすために自分の戦いを続けるのだろう。
でも、本当に彼女の神秘的な鱗粉はそのためだけに使われるべきものなのか? ××はついに自分にとって大切なものを見つけた。××××という、守りたい人を守れなかったという悔しさから。
「君は何を考えて――?」
エリザベートがそう言ったとき。×××××は、××がスカートのポケットから何かを取り出したのを見た。「マッチ箱」だ。
青ざめる。××が何をしようとしているのか一瞬で理解したのだ。
「ダメ××ぁ! そんなことしたらあなたは――」
汗や汚れで湿っていた黒髪に魂源力が流れ込み、一瞬にして艶や揺らめきが蘇る。背中に張り付いていた後ろ髪がグワッと一瞬にして逆立ち、大粒の鱗粉が無数に発生した。ものすごい形相で××は赤き魔女を睥睨する。
「死ねぇええええええええええええええええええええ!」
マッチに火が点ると同時に、××の両目にも点火して怒りの炎が爆裂した。
×××××が能力を活用してかきあつめてきた水素たちは、激しい烈風と爆音でもって××の怒りに応えた。さすがのエリザベートも「うぉおお?」と片腕で顔面を覆い、そして爆発に巻き込まれていったのである。
「××ぁ――――!」
爆発を手で覆ってしのいでから、×××××は叫ぶ。なんという壮絶な攻撃だ。鱗粉を最大限に発生させ、それを爆発で相手に浴びせたのだ。当然、爆発による破壊力も秘めたとんでもない自爆攻撃である。
もちろんこの攻撃は××自身もただじゃ済まない。煙幕が晴れるのを待ちながら、×××××は××が無事であることをひたすら祈った。
そして、彼女はその美しさに心を奪われてしまうのである。
制服が破れ、切れ端を埋めるかのように鮮血が全身を濡らしていた。それでも堂々と××××は直立している。黒髪は燃え盛るような揺らめきを持って、翼のように輝いていた。
まさに、ボロボロの羽を背にたたずむ美しいアゲハチョウ・・・・・・。
「見事だ、上出来だ」
××はひどく顔を歪ませた。非常に悲しそうな顔になり、ぶるぶる小刻みに震えて宿敵の声がしたほうを向く。
自分の全力を持ってしても、大好きな×の仇をうてなかった。実力が足りなかったことよりも、そのことのほうがよほど辛かったからだ。
「しかし、自爆は哀しみしか生まないんだ・・・・・・!」
煙幕が晴れたとき、エリザベートの赤い髪と瞳とやや幼い表情が現れる。そう××に言う赤い魔女の顔は、どこかもの哀しげであった。
それよりも、彼女は信じがたいぐらい残酷な光景を目撃してしまうのだ。
「××××という子がいなければ、君の自爆攻撃で無様に干からびていたことだろう――」
「何者・・・・・・なの・・・・・・あんた・・・・・・」
××は思わずそう言葉を発していた。眼球を細かく揺らし、がちがち歯を鳴らす。×××××もまた、魔女が見せた本当の力を前にして絶句させられていた。
エリザベートの真正面に、見慣れた透明の「結界」が展開されているのだ。××はその力のことをよく知っている。魔女はその結界で爆発から身を守ったのである。
「最後の最後でお友達の力に殺されるとは。裏切り者にふさわしいマヌケな結末じゃないか」
「×××××。私を殺し――」
××がそう呟いたときには、エリザベートは「おっと」と彼女の喉を掴んで黙らせていた。華奢な黒髪の少女を、自分よりも背の高い××を、ぎゅっと抱きしめる。
きゅん、という魂を根こそぎ抜き取られる音。直視できず、×××××は悔しそうに横を向いた。
黒髪が一瞬にして毛先まで白くなり、台無しになってしまった。両腕もだらんと下がり、両膝もがくんとじゅうたんに付く。そしてその場に倒れ・・・・・・。
・・・・・・倒れなかった。
××はもう一度、自分の足で立ち上がってみせたのだ。
「ほう・・・・・・?」
この珍しい事態に、エリザベートがニヤリと笑う。
「×・・・・・・」
自慢の黒髪も老けたかのように真っ白。そんな無様な姿でもなりふり構わず、××は前へと歩き出した。輝きを失った濁りきった瞳が目指す先は、先に倒れていった×の体である。
「×、どこ? どこなの・・・・・・?」
やがて彼女は×のもとにたどり着けず、とうとう倒れこんでしまう。右腕を前に投げ出し、うつぶせに倒れた。学園や仲間を捨てて魔女の駒となった××と×は、結局エリザベートによって魂源力を奪われ、空しく散っていったのである。
最後、××はこう呟いて残した。
「一人にはしないから・・・・・・×」
彼女の白く枯れ果てた指先は、×の指先に触れていた。