126話 野望
魔女との合流を待つ間、氷川はしばしの休息を取った。
控え室に投げ出されていた安っぽいパイプ椅子に身を任せる。
一息ついたところで彼は時計に目を落とし、思案した。
10時20分。
魔女との合流までしばし時間があるが、そう長い間休んでいる暇は無い。
だからと言ってしばらくは闇雲に動き回ることも考えには無かった。
既に彼の中で一つの目的が定まってきていたからだ。
その為には魔女の協力が必須なのだから逸る気持ちを抑えてサマエルを見やった。
「氷川様、どうかなさいましたか?」
「……待つ。この行為は嫌いではない。だが時としてもどかしいものだな。」
「あの女のことでしょうか」
「そのこともある。だが…。」
氷川はそこで言葉を止めた。そしてもう一度サマエルを見やる。
そして小声で、まるで詩を謡うように呟いた。
「このスマル市と私の居た東京、何が違うか解るか?」
「どういうことでしょう」
「かつて人類が動物と変わらぬ時は弱肉強食の一部であった。
だが近代に入りその生態系ピラミッドは変貌し、単なる猿の進化系であった人類がその全てを掌握することになったのだ。
その鍵は言葉による情報だ。
東京という街はそれが顕著であり、情報に脆弱な者は全て振り落とされる。
サマエル、お前が降り立ったボルテクス界は東京とは違い、このスマル市と極めて近い。
かつて橘千晶が力こそ全てと言い放ち、高尾祐子が無様にも投げ出し、
挙句、人の身体に悪魔の魂を宿した少年が制した世界と極めて近いのだ。
……だが私はこのスマル市を受け入れるつもりは無い。」
「氷川様、それはどういうことでしょう。」
サマエルは大きな首をゆるやかに傾げた。氷川との付き合いは長いが、彼の思想には未だに不可解なところが多いのだ。
この悪魔は決して無能では無い。むしろ力も知能もそこいらの悪魔のそれを上回る。
ただ、氷川の脳裏に宿る考えが読めないだけだ。
おそらくサマエルだけではなく、魔女の元に付いているオセもそうであろう。
ただ、契約によって従っているだけならば気にする必要は無いのかもしれない。
しかしサマエルは氷川にそれ以上のことを望んでいた。
彼の思考を知るという、知的好奇心として。
「サマエルよ、疑問に答える前に一つ頼みがある。」
「何でしょう。」
サマエルは自分の欲求を抑え、氷川の前に跪いた。
「私がこのスマル市に降り立った時、数珠が消えていた。ミクロ経典もだ。
肌身離さず持っていたのにも関わらず、だ。
その代わり少量だがマグネタイトを持たされていたのだが、
これは一種の賭けでもあるのだがこの“ゲーム”の主催者によって持ち物を他の者と入れ替えられたとも考えられる。」
氷川がそこまで言ったところでサマエルはようやく彼の考えが読めてきた。
それは途方も無い彼の野望と言っても差し支えは無い。
「氷川様…もしや!」
「“巫女”である高尾祐子は既に死した。その代役は私自身が見極める。
サマエルよ、お前には数珠とミクロ経典を探し出してきて欲しい。」
その言葉だけで全てを察することが出来た。サマエルの疑問に答えるにはそれで十分であった。
「氷川様……貴方はもう一度やり直すのですね、“受胎”を!」
「その通りだ。今度こそ静寂の世界を作り出す。
その為に必要なものはお前に探してきてもらう二つの道具と、情報、そして巫女。
巫女は私自身の手で見つける。お前とはしばしの別れになるが、次に会う時は…」
言いかけたところでサマエルが口を挟んだ。
「しかし氷川様、お一人では危険なのでは…?」
氷川は首を横に振った。
「按ずるな。そのためにこれを用意したのだ。」
そう言って氷川がちらつかせたのは肉片の詰まったおどろおどろしいいくつかの瓶である。
「人も悪魔もある一つの欲求には逆らえないものだ。それはすなわち食欲である。」
「なるほど。そこまでお考えでしたか。」
このような肉の詰まった瓶ではそう大層な悪魔は使役できないであろうが、
いかに低俗な悪魔でも合体を繰り返せばより強く生まれ変わることが出来る。氷川にはそれが可能であった。
「私は再び悪魔召喚の儀に入る。お前も我が指令に応えて見せよ。」
「御意!」
サマエルは氷川の顔を見やると開いたままにしてあった窓から飛び出した。
【時刻:午前10時40分】
【氷川(真・女神転生Ⅲ-nocturne)】
状態:左腕軽症
装備:オセの魔剣 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計
仲魔: 邪神サマエル
現在地:スマルTV二階控え室
行動方針:悪魔狩り 悪魔召喚 12時ごろに魔女等と再開 再び受胎 巫女を探す
最終更新:2010年12月24日 01:55