125話 君に忠、友に愛
うなりをあげて飛んでくるデスクやらプリンターやらを横っ跳びに避けながら、ヒーローはすばやく頭を回転させた。
ここはなんの変哲もないオフィス。正式な出入り口こそひとつしかないが二方向が道路に面しており、その両方の壁に
大きな窓がついている。というより、コンクリートの壁よりも窓のほうが面積が広い、と言ってもいいぐらいなものだ。
だから、ただ逃げるというだけならばなにも悩むことはない、窓から飛び出せばいい。現に、目の前で暴れている命なき
侵入者も、正式な入り口ではなく窓を割って入ってきたのだから。1階だから飛び出したあとの着地の心配もいらないし、
道路に面しているからそのあと通る逃げ道にも不自由はない。
逃げること自体は難しくない。困っているのは、逃げた後のことだった。馬鹿正直にまっすぐ逃げるだけでは、追われ、
そして追いつかれる。それは分かりきっていた。なにせ相手は『元気な死体』だ。いままた目の前で、相応の役職のある
人物が座っていたと思しき立派なデスクを強引に持ち上げ、振り上げ、投げてきたことからも分かるように、その単純な
腕力はもはや人間の域を軽く超越している。当然、走力を含めた脚力においてもそうだろうし、持久力においても同様だ。
そのことは、もう既に一度、別の死体に思い知らされている。
逃げるだけでなく、逃げ切る必要がある。それにはなにか一工夫必要なのだ。それをヒーローは必死に考えていた。
「おい、どうするッ!」
デスクトップパソコンの本体とモニターの連続コンボを転がってかわしながら、相棒の大道寺伽耶(の中に宿る熟練の
悪魔召喚師)が叫んだ。彼女(なのか彼なのか結局訊きそびれてしまった)も現状は理解している。この「どうする」は
質問ではなく、早くなんとかしろ、のメッセージだった。さっきからわざと大きな動きをして囮の役目を引き受けている
のだが、ゾンビが行っている「モノを投げてくる」という攻撃は同時に「逃げ道に障害物をばら撒く」という副次効果も
発生しており、かわすのもだんだんと厳しくなってきている。
考えた。破邪の力のあるもの。清めの水や塩があれば。しかし、民家ならともかく、ここはオフィスだ。
考えた。金属。銀、あるいは鉄でも多少は効果があるかも知れない。……いや、ダメか。さっきからヤツはスチールの
デスクをものともせずに放り投げている。
考えた。なにか、時間を稼ぐ方法。手持ちの道具。武器。GUMP。仲魔。周囲の状況。考えに考え抜いた。
「……これしか、ないか」
つぶやきながら、GUMPを開く。本当は結構前に思いついていたのだが、消費するリソースが大きすぎるため、できれば
避けたいと思っていた方法だった。しかし、出費を惜しんで命を落とすのでは意味がない。そのへんの損得勘定は、荒廃
した東京の街で様々な相手(悪魔に限らず、したたかな人間たちとも)と交渉してきたなかで、かなり鍛えられていた。
これ以上考え続けていても他の妙案が思いつくとも思えない。ここは妥協するしかないだろう。
すばやくコマンドを入れる。最後のキーを押さずに止めて、また別ファイルを開いた。それをまた繰り返す。
「なにか思いついたのか」
飛んでくるファイル類を回避しつつヒーローの側に近寄ってきた伽耶が言った。先ほどの仮眠のおかげか、その表情は
まだ余裕がある。体力気力ともに十分、とまではさすがに言えなくとも、活動に支障はない、というところか。
「ああ。エストマは使えるかい」
とヒーローはGUMPの画面を見ずに操作しながら伽耶に聞いた。ほんの数時間で、通常のPCとは操作感が大幅に異なって
いるGUMPを軽やかに使いこなしているのは、ヒーローのヒーローたるゆえんというところだろう。
「使えないが、似たようなことはできる」
飛んできた鉄製の鉛筆立てを近くにあった電話帳で打ち落としつつ、伽耶は叫ぶように答える。今の状況、すでに敵に
発見されている場面で退魔の技を使っても手遅れで無意味だ。それはお互いに分かりきっていることで、それでも敢えて
ヒーローはエストマが使えるかと聞いたのだ。ならば何か考えがあるのだと判断して、伽耶は反論を控えて質問に答える
だけにとどめる。それぐらいのコンビネーションはとれる程度には、ふたりの息も合ってきていた。
「なら合図と同時に頼む。防御は僕がやる」
「なに?」
「必要経費だ、ちょっと痛いのはガマンしてくれよ?」
ニヤリと笑ってヒーローは言って、ゾンビへ電話の子機を投げつけた。注意をひきつけるための形だけの反撃だ。
子機の仇とばかりか、親機が強烈な勢いでまっすぐ飛んできた。ヒーローと伽耶は左右に散るようにしてそれを回避。
ヒーローは、さらに物を拾っては軽く投げ続けた。伽耶はその行為を、自分の術のための時間稼ぎだろうと解釈し、軽く
精神を集中した。体内のMAGの流れを操作し、両手に集める。召喚術が本職であるため魔法は得手ではないが、術の応用で
真似事ぐらいならできる。実際の魔法より威力も速度も落ちるとはいえ、それでも数秒もかからず術は完成した。
「いいぞ」
「ああ、むこうもいいみたいだ」
伽耶の言葉に、ヒーローが応える。その内容の意味が分からず、伽耶は疑問に思いながらゾンビの方を見た。ばきばき、
と派手な音を立てながら、デカいファイル棚を引き抜いている。
「そこにいろ伽耶」
言いながら、ヒーローは大げさな動きで伽耶の側へと寄ってくる。
「おい馬鹿、まさか」
「痛いのはガマンしてくれって言ったろ? 防御はするさ」
「なんてこと考えるんだ、お前は」
伽耶はあきれて言った。この男は、あのゾンビの、あの膂力から放たれる、あのサイズの本棚の一撃を、あえて食らう
つもりだ。
「コレ頼む。このキーひとつ押せばいいようになってるから、それと同時にエストマよろしく」
GUMPが伽耶に投げ渡された。伽耶は反論しようと思ったが、しかしゾンビが投擲体勢に入っているのが見えてしまった。
「くそ、本当に大丈夫だろうな?」
一言だけ、嫌味な口調で尋ねた。ヒーローの作戦は上手くいきそうなのか? GUMPの設定は正確なのか? あの本棚の
一撃をきちんと防御しきれるのか? 本当に大丈夫なのか、ひとつずつ聞きただしたいところだが、時間がない。
「大丈夫さ」
力強い答えが返ってきたので、伽耶はそれを信じることにした。
死者が再び動き出した場合、たいてい生前の性質が反映されるものである。今回もその例外ではなかった。
彼は文弱の小心者であった。攻撃的性格を持ってはいたが、それの発散方法は、常に自分よりも社会的身分が低い者に
対する言葉による攻撃、要するにネチネチとしたイヤミであった。
そんな彼だから、生ける屍となって身体能力のすべてが開放された今でも、自身の肉体による直接的な攻撃をしようと
いう発想はあまりなかった。武器を使う。だが武器といっても本当に高度な武器は扱う技術がないから単純かつ原始的に
そこらへんにあるものを手当たり次第に投げる。とにかく投げる。相手が動かなくなるまで投げる。
分厚いファイルを投げた。避けられた。悔しい。もっと投げよう。手を伸ばしたが、もう本棚にファイルはなかった。
しかたがない。ではこの本棚を投げよう。強引に持ち上げる。こんな簡単なことなのに、なんだか少し嬉しい気がした。
昔、ショクインシツのシリョーセーリをしてたときに、こういうことが出来たらいいなぁと空想してたような気がしない
でもないが、いったいなんのことなのか、いつのことなのかは思い出せなかった。まあ、別にどうでもいいことか。
強引に、投げた。派手な音がする。ガラスが割れ、鉄板がへし曲がり、紙が舞い散り、衝撃と振動が天井や床から埃を
空中に舞い上げて空気を汚す。思わず、口を覆って両手をその前で扇ぐように振った。どういう意味のある行動なのかは
覚えていなかったけれども。
しん、と静かになった。先ほどまであれほど元気に跳ね回っていたふたつの気配がなくなっている。
「もしや、死んだのか? 若い者がそんな情けないことでどうする!」
呼びかけた。呼びかけにしては意味がいまいち通っていないことには当然自覚はない。が、別にどうでもいいことだ。
近くにあったイスを手に取り、本棚の影へと向かう。死んでいるならそれを確認して、そして若い血潮と新鮮な肉体を
堪能しようという腹だ。本人としてはそっと近づいているつもりだが、足がもつれたり力加減を誤ったりで随分と派手な
音を立てているのはゾンビゆえのご愛嬌というところだろう。なんだかんだで、本棚の前にたどり着く。
「グァァァァ!!」
その瞬間を狙ったように、陰から巨大な白い影が飛び出した。思考こそ鈍っているものの、本能的な反射速度は非常に
鋭くなっているうえに、もともとの小心な性格ゆえに何があっても対処できるよう警戒を怠っていなかった彼は、不意を
討たれたにもかかわらずイスを盾にして攻撃を防いだ。動体視力も高まっている目は、しっかりと影の正体を捉えている。
背に黒い影をふたつ乗せた、巨大な白い魔獣。わき目も振らず、まっすぐに遠ざかっていく。
逃げる気だ。そう気づいた彼は、不意に激しい苛立ちに襲われる。逃げるとはなんだ。希望にあふれる若い命が、少し
困難に直面しただけで立ち向かわずに逃げるとは不届き千万というほかはない。そんな腐ったミカンには徹底的に指導を
くれてやらねばいかん。それがこの私の使命なのだ。
屍鬼の例に漏れぬ混濁した思考と衝動的な感情に突き動かされ、彼は走り出した。それでもちゃっかりと投擲に使える
武器になりそうな手頃なものを引っつかんでいくのは忘れないあたりが彼らしいところで、天の神をそれを祝福している
のか、偶然にもその手頃な大きさの鈍器は彼と因縁浅からぬ電動ドリルだった。
逃げる影を、追う。頭の中にあるのはそれだけだった。逃げていく影の背中に見えるふたつの姿に、なにか先ほどまで
見ていたものとは違うような違和感を感じないこともなかったのであるが、心を燃やす激情と、体の底から溢れる力とが
その思考を押し流していく。ただ、走る、走る、走る。四本の足で駆ける巨獣よりも速く走る。その影が見る見る大きく
なっていく。その背にしがみつくふたつの影の表情……あざ笑うかのような歯を剥き出した顔もはっきりと見える。
なにを笑うのか。激情がふたたび体を支配した。走る姿勢から、強引に上半身を捻って、また逆方向に激しく振った。
風を切り裂く音とともに電動ドリルが宙を飛び、巨獣の後ろ足に命中。めしゃ、という痛々しい音とともにへし曲がった
足は、その重量と速度とを支えきることが出来ずに宙を泳ぐ。バランスが崩れた巨獣が地面を転がる。背にしがみついた
影が振り落とされて宙へと放り出される。彼にはそのすべての様子がはっきりと見て取れていた。
「痛ったいわぁもう! ホンマいやな子やねアンタってゾンビは! なんやその神父服、ちいとも似合うてへんよ!」
「まったくだぜ、このバチ当たり野郎! いいかげんあきらめやがれ! ギャハハハ!」
ふたつの影が口汚く罵ってくる。それを聞いて、彼のもともとボロボロに朽ち果てかけていた理性の糸は完全にキレた。
ついに武器に頼ることもなく、肉体の耐久力を省みず、全力で走り、全力で拳を振り上げ、振り下ろす。
「暗黒ヤング伝説ぅぅぅ!」
もはや意味もわからぬ掛け声。振り回した拳は軽やかに避けられ、地面をえぐり建造物を破壊した。その反動で自分の
両方の拳も、肉が裂け骨が砕けた酷い有様になっていたが、そんなことはもはや彼にはたいした問題ではない。あるのは
殺戮の欲求、ただそれだけだった。
「くぉぉぉのバぁぁカチンがぁぁぁ!」
「あひゃ~! ヒーローちゃんコレこのままだとちょいとマズいんちゃうん?」
「聞こえてんだろヒーロー! 早く回収しやがれ、殺す気かコラぁ!」
ふたつの影が逃げ回りながらわめく。それを聞き、なぜかまた彼は意味不明にヒートアップする。
「私語は慎まんかぁぁぁ!! 立場がわかっとるのか貴様らはぁぁぁ!!」
コンクリートにヒビが入るほどの強い蹴りで宙に飛び、ふたつの影へと拳を繰り出さんと踊りかかる。と、その視界が
突然回転したと思う間もなく、彼は頭から地面に墜落してそのまま激しい勢いで二回転ほど転がった。
視界の端に、軽やかとは言えない様子で着地する白い巨大な影が見える。あの獣に叩き落されたということか。
「あっ、パスカルちゃん、助かったわぁ、おおきに!」
「おいおい、その足大丈夫かよぉ? おいヒーロー、マジやべえって、早く回収しろ!」
あのふたりはまだ私語を慎まんのか、と見当違いな怒りを覚えつつ、彼はゆらりと立ち上がる。額はぱっくりと割れ、
顔面の半分は見事に陥没したうえにコンクリートとの摩擦でジャムに変わっていたが、その程度ではネクロマのゾンビは
止まらない。痛みも死も超越した生きる屍は、その心に燃え上がる怒りと殺意が原動力だ。むしろ先ほどまでより怒りの
パワーがぐんぐん溜まってきて、より元気になっているといってもいい状態だった。
「あっ、来た来た来よったでぇ! ほなサイナラや~ゾンビーシンプー」
「ッたく、さすがのオレも今回ばかりは参ったぜぇ」
ボウッ、と音がして、ふたつの影が光に包まれ……いや、違う、ふたつの影そのものが光に変わって消えていく。
いったい、なんだ、なんだ? 混乱している彼の頭に、巨獣の前肢の一撃が襲い掛かった。
わざと大きな本棚を食らうことで、その影に隠れる。それと同時にエストマで気配を消し、さらに囮の仲魔を走らせる。
先ほどヒーローが行なった作戦とは、平たく言ってしまえばそれだけのことだった。単純ゆえに効果的ではあるものの、
決して確実でもないし安全でもない、非常に危うい賭けでもあったのだが、なんとかうまくいった。
仲魔を走らせた方向とは逆方向に向かって走りながら、ヒーローはRETURNのコマンドを入力した。囮にしたとはいえ、
大事な仲魔を捨て駒にする気などはなかった。かなり離れた距離でのRETURNなので、悪魔の魂だけの帰還になってしまい、
その肉体を形作るのに使ったMAGは遠くに捨てる形になってしまう。MAGにやや不安がある現状ではやりたくなかったが、
あの局面を切り抜けるためには仕方がない出費と諦めるしかない。
RETURNを実行。数秒経ち、画面上の悪魔の名前の色がひとつ、ふたつと変化した。……が、肝心のあとひとつの名前が、
いつまで経っても薄暗い色のままだ。
「……どうした、パスカル? RETURNだ、戻って来い」
ヒーローはTALKコマンドを開いてケルベロスに話しかけた。アズミとコボルトは数秒で帰ってきたのにケルベロスだけ
遅いのは、どう考えてもおかしい。
《断ル》
GUMPから野太く力強く返ってくる。有無を言わさぬ調子は、なにか悲壮な決意を感じさせるものだった。
「なに言ってるんだパスカル? 早く戻って来い、勝ち目はない、殺されるぞ」
ヒーローは慌てて言い募った。通信画面に表示されているケルベロスのSTATUSが嫌でも目に入ってしまう。左後ろ足の
損傷がひどい。この状態では、走って逃げることも、まともに戦うこともままならないはずだ。それなのにケルベロスは
自分の意思であの場にとどまり、戦うことを選んだ。それは、つまり。
《ソノ台詞ハオ前ニ返ソウ。早クモット遠クヘ逃ゲロ、ソウ長クハ時間ヲ稼ゲン》
「パスカル、お前、まさかっ……」
足をひどく損傷した自分は、仮に帰還したとしてもその後はお荷物になるだけなのだから、せめてここで最後の働きを
しようとでも考えたのか。賢いパスカルらしい判断ではあるが、ヒーローには許容しがたい考え方だった。
「駄目だパスカル、そんなっ……」
《オレサマハ強イ男ガ好キダト言ッタハズダ。失望サセテクレルナ》
ヒーローの言葉をさえぎるようにして、ケルベロスが低く呻った。非情の判断をしろ、と言っているのだった。
「自分を犠牲に他人を守る強さ」だけではなく「他人を犠牲に自分が生き残る強さ」も荒廃した東京で生き延びるために
必要だったわけで、そういう強さが自分に欠けているとは思わないが、しかしそういう強さを自分があまり好んでいない
というのも事実ではあった。だが、この狂気の街では、むしろそういう非情な強さのほうが求められているのは明白で、
ケルベロスは、そういうヒーローの心の迷いに気がついていたのかもしれない。だからあえて、残った。
逃げる時間を稼いでくれればありがたい、と冷静な計算をしている自分がいる。パスカルの意思を尊重するべきだ、と
悟ったようなことを考える自分がいる。そんな勝手なことばかり考える自分の心とはまた別に、手は勝手にGUMPを操作し、
強制帰還の入力を何度も何度も繰り返していた。Command - Return … Boycott。何度行っても、命令は拒否される。
「パスカル」
《クドイゾ》
「でも」
なおも言い募ろうとするヒーローの肩に、伽耶の手が置かれた。
「……いい仲魔を持ったな」
過去形で語る伽耶の言葉を聞いて、ヒーローはすべてを悟った。GUMPのキーを連打していた指が止まる。
「……ありがとう、パスカル」
ぽつりと、言った。言葉でねぎらうことしかできない自分の無力がつくづく情けない。ヒーローは袖で目と頬を乱暴に
ぬぐう。袖がしっとりと湿ったのは、きっと気のせいだ。気のせいでなければならない。
《……サラバダ、ヒーロー》
「違う、そうじゃない」
パスカルの重く冷たい別れの言葉をさえぎって、ヒーローは明るく言い直す。
「また、会おう」
《……アア。マタ会オウ》
ケルベロスが答えた。嬉しそうな、楽しそうな、そんな明るい声だった。
《アオオーン! 我ガ名ハ地獄ノ番犬ケルベロス……否、ヒーローガ忠犬パスカル! 我ガ主ノ元ヘハ行カセンゾッ!》
力強い雄叫びを最後に、通信は途絶えた。ケルベロスが意図的に通信を遮断したのだろう。その最期を、主に聞かせたく
なかったのだろうか。誇り高い彼らしい行動だ、とヒーローは思って、また袖で目をぬぐった。
「うらやましいな」
ぽつりと伽耶がつぶやいた。召喚師としての本音だろう。命令に背いてまで犠牲になることを選ぶほどの忠誠は、単なる
契約だけでは得られることはないだろう。それだけの強い絆を仲魔との間に結ぶというのは、召喚師なら誰でも一度は夢に
見ることだった。
「ああ。自慢の仲魔さ」
彼は珍しく謙遜せずに胸を張って答える。もう目はぬぐわなかった。いつまでもめそめそして自慢の仲魔に恥をかかせる
わけにはいかないのだ。強い男にならねばいけない。
「さ、行こう。パスカルの意思を無駄にするわけにはいかない」
「ああ、そうだな」
伽耶が胸元から木製の筒を取り出し、念じてかざした。緑色の光が巻き起こり、大きな鳥――霊鳥ホウオウが姿を現す。
「二人乗りは厳しいかも知れないが、少しの距離でいいから頑張ってくれよ」
しぶしぶ、といった様子でホウオウは頭を下げて背中を明け渡す。これぐらいの対応が悪魔としては本来正しい姿なのだ。
やはりケルベロスは特別な存在だった。そしてその特別な存在がいなくなったことは、小さからぬ損失だ。
「悪魔が出るところで、戦力の建て直しが必要だな。それとまた拠点を作って……」
ホウオウの背中に乗ってビルの合間を縫うように低空を飛びつつ、ヒーローは地図を片手に伽耶に話しかけた。
(ビルを飛び越えるような飛行はホウオウの体格と体力的に厳しいし、そんなに目立つ飛び方をする必要もないと判断した。
なお、あえて飛行して移動しているのは、足跡やニオイで追跡される可能性があるかもしれないと考えたためである。)
「目をつぶっていてやる」
伽耶が急に違うことを言い出した。
「なにが?」
「耳もふさいでおこうか?」
「だから、なにがだよ」
「無理はするな、と言っているんだ」
ぶっきらぼうな言い方でなんだかよく伝わってこなかったが、伽耶が「泣きたいなら泣いていいぞ」と言っているのだと
しばらく考えてヒーローはようやく理解した。
「別に、大丈夫だよ」
「本当にか?」
「ああ。僕は強い男だからね」
強がりでもなんでもなく、ヒーローは自然に言い切った。そのつもりだった。
「……英雄ってのも、楽じゃないな」
伽耶がヒーローの顔から目をそらしながらつぶやく。
「……ああ、まったく」
また袖で目をぬぐいながら、ヒーローは答えた。だがその目の奥には、決して消えない強い光があった。
【時間:午後0時】
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:全身に軽症 軽度の疲労
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み) 虫のようなもの
道具:マグネタイト4700(だいぶ消費) 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:6体(全員正常、ピクシーのみ別行動中)
現在地:港南区方面路上
行動方針:伽耶の術を利用し脱出 戦力建て直し
【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格、軽度の疲労
武器:スタンガン 包丁 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4450(術で少し消費) イン・ラケチ 文様を刻んだ鉛筆×5 カッターナイフ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:ザ・ヒーローと共に脱出 戦力建て直し
胸の中、いや、全身にあふれかえった激情。おさまることを知らないそれが、彼の体を突き動かす。
殺戮。彼が求めるものは、ただそれだけ。
いや、正確には少し違う。命。熱い血潮。若さみなぎる生命力。欲しいのはそれだった。
こんな汚らしい獣を叩き潰してもそんなものは手に入らない。そう気づいた彼は、ぐったりと動かなくなった白い巨体を
殴る作業を中断し、摩り下ろされた顔面を潰れた拳で軽く撫で、血に染まりところどころが破れた神父服を着なおすことも
せずによろよろと歩き出した。
命。命の鼓動。こっちからそれを感じるような気がする。あくまで気だけど。
なんの根拠もなく、彼はひとつの方向を目指してゆっくりと進んでいく。
点々と血を垂らしつつ、死のニオイを撒き散らしつつ。
【反谷孝志(ハンニャ)@ペルソナ2】
状態:ネクロマ状態、記憶が曖昧、シドの服を着ている
肉体の損傷は非常に激しいが活動にまったく支障なし
武器:なし(おそらくもう持てない)
道具:盗聴器(存在には気付いていない)
現在地:夢崎区路上
行動方針:とにかく殺す
最終更新:2010年12月24日 01:56