アットウィキロゴ
例えるなら、それは、顔の無い山羊。
 私が差し出す答案用紙を、さも美味しそうに食べてくれる。
 そうして、しばらくすると山羊の顔に答案内容が、浮かび上がる。
 なにが気に入ったのか、山羊は、鳴声を上げる。

 私は、顔を覗き込む。
「そうか。正解なんだね?」
 そう言うと、今一度、山羊は鳴声を上げた。
「まだ、食べる?」


「浪原! 起きなさい! 浪原!」
「ふぁ……」
「しゃんとしなさい。浪原!」
「あ、ふぁい!!」
 私、浪原加奈は、担任の吉川先生の声に、勢い余って席を立つ。
 教室に居るのは、私と吉川先生だけだったのだが、これが通常の授業中なら、笑いの
渦だったろう。
「浪原……。貴女、自分の今の立場判ってる?」
 吉川先生が、立ったままの私の顔を覗き込む。  
「はい……」
「それならいいけど。そりゃ、古典なんて受験に関係無いしね。それだけに、担当科目
だけど、手心加えてるんだからさ。そこのところ――」
「いえ! 私、古典好きですよ!」
「なら、赤点取らないでね」
「……はい」 

 そう、私は、今期末で古典だけ赤点を取ってしまい、追試の為の補習を受けている最中。
 自慢する訳では無いが、他科目は、全て平均点を大きく上まわっているのに。


しかも、古典は、今言ったように、大好きな科目なのだ。
 雅な流れる和歌や、先人達の、連なられた文体は大好きなのに。

「まあ、いいわ。貴女なら再試は、心配ないと思うし。補習も貴女一人だし」
 吉川先生は、国語課の古典担当。その心の内は、複雑だろう。
「でも、居眠りは、勘弁してね」
 そう言って、吉川先生は、教壇の方へ戻った。
「はい」
 私は、酷く恥じ入りながら席につく。


「よう、加奈!」
 補習を終え、自転車置き場に行くと声を掛けられる。
 小学校からの幼馴染、津村誠だった。
「ああ。あんた、まだ、居たの」
 自転車の前籠に鞄を入れて、私は、力無く応えた。
「いや、補習で御疲れの加奈ちゃんを慰めないと思って」
「ああ、そう。ありがとう」

 校門を出て誠と並び、自転車を押しながら、帰路に就く。

「でも、以外だったなぁ。加奈が赤点なんてな」
「私も以外よ。そもそも、なんであんたが、ひとつも赤点無いの? 補習の常連なのに」
「それは、加奈が特訓してくれたおかげだよ」
 照れも無く誠が言ってのける。私は、勢いを削がれた。
「そ、そう。そうっだったわね。で、その結果が、私が補習なんてね」
 溜息混じりに、私は応える。   

 試験期間中、誠の部屋で特訓と称する勉強会。要点を押さえ、それこそ、誠の為の
特訓だった。
 と、その時の情景を思い浮かべ、私にある疑問が湧いてきた。 


「ねえ、誠。古典の試験は、最終日だったよね?」
 私は誠に訊ねる。 
「え? そうだったけ?」
「そうよ。あの時、あんた、『もう、いいや、古典は追試でも』なんて言ったよね?」
「どうだったかな? 覚えてないよ」
「言ったのよ。それで、あんた、寝ころんで、あっと云う間に爆睡。そのまま朝までよ」
「だったっけ?」
「そうよ。それで、なんで、あんたが赤点じゃないのよ!? なんで、最終日迄、しっかり
頑張ったあたしが、赤点なのよ!?」
 私は、誠に詰め寄る。
「え、だって、そんな……」
 そう、わかってる。これは、単なる八つ当たり。又は言い掛かり。

 確かに、古典の試験内容は、吉川先生の手心が充分であった事も理解してる。授業に出て
るだけで、赤点は免れる内容だったのだ。

 それでも、この誠は、いつも授業は居眠りばかりなのだ。なんで、そんな奴が。
 やっぱり納得いかない。 

「ああ、そう言えば……」
 誠が、口をつく。
「何?」
 睨む私。 

「あ、いや、関係無いかもしれないけど」
 気押され気味で、誠は、ズボンのポケットから、何かを取り出した。
「これ」
 それは、高校受験の時、誠にあげた、私が作った、山羊のキーホールダー。
「あ、あんた。まだ、こんなの持ってたの?」
「そりゃ、持ってるよ。これのおかげで、高校入学出来たも同然だからね」
 誠は、そう言って、山羊のキーホールダーを、手の中で転がす。
「それでさ、受験の時も、何故か俺、楽だった気がしてさ。加奈は、割と苦戦したんだよな。
不思議だよな。中学の時から優等生で、どこ受験しても楽勝って言われてたのにな」

 そうだ……。そうなのだ。この時、私は、全てを理解した。

あの時も。受験前夜の見た夢にも、補習の途中で居眠りして見た夢に出た、顔の無い
山羊が居た。そして、同じように、私は、私の答案用紙を、食べさせていたのを思い出す。

 何の事は無い。これが私の夢なのだ。

 誠といつも一緒に居たい。

 高校も一緒に行きたい。進級も一緒に。それから、その先も……。

 ほんとは、知性のシンボル梟のマスコットをと思ったのだが、それよりも私の星座をと
誠にあげたお守り。

「私、馬鹿みたい……」
「え?」
 最悪なのは、こいつが、それに気が付かない事か……。 
 私は、大きく溜息を吐く。

「なあ、加奈。こんな事言っても、どうかと思うけど――」
「え!?」
 私は、誠の表情が、沈む日を背に受けていると云え、今まで、一番素敵に見えてしまった。
「な、何!?」

「いや、一人っきりとはいえ、追試頑張れよ――」
 その台詞が終わる間も無く、私は、誠のボディに一発降るっていた。
「大きなお世話だ!」
 呆けた顔で、後を追ってくる誠を尻目に私は自転車に跨り、勢いよくこぎ出した。


 後日。見事、追試は満点で終えたのは、言うまでも無い事。

 そして、誠に、この週末、思い切り私に付き合わせた事も。

        FIN
最終更新:2008年07月17日 21:25