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まるで夢のようだった。
 季節特有の白が多い空には、大きな入道雲がのっぺりと浮かんでいて、海の方は穏やかに空を
映していた。
 三百六十度、ぐるりと見回しても、見えるのは青と白。空気のフィルターを通して降りかかる太陽
光線も白かったのだ。
 そんな場所で、私は静かに直立していた。波一つ立たない海の上に自分の足で立っていた。
 私は足の裏に伝わる撫でるような、あるいは包み込むような感触を楽しむ余裕すらあった。
 なぜなら私はとてもこの光景に満足していたから。私は元来、静寂や孤独を好んだ。
 しかし、私は退屈を自分の趣味には取り入れていなかった。かれこれ、ここに立って一時間(体内
時計も当てになるか怪しい物だが……)なにも起こらない。
 私は思い切って、右足を前に踏み出してみることにした。
 まず、ゆっくりと持ち上げて、それから少し前へ移動させる。それと同時進行で左手を前へ、右手
を後ろに軽く引く。その時、体が倒れてしまわないように上半身のバランスにも注意を払うのがポイン
トだ。最後に右足を着地。
 海面と右足が接した時、ちゃぽんっ、と水がはねた。
 私はその音を気に入って、交互に左足右手、右足左手、といった動作を繰り返した。
 歩き始めてから一時間ほどして、後ろを振り返ってみた。自分がどれほど進めたのか確認したかっ
たからだ。
 だが、振り返ろうとした時、はっ、と気がついた。
 目印になるようなものがないのに、振り向いて意味があるのだろうか。いや、ないだろう。
 私は思いとどまって、一度足を止めた。
「そうだねえ。私たちの単位で言うと二百三十ほどは進んだかなあ」
 頭の上で声がした。見ると、空にウミドリが一羽でいた。

ウミドリは空中で羽ばたく事もせず、静止しており、羽を組んだりして偉そうな態度をとって私に話
しかけていた。
「君たちの単位ではちょっと分からないな。僕たちの単位で言うとどうだろう?」
 仕返しに私も偉そうに腕を組んで、あごなんて触りながら言った。すると、ウミドリは少し驚いた表
情を浮かべた後、おかしそうに羽をばたばたさせた。
「いやあ、失敬失敬。あなたは人間でしたねえ。それならその態度にも納得だ。そうですねえ、私は
見ての通りウミドリなので人間の単位ではちょっと」
「そうかい。では、君に用はないよ。それじゃあね」
 私はまた足を動かし始めた。ウミドリはそんな私の跡を追ってくる。
「それじゃあ、あなた。少し冷たいじゃありませんか。それにそんなに急いで何処に行くのです?」
「君には関係のないことだろう」
「ふうむ……確かにそうですねえ。でも、ここをどれだけ行っても疲れるだけだと思いますよ」
 その言葉を聞いて、足を止めた。
「私の知り合いに年中旅行しているような奴がいるのです」
 ウミドリは足を止めた私に話しかけ始めた。私は他にすることもないので仕方がなく、その話を聞い
てやることにした。
「そいつはねえ、空気が冷たくなり始めると風の流れに乗って、そのまま温かい場所に行き、暑くなり
過ぎるとまた帰ってくるんです」
 私は心の中で「それはワタリドリの事だ」と答えた。でも、私はそれを口に出すほど野暮な人間では
ないつもりだ。黙ってウミドリの話を聞いてやる。
「まったく、羨ましい奴ですねえ。鳥の身分でありながらそんなに色々な場所に行けるなんて」
「君たちにも翼があるじゃないか」
 私は少し僻みが混じった声でそう言った。
「それはそうですがねえ? 私たちはこの界隈でしか生活できないのですよ。つまり世界は広いと聞く
のに、私たちの世界はこの界隈の海と巣床くらいなのです。私は、正直に言いますとあなたが大変う
らやましいのですよ」
 私は言い返そうと口を開いた。
 すると、その瞬間、大きな入道雲が頭の上に迫ってきて、あっ、と言う内に私とウミドリを飲み込ん
でしまった。

次に気がつくと、私は白に包まれていた。……ベッドだ。
 どうにか戻ろうとして、目をつぶっても駄目だった。
 私があの青と白に思いを馳せていると、窓枠に小さな白い鳥が止まっているのが目に付いた。
 私はなんだか親近感がわいてきて、手を伸ばしたが鳥はふい、と尻尾を向けて、飛び立ってしまっ
た。
 その鳥は翼を大きく広げて、窓の外に広がる青い空へと飛んでいった。
 私は上半身だけでどうにか窓に近づいて、そして眼下に広がる海を眺め続けた。
最終更新:2008年07月17日 21:43