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敵エース部隊長

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敵エース部隊長

ベルカ空軍 第2航空師団第52戦闘飛行隊 (4機編成) 

ロト隊隊長 デトレフ・フレイジャー中佐

彼は通称”赤いツバメ”と呼ばれるベルカ公国空軍きってのエリートパイロットである。
彼の率いる四機編成からなる部隊は全てTyphoonによって構成されており、
全ての機体は統一されたカラーリングを施されている。
特に赤いツバメと呼ばれる所以は、その赤く彩られた機首によるところが大きい。
ベルカ絶対防衛戦略空域「B7R」の制空任務を主とすると共に、
伝統のベルカ空軍の象徴的存在として、
戦意高揚を目的とした軍プロパガンダにも幾度となく登場している。

ベルカ空軍 第10航空師団第8戦闘飛行隊 (4機編成)

グリューン隊隊長 ベルンハルト・シュミッド大尉

グリューン隊を率いるベルンハルト・シュミッド大尉は“フクロウの目を持つ男”
の異名で知られている。
第8戦闘飛行隊を指揮する彼の仲間は皆、第10航空師団に所属する厄介者ばかりだが、
その臨機応変な戦闘形態により、ベルカ戦争初期段階において数々の功績を上げる程の
腕利きのパイロット集団である。
F/A-18Cの四機編成から成るこの部隊は、機体全体に施されたグリーンの迷彩が特徴である

ベルカ空軍 第7航空師団第51戦闘飛行隊 (4機編成)

インディゴ隊隊長 デミトリ・ハインリッヒ中佐

“ベルカ藍色の騎士団”と呼ばれる第7航空師団の精鋭部隊を率いる隊長。
彼が伴うこの部隊の任務は、主に東部戦線の防空である。
搭乗機体はJAS-39Cグリペンであり、“藍色の騎士団”の愛称に違わぬ、精錬潔白な
騎士道精神を表したかのような純白のボディに藍色のラインの映える機体塗装が施されている。
機体性能を最大限に引き出す、鋭さと優雅さを兼ね備えた戦術機動により、
多くの戦績を叩き出している。

ベルカ空軍 第5航空師団第23戦闘飛行隊 (2機編成)

ゲルプ隊隊長 ライナー・アルトマン中尉


Su-37の2機で編成されているゲルプ隊。隊長のオルベルト・イエーガー少佐と共に翼を並べるのは
ライナー・アルトマン中尉である。
2人はベルカ南部防衛線「ハードリアン線」における迎撃任務を主としており、南部戦線の要と
して各方面で活躍している。
Su-37独特のヴェクタースラスト・ノズルによる特殊機動を駆使した空戦術を武器とし、
ゲルプ"番(つがい)のカワウ"の名前通り、息の合った戦い方を得意とする。

ベルカ空軍 第13夜間戦闘航空団第6戦闘飛行隊 (8機編成) 

シュヴァルツェ隊隊長 ドミニク・ズボフ大尉

通称ハゲタカ隊と呼ばれるシュヴァルツェ隊を率いるのはドミニク・ズボフ大尉である。
8機もの大編成からなるこの部隊は、後方から戦線を監視する督戦任務を帯びた、ベルカ空軍の
中でも唯一の特殊部隊である。
味方に対する無条件の攻撃権を持つことから、恐怖により戦線を離脱しようとする味方機を
躊躇無く撃つ為、他のパイロット達から蔑みと畏怖の念を込めて“ハゲタカ隊”という
ありがたくない名前を頂戴している。
彼は、80年代後半にユークトバニア各地の紛争で傭兵として参戦。
その後、多額な報酬に惹かれ1990年ベルカ空軍に入隊する。

ベルカ空軍 第22航空師団第4戦闘飛行隊 (5機編成)

シュネー隊隊長 エリッヒ・ヒレンベランド中尉

ただ戦闘機乗りとしての生き方を望んだ男。
ベルカの度重なる政権交代の中、ベルカ軍部の特定勢力に属することもなく、ヒレンベランドは
ただ空に生きることのみを愛した。出世や階級章への拘りは無く、その為に師団内では「万年中尉」
の呼び名で囁かれることがあるものの、隊員からの信望は極めて厚い。ヒレンベランドの率いる
シュネー隊は、F-14Dの長距離攻撃と電子戦機EA-6Bによる連携で敵を攪乱状態に追い込み、
懐に飛び込んだ後に近接格闘戦で確実に仕留める戦術を得意とする。ベルカ戦争開幕時、彼の部隊は
真っ先に最前線へ投入され、足並みの揃わない南部独立国連合軍に対して多大なる戦果を上げた。
彼の愛機F-14Dの翼の白銀の輝きには、戦争よりも戦闘を愛する空の男の誇りが現れている。

ベルカ空軍 第51航空師団第126戦闘飛行隊 (5機編成) 

ズィルバー隊隊長 ディトリッヒ・ケラーマン中佐

ケラーマンのベルカ空軍への入隊は、古く1973年に遡る。機体性能を超えた空戦機動を
叩き出す卓越した才能は、彼をベルカのトップエースの座へと瞬く間に押し上げた。
言葉ではなく戦闘機動でものを語るといわれた彼のニックネームは『銀色の犬鷲』。
1990年以降は隊長を退任、ベルカ空軍アカデミーの飛行教官として軍に残り、厳しい指導のもと
若手パイロットの育成に務めた。1995年ベルカ戦争中期、空軍は劣勢に陥った南部戦線前線の
士気向上を目的として、彼-老兵ケラーマンを再び戦場の空へと送り込む。
ベルカ空軍アカデミー第9特殊課程、俗に言う「ケラーマン教室」の若手エリートパイロット達と共に。

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