プロフィール
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選手名 -高市 俊(たかいち しゅん)
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背番号 - 14(07年~09年)→54(10年~11年)
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出身地 - 千葉県流山市
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身長/体重 - 177㎝/80㎏
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投打 - 右投右打
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球歴 - 帝京高(甲)-青山学院大-東京ヤクルト(06年大学・社会人ドラフト希望枠)
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顔文字 - 未定
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実況板でのあだ名 - ピザ市、しゅんしゅん、メタボ
入団前の高市
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帝京高では吉田(広島)、松本(広島)と共に甲子園出場。エースとしてベスト4まで進出。高校時代の打率は3割オーバー。
大学では野手転向も考えたが、同期野手のレベルの高さに気づいて思いとどまる。バッティング練習が大好き。
プロでの目標は「ピッチャーのホームラン王」。
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青山学院大では山岸(西武)卒業後からエースに就任。戦国東都と称される東都リーグで円谷(巨人)、横川(楽天)、大崎(西武)と共に3年春から4年春まで3季連続優勝。
さらにこの3季全てでMVPを獲得。3季連続MVPは史上初の快挙である。
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05年の大学野球選手権でも優勝。06年の大学野球選手権も準優勝を成し遂げている。
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東都リーグ11連勝という記録も保持している。
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06年ドラフト希望枠でヤクルトに入団。
しかし当時のヤクルトは古田兼任監督の後輩で立命館のエース金刃(巨人)を狙っていてドラフト直前に拒否されており、高市を希望枠に決めたのは当初からの規定路線というわけではなかった。
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大学時代の野球雑誌では「どこが良いのか分からない」という評価を受けていた。ヤクルトからは抜群のコントロールとクレバーな投球が評価されたらしい。
大学時代にはわざとワンバウンドのボールを投げて不利なカウントを作ってからど真ん中3つという投球もしていたらしい。
ヤクルトでの高市
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07年6月23日のロッテ戦(神宮)で17-3と大量リードの9回にプロ初登板。内野安打とツーベースでノーアウト2・3塁のピンチをつくるも、後続3人をフライに打ち取り無失点。
8月22日には阪神戦(神宮)で初先発を果たすが、3回4被弾8失点と炎上。07年の一軍登板はこの2試合のみであった。
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08年は戸田暮らしであったが、先発で結果を残し巨人相手に戸田優勝を大きく引き寄せる完封勝利も達成。
ファーム日本選手権にも先発登板した。
10月12日のシーズン最終戦で1年ぶりとなる一軍登板。若手主体の横浜相手とはいえホームランキングの村田から三振を奪うなど先発で5回1安打無失点の好投。
後続が打たれプロ初勝利はならなかったが、来季に向けて期待を残した。
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09年は3試合に先発したものの、結果は残せなかった。
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10年は背番号が変更になった。8試合に登板したが、一軍定着はできなかった。
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11年はシーズン序盤の1試合に先発したが、2回1/3を6失点。その後一軍登板はなく、オフに戦力外通告を受けた。
甘党&大食い
その他
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戸田寮での部屋は以前川島が住んでいた511号室。
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新聞報道等での写真ではほぼ確実に爽やかな笑顔で写っている。
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2005年ドラフト希望枠の武内に続き、ドラフト会議直後に古田監督の襲撃を受ける。
吉田は挨拶と会談の後、高市を連れてキャンパス内を散歩し、青学内は一時騒然とした。
青学大パニック!燕・古田監督が希望枠の高市を電撃訪問(リンク切れ)
年度別成績
年度 | チーム | 試合 | 勝利 | 敗北 | セーブ | 投球回 | 三振 | 四死球 | 自責点 | 防御率 |
2007 | 東京ヤクルト | 2 | 0 | 1 | 0 | 4.0 | 4 | 3 | 8 | 18.00 |
2008 | 東京ヤクルト | 1 | 0 | 0 | 0 | 5.0 | 6 | 1 | 0 | 0.00 |
2009 | 東京ヤクルト | 3 | 0 | 1 | 0 | 9.1 | 5 | 4 | 10 | 9.64 |
2010 | 東京ヤクルト | 8 | 0 | 0 | 0 | 11.2 | 6 | 5 | 6 | 4.63 |
2011 | 東京ヤクルト | 1 | 0 | 0 | 0 | 2.1 | 0 | 1 | 6 | 23.14 |
| 通算 | 15 | 0 | 2 | 0 | 32.1 | 21 | 14 | 30 | 8.35 |
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最終更新:2011年11月11日 15:58