「みんなぁ! どこ行ってたの!?」
自分達の寝ていた部屋の扉を開けると、開口一番に
ヒッキーの声が聞こえてくる。
心細かったのか、ギィとギャシャールが帰ってきて、安堵の表情をうかべていた。
「外の様子を見に行ってたんだよ…」
「もしかして、ヒッキーずっとここに居たの?」
力ない返事を返すギィに、ヒッキーは少し戸惑いを覚える。
ギャシャールはそんなギィを見て軽く頬を掻くと、ヒッキーに質問する。
「う、うん… どうしたいいか分からなくて…」
ヒッキーはあの衝撃波が来るまで熟睡していたが、いざ起きてみると彼女達がその場からいなくなっていることに気付き、どうしようかずっと部屋の中をうろうろしていた。
彼女達の後を追おうにも、どこに言ったか分からないし、この広い城の中を何の情報も無く出歩いて迷子にでもなったら二人に大きな迷惑だ
とりあえず、戦闘でも会ったのかと心配したが、彼女達の様子を見る限りそれはないことがヒッキーには分かった。
ギィは無言のまま静かにヒッキーの隣を通り過ぎ、自分の寝ていた壁の前に立つ。 また、眠るのかな?とヒッキーはそれを見ていたが彼女は壁に向かってその拳を突然叩きつける
「…!」
突然の出来事に思わずヒッキーの心臓が跳ね上がりそうになる。彼女のあんな顔はルアルネの病室以来だ… 本気で怒っている。
「い、一体何が…?」
ギャシャールにヒッキーは何があったか聞くと、彼女も心なしか怒りがはらんだ声で答える。
「昼にデタム平原に現れた「アレ」がリシァーダの港の海に現れて… そいつのせいで港は壊滅した」
「そ、そんな… 港が?」
あの衝撃はやっぱり「アレ」の仕業だったのか… なんて事だ… 港を一つ壊滅させるなんて絶対に狂ってる。 反乱軍の家族もいたはずだし、これらの戦いとは関係ない一般住民の人もいた。
「クソ反乱軍の野郎ども! 何が「全ての物へ平等なる光」だ! 「アレ」の力をレナドに見せ付けるためだけに港一個を犠牲にしやがったんだ…! あんな殺戮を…!!
レナド大将軍への敬称も忘れるほどの怒りに震えるギィ。
ギィの言うとおりだ。どんな理由があっても大勢の人を命を奪う事は許されない… そんなのどう考えても必要性の感じられない「殺戮」だ。一体、反乱軍は何を考えてるんだ!?
人々のために結成された反乱軍が何故、軍の人間達とは関係ないあの港を狙ったんだ? 本当にレナド大将軍に「アレ」を見せ付けるためなのか?
「…。 ところでニーダは?」
「さっきまで此処の部屋から窓の外を見ていたんだけど… 爆風が止んだと同時に急に部屋から出ってって…」
「あのアホが勝手な事を…!世話ばっかり焼かせる…」
苛立ったギィはさらに苛立った様子で、ニーダを探しに行こうとする
「いや、何か考えがあるんじゃないかな。昼間からのシリアスなキャラを保ってたし、気が動転してどうのこうのじゃなく、きちんと考えて動いてるんじゃない?ここは、放っておいたほうが一番良いと思う。 それにもう眠い。」
そのギィをギャシャールはそう言って止める。リシアスのニーダならそんなに心配するはずは無い… と思う。
「…あいつ。変な粗相(そそう)を起こしてハニャンの奴らと問題起こしたりしないだろうねぇ…」
ギィのそのセイフに思わず、前にこけそうになるヒッキーとギャシャールだった。
港が壊滅したあの晩から、時間は過ぎて朝を迎える。鳥達は優しくさえずり、あの出来事はまるで夢ではないかという錯覚をもたらしそうだ。
「…」
ヒッキーはあの後、一睡も出来なかった… あの衝撃波がまた来るかもしれないと疑心悪鬼になって、結局は寝ることが出来なかった。ギィは、窓から彼方のほうを睨み付けたままじっと動かない。ギャシャールはソファーに寝そべっているが、ずっと天井のほうを見てみている。
3人とも昨日の夜にやってきた「アレ」のもたらした破壊が気になり、頭の中がごちゃごちゃしている… 寝ようにも寝付けない。
無為に時間を過ごしていると、ノックも無しにいきなり部屋の扉が開き、外から人が入って来る。昨晩から行方が分からなかったニーダだ。
「皆。王様に会いに行くニダ」
「なんだいあんた?かえって来ていきなり… 今までどこで何してたのさ。」
開口一番に突然、王へ謁見をすると言い出す。爆発から様子がおかしかったニーダに昨晩何をしていたかギィが問いただすと、頭を掻きながら説明を始める。
「港で爆発があったと聞いて、詳しい状況を城の一番高い展望台から覗いて見てたニダ。途中、腰が抜けそうになったけど頑張って上ったニダ。」
高所恐怖症もちで、高いところが大の苦手な彼だが、恐怖に負けなかった、っと親指を立ててなぜか誇らしげにしている。
「はいはい、よかったね… よく道に迷わなかったな…んで、なんか分かったのかい?」
物凄く殴りたい衝動に駆られたギィだが、そんな事をしていたらニーダの話が止まってしまうので我慢する。彼女も大人になったものである。
「観察の後に港からの被害報告の文書を見せてもらったニダ。」
ポケットから被害報告の文書を取り出しギィにそれを渡す。
「たった数時間でこれだけの正確な数値が出るとは驚き…」
「建物の被害や負傷者が凄いニダが… でも、死者はそこまでの量じゃないニダ。 災害時のアフターケアが良く出来てる証拠ニダ。波の荒れもすぐにおさまったみたいニダし、海へ引きずりこまれた人間もすばやく救助する事が出来たみたいニダ」
あの大きさの津波を受けても倒壊した建物は少なく、人的な被害はそれほど絶望するほどの値ではないみたいだ。 被害報告書には、食糧支援や災害救助のための人材を早急に輸送して欲しいとも書いてある。
「あんな離れた場所から、よくシレモンまで一晩で手紙が届いたね。」
馬車に揺られて2日間も掛かる道のりだ。それをたった数時間で届くなんて…
「運んできたのが少し大きな鳥だったニダ。」
リシァーダ港で急使の鷹を飼っていて、何かあったときもこれを使って情報をいち早く得る事が出来る様にしているみたいだ。
「凄まじい速さで飛んできたからアレも怖かったニダ… でも、あの文章を見てハッキリ分かったニダ。」
「え?」
「これから起こる反乱軍の真の攻撃のことが…。」
「どういうことだい!? 教えな!」
ニーダの言葉を聞くや否や、ギィは乱暴に胸倉をつかむとガクガクと大きく前後に揺らす。
「ウググググ…! 事は… 一刻を争うニダ…! 時間が惜しいから、レナド大将軍の前で話すニダ! だ、だからはなして…」
王にじきじきに申し立てたい。っと、ニーダからの直接の懇願で再びレナド大将軍への謁見が用意された。
最初の謁見の様にその広い空間には数多くの兵士が並び、大兵が囲うその真ん中の玉座にレナド大将軍は座する。
「レナド大将軍の御前だ… もし前のような粗相をしてみろ。 貴様ら全員、縛り首にしてやる。」
謁見での騒動以降、ヒッキー達の目の敵にしている撃将のライツァー。いつにも増して気が立っているようだ…
昨晩の攻撃を受けたリシァーダの港のために、寝ずで災害救助隊の編成を手伝っていたためか、寝不足のようだ。
けんか腰のライツァー将にレフティス大臣が小声で彼に諌めている。
「…本当に大丈夫なの? なんだか凄く不安。」
ニーダに命を預けるのか… と、あからさまに嫌な表情をするギャシャールとギィ。正直、ヒッキーも安心はしていない。
「決して無礼は働かないニダ。っとその前にこれを飲まないといけないニダ…」
しかしそんな三人を尻目に自信たっぷりにそう答える。 おもむろに、ポケットから変な黒い飴玉を取り出して口に放り込む
「飴? そんなモンなめてる場合か!!」
「いいから… ウリを少しは信用するニダ!」
拳を振り上げて、殴ろうとするギィに冷や汗をたらしながら後ずさりするニーダ。自分のあまりの信用の無さに悲しくなる
殴られないように後ずさりながらゴホン、ゴホンと何度か咳払いをして喉をさすり、飴をなめ続ける。 そして、少し時間が置くニーダはもうそろそろか?と確認のために声を発する
「ふう。 こういう時のために開発しといて良かった。」
「ニーダさん!? 口調が…!」
「ニダとかウリはどこにいったんだい!?」
「影が薄いのにトレードマークだったあの口調がなくなったら、更に人気が…」
あろう事にあの飴はニーダの口癖を
打ち消して、普通に話せるようにするための薬のようなものだったようだ。
普段のニーダの聞きなれた口癖がなくなり、3人は大げさに驚いている。
「三人ともレナド大将軍の前です。お静かに…」
レフティス大臣が騒がしい三人を注意し、ニーダをレナド大将軍の前へ導いていく。 コンヴァニアの優秀な科学者であったニーダのことだから、正体不明の「アレ」について何か少しでも分かった事があるのか…?
レナド大将軍の前に行くと、深々と会釈するニーダ。
「ゴホン! えー… 率直に申し上げます。 空に現れたあの爆発ですが、アレは熱によるものではありません。おそらくは風でしょう。水爆では流石にないです。」
頭を上げるとすぐさまレナド大将軍に説明を開始する。
「ただの風とな?」
レナド大将軍はその言葉に反応を示し、ニーダに聞き返す。 表情を何一つ変えないがこの話に強い興味を示したようにヒッキーは感じた。
「はい、アレは空気を圧縮したものだと考えられます。気圧を一箇所に集めたもの… といったほうがよいのでしょうか? 爆風のみによるものだと思います」
自信たっぷりに答えるニーダは、得意げに爆発の正体について語る
でも、一体何を根拠に? ただの爆発からそれらの答えが何故導き出されたのだろうか?
「情けない限りで…最初にあの派手な爆発を見た時に、思わず見誤ってしまいましたが、実際に海に落ちたあの球体は水に触れても蒸気を上げずに、爆発後に水しぶきを上げたと報告にあります。」
昨晩にリシァーダを襲った大津波。 それを引き起こした「アレ」の発した何かは水が沸騰するような「熱」を持たなかったと話す。
「その水しぶきが港の人間に掛かった様ですが、火傷したというのも報告には無いようです。熱による爆発なら打ち上げられた海水が熱湯となり、人々に襲い掛かるでしょう」
もし巨大な熱を発した爆発物が海に落ちれば海は煮え、港の人間は熱波にやられる。 しかし、急使の鷹が持ってきた被害の報告書にはそれらの記述は一切されていなかった。
「2発の爆発でそれほど分かるのは素晴らしい。…して、具体的な対策は?」
「いいえ… 全くお役に立てず、すみません。しかし、アレが来るときには必ず前兆があります。 それは天候です。」
空を指差すニーダは、薄暗い空を指差してそう答える。
「天候が著しく悪くなるのです。おそらくあの爆発のためには、かなりの空気を一箇所に集めなければいけないようですが、そうなるとその周辺の気圧が下がり天候が悪くなるのです。」
「気圧は高い場所から低い場所へ移動します。低気圧となった周辺には風が押し寄せ、そして、湿った空気… 雲が集められ天候が悪くなるのです。そして、「アレ」が落ちるその場所… 高い気圧の塊である「アレ」の落ちるその周りには雲がありません。」
「まあ要するに、空を見れば着弾地を予想するのは簡単ですニダ… おっと…!」
長々と説明をしていたが突如として、口調が元に戻る。 どうやら薬の効果が切れたみたいだが、効能が切れるのがあっという間だった…
いつものあの口調になってしまいレナド将軍に失礼になるかと考えニーダは、慌ててあの飴玉を口の中に放り込もうとする。
そんな口調に気を使うニーダをレナド大将軍は気にしていないのか話を進めるように促がす。
「ふ… 言葉遣いなど今更よい。続けよ。」
口調を諌められると思ったが、気にしていないと言われニーダは頭を深々と下げる
「ご好意感謝しますニダ… とにかく、急がないといけませんニダ…普段は太陽光に暖められた空気が膨張して、その空気層の密度が低下して低気圧をなりますニダ。作為的に「アレ」によって周りの気圧が著しく低下させられ、広域の空気が気圧爆弾の落ちた場所に引き寄せられます。あの気圧爆弾もそこそこの脅威ですが、その後に来る大雨… ハニャンにとってそれも深刻ですニダ。」
再び説明をはじめ、ニーダはアレによって引き起こされる雨のことを示唆する
「雨…? 雨が降るのですか!? これはいい!一年以上雨が降ってないデタム平原によってそれはそれは…!」
「 「恵みの雨」になると本当に思うニダか?だったら、それは
勘違いですニダ。」
その「雨」という言葉に反応して喜ぶ、レナド大将軍の家臣にニーダは残念そうに言葉を返し説明を再開する
「デタム平原は今は土の固い荒地ニダ… 雨が降っても少量なら良いニダが、大雨になると固い地面が雨を吸収しきれずに流れてしまうニダ… そうなってしまうと…」
「洪水か…」
静かにそう答えるレナド大将軍に、周りの家臣からざわめき始める。
「その通りですニダ。勝手に気圧を調べさせてもらいましたニダが数値がどんどん下がってますニダ。気圧がどういうメカニズムであんなに急激に下がり出したかは分かりませんニダ。でも、タイミング的に空に発生した「アレ」が関係しているはずですニダ。」
「今の気圧の数値を考えるにデタム平原に近い内に大雨が… その雨が降れば3日ほどでハニャンは「水没」し、周辺の都市、町、農耕地が壊滅しますニダ。」
ざわめきの止まない中で、それでも淡々と説明をするニーダは雨がもたらす被害を鋭く明示した。
「…」
その「壊滅」というと言葉に一瞬に謁見の間は静まり返る。
(こいつは驚いたね… まさか、こいつがここまでいろいろ分析できてたとは)
実際は失礼を働くかもしれないニーダを厳しく監視をしていたが、いつの間にか聞き入ってしまった自分がいる。 自分で「コンヴァニアが誇る」というだけあってたいした知性だ。
「あれホントにニーダなの?いつものヒィヒィいってるキャラからは想像出来ないな…」
「すごい…」
同じくギィの様に聞き入っていたヒッキーとギャシャールはあれ程的確にそして正確に分析を出来ていた事に心から驚いている。
ヒッキーも、彼が優秀な知性を持つとは本人もアレだけ言っているから知っていたが、しかしこれほどの物とは思いもしなかった。
驚いていたのは3人だけでない。謁見開始から彼らをずっと睨み威圧していたライツァーや、兄が何かを起こした時にいち早く止めれるようにそのそばで注意をしていたレフティス。そして、そのほかの家臣たちも全員聞き入っていた。
静まり返る謁見の間だったが、ニーダがその静寂をいち早く切り裂く。
「身分もわきまえずウリ如きが、失礼は覚悟の上で進言しますニダ。 レナド大将軍殿… 事はすでに一刻を争っておりますニダ… 早急に反乱軍への対処を有して下さいニダ。 」
跪きレナド大将軍に伺いを立て、静かにニーダは後退し王座から離れる。 レナド大将軍という「王」に口を出すというのは本来なら決してしてはいけない事だ。 しかし、それを分かっていての進言… 事態はすでに取り返しのつかないところまで来ているという「警告」を兼ねて、ニーダは無礼を承知で「王」に口を出す。
ニーダの王に対する「進言」は粛清されてもしょうがないほどの行為、だがいっさいレナド大将軍はその事は咎めない。逆に自分に対する進言を聞いて、ヒッキーは少しレナド大将軍が笑っていたように見えた
「遺跡都市、カリアインにて待つと反乱軍は言っていた… ライツァーよ。」
「ハハァ!」
ニーダが眼前から去り、すぐにレナド大将軍はライツァー将にを呼びかける。
王の言葉を聞き跪くライツァー将にレナド大将軍は指示を出し、今後の行動を決定する。
「反乱軍のものどもへ攻撃の態勢を整えよ。」
「仰せのままに!」
指示が出てすぐにライツァー将は謁見の間から去っていく。
(とうとう、反乱軍に対して軍事行動を取ってしまうのか… くそっ!)
去っていくライツァーの後姿を見て、頑なな表情をしたレフティスは拳を固く握る。 レナド大将軍の言葉で、反乱軍に「攻撃」に移るということは、反乱軍である農民達を「殲滅」すると言う意味だ。 これで、多くの不幸な命が失われる。
全て自分の力不足が招いた最悪の結果だ。 こうなる前にできる事が沢山あったはずだ… レフティスは何も出来なかった自分に強い自己嫌悪を感じていた。
最終更新:2009年05月03日 00:57