最悪な出会いは最高の進展へと変わるものなのか。
黒 百 合
暇だ。暇すぎる。
今日に限って家の者は皆仕事で出ているし、特にやることもない偽モナーは眉間に皺を寄せて寝転がり、ただ天井を見つめていた。
最近面白い事が全くない。ガナーとネーノがデートへ行った数日前は、ノーネに頼まれて二人の様子を壁の中からやら地面からやら電柱からやら監視していたが、呆気なくバレてしまい後味の悪いものになってしまったし、第十二テーブルに挨拶にいった三日前は、挨拶代わりの『無線移動』をした為ノーネ達に見つかり、こっぴどくボコられた…。
「…退屈ですねぇ~…。また地面からなり壁からなり移動して挨拶にでも行きましょうか…」
ぽつりと呟いたその言葉は虚しく居間に響き、不気味なほど静かにかき消える。その言葉に反応する者は幸いにも居らず、昼寝中のホゥが寝返りを打ったくらいで終わった。
まぁ、当の本人も流石に二度も痛い目に遭っている為そのような気にはならなかったが、それにしても何もせずこのまま午前中を過ごすというのはどうも居心地が悪い。
「…散歩にでも行きますか」
ホゥをそっと抱き、座布団の上に乗せてハンカチをかけてやると、偽モナーは一人そう呟いてゆっくりと体を起こした。午後になればガナーやのーが帰ってくるから食事の支度を先にしておくこともできるのだが、彼女等には彼女等なりの料理計画というものがあるのだろう。勝手に冷蔵庫をあさって食事を作るのも気が進まない。
春だというのに何となく肌寒い。しかもまだちらほらと雪が降っている。
息を吐けばほんのり白く染まり、道端の水溜まりは少し凍っていてヒビが入っていた。
偽モナーは小さく溜息をついて一旦家の中へと戻り、軽く長めの黒いコートを羽織って再び外へと一歩出た。
先程手や頬に感じた寒さが、少しだけ薄らいだ気がした。
― 公園の前を通りかかった所で、偽モナーはふと顔を上げた。
前方に見える黒髪の女性。微妙にパーマがかかっているその髪は、風になびいてふわふわと揺れている。第十二テーブルのメンバー、『ブラックレモナ』だ。
三日前に出会ったがその時が初対面で日常では殆ど会うことがない為、偽モナーは始め誰だったか思い出せなかったが、黒く美しいパーマの髪でピンときた。
話しかけようかと近寄ったが、どうやら向こう側は何か考え事をしているらしく、ぶつぶつと口を動かしながらゆっくりゆったり歩いていく。散歩コースというのも決まっていない為、偽モナーも彼女と同じ方向へ足を向けた。
道路を渡ろうとした所で信号が点滅する。
それは少し遠く離れた偽モナーにも充分見ることができたのだが、まだ信号に近い位置にいるブラックレモナは何故か止まろうとしない。
それどころか歩むスピードを少し早め、ただ靴の先を見つめてつかつかと歩いていく。
完全に信号が赤に変わった時、彼女は既に歩道を渡り始めていた。
不安が過ぎり早歩きで近づいた偽モナーにも気付くことなく、彼女は考え事に夢中で周りが見えていないのか規則正しい足取りを崩そうとはしない。
丁度、大型トラックが彼女が渡っている歩道を走り去ろうとしている所だった。
「……これは…まずい……!」
危険だ、と察知し偽モナーは走り出す。声を掛けて呼び止めれば危ういところで大事にならずに済みそう…、そんな位置に彼女はいたから。
「ブラックレモナさん!」
元々声が低めの為普段と同じ大きさの声では99%の確率で気付いてもらえる事はないだろう。偽モナーは声を張り上げ彼女の名を呼んだ。
幸い通行人はいなかった為変な目で見られる心配はなかった。偽モナーが声を上げた事で、ようやくブラックレモナは自分の周りに起こっている状況を理解した。
「え?……ッきゃあ!」
目の前に迫るのは大きなトラック。運転手の顔が見えない程にそれは近づき、彼女とは目と鼻の先だった。
その所為か、ブラックレモナはただ小さく悲鳴を上げる事しかできなかった。
『ばかやろう!気を付けろ!』
ほぼ信号無視して突っ込んできたトラックの運転手は、謝る素振りも見せず逆に二人を大声で怒鳴り、ブレーキもかけずに高速で走り去っていった。
まぁこちらもこちらで悪いのだから仕方がないか…と苦笑いし、腕の中でうずくまっている黒髪の彼女にそっと呼びかける。
「…ブラックレモナさん、大丈夫ですか?」
ビクッ、と肩を強ばらせ、ブラックレモナはおどおどと顔を上げた。
確か、自分はトラックに跳ねられた筈。ほんの一瞬で事を理解できず、ブラックレモナはただ自らの瞳に自分をしっかり抱きかかえて倒れ込んでいる偽モナーをぼんやりと映した。
自分が怪我をしないように、と包み込んでいたその腕は、トラックがギリギリで掠めていったのか擦れていて、うっすらと血が滲んでいる。
「…あっ、えと…偽モナー、さん?」
三日前に最悪の出会い方をした男だと知った時は反射的に飛び退こうかと思ったが、助けてもらっておいてそれは流石に失礼だろう。
その日は偽モナーの無線移動に驚いてキレたが、今改めて彼を見るとそれ程『ブサイク』というようには思えない。というか寧ろ、―
「良かった、怪我は無いようですね…。…考え事に夢中になるのはいいですが、身の回りの状況はよく確かめた方が宜しいですよ。」
オレンジがかった金色の瞳にブラックレモナをしっかり映して、偽モナーは微笑した。その瞳にドキリと頬を赤く染め、ブラックレモナは恥ずかしそうに頷いた後俯いた。
手を貸して立たせてもらった後、ブラックレモナはぼんやりと偽モナーがコートを羽織る所を見つめていた。
偽モナーの右腕に滲む微かな鮮血に今更ながら気が付いて声を掛けようと口を開くが、そんな彼女の行為の理由を察したのか、偽モナーは素早く袖口にそのまま腕を通した。
「あ、あの…血…」
「あぁ、大丈夫ですよ。これくらいならすぐ治りますから。」
「でも」
ハンカチを取り出すブラックレモナの手を押さえ、偽モナーは紳士的に再び微笑みかける。
「心配、いりません。せっかくの白いハンカチを私目の血などで汚したくはありませんし」
どきり、とその手を見る。
この寒い風が吹く中歩いてきただろうに、少しも冷たくなく暖かい。
コートの下に覗いた胸元は、それ程ごつっぽくもなくどちらかといえば筋肉はあまり無い方だろう。だからあの時のようなあり得なくも華麗な芸当ができるのだろうし。
偽モナーの体は、男性にしては割と華奢な方のように思えた。
「今日は皆出掛けていましてねぇ…。私一人家で『しぃ見て』読んでいるのも退屈でしたし……空気を吸おうと思って散歩に出たのですよ。」
「そうなんですか…」
『しぃ見て』という人気の雑誌が、ブラックレモナの脳裏に浮かぶ。流石百合厨と呼ばれるだけあってそういった関連の商品のチェックはかかさない。
特にガンオタやラルクオタという者もいないものだから、個人個人二つ三つ好みの商品を買っても特に金銭には困らないのだろう。そういえば、第一テーブルではよく『赤字』という言葉が繰り返されている事を聞くが、第三テーブルでは殆ど『黒字』だけで『赤字』という言葉が彼らの口から出される所を見たことも聞いたこともない。
「―あぁそういえば、今度新曲披露で路上ライブをするのですよ。あそこの公園をお借りして二、三曲程演奏するのですが、良かったら聴きに来てくれます?」
―ナン、パ?
ブラックレモナはドキッとして顔全体を赤く染めた。
何故こんなにも彼の言動一つ一つを意識してしまうのか分からず、自分自身に困惑する。
ブラックレモナがどう返そうか戸惑っている事には全く気付かず、偽モナーは頭に積もった雪をぽすぽすと払いながら先を続けた。
「第十二テーブルの皆様にも、お暇でしたら聴いて頂きたいですしねぇ…。丁度良いところで会いましたよ」
ニコニコ笑う偽モナーとは対照的に、ブラックレモナは少しがっかりしたような微妙な表情を見せた。が、偽モナーが気を悪くすると困るので無理に笑顔をつくって誤魔化す。
「四日後の正午に行う予定です。もしお暇でしたら、是非…。………では、失敬」
偽モナーはブラックレモナと向き合ってペコリと頭を下げると、ちらほらと降ってくる雪で頭を濡らされないようフードをすっぽりと被って踵を返した。
ポケットに両手を突っ込み、空を見上げながらのんびり歩き去っていく偽モナーをぼんやりと見つめる。彼の手が冷たくなかったのは、ポケットの中で手を温めていたのだろうか。
それまで冷たかったブラックレモナの掌は、偽モナーに握られた右手の方だけ熱いほどに暖まっていた。
「おぅ。お帰りィだフォルァ。…………どうかしたのか…?」
ぽ~っとした様子のブラックレモナに驚き、ニラ茶猫は持っていた暖かいニラ茶を床にこぼしそうになった。顔がほんのり赤く染まっているのはいつものことなのだが、今日はそれ以上に赤い。真っ赤。
頭から湯気でも出そうな勢いで玄関に突っ立つブラックレモナを心配し、ニラ茶猫は持っていたニラ茶を差し出しながら彼女の体を支えてやった。
「何だ、どした?熱でもあンのか?ニラ茶飲めやフォルァ。」
とりあえず『ありがとう』と受け取り、熱いというのは分かっているだろうに一気に飲み干した。普段ならここで味わって飲め!と怒鳴るの所だが、今はそんな事さえ忘れてブラックレモナを見つめるニラ茶猫。
暫し間をおいてから、ブラックレモナは前髪で目を隠して一言、呟くように訊ねた。
「…私、偽モナーさんのファンになっちゃってもいい………?」
「……………・はァッ!!?」
蒼白な顔をするニラ茶猫には構わず、ブラックレモナは先程までの偽モナーとの記憶を何度も思い出しながら再び頬を赤く染めていた。
― 後日、偽モナー宛に届いた一輪の花に義兄弟達は騒然となった。
「ちょッ、これ本当に偽モナ兄さん宛!?コノ綺麗ナ花ガァ!?」
「そう騒ぐな。どうせ百合レポートとやらだろ…。」
自分の傍でぎゃあぎゃあ騒いでいるニダダーとモカーをただ左目に映すノーネは、普段と変わらず能面のような表情で煙管をのんびり吹かしている。
花の名は『黒百合』。名前の通り黒い花弁だが、それはほんの少し赤みを帯びていて『黒』というよりは少し濃いめの『紫色』だ。
「なら送ってくれた方に『お友達から始めましょう』と言ってきますかn」
「止 め ろ 。完璧引くぞ」
ノーネにしっかりと腕を掴まれながら、偽モナーは黒百合と一緒に送られてきた差出人の名前が書かれているであろう一枚の小さなメモ用紙を広げて見た。
『 路上ライブ聴きに行きます。頑張ってください。 ―ブラックレモナ―』
「…ッ貴様また第十二テーブルのメンバーに迷惑かけたんじゃねぇだろうなぁ!?」
背後から顔を覗かせてメモを読んだテナーが偽モナーに掴みかかり、ガクガクと彼の頭を揺さぶる。当の本人は訳も分からず冷や汗を流しながらテナーを落ち着かせようと両手を首の代わりに横に振る。
「そんな事するわけないでしょ!何もしていませんし訪問もしていませんよ!」
「じゃあ何だよこの『ファンから送られてきた感満載』な照れ隠しの文章はァ!!」
「ですから知りません、って!」
遠慮しがちな格好で届いた黒百合。
花言葉は『恋』。ただそれだけ。
直接的なものではなく、ただ『他八バンドのファン』というだけ。
もちろん『黒』百合だから、他の意味も混じっているのだろうが…―
End
黒 百 合
暇だ。暇すぎる。
今日に限って家の者は皆仕事で出ているし、特にやることもない偽モナーは眉間に皺を寄せて寝転がり、ただ天井を見つめていた。
最近面白い事が全くない。ガナーとネーノがデートへ行った数日前は、ノーネに頼まれて二人の様子を壁の中からやら地面からやら電柱からやら監視していたが、呆気なくバレてしまい後味の悪いものになってしまったし、第十二テーブルに挨拶にいった三日前は、挨拶代わりの『無線移動』をした為ノーネ達に見つかり、こっぴどくボコられた…。
「…退屈ですねぇ~…。また地面からなり壁からなり移動して挨拶にでも行きましょうか…」
ぽつりと呟いたその言葉は虚しく居間に響き、不気味なほど静かにかき消える。その言葉に反応する者は幸いにも居らず、昼寝中のホゥが寝返りを打ったくらいで終わった。
まぁ、当の本人も流石に二度も痛い目に遭っている為そのような気にはならなかったが、それにしても何もせずこのまま午前中を過ごすというのはどうも居心地が悪い。
「…散歩にでも行きますか」
ホゥをそっと抱き、座布団の上に乗せてハンカチをかけてやると、偽モナーは一人そう呟いてゆっくりと体を起こした。午後になればガナーやのーが帰ってくるから食事の支度を先にしておくこともできるのだが、彼女等には彼女等なりの料理計画というものがあるのだろう。勝手に冷蔵庫をあさって食事を作るのも気が進まない。
春だというのに何となく肌寒い。しかもまだちらほらと雪が降っている。
息を吐けばほんのり白く染まり、道端の水溜まりは少し凍っていてヒビが入っていた。
偽モナーは小さく溜息をついて一旦家の中へと戻り、軽く長めの黒いコートを羽織って再び外へと一歩出た。
先程手や頬に感じた寒さが、少しだけ薄らいだ気がした。
― 公園の前を通りかかった所で、偽モナーはふと顔を上げた。
前方に見える黒髪の女性。微妙にパーマがかかっているその髪は、風になびいてふわふわと揺れている。第十二テーブルのメンバー、『ブラックレモナ』だ。
三日前に出会ったがその時が初対面で日常では殆ど会うことがない為、偽モナーは始め誰だったか思い出せなかったが、黒く美しいパーマの髪でピンときた。
話しかけようかと近寄ったが、どうやら向こう側は何か考え事をしているらしく、ぶつぶつと口を動かしながらゆっくりゆったり歩いていく。散歩コースというのも決まっていない為、偽モナーも彼女と同じ方向へ足を向けた。
道路を渡ろうとした所で信号が点滅する。
それは少し遠く離れた偽モナーにも充分見ることができたのだが、まだ信号に近い位置にいるブラックレモナは何故か止まろうとしない。
それどころか歩むスピードを少し早め、ただ靴の先を見つめてつかつかと歩いていく。
完全に信号が赤に変わった時、彼女は既に歩道を渡り始めていた。
不安が過ぎり早歩きで近づいた偽モナーにも気付くことなく、彼女は考え事に夢中で周りが見えていないのか規則正しい足取りを崩そうとはしない。
丁度、大型トラックが彼女が渡っている歩道を走り去ろうとしている所だった。
「……これは…まずい……!」
危険だ、と察知し偽モナーは走り出す。声を掛けて呼び止めれば危ういところで大事にならずに済みそう…、そんな位置に彼女はいたから。
「ブラックレモナさん!」
元々声が低めの為普段と同じ大きさの声では99%の確率で気付いてもらえる事はないだろう。偽モナーは声を張り上げ彼女の名を呼んだ。
幸い通行人はいなかった為変な目で見られる心配はなかった。偽モナーが声を上げた事で、ようやくブラックレモナは自分の周りに起こっている状況を理解した。
「え?……ッきゃあ!」
目の前に迫るのは大きなトラック。運転手の顔が見えない程にそれは近づき、彼女とは目と鼻の先だった。
その所為か、ブラックレモナはただ小さく悲鳴を上げる事しかできなかった。
『ばかやろう!気を付けろ!』
ほぼ信号無視して突っ込んできたトラックの運転手は、謝る素振りも見せず逆に二人を大声で怒鳴り、ブレーキもかけずに高速で走り去っていった。
まぁこちらもこちらで悪いのだから仕方がないか…と苦笑いし、腕の中でうずくまっている黒髪の彼女にそっと呼びかける。
「…ブラックレモナさん、大丈夫ですか?」
ビクッ、と肩を強ばらせ、ブラックレモナはおどおどと顔を上げた。
確か、自分はトラックに跳ねられた筈。ほんの一瞬で事を理解できず、ブラックレモナはただ自らの瞳に自分をしっかり抱きかかえて倒れ込んでいる偽モナーをぼんやりと映した。
自分が怪我をしないように、と包み込んでいたその腕は、トラックがギリギリで掠めていったのか擦れていて、うっすらと血が滲んでいる。
「…あっ、えと…偽モナー、さん?」
三日前に最悪の出会い方をした男だと知った時は反射的に飛び退こうかと思ったが、助けてもらっておいてそれは流石に失礼だろう。
その日は偽モナーの無線移動に驚いてキレたが、今改めて彼を見るとそれ程『ブサイク』というようには思えない。というか寧ろ、―
「良かった、怪我は無いようですね…。…考え事に夢中になるのはいいですが、身の回りの状況はよく確かめた方が宜しいですよ。」
オレンジがかった金色の瞳にブラックレモナをしっかり映して、偽モナーは微笑した。その瞳にドキリと頬を赤く染め、ブラックレモナは恥ずかしそうに頷いた後俯いた。
手を貸して立たせてもらった後、ブラックレモナはぼんやりと偽モナーがコートを羽織る所を見つめていた。
偽モナーの右腕に滲む微かな鮮血に今更ながら気が付いて声を掛けようと口を開くが、そんな彼女の行為の理由を察したのか、偽モナーは素早く袖口にそのまま腕を通した。
「あ、あの…血…」
「あぁ、大丈夫ですよ。これくらいならすぐ治りますから。」
「でも」
ハンカチを取り出すブラックレモナの手を押さえ、偽モナーは紳士的に再び微笑みかける。
「心配、いりません。せっかくの白いハンカチを私目の血などで汚したくはありませんし」
どきり、とその手を見る。
この寒い風が吹く中歩いてきただろうに、少しも冷たくなく暖かい。
コートの下に覗いた胸元は、それ程ごつっぽくもなくどちらかといえば筋肉はあまり無い方だろう。だからあの時のようなあり得なくも華麗な芸当ができるのだろうし。
偽モナーの体は、男性にしては割と華奢な方のように思えた。
「今日は皆出掛けていましてねぇ…。私一人家で『しぃ見て』読んでいるのも退屈でしたし……空気を吸おうと思って散歩に出たのですよ。」
「そうなんですか…」
『しぃ見て』という人気の雑誌が、ブラックレモナの脳裏に浮かぶ。流石百合厨と呼ばれるだけあってそういった関連の商品のチェックはかかさない。
特にガンオタやラルクオタという者もいないものだから、個人個人二つ三つ好みの商品を買っても特に金銭には困らないのだろう。そういえば、第一テーブルではよく『赤字』という言葉が繰り返されている事を聞くが、第三テーブルでは殆ど『黒字』だけで『赤字』という言葉が彼らの口から出される所を見たことも聞いたこともない。
「―あぁそういえば、今度新曲披露で路上ライブをするのですよ。あそこの公園をお借りして二、三曲程演奏するのですが、良かったら聴きに来てくれます?」
―ナン、パ?
ブラックレモナはドキッとして顔全体を赤く染めた。
何故こんなにも彼の言動一つ一つを意識してしまうのか分からず、自分自身に困惑する。
ブラックレモナがどう返そうか戸惑っている事には全く気付かず、偽モナーは頭に積もった雪をぽすぽすと払いながら先を続けた。
「第十二テーブルの皆様にも、お暇でしたら聴いて頂きたいですしねぇ…。丁度良いところで会いましたよ」
ニコニコ笑う偽モナーとは対照的に、ブラックレモナは少しがっかりしたような微妙な表情を見せた。が、偽モナーが気を悪くすると困るので無理に笑顔をつくって誤魔化す。
「四日後の正午に行う予定です。もしお暇でしたら、是非…。………では、失敬」
偽モナーはブラックレモナと向き合ってペコリと頭を下げると、ちらほらと降ってくる雪で頭を濡らされないようフードをすっぽりと被って踵を返した。
ポケットに両手を突っ込み、空を見上げながらのんびり歩き去っていく偽モナーをぼんやりと見つめる。彼の手が冷たくなかったのは、ポケットの中で手を温めていたのだろうか。
それまで冷たかったブラックレモナの掌は、偽モナーに握られた右手の方だけ熱いほどに暖まっていた。
「おぅ。お帰りィだフォルァ。…………どうかしたのか…?」
ぽ~っとした様子のブラックレモナに驚き、ニラ茶猫は持っていた暖かいニラ茶を床にこぼしそうになった。顔がほんのり赤く染まっているのはいつものことなのだが、今日はそれ以上に赤い。真っ赤。
頭から湯気でも出そうな勢いで玄関に突っ立つブラックレモナを心配し、ニラ茶猫は持っていたニラ茶を差し出しながら彼女の体を支えてやった。
「何だ、どした?熱でもあンのか?ニラ茶飲めやフォルァ。」
とりあえず『ありがとう』と受け取り、熱いというのは分かっているだろうに一気に飲み干した。普段ならここで味わって飲め!と怒鳴るの所だが、今はそんな事さえ忘れてブラックレモナを見つめるニラ茶猫。
暫し間をおいてから、ブラックレモナは前髪で目を隠して一言、呟くように訊ねた。
「…私、偽モナーさんのファンになっちゃってもいい………?」
「……………・はァッ!!?」
蒼白な顔をするニラ茶猫には構わず、ブラックレモナは先程までの偽モナーとの記憶を何度も思い出しながら再び頬を赤く染めていた。
― 後日、偽モナー宛に届いた一輪の花に義兄弟達は騒然となった。
「ちょッ、これ本当に偽モナ兄さん宛!?コノ綺麗ナ花ガァ!?」
「そう騒ぐな。どうせ百合レポートとやらだろ…。」
自分の傍でぎゃあぎゃあ騒いでいるニダダーとモカーをただ左目に映すノーネは、普段と変わらず能面のような表情で煙管をのんびり吹かしている。
花の名は『黒百合』。名前の通り黒い花弁だが、それはほんの少し赤みを帯びていて『黒』というよりは少し濃いめの『紫色』だ。
「なら送ってくれた方に『お友達から始めましょう』と言ってきますかn」
「止 め ろ 。完璧引くぞ」
ノーネにしっかりと腕を掴まれながら、偽モナーは黒百合と一緒に送られてきた差出人の名前が書かれているであろう一枚の小さなメモ用紙を広げて見た。
『 路上ライブ聴きに行きます。頑張ってください。 ―ブラックレモナ―』
「…ッ貴様また第十二テーブルのメンバーに迷惑かけたんじゃねぇだろうなぁ!?」
背後から顔を覗かせてメモを読んだテナーが偽モナーに掴みかかり、ガクガクと彼の頭を揺さぶる。当の本人は訳も分からず冷や汗を流しながらテナーを落ち着かせようと両手を首の代わりに横に振る。
「そんな事するわけないでしょ!何もしていませんし訪問もしていませんよ!」
「じゃあ何だよこの『ファンから送られてきた感満載』な照れ隠しの文章はァ!!」
「ですから知りません、って!」
遠慮しがちな格好で届いた黒百合。
花言葉は『恋』。ただそれだけ。
直接的なものではなく、ただ『他八バンドのファン』というだけ。
もちろん『黒』百合だから、他の意味も混じっているのだろうが…―
End