「20.前向きに生きる男」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

20.前向きに生きる男 - (2006/01/16 (月) 23:03:15) の最新版との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

ヤバイ。カープヤバイ。まじでヤバイ、マジヤバイ。 カープヤバイ。 まずおかしい。もうおかしいなんてもんじゃない。超おかしい。 おかしいとかっても 「FAでバンバン他球団から選手引き抜くくらい?」 とか、もう、そういうレベルじゃない。 何しろ殺し合い。スゲェ!なんか野球とかじゃないの。守備とか打撃とかを超越してる。殺し合いだし超おかしい。 しかも選手間で殺し合いするんて。ヤバイよ、選手間よ? だって普通はプロ野球選手って殺し合いせんやん。だって自分のチームの戦力が一気に無くなったりしたら困るやん。 アジア一とか超遠いとか困るっしょ。 選手が死んで、今年の春はリーグ1位だったのに、来年の春は連敗街道まっしぐらとか泣くっしょ。 だから普通球界再編とかあっても殺し合いはしない。話のわかるヤツだ。 けどカープはヤバイ。そんなの気にしてない。殺し合いして強くなるとか思ってる。選手の家族の事なんかこれっぽっちも考えてない。ヤバすぎ。 殺し合いって言うたけど、もしかしたらドッキリかも知れん。でもドッキリって事にすると 「じゃあ、一喜さんの死体ってナニよ?」 って事になるし、あれはどう考えても死んでる。ヤバイ。ドッキリで選手が死ぬなんて凄すぎる。 あと超ここドコ状態。どこかの島。難しく言うと絶海の孤島。ヤバイ。秋なのに昨日の夜に比べてちょっと暖かい。どう考えても南の孤島。何やそれ。 それに超変。超何も音しない。それに超お化けとか出てきそうな。花子さんとか平気で出てくる気がする。花子さんて。 小学生でも言わんよ、最近。 なんつっても俺は武器が凄い。鉄砲とか平気やし。 これの元になったあろう映画なんてブーメランとかたかだかお鍋の蓋で出てきただけでうろたえたりしたり、 凄い奴は初っ端からマシンガンだったり、もっと凄い奴は爆弾とか作っちゃったりするのに。 でも俺は全然平気。武器をその目的のまま扱ってる。凄い。褒めた自分をちょっと嫌になったけど。 とにかく他球団の選手達は、カープのヤバさをもっと知るべきだと思います。 そんなヤバイカープに入ってしまった俺とか他のカープ選手達とか超大変。みんながんばれ。俺がんばれ。 山崎浩司(00)はそう考えながら、山に沿うように獣道を走り続けていた。 出発が一番最初だったということが幸か不幸かは今のところよく分からないが、とりあえず走っていた。 別にチームメイトから逃げたい訳ではなく、本当にとりあえず思いついたまま走っていた。 走って走って、山の裾を抜け平野に出たところで山崎は初めてスピードを落とす。 「…あー、つっかれたー。」 アンダーシャツの袖で流れる汗を拭きつつ、時計を見る。 結構な時間が経ったかと思いきや、あんまり経っていなかった。正味26分。 その割には結構進んだな、と息を整えつつ辺りを見渡す。そして右のポケットから地図を取り出すと、適当にすがれる木の根に座った。 懐中電灯で地図を照らし出しながら、大体の現在位置を確認し、鞄を開け手を突っ込む。 取り出したのは水の入ったペットボトル。蓋を開け、一口だけ飲み、また鞄へ戻す。 水を飲み、大きく息を吐くと山崎は大の字になって寝転がった。 広島で見たそれとは大きく違い、自分の存在を知らしめるかのごとく瞬く星々達を見上げる。 あぁ綺麗やな、って言うか多くね? そいや街のネオンで星見えんことなるって中学校の先生言いよったっけ。 (どっちにせよ、もうどうでもええけどなー。) さっきは思わず脳内で妙な展開をされた思考を整理していく。 カープの選手同士で殺し合いをして、6人にしたら広島に帰れる。それだけなんやけど、どうなんそれ的問題な訳で。 「人殺してまで戻れるほど偉くないっちゅうねん、こっちはのぉ…」 別に死にたいという訳ではない。別に生き残りたいという訳ではない。 人を殺してまで生きていいような人間ではないと自分自身考えているし、かといって大切な妻を苦境に立たせる訳には行かないのが男の意地というものだ。 つかそもそも俺新婚さんやし、結婚したばっかりで未亡人ってのは辛いやろ…。 胸に溜まった息を吐きつつ、寝転がったまま鞄に手を入れる。 「つかこれよこれ。俺むっちゃ素晴らしいやん?」 さっきは無意識の内に自棄になっていたが、今見てもやっぱり自棄になって呆れた笑いしか出てこない。 何って? 俺の武器何って? 言ってごらんよ俺。 「『昆布・煮干・鰹節 豪華出汁3点セット  これでいい味出して頑張ってくださいね』まる。」 山崎は軽い口調で言っていたが、明らかに落ち込んでいた。 武器はランダムだった、確かにランダムだった。 でも今シーズン、いや常に繋ぎ役に徹してきた山崎にとっては嫌味以外の何物でも無かった。 最初から仕組まれていたかのごとく、出汁セットが当たる。誰がこんな武器考えたのかは知らないが、そいつは内心喜んでいることだろう。 やって俺に当たったんやからなぁ! あっはっはっはっはっは! 一通り笑った後、山崎は自分が生きてきた中で最高レベルに落ち込んでいた。 「…俺はいい味今まで出てなかったんかい。これでも一応犠打2位やっちゅうねん…6本差で。」 自分の存在価値が否定されたような武器。しかも原価は野口英世が3枚も要るか要らないかぐらいだろう。 またそれだけでなく自分に死ねといってるような武器。昆布や煮干や鰹節でどう人を殺害しろというのか。 『昆布を喉に詰まらせて窒息死! 北海道の水産卸売業者を過失致死容疑で逮捕!』 新聞でこんな見出しあったか? 少なくとも俺は見た覚えないぞ。 っていうか殺し合いがそもそも何やねんって話やん、と山崎は頭に手を当てつつ考える。 ―――殺し合いして、強くなる? もしそんな事が過去にカープいや他の球団であったとしたら、球界再編なんて起こらなかったはずだ。 自分がいたあのチームが無くなる事など無かったはずだ。だって、弱いから合併したって話やん? 殺し合いして強くなるんやったら、間違いなくあの社長どもやったらやるはずだ。今回と同じようなことを、あのチーム―――大阪近鉄バファローズで。 普通自分らのブランド落とすような真似せんやん、合併でかなり近鉄イメージダウンしたって聞いたし。 やったらあの社長どもやったら、間違いなくこっちの方取るはず。… 「そいや上村元気かなぁ…」 『近鉄』と『合併』という言葉で不意に山崎の脳裏では一緒に移籍した上村和裕の顔が浮かんできた。 元々上村はオリックス・ブルーウェーブ、山崎は大阪近鉄バファローズ。 そして上村は捕手、山崎は内野手ということもあり、パ・リーグに居た時は二軍の試合で顔を合わす程度だった2人。 しかし今回ブルーウェーブとバファローズの合併、そして2人合わせてのカープ移籍とあってそれなりに仲良くなったものだ。 ここに連れて来られた基準はよく分からないが上村の名は名簿の中には入っていなかった。 少々羨ましいというか多少恨んだが、とりあえず無事かなと思いほっとしたのを思い出した。 「…近鉄の奴らも残った奴もみんな元気なんかなぁ…」 オリックス・バファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、そして他球団に散ってしまった近鉄時代の仲間達。 そして二軍一軍で共に戦ったカープの仲間達は、同じ1980年生まれの選手達は、みんな元気にしているだろうか。 まぁこんな場所でこんなことを考えるのかもどうかと思いつつ、山崎は目を閉じた。 まぶたの裏で思い出すのは、これまでの事。 初めてボールを捕った瞬間に始まり、小学、中学、高校、そして近鉄、カープと一流れに過ぎていく。 あの応援、あの景色、そして―――。 音も無く早送りで頭の中を過ぎる一つの物語に山崎は『走馬灯ってこんなんやろか』と感じていた。 自分が歩いては通り過ぎていった人生が一つずつ、目の前を通る。 それは掴みたくても掴めない、ただ呆然と見送るしかない。 今は『現在』であり、それが『過去』である限り、掴んで引っ張って戻すことなど出来ない。 「しみったれとうな自分。」 自嘲しつつ、右手で両目を覆う。 こんなにしんみりせんでもええやん自分、武器が出汁セットやからって。 頭の片側でそんな声がする、しかしそれでも山崎は覆った手を除ける事はしなかった。 ―――このままいけば自分は死ぬ。したら、もう二度と野球出来んのやで? 目の前を通り過ぎていく過去はみんなして野球が好きだ。みんなしてというか全部俺なんやけど。 どんなに辛くても、どんなに悔しくても、どんなに落ち込んでも、とにかく野球が好きだ。もちろん、今でも。 それだけに、もう二度と野球が出来なくなってしまうということが恐ろしくてしょうがなかった。 「なら、殺すんか?」 自分に問いかける。死ねば無理だが、生き残れば野球は出来る。しかし、それはチームメイトを殺すということだ。 例え、奇跡的にここで殺さずに生き残れたとしても、見殺したことになる。チームメイトを、一緒にシーズンを戦った仲間を。 ―――見殺せるか? 俺は、カープのみんなを、自分が野球がしたいからって。 「そんなわがまま通用するかい…。」 両目を覆っていた右手を地面につけ、もう一度星を見る。 「…この季節に見える星座って何やったっけ。さそり座、は夏やったかな。じゃあオリオン座か? っていうか北斗七星どこやろ。」 山崎はそう呟き、一度目を閉じた。そして意識しながらゆっくりと息を吐く。 そして目を開け、笑った。 「…カルシウム豊富やし、まぁ食料にはなるよなぁ。」 鞄の中の出汁セットを再び手に取り、煮干の封を切る。袋の中に鼻を入れると、香ばしい潮の香りが頭に伝わる。 「ホンマ煮干しやな、いい出汁取れそうやわー。」 映画の通りなら、多分首輪越しに聞いているであろうこの武器を考え出した人間に話がけるかごとく話す。 「ま、これやったら餓死ってことはないやろうなー。」 煮干しを1本手に取り、食べる。魚っぽい味が口中に広がる、いや元魚やけどね。 山崎はさっきと違い、楽しむように笑った。 ―――こーなりゃ、開き直るしかないな。開き直ると言っても、前向きにやけど。 前向きに考えるのが自分のいいところではないか。 いいところは、最大限に生かすべきなのだ。どんなときでも、どんな場所でも、どんな状況でも。 (そうやって今まで生きてきたんやしな。) 前向きに、常に前方を見据えて、考えて、行動する。 それが今までに繋がってきた自らの生き方、まぁこんな事になるとは露ほども思わなかったが。 「…とーりあえず誰かに会うかな。」 煮干しの袋片手に鞄を抱え、立ち上がる。そしてまた煮干しを1匹食べると歩き始めた。 「んー、まぁ昆布で人は殺せんけど、人は助けられるわな。 出汁セットで美味しい出汁が取れる、それを誰かに渡す、そして飲む、やっぱり大事なのは仲間だよー!! ってかぁっ! いい計画やん俺!」 自画自賛しつつ、元来た道を戻る。山崎は歩きながら2回、自分の左胸を叩く。 1回は自分の為、1回は自分以外の全員の為に。 (俺の生き方は誰にも絶対変えさせん、つか絶対変えれん。そんなん、俺が一番知ってるがな。) 山崎はもう一度星を見上げた。そして笑った。 「よっしゃ! みんな待っとれ、俺が美味しい出汁作ったるからな!」 ―――で、またみんなで野球やるんや。なぁ? 鞄に煮干し入りの袋を突っ込み蓋をして、山崎は走り出した。 その顔にはかすかな微笑さえ浮かんでいた。 【生存者残り40人】 ---- prev [[19.危ういバランス]] next [[comming soon]] ---- リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2
ヤバイ。カープヤバイ。まじでヤバイ、マジヤバイ。 カープヤバイ。 まずおかしい。もうおかしいなんてもんじゃない。超おかしい。 おかしいとかっても 「FAでバンバン他球団から選手引き抜くくらい?」 とか、もう、そういうレベルじゃない。 何しろ殺し合い。スゲェ!なんか野球とかじゃないの。守備とか打撃とかを超越してる。殺し合いだし超おかしい。 しかも選手間で殺し合いするんて。ヤバイよ、選手間よ? だって普通はプロ野球選手って殺し合いせんやん。だって自分のチームの戦力が一気に無くなったりしたら困るやん。 アジア一とか超遠いとか困るっしょ。 選手が死んで、今年の春はリーグ1位だったのに、来年の春は連敗街道まっしぐらとか泣くっしょ。 だから普通球界再編とかあっても殺し合いはしない。話のわかるヤツだ。 けどカープはヤバイ。そんなの気にしてない。殺し合いして強くなるとか思ってる。選手の家族の事なんかこれっぽっちも考えてない。ヤバすぎ。 殺し合いって言うたけど、もしかしたらドッキリかも知れん。でもドッキリって事にすると 「じゃあ、一喜さんの死体ってナニよ?」 って事になるし、あれはどう考えても死んでる。ヤバイ。ドッキリで選手が死ぬなんて凄すぎる。 あと超ここドコ状態。どこかの島。難しく言うと絶海の孤島。ヤバイ。秋なのに昨日の夜に比べてちょっと暖かい。どう考えても南の孤島。何やそれ。 それに超変。超何も音しない。それに超お化けとか出てきそうな。花子さんとか平気で出てくる気がする。花子さんて。 小学生でも言わんよ、最近。 なんつっても俺は武器が凄い。鉄砲とか平気やし。 これの元になったあろう映画なんてブーメランとかたかだかお鍋の蓋で出てきただけでうろたえたりしたり、 凄い奴は初っ端からマシンガンだったり、もっと凄い奴は爆弾とか作っちゃったりするのに。 でも俺は全然平気。武器をその目的のまま扱ってる。凄い。褒めた自分をちょっと嫌になったけど。 とにかく他球団の選手達は、カープのヤバさをもっと知るべきだと思います。 そんなヤバイカープに入ってしまった俺とか他のカープ選手達とか超大変。みんながんばれ。俺がんばれ。 山崎浩司(00)はそう考えながら、山に沿うように獣道を走り続けていた。 出発が一番最初だったということが幸か不幸かは今のところよく分からないが、とりあえず走っていた。 別にチームメイトから逃げたい訳ではなく、本当にとりあえず思いついたまま走っていた。 走って走って、山の裾を抜け平野に出たところで山崎は初めてスピードを落とす。 「…あー、つっかれたー。」 アンダーシャツの袖で流れる汗を拭きつつ、時計を見る。 結構な時間が経ったかと思いきや、あんまり経っていなかった。正味26分。 その割には結構進んだな、と息を整えつつ辺りを見渡す。そして右のポケットから地図を取り出すと、適当にすがれる木の根に座った。 懐中電灯で地図を照らし出しながら、大体の現在位置を確認し、鞄を開け手を突っ込む。 取り出したのは水の入ったペットボトル。蓋を開け、一口だけ飲み、また鞄へ戻す。 水を飲み、大きく息を吐くと山崎は大の字になって寝転がった。 広島で見たそれとは大きく違い、自分の存在を知らしめるかのごとく瞬く星々達を見上げる。 あぁ綺麗やな、って言うか多くね? そいや街のネオンで星見えんことなるって中学校の先生言いよったっけ。 (どっちにせよ、もうどうでもええけどなー。) さっきは思わず脳内で妙な展開をされた思考を整理していく。 カープの選手同士で殺し合いをして、6人にしたら広島に帰れる。それだけなんやけど、どうなんそれ的問題な訳で。 「人殺してまで戻れるほど偉くないっちゅうねん、こっちはのぉ…」 別に死にたいという訳ではない。別に生き残りたいという訳ではない。 人を殺してまで生きていいような人間ではないと自分自身考えているし、かといって大切な妻を苦境に立たせる訳には行かないのが男の意地というものだ。 つかそもそも俺新婚さんやし、結婚したばっかりで未亡人ってのは辛いやろ…。 胸に溜まった息を吐きつつ、寝転がったまま鞄に手を入れる。 「つかこれよこれ。俺むっちゃ素晴らしいやん?」 さっきは無意識の内に自棄になっていたが、今見てもやっぱり自棄になって呆れた笑いしか出てこない。 何って? 俺の武器何って? 言ってごらんよ俺。 「『昆布・煮干・鰹節 豪華出汁3点セット  これでいい味出して頑張ってくださいね』まる。」 山崎は軽い口調で言っていたが、明らかに落ち込んでいた。 武器はランダムだった、確かにランダムだった。 でも今シーズン、いや常に繋ぎ役に徹してきた山崎にとっては嫌味以外の何物でも無かった。 最初から仕組まれていたかのごとく、出汁セットが当たる。誰がこんな武器考えたのかは知らないが、そいつは内心喜んでいることだろう。 やって俺に当たったんやからなぁ! あっはっはっはっはっは! 一通り笑った後、山崎は自分が生きてきた中で最高レベルに落ち込んでいた。 「…俺はいい味今まで出てなかったんかい。これでも一応犠打2位やっちゅうねん…6本差で。」 自分の存在価値が否定されたような武器。しかも原価は野口英世が3枚も要るか要らないかぐらいだろう。 またそれだけでなく自分に死ねといってるような武器。昆布や煮干や鰹節でどう人を殺害しろというのか。 『昆布を喉に詰まらせて窒息死! 北海道の水産卸売業者を過失致死容疑で逮捕!』 新聞でこんな見出しあったか? 少なくとも俺は見た覚えないぞ。 っていうか殺し合いがそもそも何やねんって話やん、と山崎は頭に手を当てつつ考える。 ―――殺し合いして、強くなる? もしそんな事が過去にカープいや他の球団であったとしたら、球界再編なんて起こらなかったはずだ。 自分がいたあのチームが無くなる事など無かったはずだ。だって、弱いから合併したって話やん? 殺し合いして強くなるんやったら、間違いなくあの社長どもやったらやるはずだ。今回と同じようなことを、あのチーム―――大阪近鉄バファローズで。 普通自分らのブランド落とすような真似せんやん、合併でかなり近鉄イメージダウンしたって聞いたし。 やったらあの社長どもやったら、間違いなくこっちの方取るはず。… 「そいや上村元気かなぁ…」 『近鉄』と『合併』という言葉で不意に山崎の脳裏では一緒に移籍した上村和裕の顔が浮かんできた。 元々上村はオリックス・ブルーウェーブ、山崎は大阪近鉄バファローズ。 そして上村は捕手、山崎は内野手ということもあり、パ・リーグに居た時は二軍の試合で顔を合わす程度だった2人。 しかし今回ブルーウェーブとバファローズの合併、そして2人合わせてのカープ移籍とあってそれなりに仲良くなったものだ。 ここに連れて来られた基準はよく分からないが上村の名は名簿の中には入っていなかった。 少々羨ましいというか多少恨んだが、とりあえず無事かなと思いほっとしたのを思い出した。 「…近鉄の奴らも残った奴もみんな元気なんかなぁ…」 オリックス・バファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、そして他球団に散ってしまった近鉄時代の仲間達。 そして二軍一軍で共に戦ったカープの仲間達は、同じ1980年生まれの選手達は、みんな元気にしているだろうか。 まぁこんな場所でこんなことを考えるのかもどうかと思いつつ、山崎は目を閉じた。 まぶたの裏で思い出すのは、これまでの事。 初めてボールを捕った瞬間に始まり、小学、中学、高校、そして近鉄、カープと一流れに過ぎていく。 あの応援、あの景色、そして―――。 音も無く早送りで頭の中を過ぎる一つの物語に山崎は『走馬灯ってこんなんやろか』と感じていた。 自分が歩いては通り過ぎていった人生が一つずつ、目の前を通る。 それは掴みたくても掴めない、ただ呆然と見送るしかない。 今は『現在』であり、それが『過去』である限り、掴んで引っ張って戻すことなど出来ない。 「しみったれとうな自分。」 自嘲しつつ、右手で両目を覆う。 こんなにしんみりせんでもええやん自分、武器が出汁セットやからって。 頭の片側でそんな声がする、しかしそれでも山崎は覆った手を除ける事はしなかった。 ―――このままいけば自分は死ぬ。したら、もう二度と野球出来んのやで? 目の前を通り過ぎていく過去はみんなして野球が好きだ。みんなしてというか全部俺なんやけど。 どんなに辛くても、どんなに悔しくても、どんなに落ち込んでも、とにかく野球が好きだ。もちろん、今でも。 それだけに、もう二度と野球が出来なくなってしまうということが恐ろしくてしょうがなかった。 「なら、殺すんか?」 自分に問いかける。死ねば無理だが、生き残れば野球は出来る。しかし、それはチームメイトを殺すということだ。 例え、奇跡的にここで殺さずに生き残れたとしても、見殺したことになる。チームメイトを、一緒にシーズンを戦った仲間を。 ―――見殺せるか? 俺は、カープのみんなを、自分が野球がしたいからって。 「そんなわがまま通用するかい…。」 両目を覆っていた右手を地面につけ、もう一度星を見る。 「…この季節に見える星座って何やったっけ。さそり座、は夏やったかな。じゃあオリオン座か? っていうか北斗七星どこやろ。」 山崎はそう呟き、一度目を閉じた。そして意識しながらゆっくりと息を吐く。 そして目を開け、笑った。 「…カルシウム豊富やし、まぁ食料にはなるよなぁ。」 鞄の中の出汁セットを再び手に取り、煮干の封を切る。袋の中に鼻を入れると、香ばしい潮の香りが頭に伝わる。 「ホンマ煮干しやな、いい出汁取れそうやわー。」 映画の通りなら、多分首輪越しに聞いているであろうこの武器を考え出した人間に話がけるかごとく話す。 「ま、これやったら餓死ってことはないやろうなー。」 煮干しを1本手に取り、食べる。魚っぽい味が口中に広がる、いや元魚やけどね。 山崎はさっきと違い、楽しむように笑った。 ―――こーなりゃ、開き直るしかないな。開き直ると言っても、前向きにやけど。 前向きに考えるのが自分のいいところではないか。 いいところは、最大限に生かすべきなのだ。どんなときでも、どんな場所でも、どんな状況でも。 (そうやって今まで生きてきたんやしな。) 前向きに、常に前方を見据えて、考えて、行動する。 それが今までに繋がってきた自らの生き方、まぁこんな事になるとは露ほども思わなかったが。 「…とーりあえず誰かに会うかな。」 煮干しの袋片手に鞄を抱え、立ち上がる。そしてまた煮干しを1匹食べると歩き始めた。 「んー、まぁ昆布で人は殺せんけど、人は助けられるわな。 出汁セットで美味しい出汁が取れる、それを誰かに渡す、そして飲む、やっぱり大事なのは仲間だよー!! ってかぁっ! いい計画やん俺!」 自画自賛しつつ、元来た道を戻る。山崎は歩きながら2回、自分の左胸を叩く。 1回は自分の為、1回は自分以外の全員の為に。 (俺の生き方は誰にも絶対変えさせん、つか絶対変えれん。そんなん、俺が一番知ってるがな。) 山崎はもう一度星を見上げた。そして笑った。 「よっしゃ! みんな待っとれ、俺が美味しい出汁作ったるからな!」 ―――で、またみんなで野球やるんや。なぁ? 鞄に煮干し入りの袋を突っ込み蓋をして、山崎は走り出した。 その顔にはかすかな微笑さえ浮かんでいた。 【生存者残り40人】 ---- prev [[19.危ういバランス]] next [[21.九年目の孤独]] ---- リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
目安箱バナー