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MP-02 Sturmangriff


(写真は193年から生産・配備が開始された前期型モデル。)





MP-02 Sturmangriff




MP-02 Sturmangriff、通称Ⅰ号戦車はモスクワ第二帝国が開発した豆戦車。
名前はドイツ語で「突撃」を表す。

概要

MP-02 Sturmangriffは統一暦193年に当時のモスクワ帝国陸軍によって正式採用された豆戦車。主には国産AMUであるヤーヌスの支援や偵察任務を想定して開発された。コストの安さから量産性が高く、モスクワ陸軍の最盛期であった東方大戦の直前に当たる198年後半には2万輌以上が配備されていた。生産開始から10年が経つ今でもヤーヌスと共に第一線で活躍しており、空軍の早期哨戒機と共に偵察任務やAMUの支援を行なっている。
装備は192年式5.56mm機関砲(前期型)、196年式7.62mm機関砲(後期型)。201年型7.62mm機関砲を搭載したタイプの生産も計画されている。

開発までの経緯

初の国産AMUとして開発・生産されたヤーヌスだったが、致命的な弱点が存在した。それは対人攻撃力・掃討力の低さと偵察能力の低さである。このうち後者は空軍の早期哨戒機により多少は改善したものの、森林地帯が多いモスクワでは完全な解決とまではいかなかった。そこで陸軍総司令部はAMU支援用の装甲車両の開発を陸軍兵器開発省に命じた。当初は総司令部は高速で走行可能で偵察が可能な装甲車や対人攻撃力・掃討力を考え偵察も可能な装甲兵員輸送車の開発を考えられていたが、最終的には汎用性を高めるためにも中戦車または軽戦車が望ましいとされ、兵器開発省にはAMUの支援が可能な対人攻撃力・掃討力・高い偵察能力を兼ね備えつつ、高い量産性・整備の簡単な中戦車または軽戦車という条件での開発が命じられた。兵器開発省は当初は軽戦車としての完成を目指し、いくつかのプランを総司令部に提示したものの、それらすべては「コストの高さ」から却下された。兵器開発省最高責任者クルト・アンシュッツは総司令部のこの態度に怒り、命令違反であることを理解しながら豆戦車を生産するプランを提示した。しかしアンシュッツの想像と違い、このプランは総司令部で好評で、いくつかの手直しはあったもののほとんどアンシュッツの出したプラン通りに開発され、試作車の生産の後にMP-02 Sturmangriffとして193年から生産が開始され同年モスクワ帝国陸軍に正式採用・配備が開始された。

性能諸元


全長:4.11m
全幅:1.96m
全高:1.56m
重量:5.2t

装備


192年式5.56mm機関砲(前期型)
196年式7.62mm機関砲(後期型)
201年型7.62mm機関砲(後期型(計画のみ))

運用国


最終更新:2025年11月02日 01:18