Awaken "Side C"





「……派手に行くぜ!? ハーディ! 嬢ちゃん! 準備しな!」
「コードで呼べっての!」
 ――その頃。
 ハーディ・ロックバーントニー・ブラウン。そして、エルカ・パッドの三人もまた、戦闘に突入しようとしていた。
 06と03が先行し、念のため02を03の援護へと向わせた後、彼ら三人は側方から回りこむようにしてティターンズ艦を目指していた。
 が、当然のように、相手もその程度のことは予測していたのだろう。其処で、迎撃に出たMS部隊と鉢合わせになったのだ。
 対峙するのは101のエンブレムを持った銀ピカの機体と、03によく似た同じく102とペイントされたMk-Ⅱ。……そして、戦艦から降りてきた4機のMS。
 当たり前と言えば当たり前だが――どうやら、敵戦艦には元々艦載されていたMS部隊があったらしい。……豪勢なことに、4機が4機ともハイザックやジムⅢではなく、マラサイ。量産機とはいえ、本来は指揮官クラスにのみ配される高性能機だ。
 戦力比は数の上で3対6。おおよそ2倍だ。正直、キツイなんてもんじゃない。
「……参ったね、どうも……。11、前には出すぎんなよ? 適当に遮蔽取って、後ろからライフル撃ってろ」
 だが。……だからと言って逃げ出すワケにも行かないのが辛いところだ。ハーディはぼやくようにエルカに指示を出すと、トニーの攻撃を待つ。
「は、はいっ!」
 ……そうこうしているうちに、痺れを切らしたのか、相手のチームが先に突っ込んできた。マラサイ4機がフォーメーションを組み、スラスターを吹かして地上を駆ける。
 だが。
「待ってたぜ!」
 其処へ狙い済ましたかのように04がロケットランチャーをマルチロック。敵の数は、丁度6。後方の2機は少しばかり遠いものの、一機につき一発ずつの計上でロケットを発射。
 ――遅ればせながら、マラサイのパイロット達がそれに気がついたらしい。一機がまず大きく進路を横にズラし、遅ればせながら他の3機もまた散開しようとして――……一機、大きく出遅れた。
 間に合わない。そう判断してシールドをロケットに向けるものの。
「っは! ……そんなあまいモンじゃねぇよ」
 装甲板ごと機体を撃ちぬかれ、爆散する。
 着弾の衝撃は砂を巻き上げ、文字通り爆発的に砂煙が広がる。
「嬢ちゃん、今だ!」
「え、あ、はいっ!?」
 トニーはその結果を確認する間もおかず、すぐさま手持ちのショットガンを敵機が居た方向へと向けると、ありったけの弾丸を広範囲に叩き込む。……遅ればせながら、その後に続くエルカのジム。狙いもつけずに、ビームライフルを乱射。
「と、トニーさんっ!? ……これで、当るんですか?」
「あんっ?! ……当るに決まってんだろ?! 戦争ってのはな、火力だよ、火力!! 数バラ撒きゃどれかは当んだ!」
 無茶苦茶である。……だが、その論理が正しいことは、結果を以って証明された。
 程無くして、砂煙を突っ切って現れたマラサイは僅か一機。……それも、装甲にあちこちが微妙に凹んでいる。どうやらショットガンの散弾で散々に甚振られた後らしい。
「う、わわっ……い、一機抜けて来ました!」
「ひゅぅっ! 気合の入ったヤツが居るじゃねぇか! いいね、機体のデザインもイカシてるしよ!」
 それを見て、トニーは嬉しげに口笛を一つ。……頼りにならないワケではないが、なんというか、こう。……微妙に不安になる。
 それならまだしも。多少の安心を得ようと、エルカが周囲を見回し。……はた、とその動きが止まった。
「あ、あれ? トニーさん、ハーディさんが……」
「アイツならアソコだよ。とっくにあん中。OK?」
 ……そう言って、トニーが示したのは、ようやく晴れ始めようとしている砂煙の中だった。


「……ウソ、突っ込んで来る……?!」
 ――驚愕に値する。
 間合いの遠いロケットを回避し、砂煙がようやく晴れたと思った次の瞬間。――すでに目の前には、その機体が迫っていた。
 右肩に01のエンブレムを入れた、カスタムタイプのジェガン。手に持つ武器は、ビームランス。……呆れたことに、射撃武器を保持している様子は無い。
 格闘戦を挑む気だ!
 ちらり、と。カルサは自分と同じようにロケットを回避した101を見遣る。……隊長機を守るのが、彼女の役目だ。つまり、あの01の相手は自分がするべきなのだろう。
 ブラッディホース所属のマラサイ部隊はアテにならない。見れば、一体はロケットの直撃を受け既に大破。2体も爆風と散弾の影響で動きが鈍く、マトモに動いているのは1体だけだ。……ついでに言えば、どのみち、既に抜けられている。
 守らなければ。――自身の意識に刻まれた強迫観念染みた思考に突き動かされ、102はサーベルを引き抜くと同時、腰部のビームガトリンクを01へと向け発射。
 これで仕留められるとは思っていない。だが、少しでも牽制になればいい。そう思っての射撃だった。
 が。
 ジェガンがそのスピードを緩めることは無かった。むしろ――。
「……セオリー通りだなッ!」
「くっ……! 止まれ……止まって!」
 加速した。……シールドを翳し、機関部のみを守って、残りは機体に当るに任せる、強引な突撃。
 しかし、破れかぶれ、といった印象は何故か受けない。……むしろ。
 ――このパイロット、手馴れてる!
 結局、集中砲火が効果を表すよりも早く、ジェガンは102へと肉薄。
 ぶぉん。……ビームが鋼を焼き切る音と共にビーム・スピアが振るわれ、、102の機体を衝撃が通り抜けた。
「……っぁ……!」
 ごとん。ワンテンポ遅れて地面に落ちる鋼。――砲身半ばから切断されたビーム・ガトリング。
「貰ったぜっ!」
 間髪居れず、再度、ビームスピアを突き出す01。……だが。
「うぉっ?!」
 がぃんっ、と。横合いから飛んできた銀色の機体が、01を102から引き剥がすように蹴り飛ばす。
 とはいえ、01もマトモに喰らうでなく。命中の瞬間、シールドを盾に衝撃を殺してはいたのだけれど――瞬間、三機の機体の距離が開く。その隙を狙ったかのように、101は更にビームライフルを連射。開いた距離を抉じ開ける。慌てて下がる、01。其処に狙い済ましたかの用に105からの支援砲撃が届き、相対距離は決定的なものとなる。
 がいん、と。充分な距離が開いたのを確認しながら、102の横に101が着地した。
「す、すいません隊長!」
「構わん。……どうやら、アレもエース級のようだ。二人がかりで当るぞ」
「……了解、しました」
 ……僅かな間の後。カルサ・ウィリアムズは改めて、01の機体を睨み吸えた。






「……おぉ!? マジィな、ハーディのヤツ……押されてるぞ」
「えぇっ?!」
 残った3機のマラサイを適当にあしらいながら。
 ……前方の様子を見てとった04、トニー・ブラウンはそんなことを呟き、エルカ・パッドが叫びを上げる。
「まぁ……ありゃ、ナンバーからして隊長機と副隊長機ってトコだろうからなぁ。当たり前か」
「じゃ、じゃあ、援護しないと!」
「あぁ、そうだな。……よっ、っと」
 どん。
 ……不用意に接近してきたマラサイのうち一機――既に中破していた――に、ショットガンを叩き込みながら、トニーはエルカの言葉にこくん、と頷き。
「これで残り2機っと。……んじゃぁ、嬢ちゃん! 後は任せたぜ!」
 ……ぶぉん、とホバーを吹かすと。返事も待たずに、戦場へと駆け出した。
 後に残されたのは、新米パイロットとジムが一機。
「え? ……え? え? ちょ、ちょっと! ちょっとトニーさん? トニーさーん!! ってきゃー?!」
 ジム一機になったのを好機と見てか、マラサイ2機が攻勢に転ずる。
 ……頑張れよ! 悲鳴を上げるエルカに、心の中でだけ声援を送りながら。
 トニーは、滾る血潮に、凶暴な笑みを浮かべる。
「待ってやがれガンダムタイプ共。……蜂の巣にしてやる!」



「……ぐっ……!」
「貰うかよっ!!」
 2対1。……奇しくも、エイヴァール・オラクス対02,03と同じ戦力比。
 だが、その戦いの様相はまったくもって別物に近かった。
 エイヴァール・オラクスが真正面から2機を相手取っていたのに対し。……ハーディ・ロックバーンは機動力を活かして立ち回り、常に相手のMSとの間に、もう一機のMSを挟むような位置取りをし続けていた。
 つまり、同時に正面に立つ相手を一人に限定することで、実質1対1の状況を擬似的に作り出し続けていたのだ。
 1対1の格闘戦なら、負けることは無い。――パイロットとしてハーディが持つ、その矜持が生み出した戦法だ。
 そして、事実、それはそれなりの効を奏していた。……102は勿論、101が相手ですら格闘戦ならば圧倒し、付け入る隙を与えない。
 ――今も、ビームスピアで絡めるようにして、101のサーベルを巻き取ったところだ――が。
 何故か。それだけ優勢に戦いを進めていながら。……損傷が多いのは、01、ジェガン・ランサーの側だった。
 その、理由が――。
「くそ、またかっ?!」
 ――長距離から飛来するレーザーだ。サーベルを弾いてすぐ、返す刀で101を貫こうとしていたハーディは、慌てて機体を滑らせる。
 が。回避しきれない。――左肩アーマーに被弾。肩部バーニアが破壊され、余熱で装甲が炙られる。……また一段、推力が低下した。
 先程からこの繰り返しだ。どうにか背部パックだけは守っているものの。……左腕部は既にシールドごと破壊され、脚部にも異常が発生している。今しがた破壊された肩部バーニアに関しては言うまでも無い。……ほとんどはどうにか回避しているものの、偶の命中が致命的結果を招く。回避したとしても、余熱で装甲が歪んでいる部分も、少なくない。
 加えて。
「……今っ!」
 狙撃を回避し、体勢が乱れたところに102からのビームライフルが飛ぶ。
「……んなくそっ!」
 回避し切れない。そう悟れば、ハーディは01をスピン。破壊されたばかりの左上腕部分でビームを受ける。――バーニアだけでなく、一気に肩の根元まで装甲の融解が進む、が。
「マトモに喰らうよりはマシだっ!」
 そう叫び、ハーディ・ロックバーンは再び敵MSへと肉薄する、ものの。
 ……狙撃を回避した瞬間、タイミングを合わせて攻撃を仕掛けてくる101と102のコンビネーションに、既にその機体は満身創痍だ。
 このまま戦えば、撃墜は時間の問題だろう。
 だが。
「……冗談でしょう……?」
 その姿に。カルサ・ウィリアムズは、戦慄を覚えていた。
「なんで、あれ、まだ動いてるの……?」
 初撃のビームガトリンクからはじまり、先程から、洒落にならない数の攻撃があのジェガンには命中しているはずだ。
 ガトリング、101の飛び蹴り、105の狙撃、ライフル、狙撃、ライフル、ライフル、サーベル、狙撃。
 ……普通、それだけの攻撃が当れば、MSなんてものはとっくの昔に機能停止するか、悪ければ大破爆散していてもおかしくは無いはずだ。
 だというのに。……このジェガンは、まだ動いている。それどころか戦う意思を見せ、武器を片手に迫ってくる。
 ……在り得ない。泣きたくなるような恐怖。殺しても殺しても、死なない相手。……地獄からの使者。そんな陳腐なフレーズが浮かび、危うく、意識が遠ざかりかけた瞬間。
「カルサ、カルサ・ウィリアムズ!」
「……っ!」
 グレン・ローラン。……101のパイロットである、第10部隊隊長から叱咤が飛んだ。
「――新手だ!」
 同時に、出来れば聞きたくなかった現実を告げる言葉も。
「ひゃっほぅっ!! ……よぅ、ハーディ! てこずってるみてぇじゃねぇか!」
 ペイントされたナンバーは04。……ディアス系のシルエットを持つ、重厚な機体。それが、ショットガンを連射しながら、ホバーで突撃を仕掛けてくる。
 この、状況で。……さすがに、意識を遠くしている場合では無いというのは、解った。
「ガンダム共! このトニー様がっ!」
 ――瞬間。飛来する熱源反応。105の狙撃だ。……しかし、104はバーニアを吹かすと通常走行から急加速。見た目にそぐわぬスピードを見せれば――それでも、背部のランチャーにビームが引っかかりはしたものの、一気に駆け抜ける。
「相手んなってやるぜっ!」
「……ノリノリだな、オッサン」
 ……思わず呆れたようなハーディの呟き。だが、その口元に浮かぶのは笑みだ。
 ――何とか、なりそうだ。状況はこちらに傾いている。……ならば。

 直後、彼らはその考えが甘いものだったと思い知らされることになる。



「仕方あるまい。……02、C.SYSTEMとファンネルを使え」
「……ぇ……?」
 ……一瞬、何を言われたのか、理解出来ず。
 カルサ・ウィリアムズは、こんな状況にも関わらず、間の抜けた反応を返してしまった。
 思わず、101の機体を見遣る。……返って来たのは、問い返すことすら許さぬ無言のプレッシャー。
「聞こえ無かったのか? ……C.SYSTEMを使え。訓練はしているのだろう?」
「は、はい……。……ですが、アレは、負荷、が強く」
「この状況を打開出来るのはアレしかあるまい。……命令だ。使え。」
 そう、言われてしまっては。……カルサ・ウィリアムズに、逆らえるはずも無い。
「……り、了解」
 震える声でどうにかそう言葉を返す、と。……カルサは、102のコントロールパネルを操作。……これまでずっとオフにしていた、ある回路の接続をオンにする。
 ――サイコミュ・システム。そう呼ばれる、システムの回路を。

 瞬間、脳を直撃するような激痛が、カルサの意識を襲った。


――P回路、接続確認。パイロットの脳波からN波を探索。
――HIT。N波出力、レベルD-。最低動作基準/レベルC未達成。
――強制加圧。ブースト・システム作動。N波出力レベルB+まで上昇。
――C.SYSTEM、起動。


《あぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!》

 激痛が走る。――機械に、自分が飲み込まれて行く錯覚。
 薬物投与と催眠暗示で作り出された回路が、強制的に開かれていく。――神経を、アイスピックで抉じ開けられるような痛み。
 痛い。痛い痛いいたいたいたいたいたいたイい、――……。
 ――誰、か。
 タスケテ。
 ……何かを求めるように、手を伸ばす。
 不意に記憶に蘇ったのは、幼かったあの日、いつも自分の手を引いてくれた大きな手の温もり。
 けれど、伸ばした手は、ただ冷たい機械のパネルに触れるのみで――……。
 ……あぁ、そっか。
 もう、戻れないんだ。

――改めて、カルサ・ウィリアムズは、現状を認識した。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ――!」
 102の機体が急激に加速する。
 推力自体が変わったわけではない。……というのに、在り得ないほどのスピード。……反応速度と、動作効率が桁違いに上がっている。
「……っ! トニー! そっち行ったぞ!?」
「なにぃっ!?」
 振り返った時には、既に102の機体は其処には無く――真正面。ビームサーベルを片手に回りこんでくる。
「ちっ……! フォロー、に……ぐぁっ?!」
 オマケに。注意すべきは、それだけでは無い。
 Mk-Ⅱが背中に背負っていた、03そっくりの赤い放熱板。……どんな仕掛けか。ソレが、今、空を飛んでいた。
 勝手気侭に空中を飛び回るソレは、01と04の死角に滑り込んでは、ビームを放ってくる。……時間にして、僅か30秒ほど。
 たったそれだけの時間で、01と04の機体は機能停止寸前にまで追い込まれていた。
 このままじゃ、マズイ。そうは思うものの――……今や、元々ダメージを受けていた01の機体には、ほとんど動かせる場所が無い。
 モニターは大部分が黒く塗り潰されて、ジェネレーターの出力は下がりっぱなしだ。……さて、どうしたものか。
「……右、右、左……上」
 ふと、その時。……ハーディの耳に、トニーが何事かをぶつぶつと呟いているのが聞こえた。
 とうとうイカレたか? 果てしなく失礼なことを思考しながら、ハーディはそれを問い掛ける。
「……オッサン、さっきから何ぶつぶつ言ってやがんだ?」
「黙ってろ。……おいハーディ。まだ01は動くか?」
 にべも無い返答。……それに続いての問いに。うん、と。ハーディが疑問符を浮かべる。
「……あん? まぁ、一回ぐらいならな。多分それ以上は動かんぜ」
 直後に返って来た言葉は、ハーディ・ロックバーンをして耳を疑うようなものだった。
「上等だ。……何とか、なるかもしれねぇぞ?」



 ――どういうワケだか解らねぇが。やっこさん、動き自体はえらく単調だ。反応だきゃぁやたら早いがな。
 ――移動パターンも。何べんか撃った時の回避機動も綺麗サッパリ、測ったみてぇに正確に同じ動きだった。
 ――ってぇ、ことは、だ。

「……狙ったトコに追い込むことも出来なくは無い、か。……ホントに上手く行くのかよ? 誘いじゃねぇのか?」
「だったらアウトよ。……まぁ、見てな、MSの性能差が絶対的な戦力の」
「いや、有名ドコの引用はいいから。集中してくれ、オッサン」
「……連邦のヤツはコレだから……」
 ……これ以上付き合っていると、延々と無駄話につき合わされそうなので、返答はしないで置く。
 まぁ、気が紛れる程度の効果はあったか。……そう思えば、ハーディは小さく苦笑し。
「……来たぞ……しくじるなよっ!」
「そっちこそなっ!!」
 合図と共に、04がホバーで駆け始める。
 ――最初に飛んでくるのは、ファンネルだ。が。これ単体ならば、推力自体はさほど高くは無い。……だからと言って、ビームライフルで狙える程かと言えば、また別の問題だろうが――。
「オレは実弾フリークでなっ!」
 都合の良いことに、04の主兵装はショットガン。……点ではなく面を叩く攻撃が、ファンネルの装甲を叩き、挙動を乱す。
 ダン、ダン、ダン。
 4発目で限界が来た。どかん、と。ファンネルの片方が爆発、四散。――敵の攻め手を一つ潰すことに成功する、が。
 その直前。ファンネルは最後の悪足掻きとばかりビームを放ち――慌てて回避し損ねた04は、頭部にこれを被弾。……メインカメラが真っ暗になり、よろよろとその場に倒れこむ。
「SHIT! ……ハーディ!」
「上等だ、オッサン」
 ……――そうして、残ったジェガン・ランサーで、ハーディは102を待ち受ける。
 既に機体は、満身創痍を通り過ぎて機能停止していないのが不思議なぐらいの状況だ。……左腕は根元から消えてなくなり、右足は脹脛が半ばから大きく抉れ、左足に至っては足首から先がロストし、頭部のメインカメラはひび割れが酷くマトモに機能していない。ビーム・スピアを杖がわりに、どうにかこうにか立っているような状態だ。
 だが。
「――右腕と、バックパックだけありゃぁ。……何とかなる」
 無茶も此処に極まれり、だろう。――モニターは当然死んでいるワケだから、後はトニーの計算と勘だけが頼りだ。
 どくん。……心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
 ヒリつくような死の恐怖。……何度も味わったそれを前にして――ハーディ・ロックバーンは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「さぁ。……踊ろうぜ、黒いの」


――あと一機!
 動かなくなったディアスタイプを確認しながら、カルサ・ウィリアムズは最後の一機に意識を向ける。
 ……もはや、何故動いているかを通り過ぎて、何故壊れていないのかが不思議な程に破損したカスタム・ジェガン。
 ――けれど、既に、先程までの恐怖は無い。
 今、カルサを支配しているのは、神経を直接焼かれるかのような激痛。……もう、誰かに救いを求めることは諦めたけれど。何かに救いを求めることは諦めたけれど。
 ならば、せめて。一刻も早く、この激痛を消したい。
 ――だから。脳内物質の分泌と共に異常なまでに加速した感覚の中、カルサは残った一機のフィンファンネルを操作する。
 ファンネルの位置は――正面。上方から、突然ジェガンの視界に滑り込むように姿を現し。
 ――102は、後ろから……!
 真後ろではなく、若干横にズレた位置から。ファンネルと動きを合わせるようにして、カルサは102を突撃させ――。
 ……次の瞬間。
 ジェガンが、後ろ向きに、加速を開始した。
「……何っ……?!」
「待ってたぜ……! お前さんが居るのは、其処だろっ!?」
 ……相手は、必ずこの位置に来る。そう言ったトニーの計算を信じ、ビームスピアすら逆さに持ったまま――モニターでの確認すら無く、ハーディはジェガンを突撃させる。
 さすがに、予想外だったのだろう。……不意のジェガンの特攻に、102の動きが一瞬止まる。
 しかし。
「……舐めないで……!」
 ……――強化されたカルサの速度は、不意を打たれて尚、その突進への対応すら可能とした。
 ぶぉん。ビーム音と共に、サーベルを引き抜き。無防備に突進してくる、01を、迎撃――……。


《駄目だ! やめろ、カルサ!!》

「……ぇ?」
 不意に。懐かしい、誰かの声が聞こえた気がした。
 ――暖かさの残滓。手の平を握り返された錯覚。……その感覚に、思わず、カルサは相手の姿を探し――……。
「……ぁっ……あぁっ……!」
 ……その一瞬で。今度こそ、01のビーム・スピアは102の機体を貫いていた。







「……ふむ。まぁ、実戦での試験が初めてであることを考えれば、上々、と言ったところか」
 ブラッディ・ホースの艦内、艦長室にて。
 ……グレン・ローランは、今回の試験の結果を報告していた。
「はい。……予定を大分繰り上げることにはなりますが――……どうにか、実用には扱ぎ付けられるかと」
「成る程。……了解した。では、今後の報告にまた期待させて貰おう。……下がりたまえ」
「はっ。失礼します」 



 ――戦闘後。102の機体と、カルサ・ウィリアムズは、途中から戦闘の様子を記録し続けていた101の手によって回収されていた。
 102との戦闘によって傷ついた01と04は、それをただ見ていることしか出来ず。
 ……――あろうことか。彼ら自身を人質に、ティターンズ部隊の撤退を認めさせるという屈辱を味合わされる嵌めになる。
 ……03。アルク=E=ガッハークと、両腕を失った箱舟がその場所に着いた時は、全ては手遅れで――結局、手の中に残ったのは、戦闘の空しさだけだった。




 ……此処はドコだろう。
 目を覚ましたカルサ・ウィリアムズは最初にまずそう思う。……身体の節々が痛い。私は、何をしてたんだっけ。
 頭がぼうっとして、思考が定まらない。……直前の記憶が、思い出せない。
 ……あぁ、アレを使ったんだ。
 大きな負荷がかかった後は、いつもこうだ。……後で、何を忘れたのか、調べなくっちゃ。
 そう思いながら、ふと。……カルサは、自分の手を見詰める。
 いつもと変わらない、自分の手。……色だけが白く、訓練の積み重ねでごつごつとし始めた、お世辞にも綺麗とは言えない指。
 ……何故か、不思議と。その手が、ほんのりと暖かかった。
 もう指先程度しか残って居ないけれど。……確かに、カルサの手の中には、暖かさが残って居た。
 だから。……彼女は、不思議そうに。いつまでもいつまでも、飽きることなくその手を見詰め続けて居た。
 この暖かさは何だろう、と。首を傾げながら。


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最終更新:2007年09月07日 01:53
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