Monologue > Blue




 ――外した?
 完璧なタイミングだったはずだというのに。
 この日、ホクト・Y・マドラーは、初めて自分の狙撃を正面から回避するパイロットと遭遇した。
 機体は――ウェイブライダー形態の形状から、恐らくはMSZ-006C1、ZプラスC1型。……カラーリングは、恐らくパイロットのパーソナルカラーだろう。独自のカラーリングを許されているということは、名の知れたエースパイロットなのかもしれない。
 この戦闘が終わるまで生き延びられたら、調べてみよう。そんなことを心に留めながら、ホクト・Y・マドラーは次弾の照準をセット。ハンブラビとドッグファイトと演じ始めたC1型を狙う。
 セット。ジェネレーター出力値グリーン。ロック。照準のブレをOSが修正、ブラウンに染まったZプラスの機体をセンターに入れ……ファイヤ。
 ――と。
「……?」
 射撃と同時。不意に、ホクトは違和感を感じた。……これまでのテスト運用では感じたことの無い違和感。……射撃の瞬間、何と言うか、上手く言葉には出来ないが、照準が『下』に向って引っ張られるような感覚。
 案の定。Zプラスを狙った二発目のビームは、大きく余裕を持って回避されていた。
 ……整備不調?
 一瞬思考に浮かんだその考えを、ホクトはふるりと首を振って否定する。
 ティターンズの人員は優秀だ。特に、テスト部隊ともなればデリケートな扱いを要するMSも増えてくるから、たとえそれが辺境の部隊であろうと生半な人員を用いるとは考えられない。何より、105の整備にはホクト自身立ち会っている。
 自分の目が絶対だと思う程傲慢ではないが、それでも、目と知識にはそれなりの自信というものがある。
 だから、ホクトは原因を別のものに求める。真っ先に浮かぶのは――105にのみ搭載されているという、特殊なOS。
 ……EXAMシステム。確か、そんな名前だったはずだ。その特性は――……。
 ――対ニュータイプ用システム。
 マユツバだと、ハナから決め付けていたそのことを思い出しながら、ホクト・Y・マドラーは照準が『引っ張られた』方向。……地表へとカメラを向ける。
 其処では、今まさに、エイヴァールの104と、03エンブレムを持ったMk-Ⅱの戦いが始まろうとしていた。





 ――やはり、おかしい。
 何度繰り返しても、照準が『引っ張られる』。
 先程は僅かな違和感でしか無かったそれは、いまや確信となってホクト・Y・マドラーの狙撃に影響を与えていた。
 ……照準を『引っ張る』のは、どうも特定のパイロット――聞かされた話を鵜呑みにするならば、ニュータイプ――だけのようだが、その特定の、というのがクセモノなのだ。
 ……強く照準に影響を及ぼすのは、03と書かれたカスタムタイプのRX-178ガンダムMk-ⅡとRGM-79。ここまでは、いい。
 だが、それと同等か、あるいはそれ以上に照準を『引っ張る』のが――第10小隊の4番機、RX-121-2Aアドバンスド・ヘイズル。……エイヴァール・オラクスなのだ。
 意外なことに、カルサ・ウィルアムズの『引き』はさほどでも無かったのだが。……ともあれ。
 敵だけならばともかく、味方に照準が引っ張られる、というのは大問題だ。
 狙撃とは、デリケートな作業だ。……ほんの僅かな照準のズレが、致命的な結果を招くことも少なくない。現に、先程など02と書かれた機体を狙った砲撃が、随分と104の方にズレてしまった。
 ……今はまだ、彼女の腕でなんとかそのズレを修正できているが――そのうち、この機体が抑えられなくなりでもしたら、と思うと、ゾっとする。
 ――限定すべき。
 狙う相手を、だ。……照準を『引っ張る』者同士の戦場に援護を飛ばしていては、大きなミスが発生しかねない。となれば、主に狙うべきは空中のゼータプラスが、101,102と対峙しているジェガン、ディアス、ジムあたりだろう。
 ……だというのに。
『……ホクト! 援護を寄越せ!!』
 あの男は、どうしてこういう時に限ってそういう要求ばかりを突きつけるのだろうか。
「……了解」
 ――諦念に近い溜息と共に、ホクト・Y・マドラーとブルースナイパーは再びライフルを構えた。



「――!?」
 がぐん。
 突然に。これまでで一番強く、ブルースナイパーの照準が『引っ張られ』た。
 対象は――……カルサ・ウィリアムズ
 ……何が、起こったのか。慌てて援護すら一時中断し、そちらへと視線を見遣る。
 其処では、これまで飾りだとばかり思っていた――放熱板が、空を飛んでいた。
 ……一体、何が?



 ……危険。
 06、ゼータプラスのパイロットの砲撃が始まったことで、ホクト・Y・マドラーは少し前までの自分のアドバンテージが消失したことを悟る。
 102の戦闘に集中しすぎていた。……はと気がつけば、すでに103は落とされていた。パイロットが無事ならばいいのだけれど。
 ともあれ、今は自分も同じ目に遭う危険と向き合っているわけだから、他人のことばかり気遣っては居られない。
 さて、どうしたものだろうか。
 狙撃の精度で負けるつもりは無いけれど。……Zプラスには、桁外れの機動力がある。無論、ブルースナイパーとて推力には相応の自信があるが、やはり可変機のMA形態に敵うものでは無い。
 距離を詰められれば終わる。……これまでの砲撃から、相手は既におおよそこちらの位置を割り出している可能性がある。……もはや余計な攻撃は一発も撃つことが出来ない。
 ワンショット・ワンキル。……つまり、今、彼女に求められているのは、ソレだ。
 ――だから。
「……通信希望。ゼータプラスパイロット、聞こえるか?」
 ホクト・Y・マドラーは、まず最初にゼータプラスのパイロットへと通信を開いた。
「!? ……何の真似だ」
 即座に、ゼータプラスがそれに応じる。……当然だ。互いに通信している、となれば。もはやその位置は筒抜けとなっているに等しい。
 位置を知られることが致命的なスナイパーにとって、自殺行為。……彼女の行動は、そうとしか取り用が無かった。
 しかし。
「不可接近。……それ以上近づけば、後ろのジムを狙撃する」
「……何?」
 ――途端、パイロットの声に険が宿る。
 そう。……何も、彼女が一撃必殺を狙うのはゼータである必要は無いのだ。「敵」であるならば誰を狙っても良い。……そして。ゼータならば避けられる可能性のある攻撃でも、他のMS――例えば、後方に控えるジムとそのパイロットでは、また話は変わってくるのだろう。
 ――控えめに言っても、外す可能性は、ほぼ皆無。先程までの戦闘で、ホクトはジムの能力をそう評価していた。
「チッ……!」
 ――僅かな葛藤の後。
 ゼータプラスは加速を停止し、MS形態へと変形して地上に降りる。
 ……承諾した、と言うことだろう。しかし、それ以上、ゼータプラスが105から離れようとする気配も無い。……もしこちらが約束を違えれば、と言うことだろう。
 強かなパイロットだと思う。……やはり、有名なパイロットなのだろうか。
 ふと。……ほんの少しだけ、このゼータのパイロットに興味が湧いた。
 ……そう。別に、わざわざ帰ってから調べなくても。今、本人が目の前に居るでは無いか。
 だから。
「……名前」
 ぽつ、と。ホクトは言葉を紡ぐ。
「うん?」
「ホクト・Y・マドラー」
「……。俺の名前も教えろ、ということか?」
「肯定」
 ……言葉足らずに過ぎただろうか。通信機の向うで、呆れたようにパイロットが息を零す気配が伝わる。
 だが。
「……JD。ジェシー・JD・ドライブスだ」
 結局、ゼータのパイロットはそう名乗りを返してくれた。……存外律儀なのかもしれない。
 そして、その名前に、ホクトは聞き覚えがあった。
「JD。……ノゥスクラッチ、JD?」
「……そう呼ばれたこともあるな」
 納得が行った。……ならば、エイヴァールが相手にならないのもよく解る。
 こくり、と。ホクト・Y・マドラーは一つ頷き。
 ぱん、と。……ゼータの背後。互いの主力がぶつかりあっているはずのあたりで、信号弾が打ち上げられた。





 ……これを以って。AIC部隊と第10小隊の初の本格的戦闘は、終幕を見る。
 AIC側の被害は、02と11が小破。03、04中破。01大破。
 第10小隊側の被害は、101、104が小破。102、103が中破。ついでに言えばマラサイは大破が二機の小破、中破が一機ずつ。
 唯一傷を負わなかったのは、06と105の二機のみだった。

 ……これから、際限無く加速していく闘争の始まりは。このようにして、切って落とされたのだった。


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最終更新:2007年09月07日 02:29
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