心に滲んだ赤いアラベスク◆YhwgnUsKHs
「そ、そんな……チ、チビ人間……」
「……まさか、ね」
自然の満ちた森林の中、クリストファーはは抱えていた沙都子と
翠星石を地面に置き、暫しの休憩を取っていた。
それなりに和やかな雰囲気だったが……それは、かの放送によって無残に打ち砕かれた。
翠星石はジュンの死が信じられない様子で、表情は凍り、唇が震えている
「う、嘘です……あいつが、死んだなんて……ギ、ギラーミンの奴のバカ人間が翠星石たちを困らせようと」
なんとか信じまいと、言葉でそう思い込もうとした。
けれど。
「でもさ。そんな嘘、本人が生きてこの会場にいるなら意味ないよ?
出会ったらすぐバレちゃうじゃない」
そんな幻想を切り捨てるように、それなりに現実は見ているクリストファーがあっさりと翠星石の言葉の穴を突く。
その指摘に翠星石はぐうっ、と言葉を詰まらせたが、すぐにクリストファーに反論した。
「じゃ、じゃあ、ギラーミンの奴が捕まえて拉致してるです!で、本当は誰も殺し合いなんてしてないって訳です!ほーら、今度は穴なんてないです!」
「…………あのさ。確かに僕たちは今のところ死体なんて見つけてないけど、その可能性も正直低いんじゃない?
いくらなんでも、誰も彼も死体を見ていない、なんてありえるのかな? 5人くらい集まったら、そんなのすぐわかっちゃうじゃない」
「うううう」
「悪い事は言わないよ。現実を見ようよ、現実を」
クリストファーの言葉に翠星石は折れたのか、口を結び黙ると地面に座った。
(って言いながら、実は僕も信じられないんだけどね…)
現実を見ろ、と翠星石に言ったクリストファーも、実は知人の死は信じられないでいた。
フィーロ・プロシェンツォ。
友人(クリストファーとしては)である彼は不死者だ。クリストファーの主人、ヒューイと同様に、殺してもすぐ再生する脅威の人間であるはず。
そんな彼が、死んだと。
(そもそも、フィーロがこの殺し合いに参加させられているって時点でおかしいんだよなぁ。だって殺せないんだもん。フィーロが優勝するに決まってるじゃない)
死なない人間がいる以上、この殺し合いは不死者が優勝するワンサイドゲームなはずだ。殺し合いを行うギラーミンの趣向が最初から破綻してしまう。
(ってことは……実は参加者に不死者がいっぱいいるか、あるいは……フィーロの不死を弱める何かがある、とかかな?)
不死者を殺せるのは不死者のみ。つまり、不死者が複数参加していれば、確かにフィーロを参加させる意義はある。
だが、結局不死者と一般人の格差は消えない。最後には不死者が勝ってしまうのでは、最初から不死者だけでやればいい話だ。
となれば、妥当な線は不死を弱める方法ということになる。
(ヒューイ氏はそんなのできたかな? まあ、あの人ならそれくらいできても案外不思議じゃないよねぇ。
ギラーミンはなんか宇宙がどうたら言ってたけど……もしかして、宇宙人パワーって不死者より凄いのかな?
……まあ、いずれにせよ、やっぱりフィーロは死んじゃったって、考えた方がいいよね。
……残念だなあ。せめて一目くらいは会いたかったよ。友人の顔くらい、見たいじゃない)
明るくなってきた空を見上げながら彼は思う。そして確認する。やっぱり、自分にとって敵対している立場でもあった彼は、それなりの存在ではあったのだと。
(にしても……)
クリストファーはここで手元の名簿に視線を落とした。
そこには65人の名前が書かれており、そのうち15人の名前には横線が引いてある。今の放送で死亡が確認されたもの達だ。
放送が流れ出した時、禁止エリアはわかりやすく地図にメモしていたものの、死亡者の発表で慌ててデイパックを探り名簿を取り出した。その時、クリストファーは初めて名簿を見たのだった。
なにせ、今までそれなりに忙しい展開だった上、翠星石の愚痴を聞かされてばかりで名簿なんてすっかり忘れていたのだった。
今改めて目を通すと、クリストファーの知り合いは2人いた。知っている名前は、3人だが。
友人で不死者のフィーロ・プロシェンツォ。
自分が世話になった人物のファミリーの一員、
グラハム・スペクター。グラハムとは一度戦いあったりした仲で知らない仲ではない。
その実力もよく知っている。そうそう死ぬことはないだろう。
そして、そのファミリー、ルッソファミリーと明らかに縁のある
ラッド・ルッソ。苗字の時点で予想は付くが、確かあそこにいたころ『ラッド』という名前はよく聞いた気がする。
会った事はないので人となりはわからないが……噂からして温厚、優しい、安全、という印象はない。説明の時にがなり騒いでいた様子からしても、噂は真実らしい。
彼は別の名前に視線を移した。
それは彼の知り合いの名前ではない。
ここに来るまでの愚痴の中で聞いた名前。
頼りになるらしい真紅。陰険で悪辣で絶対に会いたくないらしい
水銀燈。おこちゃまな雛苺。あと……なんか、黄色いの。
それは翠星石の姉妹たちの名前で、時々怒って話したり喜んで話したりする翠星石の話をクリストファーも和やかに聞いていた。
その中で、『彼女』の話を聞いた。
姉妹の仲でも翠星石にとって特別な存在であり、水銀燈に関する愚痴の中で出てきた、最愛の姉妹の名前。
(彼女の事を僕に話した、ってことは結構信用されてきたってことなのかな? うん、友人として大分前進してるな僕たち。
でも……彼女、死んだはずだよね?)
翠星石があれだけ死を拒んだ理由であるらしい、蒼星石。彼女は死んだはずであり、彼女たちの動く元であるらしいローザミスティカという物は水銀灯に奪われたはずらしいのだが。
(どう見ても名簿に載ってるんだよなぁ。彼女は名簿見てないみたいだから気付いてないみたいだけど。嘘ついてる感じでもなかったし。
……やっぱり言ってみようか)
クリストファーは蒼星石について翠星石に言ってみることにした。嘘ならばその時点で反応でわかるだろう。
「ねえ、あのさ」
「?なんですサメ人げ」
「い、嫌……」
*****
突然傍から聞こえてきたか細い、けれど聞き覚えがある声に翠星石は振り返った。
そこには、さっきまで気を失っていたカチューシャの少女――
北条沙都子と言う少女だが、2人ともその名前を知らない――が目を覚まし、こちらに恐怖の視線を向けていた。
目を見開き、体を震わせている。2人が放送に気をとられている間に立ち上がったのか、その脚はしっかり大地を踏みしめ、だんだんと後ろに下がっている。
まずい、と翠星石が思う間もなく。
「い、嫌ぁぁぁ!助けて!助けてにーにー!!」
沙都子はすぐに身を翻すと、さっきまで寝ていたとは思えない速度で2人から離れて茂みの中へと飛び込んで行ってしまった。
このままでは見失ってしまう。
翠星石は今のところ自分に危害を加えるような人物には会っていない(クリストファーのあれは自分を試すみたいなことだったようなのでカウントしない)。
けれど、今の放送を信じるならば危険人物がいない、という事は無い。そんな中にあんな状態で走っていくなんて自殺行為他ならない。
(冗談じゃないです! 見ず知らずで、そりゃサメ人間を刺したりしたけど……あいつは怖かっただけです! 怖くて……怖くて、誰も信じられないだけなんですぅ!)
思い出すのはかつての自分。人間を全て拒絶していた頃の自分。
その姿を、思い出すからこそ。
「サメ人間! チビ人間を追いかけるです!!」
「…………」
翠星石はすぐに沙都子を追いかけようと、背後のクリストファーに声をかける。
だが、いつも喧しいくらいなのに、なぜかクリストファーはやけに静かで、こちらの声に全く答えない。
「こ、こら! 聞いてるですかサメ人」
間、と叫んでやろうと顔を後ろに向けた翠星石の目に……何か飛び込んできた。
それは、石。
変哲も無い、人間の拳大程度の石だった。
それが、自分の目の前にある。
けれどなぜ? なぜ、地面に立っている自分の目の前に石が現れるのか。
その石は回転していた。
スローモーションのように回転しているのが感じられた。
けれど、それは時間が遅くなっているのではなく、単に自分の感覚がおかしくなっているのだと翠星石は思った。
人間は感覚が集中すると、スローモーションの感覚を味わうとよく言うが、それは人形にも適用されるらしい。
大きな石の礫、それが回転しながら……豪速で自分の真ん前に接近している。
石とはいえ、かなりの早さだ。命中すれば、顔のに皹……もしかしたら、砕けてしまうかもしれない。
(よ、避け、なきゃ)
避けたかった。けれど、反応が追いつかない。脚が動く前に、石は当たってしまう。
「さ」
何かを言う間もなく、石は翠星石の眉間に急接近し――
何かによって、上空へと打ち上げられた。
*****
「サ、サメ人間……」
翠星石が恐怖で凍りそうな口をなんとか動かして彼を呼ぶ。
銃身で翠星石に迫る石を上に打ち上げた、赤髪、赤目の男、クリストファーを。
「ほら。早くいきなよ。彼女、どんどん行っちゃうよ? 止めたいんでしょ?」
「で、でも、それじゃあお前が!」
翠星石を全く見ず、さっきから同じ方向――そう、石の礫が飛んできたまさにその方向――を見据え、銃を改めて構えるクリストファーに、翠星石は叫ぶ。
誰かが自分たちを狙っている。
それは今のでわかった。クリストファーはあの時点で既にそれに気付いていた、ということも。
となれば、そんな相手をクリストファー1人に任せるわけには。
「大丈夫だってば。ほら、僕強いの知ってるでしょ?」
「で、でも、です!」
翠星石はなおも引き下がる。
そんな翠星石にクリストファーはふう、とため息をつくと、今までと少し違う雰囲気で翠星石を見つめた。
その目は、今まで以上に冷たく見た。
「……じゃあはっきり言うけどさ……邪魔なんだ」
「え……」
「誰かを庇いながら、ってのは慣れてなくてさ。だから、君が彼女を追ってくれたほうがいいんだ。
むしろ、行って欲しい……って、お願いじゃダメかい?」
「う……」
翠星石は逡巡した。
あの少女を今捕まえないと、どうなってしまうかわからない。誰かに殺されてしまうかもしれない。
クリストファーは自分に任せろ、と言っている。けれど、死んでしまうんじゃないか。
誰にも、死んで欲しくない。
そう願う翠星石にとってはどちらも酷な選択だった。
けれど、わかっていた。
選ばなければ、どちらも取りこぼしてしまう。そんな悲劇があることを。
だから
「し、死にやがったら絶対許さないです! もしお前が死んだら、ボコボコのバキバキのギッタンギッタンにしてやるのです!!」
「うーん。どうなるかわかんないけど、凄い目に合いそうだから、頑張る」
翠星石はクリストファーに後を任せ、茂みに飛び込んだ。
大分時間をロスした。
早く追いかけねばならない。
翠星石はデイパックを探りながら、茂みの中を突き進んだ。
*****
「行ったみたいだね」
クリストファーは翠星石が走り去ったのを確認すると、改めて襲撃者がいる方向を見据えた。
「待っててくれるなんて案外律儀なんだね? そんな優しさに、僕はやっぱり感謝するべきなのかな?」
自然の象徴たる木が並び立つ森林の中。
この中のどこかに襲撃者がいる。
わざわざ石の礫を使った辺り、銃は持っていないかもしれない。いや、温存しているという手はあるか。
いや、そもそも石を銃弾並みのスピードで投げた事自体も考えるべきかもしれない。スリングショットにしても速すぎる。
それに。
(なんだろ……僕、やけに余裕がない気がする)
何か、変だ。
体がざわつく感じがする。
本能が警告しているようだ。
逃げろ、と。
クリストファーはまだ相手の姿を見ていない。だから、誰かなんてわからないはずなのに。
(まさか)
自分のわずかな震えの正体に、クリストファーは気がついた。
けれどそれは。
「いや? 何にしても、数は少ないに越した事は無いだろう」
――そんな
「それに女子供と男の2人組には少し前に逃げられていてな。同じ徹は踏みたくない」
――嘘だろ?
「もう姿を晒してもいいだろう。最初から晒してもよかったんだが、どんな反応をするか実は見てみたかった」
――神さま。
「ああ、そうだ。少女を逃がして1人で俺に相対するその雄姿と奇天烈なその顔に免じて、名前を教えておいてやる。
何、俺自身の心配はしなくていい。ここでお前を仕留めればいい話だ」
――あんたはとことん、僕が嫌いなんだね。
あまりに、遅かった。
*****
クレア・スタンフィールドはクリストファーを倒した男だ。
もっとも、クリストファーは彼の偽名(というか、別の本名とも言うか)フェリックス・ウォーケンで認識している。
ヒューイの指令の下に行った実験、そこに居合わせただけの男のはずだった。
けれどその男は、今まで負けたことなど、ほとんどなかったクリストファーを、不死者でも肉体を強化されているわけでもなく、素の実力で倒してしまった。
それ以来だ。クリストファーが人を殺せなくなってしまったのは。
つまりはそれほどに敗北の衝撃は大きかった。そして同時に、クレア自身の存在もとても大きい。
自分が勝てなかった存在。自分を叩きのめした存在。そんな存在が。
よりにもよって、この殺し合いの場で立ちはだかる事が……悪夢以外の何と言えようか。
「ちっ!」
軽快な破裂音が連続する。
クリストファーの持つF2000Rトイソルジャーから発射される銃声だ。
現実に存在するアサルトライフル、F2000をカスタム化しているらしいそれは、赤外線ポインタによる自動照準、電子制御による弾道計算など、
クリストファーのいる時代の技術ではまずありえないような機能を持っている。
今撃っているクリストファーも、その照準のよさと当たりやすさ、加えて弾道の無さには感嘆したものだ。
けれど、それも一瞬のこと。
(これでも、届かないってのかい)
元々の機能からして1分に850発、1秒に約14発の弾丸を撃って、弾幕を形成している。
それでも。
(これでも、当たらない)
自分の先制攻撃の後、木々の中を縦横無尽に駆け抜けるクレアに、弾が当たった気配はちっともない。
クリスとて、下手な弾丸を撃っているつもりはない。
牽制の弾幕、そして必殺の弾丸を使い分け、撃っているつもりだ。
それでも、当たらない。
(いや……当然って言えば当然かもしれないけどさ)
必殺の弾丸などと言ったが、照準は明らかに急所を避けている。
そんなものでは、当たるものも当たらないだろう。
しかも自分でもわかっているはずの超強敵には。
それでも。
(体が、言う事を聞かないなんて……情けないなぁ)
体が、震える。
目の前のクレアと言う存在に、肉体が恐怖している。
だから、いつにもまして照準がズレる。
相手に接近しようとしても脚が鈍る。
(こういう場面じゃ、かつて負けた相手を倒して克服する、とかそういう場面の……はずなのにさ)
クレアからの攻撃は今のところない。
さっきのような石の礫は飛んでこない。こちらの弾切れを待っているのだろうか?
と、クリスから少し離れた地にクレアが降り立った。
さっき攻撃を避けた際身軽に木の上へ飛び上がったのだが、そこから飛んで降りてきたらしい。
その目はクリスを見つめ、更に震えさせる。
「お前はどうやら俺をまともに相手をする気がないらしい。照準は急所を避けているし、まるで俺に近づく気配が無い。
結構見込みがあったんだが……仕方ない。
手っ取り早く、済ませよう」
「えっ……」
クレアがそう宣告すると、彼の背後になにやら奇妙な人影が現れた。
半透明で、クレアよりも大きい筋骨隆々とした男の姿。
「なんだい、それ……」
「少し前に身に着いた力だ。元々俺は強いわけだが……これで更に強くなってしまった。やはり」
「世界は俺を中心に回っている、かい?」
やっと発することができた自分の声。
それに対する言葉は、やはりクレアらしいもので……クリスすら、先が読める言葉だった。
その返答に、クレアは、ん?と目を細める。
「お前……なんで分かった?」
「……君こそ、さっきから変じゃないかい?」
―なんで聞いちゃうのさ、僕。
それは聞きたくない質問。
今までのクレアの言動は、あまりにおかしい。
ある一点がどうしてもおかしい。
それを説明できる理由はある。
けれど、それは……信じたくない。
それなのに、口は質問をつむいでいた。
「君、僕の事覚えてないのかい?」
「ああ、まるで覚えがない」
――…………きついなぁ。
力が、なおさら抜けていくのを感じた。
*****
「乗客の顔は全員それなりに覚えているはずなんだがな。いや、だが車掌の時は乗客にはそういうことは言わないんだが……殺し屋の時か? なら済まないな。どうでもいい奴はとことん覚えないんでな」
「どうでもいい、か……」
「ああ。だが、お前を見込みがある、と思ったのは本当なんだし……本当に会った覚えが無いぞ。人違いじゃないのか?」
――なんとも、白々しいなあ。わざと言ってくれてるならまだいいのにさ。
だが、クレアの言動は本当に思える。嘘という感じがしない。
ショックだった。
確かに勝負は自分の負けだった。だが、クレアもそれなりに追い詰められたという感じだった。
だから、覚えている、くらいはあると思った。
だが、実際は……彼の記憶にすら、残らないような……存在でしか、なかったのか。
自分にとっては、クレアの存在はあまりに大きいというのに。
――これは、仕打ちかい?
「少し長くなったな……俺は一刻を争う。
さっきのことは、人違いということにしておけ。俺の言葉を予想してみせたことは……偶然だ。
だから、終わりだ」
そういうと、クレアは背中の人影をそのままにクリスに向かって盾もなしに走ってくる。
クリスも走ってくるクレアに向かってトイソルジャーを掃射する。
だが、それを背中の人影がクレアの前面を両腕で守るようにし、弾丸を全て弾いていく。時には腕を動かす事から、銃弾が完全に見えているらしい。
――存在自体が、不自然な僕への。
クレアが至近距離で繰り出した蹴りを、クリスも身軽に避ける。
だが、その隙を突いて、人影の大きな腕が伸びてきていた。
避ける暇も、与えられなかった。
――……どこまでも、惨めに堕ちろというのかい?
激しい痛みを腹に感じた瞬間……クリスの体は砲弾のように弾き飛ばされ……茂みの中へと突っ込んだ。
茂みを抜けると……そこには、地面がなかった。
崖、と言うほどではないが……だが、段差が確実に有り、そこから下の地面へと。
放物線を描き…落ちて、いった。
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最終更新:2012年12月02日 15:57