にんげんっていいな◆SqzC8ZECfY
「友達にならないかい?」
眼前でにこやかな笑みを浮かべながら、そう提案した異形の男を前に、翆星石はかなり混乱しながらも思考する。
ここで気絶しているチビ人間をすぐに殺さなかったこと。
そしてそうしながらも、帰る方法が見つからなければ殺し合いに乗ると言う。
よくわからない――――翆星石が抱いた第一印象がこれだ。
掴みどころがないのだ。
その外見もさることながら、その態度。
翆星石をだますつもりなら、殺し合いに乗っているなどと、わざわざ言うことはないだろう。
名探偵くんくんを欠かさず視聴する自分にとって、この程度の推理はお手の物だ。
――ふふふ、翆星石をあまり甘く見ないほうがいいですよ、サメ人間。
心の中で根拠のない自信とともにほくそ笑む。
「そうやって混乱させておいて、後ろからガブリといくつもりですね? そーはいかないですぅ!」
「あ、それもいいかもね?」
「あっさり認めるなですぅ!?」
ますますわからなくなった。
どうすればいいのか。
翆星石自身としては喧嘩はいやだ。
みんなで仲良く。
あの家で和やかな日々を過ごしたことを思い出す。
蒼星石が動かなくなってしまった喪失感を知っているからこそ、それがとても大事なことだと理解できる。
だから殺し合いと言う選択肢だけは選べない。
「す、翆星石は殺し合いなんか絶対にしねーんですぅ! だからお前がそれをするなら友達になんかなってやらないのです!」
「じゃあ、どうやってここから帰るのさ?」
「う……」
「僕だって帰る方法があるなら、それに越したことはないけどね。というか、どうやってここに来たのかも分からないしさ。
君はそれでも……帰れると思うかい?」
思わず言葉に詰まる。
でも、やっぱり、それでも駄目なのだ。
そんなことぐらいで引き下がるなら最初からアリスゲームでもそうしている。
ローゼンメイデン同士で、最後の一人になるまで、自身の命とも呼べるローザミスティカを奪い合う戦いに身を投じていただろう。
それができない。
それが翆星石なのだ。
だから――――。
「……それでも殺し合いなんかしないんですぅ!」
力いっぱい、なかばやけくそ気味に叫んだ。
ですぅ……ですぅ……と、残響音が暗い森に響いていく。
その声に軽く驚く、クリストファーと名乗る異形の男。
やれやれ、といった感じで軽くため息をついたが、不意にあらぬ方向へと顔を向けた。
目を細め、暗い闇の先を見通そうとしているようだ。
赤い眼球、その中心に白い虹彩、黒い瞳孔。
月明かりを跳ね返すそれらは人間からかけ離れた、まるで作り物の人形のよう。
「……どうしたですか、サメ人間?」
「いや……向こうで何か光った気がしたんだけど」
「ええっ?」
「ひょっとしたら殺し合いが始まってるのかもね? あの光は爆弾かな? 銃かな? ここにも来るのかな?」
突如として楽しそうに語りだすクリストファー。
翆星石には何がなんだか分からないが、お構いなしに言葉を紡ぐ。
「あるー日ー 森の中ー 殺し屋にー 出会ったー 殺し合い 殺し合い 銃殺 斬殺 ララララララー♪」
「歌いだすなですぅ!?」
「真っ赤な花が咲くよ 血の花が咲くよ 今だー必殺 森パーンチー♪」
翆星石の突っ込みを無視して珍妙な歌は続く。
呆然とそれを見ているとついにはくるくると回りだした。
「…………わけわかんねーです」
なんだか馬鹿らしくなってきた。
翆星石はぐったりと肩を落とす。
「と、まあ冗談はこのへんにしておいて、と」
「……冗談に見えねーです」
「ひどいな。僕が殺し合いのさなかに歌って踊る奇妙な変人だなんて。僕ってそんな風に見られていただなんて。
あー傷ついたー傷ついたー。ま、嘘なんだけど」
もはや突っ込む気力も無くなってきた。
いや、とっくにそんな気は失せているのだが、話し相手が他にいないので、ついつい会話に乗ってしまう。
そしてそのことに自分で気付き、この馬鹿馬鹿しい変態の他に誰も話し相手がいない状況にさらにぐったりする翆星石なのであった。
「これは真面目な話でね。どうだろう、一緒に行動しないかい?」
「翆星石は殺し合いなんかしねーですよ」
「うわ、ぶっきらぼうな返事。いや、それでいいんだけどさ。君がそういうなら僕も殺し合いしないから。
というか最初からしないっていってるし……これならどう?」
「信用できねーです」
というか、最初から信用されようとすらしていない風にすら見える。
そもそも理解しようとすればするほど頭が混乱してくる類の人間だ。
こんなやつは今まで会ったことがない。
「うんそれがいい。友達として忠告するけど、初対面でいきなり友達になろうなんて人間は信用しないほうがいいよ。
人生を破滅させられる」
「いつ友達になったですか!? そもそもお前が何をしたいのかよくわかんねーですぅ!!」
「いつというなら今さっき。なにがしたいって友達になろうっていってるじゃない。目標は友達百人さっ」
「あーもー埒が明かねーで……」
消えた。
忽然と目の前にいたはずの男の姿が見えなくなった。
翆星石は何が起こったのかと目を見開いたが、やはり一瞬前までたしかにいたはずの赤い目の怪物が消えた。
――とっ、と僅かに音がした。
背後から。
振り返る――――そうしようとして、できなかった。
そっと抱くように翆星石の両肩に手が置かれたからだ。
全く力が入っているように見えないが、その手が振り返ることを許さない。
そして翆星石の視界にぎりぎり写った、自分の肩を抑える手から伸びる腕、それを包む特徴的な服の袖口。
「さ……サメ人間!?」
「せいかーい。僕ってすごいでしょ。で、ここからが本題なんだけど……」
「う……」
「殺し合いだからね。誰かがこうやって君の事を襲ってくるとも限らない。そうなったら君はどうするのかな?」
ぎちり――と空気が密度を増したような気がした。
今にも翆星石の肩を掴む手が破壊の意思を持って襲い掛かってくるかように思えた。
陽気に飄々と話すクリストファーの声がかえって不気味だ。
「それでも殺し合いは嫌かい? 自分の身に危険が降りかかっても? 殺られる前に殺れ、って思わない?」
「あ……ぅ……」
その問いに翆星石の心は追い詰められていた。
最初に集められた空間で起こった殺人劇と悲痛な叫びがフラッシュバックする。
言いようのない重圧が翆星石の心を締め付けていく。
視界が狭まって何も考えられなくなる。
殺さなければ死ぬ?
ならば殺さなければならない?
どうするどうするどうするどうする?
それでも思考の中心に最後に残ったのは――――、
目を閉じて動かない蒼星石だった。
「……やっぱり、駄目なんですぅ!!」
「うわ……!?」
「死んだらもう二度と話せないです! 皆で仲良くお茶することもテレビを見ることもできないのです!
殺し合いなんて、するのもされるのも絶対に御免なんですぅ!!」
まくしたてた翆星石の言葉にクリストファーは数秒間の沈黙を返す。
感情をそのまま叩き付けた後で、何も言ってこないその静かな数秒。
それは翆星石にとって耐え難いほどの数秒だった。
そしてついにクリストファーから返ってきたその言葉は全くの予想外。
「……素晴らしい!」
「はぃ?」
「いいね! 人形なのにとても人間らしい! 友達になろう! いや是非なってくれ!
いいなぁ、憧れるなぁ、素敵だなぁ! ラ、ラ、ララ、ララルルラ♪」
「ちょ、ちょ、ちょっと待つです――――ッッ!?」
クリストファーは翆星石の両手を掴んでぶんぶんと振り回す。
テンション爆高のままでしばらくそうしていたが、目を回し始めた彼女に気付いてようやくその動きを止めた。
「おっと、ごめん。大丈夫?」
「こ……この……なんてことしやがるですか……」
「あはは、ほんとにごめん。でも嬉しいなあ。よし、こうしよう!」
もはやここが殺し合いの真っ只中で、騒ぐと見つかるかもしれないという状況を、完璧に思考の彼方にすっ飛ばしている。
そして高らかにクリストファーは宣言した。
「翆星石は殺し合いはしたくない、と。なら逃げ出す方法に心当たりは?」
「そ、それはないです……けど」
「ああ、分かってる。それでも殺し合いはしたくないんだろ。じゃあ、逃げ出す方法を知ってそうな人を探そうじゃない」
「サメ人間は心当たりがあるんですか?」
その問いに、いいや、何にも――と朗らかに答えるクリストファー。
そしてここで出会ってから何回そうしたかも分からないほどに繰り返したリアクションを取る、つまりがっくりとうなだれる翆星石。
その時、森の中に音が響いた。
それは明らかに遠くから聞こえる音であり、日常からかけ離れたものであった。
翆星石には分からない。
しかし、それはクリストファーには馴染み深い音でもあった。
「……銃声?」
「え……銃声って、あの音がですか?」
今度は翆星石もその音を拾うことができた。
さっきの光よりも位置が近いことだけは間違いない。
「どうする? 音の方向に行ってみる? それとも逃げる? ああ、あの子はどうしようか? 置いてく?」
「それは――――」
「ああ、置いてくわけないよね。うん分かってる、僕が担ごう」
クリストファーは翆星石の答えを待つまでもなく気絶した少女を背中に担ぎ上げた。
翆星石は確かに見捨てるより助けるほうを選びたかった。
だがクリストファーにしてみれば、この少女はいきなりこちらを刺そうとした人間なのだ。
「お前は……いいんですか? そいつはさっき……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。僕ってかなり強いから。本当ならとっても強いって言いたいところなんだけど……」
「?」
「まあいいや。こっちの話。とにかく大丈夫さ、また襲ってきたって殺さないように返り討ちにできるから。君は殺すのは嫌だろ?」
それはそうだ。
だが、どうしてそこまで翆星石に気を使ってくれるのかが分からない。
先に襲ってきたんだから荷物くらい使ってもばちは当たらないよねー、などと言いながら少女の荷物を漁る怪しいサメ人間にその疑問をぶつけてみた。
「ん? 友達だから」
あっさりと言い切った。
「……初対面でいきなり友達とか言い出すヤツを信用するなと自分で言ったではねーですか」
「うん、だから信用しなくていいよ。君は僕を利用すればいいじゃない。僕は勝手に友達として君を手伝うし」
「それは、友達とは呼べるのですか?」
「友達は利用するものさ。共生関係・寄生関係は自然界の立派な摂理だよ。
ナマコとその内臓に隠れ住む小魚にだって友情が生まれないとも限らない。
一緒にいて安心するっていうのだって、自分の心の平穏のためにその人を利用してるとも言えるだろ?」
翆星石はしばし呆然としていた。
おかしなヤツだとは思っていたが、本当に理解しようとすればするほどわけが分からない。
「本当に変わってるですね、お前は……」
「よく言われるよ。むしろ言われる間もなく外見でわかりそうなもんだろ?」
はあ、と思わず深いため息が漏れる。
もっともひとりでに動いてしゃべる人形である自分自身も人のことは言えないのだが。
見ればクリストファーはその背に少女を担いだまま、さらに自分の荷物からとりだしたらしい銃火器を片手に構えている。
「さて、準備はできた。あと、はいこれ」
「なんですか、これは? ……マドレーヌ?」
顔を近づけてよく見ると甘い香りが漂ってきた。
ここが殺し合いの場でなければ、お茶を淹れて楽しみたいと思わせる上質のお菓子の香り。
「どうも僕が作ったものらしいんだよねえ、これ。ほら、説明書きに【クリストファーのマドレーヌ】って書いてある」
明かりをつけて説明書きらしい紙片を照らすと、そこには確かにそう書いてあった。
さらに『とても美味しい』とも。
「いやあほめられると照れるねえ。たしかに食べてみるとこれ僕のだよ。うん、美味しい」
一つ取り出して齧りながらにこやかに微笑む。
だがその表情はともかく、微笑んだ口の中全ての歯が八重歯というのがどうにも不気味だ。
そして翆星石にも勧めるクリストファー。
「……それ、毒とか入ってたらどうする気ですか?」
「え、大丈夫だよ。僕が作ったんだし、ほら食べてもなんともないし」
「そうでなくて、あのギラなんとかが渡した荷物の中に入ってたんなら、ヤツが何か入れてるかもしれないですぅ!」
「あ――――」
その瞬間、クリストファーの表情が固まった。
そしてさらに苦悶に歪む。
「ぐ……くぁ……」
「わ――――――ッッ!? しっかりするですサメ人間!!」
「……って、うっそー。あはは、驚いた?」
「…………」
しばし固まった後、翆星石がクリストファーに向けて放ったのは、殺気すらこもった視線とどす黒いオーラであった。
背中に冷たいものを感じて、慌ててクリストファーは話題を変える。
「……うん、こんなことしてる場合じゃないよね。話を戻そう。どうする? 向かう? 逃げる?
迷う時間はあまり掛けないほうがいいと思うよ?」
「それなら余計なことすんなですぅ! ここはー……銃でドンパチやってるヤツがいたらチビチビ人間が危ないし、ひとまず逃げるです!」
「オーケー、じゃあいこうか。さあ掴まって」
マドレーヌを一つ、翆星石になかば無理矢理押し付けるように渡してから、クリストファーは翆星石の小さな身体をひょいと担ぎ上げた。
もう一人の少女も背中に背負っておきながら、少しも重そうな素振りを見せない。
この御伽噺に出てくる吸血鬼みたいな青年の『僕はかなり強い』という言葉はハッタリではなさそうだった。
「……いくよ」
たんッと地面を蹴る音。
それが幾度も繰り返されるうちに、みるみるうちに森の風景が風を切るような速度で後方へと流れていく。
翆星石は振り落とされないために、しっかりとクリストファーの肩を掴んだ。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと気付くといつの間にか夜が明けようとしていた。
森の木々がまばらになって、陽光が木々の間からシャワーのように降り注ぐ。
目を細めてその空を眺めると、ふと翆星石の視界の端を大きな観覧車の影がかすめたのだった。
【G-2南部 森の出口付近/1日目 早朝】
【
クリストファー・シャルドレード@BACCANO!】
[状態]:健康 、沙都子と翆星石を担いでいます。
[装備]:F2000Rトイソルジャー@とある魔術の禁書目録(弾数100%)、5.56mm予備弾倉×4
[道具]:支給品一式×2、鉄板入りの鞄@WORKING!!、クリストファーのマドレーヌ×8@バッカーノ!シリーズ
包丁@あずまんが大王、不明支給品(0~1)
[思考・状況]
1・ 友達の
翠星石に付き合う。
※ローゼンメイデンについて簡単に説明を受けました。他のドールの存在は聞いていません。
※名簿はまだ見ていません。
※参戦時期は、『1934完結編』終了時です。
【翠星石@ローゼンメイデン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:クリストファーのマドレーヌ×1 支給品一式 不明支給品(1~3)
[思考・状況]
1・サメ人間と友達に……?
2・真紅たちに会いたい。
3・ゲームに乗るつもりはない。
※参戦時期は蒼星石が動かなくなった後です。
※名簿を確認していません。
【
北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:やや擦り傷 気絶 L4?
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
1・部活メンバーに会いたい。
2・死にたくない。
※参戦時期は具体的には不定。ただし、詩音を『ねーねー』と呼ぶほどに和解しています。
※名簿は確認したようです。
※雛見沢症候群の進度は具体的には不明。L5まで進行した場合、極度の疑心暗鬼と曲解傾向、事実を間違って認識し続ける、などの症状が現れます。
説得による鎮静は難しいですが不可能ではありません。治療薬があれば鎮静は可能ですが、この場にあるかどうかは不明です。
【F2000Rトイソルジャー@とある魔術の禁書目録】
クリストファーに支給された。
現実にあるF2000というアサルトライフル(全長694mm 重量3.6kg 発射速度850発/分 装弾数5.56mm弾×30発)をカスタム化したとおぼしき架空の小銃。
赤外線ポインタによる照準機能と電子制御による弾道計算機能が内蔵されており、風向きや距離を自動的に調整してくれる。
さらに銃身を覆う特殊ゴムと炭酸ガスによって反動は極限まで軽減される。
いわく、小学二年生でも撃てる「怪物」らしい。
【クリストファーのマドレーヌ@バッカーノ!シリーズ】
北条沙都子に支給された。
お菓子やデザートの味にうるさく市販の味では飽き足らないクリストファーが自作したマドレーヌ。
食べたものは口を揃えて美味しいと認める一品。10個入り。
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最終更新:2012年12月01日 20:44