なんとなく、そわそわしている。
いつもなら黙々と茶を入れたり本を読んでいて静かにしている私は、落ち着きのない様子で居間をうろうろしている。
ダイブが終わってからというもの、ずっとこんな状態だ。もやもやした感情が、頭の中をぐるぐる巡っていた。
そんな様子を見ながら、ネルは晩御飯を作っている。
「姉さん、何か気になることがあるのか?」
何度目かも分からない問い。落ち着きを取り戻していないのは、ネルも同じだった。
だけど、彼の声は私には聞こえていなかった。いや、聞く余裕がなかったのかもしれない。
暫くして諦めたのか、ネルは晩御飯の調理に気を向けた。
今日のメインはくるるく団子のスープ。一口大に切った野菜と、くるるくの実をすり潰したものをこねて丸めて作った団子を、出汁をとったスープに入れて煮込んでいく。
稍もすればそれは完成し、食卓に晩御飯が並べる。いつもであれば読んでいる本を閉じて片付ける動作が入るのだが、今夜はそれがない。
ネルの「いただきます」の合図とともに食事は始まった。
顔も合わせずに黙々と食べ、器の中身もなくなってきた頃だった。
「……ネ、ネル、あのね……」
ようやく、口から出てきた言葉。
その続きを話そうとして、ネルの様子が少し変なことに気付いた。
「......やっと、姉さんの方から声をかけてくれたね」
聞こえてきたのは、呟くような小さい声。
その意図が掴めず、頭の上に疑問符を浮かべる。
「......ネル?」
「ああ、ごめん。続き、言ってごらん?」
ネルにそう促され、再び話し出そうとしたが、少し前まで考えていた言葉が出て来ない。
どうやら、この短い間に忘れてしまったらしい。
「……ううん。言いたいこと、分からなくなっちゃったみたい......」
だから、そう告白した。
「大事なことを思い出したような気がするけど……やっぱり上手く言葉に言い表せないの」
「無理に思い出そうとする必要はないさ。思い出した時に話してくれればいい」
「……うん」
しばし、沈黙の帳が降りる。居た堪れなくなったのか、ネルは食卓の片付けを始める。私もそれを手伝おうとしたが、ネルに断られてしまう。
いつもは気にもならない時間が、今日はとても長く感じられる。
その空気を払う役は、やはりネルになった。私には、まだ遠い。
「あのさ、姉さん」
片付けを終えたネルは佇まいを直し、真剣な眼差しで話し出した。
「僕は姉さんのこと、信じているよ。だから、姉さんも僕のことを信じてほしいんだ」
「うん。私も……ネルのこと、ちゃんと信じるね」
相手を受け入れ、信じる。それを再認識した。
気付けば、夜も遅い。
それぞれのやるべきことを終え、二人はそれぞれの部屋に分かれた。
ーー会話に弾みがあったからか、興奮していたのかもしれない。
良い方向に変化が現れている証……なのだろう。
事故以前のように話が出来るようになるのは当分先になるだろうが、それでもゆっくり焦らずに解かしていけばいい。
次のダイブのことは、またその時に考えよう。