首都インフェリアーレのよろづ屋、とても首都の一等地にあるとは思えない小さな店に、私は来ている。
「さーしゃ、いる?」
「あ、ノイエさんですね。少しだけ待ってくださいです」
店の奥から返事がくる。この店の主、さーしゃだ。
彼女は惑星再生に大きく貢献した1人。でも、こうして接しているとそんな感じには全然見えなくて、本当に私と同い年なのかと思うことがある。
「ノイエさん、お待たせしましたです」
「このくらいは待ったうちに入らないわ。それに、頼んだのはこっちだもん」
さーしゃは、もっと幼い頃から店を営んでいたという。既に落としてしまったリムの、スフレ軌道沿いに元の店はあったというが、残念ながらそこへ足を運んだことはない。
「一応、確認してもいいかな。さーしゃの技術を疑ってるわけじゃないんだけど」
「はいです。持ってくるので、少しだけ待っててくださいです」
再び店の奥に行っては、依頼したモノを持ってくる。
と、来客を告げる鐘の音が狭い空間に響き渡った。
「久しぶり、さーしゃ」
「ココナさん! 久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「私だけじゃないよ」
「久しぶりね、さーしゃ」
もう1人、入ってきた声に私は唖然とした。だって、この声って......
「わぁ、クロ姉! お久しぶりです」
そう、クロ姉......クロ姉?
「あら、先客がいたようね」
「嘘でしょ......」
さーしゃがクロ姉と呼んだのは、その実メタファルスの御子にして、最も高貴な存在。そんな人がどうしてここにいるのか。
「あー、固まっちゃってるよ、彼女?」
「ノイエさん、大丈夫です?」
大丈夫じゃないから、こうして固まってるのよ……。
「ほら、クローシェ様も何か言ってあげないと。悪気はないにしても、原因は多分クローシェ様なんだし」
「そ、そうね......貴女、ここでは私も客の1人よ。固くなる必要はないわ」
「......あ、あの......」
乾いた唇を、なんとか動かす。聞きたいことは、ただ一つだけだった。
「さーしゃとクローシェ様は、どういう経緯でこんなにも親しくなったんですか?」
クローシェ様と一緒に来たココナという女性はまだ分からなくもない。けれど、さーしゃは?
さーしゃはクローシェ様と一度視線を合わせ、頷くのを見て話しだした。
「それなら、さーしゃが説明するですよ。少し長くなりますけど」
「と、いうことなのです」
「......クローシェ様も普通の女の子だったんですね」
それが、最も強く残った印象だった。
御子だから。そんな理由で遠ざけてたけど、それは間違いだったのかもしれない。たまに見かけるルカさんも、すごく接しやすいし。
御子かどうか、もちろん公の場では気にしなくちゃいけないけど、こういう場所では逆効果なのかもしれない。
ふと壁にかけられた時計を見ると、どうやら20分くらい話を聞いていたことが分かった。
「ふふ、懐かしいわね」
「もう10年以上も前の話だもんね。そりゃ、懐かしくなるよ」
「それよりさーしゃ、彼女との用事は終わったの?」
「あっ、すっかり忘れてたです! すみません、ノイエさん」
すっかり慌てた様子で、私が頼んだモノを差し出した。
それを見たココナとクローシェが、ほぼ同時に呟いた。
「「あれ、それどこかで......」」
「何か、知っているんですか?」
2人は顔を見合わせると、先にココナが答えた。
「うん。知ってると言っても、ほんの少し記憶に引っかかるくらいだよ。名前も分からないし」
「私も、似たようなものね。何せ大鐘堂の中では、そんな帽子をかぶったまま任務に行く人なんてほとんどいなかったのだから。人前でも取らないなんて、なおさらよ」
クローシェ様が言うのだから、相当かも……。あれだけボロボロになってたのは、あの事故があったからじゃなく、常日頃使用していたからね
「でも......もう彼女はいないのよね?」
「クローシェ様、それって......」
「考えてみなさい。彼女はこの帽子をいつも着けていたのよ? それを、他人に受け取りに行かせようなんて思うかしら。私なら、絶対に自分で取りに行くわ」
さすがクローシェ様。何もかもお見通しね......。
「クローシェ様の言う通りです。あの人は、メタファリカができる前に、I.P.D.暴走で亡くなりました」
I.P.D.暴走。その言葉を聞いた瞬間、その場にいる全員の表情が固くなった。
「……やっぱり、殉職していたのね。それで、どうして貴女がそれを?」
私は、こうなった経緯を掻い摘んで説明した。
俺は、ノイエに紹介された花屋を訪れている。そこには、俺が思ってもみなかった奴がいた。
「あれ、カイ君?」
「シンシア?」
シンシアと言えば、大鐘堂の中では指折りの武具職人で有名だったはず。花屋をやるという話は聞いていない。
おそらく、あいつはシンシアが武具屋をやっていたことは知らないはず。ここで糸がつながったのは、偶然だろう。
「まさか、カイ君がここに来るなんて夢にも思わなかったよ。カイ君、こういうもの興味あったっけ?」
「いや、深く興味があるわけじゃない。ただ、ちゃんとしたものを選びたいからな。人に紹介してもらったんだ」
「ふうん。ま、ちゃんと選ぼうって気持ちがあるだけでも、私は嬉しいけどね。それで、どんな花を探してるの?」
「......」
何と言えばいいのか、ほんの少しだけ考えて、言った。
「昔亡くした、大切な人に宛てる花だ」
「手向けの花だね。それなら......」
特に何も尋ねることなく、目的の花を探し始める。しかし
「えーっと、どこにあったかなぁ......」
店内には所狭しと花が並べられているため、見つけづらいようだ。
「シンシア、花の名前と、特徴を教えてくれないか?」
「いいわよ、これは私の仕事なんだから。椅子にでも座って待ってて」
「そ、そうか」
探すのを手伝おうと思ったが、断られてしまった。手伝わせるのは嫌なのだろうか。
(そういえば、ノイエにも手伝いを断られたこともあったな......)
その手の知識がない人は、下手に手伝ってもらうよりじっとしていた方が、作業を行う側の効率も良くなるということだろうか。
(戦いも同じ、か)
足手まとい、そんな言葉が頭に浮かんだ。今の俺は、そんな状態ってことだな。
適材適所、そんな言葉があるように、人はそれぞれにできること、できないことがある。俺にも、ノイエにも、シンシアにも。
今は、何もせずに見守っていよう。
「おまたせ!」
しばらくして、シンシアが濃い紫色の花と、薄い紫色の花を2輪ずつ持って来た。
「ねね、カイ君は花言葉って知ってる?」
「少し耳にしたことはあるが、詳しくは分からないな。それが、今持ってきた花に関係があるのか?」
「もちろん。昔、花に想いを託して恋人に贈るって文化があったんだって。これが花言葉の起源って言われているみたいなんだけど……って問題はそこじゃないね。
薄紫色の方の花言葉は『追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う』で、濃い紫色の方の花言葉は『変わらぬ心、途絶えぬ記憶』なの。昔亡くしたっていう人に贈るなら、これがぴったりだと思う」
つらつらと語るその姿に、俺は素直に感心した。
「シンシアは花が好きなんだな」
「平和になったら花屋をやろうって決めてたくらいだからね。ーーそういえば、今カイ君は何をしているの? 大鐘堂にはいないんだよね?」
「あぁ、今はミント区にいる。今の生活にはそれなりに満ーー」
満足している、そう言おうとしたところへ、ノイエが駆け込んできた。
「カイ! ごめん、待った?」
「ノイエ……ここが店だということを忘れてないか?」
「え、ノイエさん?」
俺たちの様子に、目をパチクリとさせるシンシア。持っている花はなんとか落とさずに済んだようだが、少し固まっているところを見るとよほど衝撃だったに違いない。
「こんにちは。シンシアさん」
「いらっしゃい、ノイエさん……もしかして、さっき言ってたカイ君に紹介した人って……」
「それ、私のこと」
ずばりと言ったノイエに、シンシアはこめかみを抑えている。
「カイ君。キミ、もうお相手がいたのね」
「ああ、そういやシンシアにはまだ話してなかったな」
ちらっとノイエを見る。無言で頷くのを確認して、俺達の現状に行き着くまでの流れを簡単に説明した。俺がここに来た経緯も。
「......だから、手向けの花なんだね」
「ま、そういうことだ」
「でも、あまり引きずるのは良くないと思うよ。それに......」
「それに......何だ?」
ふと、シンシアがノイエに顔を向けた。当の本人は何のことかと言うように困惑している。
「ノイエさんに逃げられちゃうよ?」
「......は?」
「ちょっ、ちょっとシンシアさん!?」
まぬけな声が漏れる俺と、顔を赤く染めて興奮するノイエ。その様子にシンシアは吹き出してしまった。
「ぷっ、ふふふ。いやぁ、ごめんごめん。別に揶揄うつもりはなかったの」
「まったく、人騒がせな......」
「でも、そう思ったのはホントだよ。ノイエさんがそれでも大丈夫って言うなら問題ないけど。言ってる意味、2人とも分かるよね」
「「......」」
「よろしい」
満足げに言うと、シンシアは持っていた花を袋に入れて手渡した。
「はいこれ」
「相変わらず、マイペースだな。ま、また機会があれば来るさ」
「いつでも待ってるからね」
誤解を招くような発言だが、そこは笑って誤魔化し、店を後にした。