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『劇の幕を開ける白い闇、自らの世界に閉じ籠る花菖蒲』

いかせのごれ高校、2年2組の教室。
そのクラスの生徒であるトキコは、クラスメイトのある少女が、この時間になっても来ない事に気付いた。

「あれ? カナミちゃん、今日休みなの?」
「ああ。具合が悪いみたいだけど、詳しくは知らないな」
「ふーん…」

不審に思ったトキコは、その休んでいる少女の親友に会いに行く事にした。


ミユカちゃーん」
「あれ、トッキーどうしたの?」
「カナミちゃん今日休んでるから、大丈夫かなって思って。…もしかして、何かあった?」
「あー…それが…」

言葉を濁すミユカ。
その反応に、トキコは思わず身を乗り出す。

「やっぱり何かあったの?」
「…実はさ、カナちゃん…どうもボーイフレンド君にフラれたみたいで…」
「…フラれた?」
「フラれた、というより、別れを告げられたって感じ」
「何で? うーちゃんがさよならさせたって、どういう事?」
「ト、トッキー。ちょっと落ち着いて」

トキコの口調に微かな怒りを感じたミユカが宥める様に言う。

「カナちゃんによると、危険に巻き込みたくないし、敵同士だからもう会うなって、言われたんだって」
「……」
「トッキー?」
「…ありがとう。じゃあね」

首を傾げるミユカを置いて、トキコは教室を出て行った。


-ウスワイア-

「…チサト。カナミの様子はどうっすか?」
「……(首を横に振る)」
「そうっすか…」

ウスワイア、ロビー。
先日から部屋に引きこもっているカナミの様子を、テレパシーで調べたチサトの反応に、シノは溜め息をついた。

(ミユカから理由聞いた時は、少しびっくりしたっすけど…やっぱり心配っすねえ…)
「……」
「そうっすね。早く元気になってくれるといいんすけど…」





「……」

ウツロ君と、さよならをしてから一日。
それから何だか外に出て、いつも通りに過ごすのが辛い様に思えて、つい学校を休んでしまいました。
……本当は、行きたかったんですけど。

「はあ…」

思わず出る溜め息。
ふと机に視線を向けると、自分の髪と似た色をした花菖蒲が、目にとまりました。
見ていると、ウツロ君と話していた時を思い出し、それが辛くて何度も投げ捨てたくなりました。
でも結局、捨てれなかった。
そうしたら、今までの事が嘘になりそうで怖くて。

「今、何時でしょうか…」

まだお昼の時間じゃないですよね。
2時間目ぐらいでしょうか。

「はあ…」

また出る溜め息。
それに、胸が鈍く痛みます。
まるで『心』が痛んでいる様に。
今の私には喜びは勿論、怒りや悲しみすらもありません。
今の私にある感情はただひとつ―――痛み。
ただひたすら、心が痛い。
涙も出ない程に。
消したいのに消せない感情。

「…外に出ましょうか」

人のいない静かな場所―――確か、明るい森があったはず。
私はそこに行こうと、部屋から出ました。
すると、私が一番嫌いな人物である聖さんと鉢合わせしました。

「ようやく出たかガキ」
「………」

いつもなら強く言い返すのですが、今の私にはそうする気力も感情も持っていません。
私はそのまま聖さんの横を素通りしました。

「…返事ぐらいしろよ」
「………」
「…ったく」

その時、私も聖さんも気付きませんでした。
私の瞳が光の無い、まるで心を失くした瞳になっている事を。



「ふう」

しばらく歩いていると、森が見えてきました。
その中にあった、倒れた巨木に座りました。
さんさんと降り注ぐ太陽の光が、森の中を明るく照らしています。

「…ウツロ君…」

もう会えない。
もう話せない。
ただそれだけなのに、心が凄く痛いです。
もし、敵じゃなかったら―――会わなかったら、この痛みも無いかもしれません。
どうやったら消えるのでしょうか。
……私には、分かりません。

痛い、痛い、痛い、痛い。
じんじんと、痛むこの心。
私の心…こんなに弱かったのでしょうか。

その時―――。

「今日は」

不意に聞こえた男の人の声。
俯かせていた顔を上げると、そこには全身黒ずくめ―――いえ、髪だけは真っ白な男の人が。

「…お兄さん…誰ですか?」

するとその人は可笑しそうに笑って言いました。

「覚えていませんか…まあ、まだ小さい時でしたからね」
「?」

この人―――私を知っている?
記憶を探ってみますが、思い出す事は出来ませんでした。

「別に思い出せなくても構いませんよ」
「あ…すいません」
「おや、謝るなんて律儀ですねえ…それはさておき」

すると男の人は、私の目の前に来て言いました。

「ワタシはヴァイス=シュヴァルツと申します」
「…外国の方ですか?」
「まあ、そんなところですかね」
「何しにここへ?」
「散歩していたら、たまたまここへ来ました。それにしてもアナタ…浮かない顔をしていますね」
「え…」
「何かありましたか?」
「…実は、好きだった人から、別れを告げられたんです」
「ほう…それまたどうして?」
「…僕に会ったら、危険な目に逢うかもしれないって」
「なるほど」
「それで、凄くショックで…昨日からずっと、ここが痛むんです」

と言って、私は胸を押さえました。

「心が、傷ついているんですね」
「そう、ですね…」

項垂れる私。
するとヴァイスさんが言いました。

「心が痛くなくなる方法…お教えしましょうか?」
「え……出来るんですか?」
「勿論」

ヴァイスさんがニコリと笑いました。

「どうすればいいんですか?」
「なに、簡単な事です」


「心を閉ざせばいいのです」


「心を…?」
「そう」

ヴァイスさんが私の耳元に口を近づけて、囁くように言いました。

「全ての感情も、意思も、何もかも…閉ざしてしまえばいいのです」
「……」

意識が、若干おぼろ気になっていきます。

「アナタの、『本当の能力』で」
「本当の…能力……」
「そう。それを使えば、アナタの心の痛みは消えます」
「分かりました…ありがとうございます…」
「いえ、構いませんよ」


「お陰で舞台の準備が整いましたから」


意識がおぼろ気になっている私には、その言葉の意味を気にしようとしませんでした。
ただ、ヴァイスさんに言われた事を実行しようと思いました。


『全ての感情も、意思も、何もかも…閉ざしてしまえばいいのです』


心を閉ざす―――私はそれに集中します。
その時。

「カナミ!」
「ここにいたんだ…ウスワイアにいないから心配したよ」
「……ミユカちゃん、スザクちゃん」
「今日はたまたま、学校終わるのが早かったんだ」
「とりあえず、ウスワイアに帰ろ?」
「………」
「カナちゃん?」

ミユカちゃんが手を伸ばしたと同時に。


バキバキバキィッ!!

「うわあっ!」
「ミユカ!」

私の周りに、細い蔓の様な樹木が生えてきました。
それも段々増えていきます。
まるで、私を閉じ込めるように。
すると私の足元からも樹木が生え、私を押し上げるようにして伸びていきます。
でも私は逃げようとしませんでした。


もう、心を閉ざし始めているのですから。

「ッ! カナちゃん!?」
「待てミユカ! 危ないぞ!」
「でもカナちゃんが…カナちゃん!」

私を押し上げる樹木と取り囲む樹木が上っていくにつれ、ミユカちゃんの声が遠退いていきます。
視界にある景色も、樹木で覆われてきました。
やがて、私の周りも心も、闇の中に閉ざされました。





「カ…ナ…ちゃん…」

突如起きた親友の異変に、ミユカは茫然とするしか無かった。
全身から力が抜けてへたりこむ。
声も思う様に出ない。

「あ…あ…なん…で…」
「ミユカ! しっかりしろ!」
「しゅざくっち…どうしよう…」
「大丈夫だ! カナミは別に死んだ訳じゃない!」
「そうですよ。折角目覚めさせたのに、そうなったら面白くありません」
「「!?」」

二人は何処からか聞こえた声に驚く。
声の主は木の上に器用に立っている、髪の白が浮いた黒ずくめの『白い闇』と呼ばれる男。

「お前は…ヴァイスッ!」
「お久しぶりですね…まさか生きていようとは」
「え、え? しゅざくっち…あの人、誰?」

状況が飲み込めないミユカ。
スザクの代わりにヴァイスが答える。

「ワタシはヴァイス=シュヴァルツと言います」
「白い、闇…?」
「まあ、どうとでも呼んでください」
「…カナちゃんに何したの?」

静かな怒りを秘めた声で話すミユカ。

「おやおや、お怒りですか?」
「だから…何したの?」

声に怒りが募るにつれ、ミユカの目が蛇のそれに近づいていく。

「フ…あの花菖蒲の本当の能力を目覚めさせただけですよ」
「本当の能力?」

ヴァイスの口から出た言葉に、ミユカは少し驚く。

「ええ。アナタ達は彼女の能力をハートブースター…感情増幅だと判定した様ですが、それは能力の一部に過ぎません」
「一部…!?」
「彼女の本当の能力は『マインドビジョン』。即ち『精神世界』……自分の心にある感情や意思、はたまた複雑な思念を現実に『現象化』させる能力です」
「現…象…て事は!」
「そう。怒りの感情を持った時に出る炎も、激しい悲しみによる涙を流すと渦巻く嵐も。感情を現象として、具現していただけなのです」

そこでスザクがある不審点について言った。

「お前…カナミの能力に詳しいな」
「…そういえば、どうして?」
「ククク…ッ」

二人がそれに疑問を感じるのが可笑しいかの様に、ヴァイスの口から狂気が混じった笑い声が漏れた。

「…まさかお前」
「そうその通り! 花菖蒲の能力を目覚めさせたのは、紛れもないこのワタシなのです」
「!!」

今、目の前にいる男が、親友の人生を変えたきっかけ…?
ミユカは驚きを隠せなかった。

「確か…花菖蒲がまだ5歳の頃でしたかね」





-11年前 とある家の庭-

「お花♪ お花♪」

ご機嫌に花が咲き乱れる庭を駆け回る、小袖を通した小さな少女。
髪の色は花菖蒲と同じ、薄紅色をしている。
この少女こそ、カナミである。

「あ、『すいせん』だ」

カナミは何本か咲いている水仙の花に近寄った。

「きれいー」

満面の笑みを浮かべるカナミ。
すると、彼女は庭に誰かがいるのに気付いた。

「…?」

不思議に思ったカナミは、庭にいる人物に近付く。
その人物は、髪以外は全て真っ黒という格好をしていた。
細身ではあるが、体つきからして、どうやら男の様だ。

「…お兄ちゃん、だれ?」
「ん?」

黒ずくめの人物が振り向く。
表情はどこか楽しそうだ。

「アナタは?」
「わたし? わたしはカナミだよ。お兄ちゃんは?」
「ああ、ワタシはこの家の使用人さんの知り合いですよ。ちょっとその人に用事があったので…」
「使用人さん? よんであげようか?」
「いえ、用事は済んでいますよ。ただ、庭が綺麗なもので」
「お兄ちゃんもそう思うの?」

カナミは嬉しそうに笑う。

「わたしもね、この庭だいすき! いつもきれいなお花が咲いてるから」
「そうですか」

男はカナミの頭を優しく撫でる。
密かに、狂気の笑みを浮かべて。

「じゃあワタシ、行きますね」
「え…もういっちゃうの?」

寂しそうにカナミが言う。
すると男はカナミの目線に合わせてしゃがんだ。

「またいつか会えますよ」
「? ほんと?」
「ええ」


―――アナタの力を目覚めさせましたから。


「じゃあ、ゆびきりしよう!」
「はいはい」

カナミが指した小指に、男の小指が添えられた。

「ゆーびきりーげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった♪ …やくそくだよ!」
「分かってますよ。では…」
「あ、待って!」
「…何です?」
「お兄ちゃんのなまえ、おしえて!」
「名前ですか。ワタシの名前は―――」


―――ヴァイス=シュヴァルツ。





「…そんな事が…」
「そして7年経った頃、影から彼女に会いに行きましたが、なにぶん、『心を放つ』能力でしたからねえ…彼女は家の環境で、感情を抑えていたので能力に気付かなかったんですよ。なので殺そうとしました」

その言葉にミユカの目がまた、蛇に近くなる。
だがヴァイスは戯けた様な素振りをして言った。

「でもやめました」
「え?」
「気付いたんですよ。彼女の感情が膨れ上がっているのに…それで、いずれは能力者になると確信しましてね」
「……」
「恨むのは構いませんが、能力に目覚めなかったら、彼女は不幸なままだったのではありませんか?」
「…それはそうだけど……でもそれとこの状況は別だよ!」

堪忍袋の緒が切れたミユカは、ヴァイスに飛び付いた。

「! 待てミユカ!」
「喰らえぇっ!」

ダガーナイフを握り締め、斬り付ける寸前。

ドカッ!

「が…っ」
「ミユカ!」

逆にヴァイスに殴られ、落下するミユカをスザクが受け止める。

「ありがと…しゅざくっち」
「ムキになって攻撃するな。あいつの思うつぼだぞ」

スザクはふと聳え立つ巨大な樹木を見やる。
ミユカも釣られて樹木を見た。

「…カナちゃん!」

ミユカはたまらず、樹木の方へ駆け寄って叫んだ。

「もう帰ろうよ! 皆カナちゃんを心配して待ってるんだよ!?」
「ミユカ…」
「カナちゃん! …返事ぐらいしてよぉ……」

その時、次に出たヴァイスの言葉に、ミユカは激昂する。


「ククク…ッ! 実に楽しいですねえ。あの花の様な笑みを浮かべた少女が、あんな苦痛の表情をするとは…!」


ピクッ

「ミユカ…?」
「……」

ミユカがふらりと立ち上がる。
そして近くに落ちていたダガーナイフを拾って持ち直した。
そして―――異常な速さでヴァイスに飛び掛かった。
ヴァイスには避けられたが、代わりに木が真っ二つに倒れ、砂埃が舞う。
その中で、二つの金色に光る、蛇の様な目が浮かび上がり、次の瞬間―――ミユカが姿を現した。


「…死ねえぇえッ!! ヴァイスーーーーーッ!!!!!!」


白い闇に唆された花菖蒲は 心を閉ざした

激昂に囚われた蛇は 暴挙しつくす

白い闇は 狂喜に嘲笑う

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最終更新:2011年06月16日 19:01