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その日は、雨だった

霧雨の降る道を、歩く。

「…………」

シドウは娘の下へ帰還し、自分の役割は終わった。そして、目的の一つも遂げた。
ついに、見つけた。見つけたのだ。探し続けていた「奴」を。

「…………」

肩や髪を濡らしながら、歩く。

「…………」

まさか、向こうから接触して来るとは予想外だった。だが、「奴」の目的を考えれば、遅かれ早かれここに来る事はわかりきっていた。最初は疑われないよう、あくまでも普通に振る舞った。それは功を奏したらしく、向こうは自分を疑っていない。

「…………」

「その人」のもとへ、歩く。

「…………」

だが、それもこれまでだ。6年前のあの日……あの日に味わった絶望を払拭し、大切な家族を取り戻すために。
戦いが、始まる。

「…………」

「その人」を、見つけた。

「……さっきから見えていたのは君か。僕に、何か?」
「……ええ。あなたの手を借りたい」




「……私に?」
「おーう。何か、伝言あったぞ。誰か知らないけど。『ストラウル跡地の東端で待つ』って」

その日、いつもの如くレストランに入り浸っていたマナは、店長から伝言を受け取っていた。聞けば、開店直後に現れ、「夜波 マナに伝えてもらいたい」とメッセージカードを残して去って行ったのだと言う。

「フードを被っていて、誰かわかりませんでしたが」
「あからさまに怪しかったのだけは覚えてるぜ」

居合わせたらしいノルンとノアが、口々にそう言う。

「私に……誰が?」

マナ自身には全く心当たりがなかった。自分を呼び出す相手は限られている。そして彼女達は、用があるなら自分を直接呼ぶ。わざわざ伝言を使うとは思えない。

「ともあれ、行ってみてはどうです?」
「まー、用心はしとけ。何かやな予感がするしよ」
「……わかった」

それだけ言い残し、マナはレストランを出た。


「あれ? ノルン、マナちゃんは?」
「彼女ならもう出ました。ストラウルに行ったみたいですが」
「ストラウル?」

厨房の奥から出て来た正人は、いつも目に入る常連の姿がないことに気付いた。
この時間なら、ほぼ毎日いるはずなのだが。

「ふむ……」

腕を組んで考える正人。どうも、妙な予感がする。伝言とその意味を求め、思考を加速する。
高速で流れる思考が、マナに届けられた伝言と、もろもろの意味を解析していく。
―――思い当たったのは、にわかには信じ難い推測。それとて、普通に考えればありえない。

(まさか……いや、それはないか。だが……)

どうにも否定しきれない。嫌な感じだ。
―――仕方ない。思い切った正人は、開口一番告げた。

「……すみません、店長。今日はバイト、休みます」
「……わかった。その代わり、きっちり今日の分は計算しとくぞ?」

苦笑と共に言った店長に一礼し、正人もまたその場を去った。





「……着いた。でも、誰? 私を呼び出したのは」

呼び出されたストラウル跡地東端にやって来たマナだったが、肝心の相手の姿が見当たらない。
まさか単なる酔狂のわけもなし、ただ首をひねるばかりだ。

「? ……何かの罠なの、まさか?」


「そうだな。そう言えるかも知れん」


「!?」

突然背後から声がして、振り向く。そこにいたのは、自分と同じ薄い青の髪と目をした、少年。

「お兄ちゃん……?」
「………」

問うような呼びかけに、夜波 詠人は答えない。
ただその場に立ち尽くし、じっとマナを見つめるのみ。

「お兄ちゃん、これは……? 何、今の言葉の意味は?」
「…………」
「ねぇ、お兄ちゃ」

腕が、一閃した。

「ッ!?」

反応出来たのはまさに奇跡と言ってよかった。牙のようなものに包まれた詠人の左腕を、マナは辛うじてかわした。その顔に浮かぶのは、衝撃と動揺。

「っ、何するの、お兄ちゃん!?」
「黙れ!!」

詠人の口から迸ったのは、紛れもない憎悪と、怒り。およそ家族に向けるものではありえない、負の感情だ。

「!?」
「その顔で、その声で、僕を兄と呼ぶな!!」

困惑するマナに向けて、容赦なく第二撃が走る。これも辛うじてかわしたが、マナの動揺は深くなるばかりだ。

「お兄ちゃん、どうして……ッ」
「黙れと言ったぞ……!! この日を、この時を、どれだけ待ち望んだかッ!!」

咆哮する詠人。その眼に映るマナに、混じり気のない敵意を向けて。

「ど、うして……何で、こんなこと……お兄ちゃんッ!!」
「黙れ、黙れッ!! お前はマナじゃない!! あいつは死んだんだ!!」
「え――――」

唐突な自らの否定に、一瞬マナは面喰った。そして、その隙を突いて、情けも手加減もない、問答無用の一撃が迫る。別の生き物のように蠢く牙達が、マナの体を引き裂こうと――――


「だぁああぁぁぁぁああッ!!」


背後から飛んで来た蹴りが、詠人に炸裂した。突撃の勢いをそのまま返され、もんどりうって転がる詠人。

「ふ、ぐっ……か……」
「マナちゃん、無事か!!」
「え、あ、正人、さん?」

現れたのは、さっきまで店にいたはずの一条寺 正人だった。その表情は、いつもとは打って変わった真剣そのものだ。

「! お前は、確か……亜音さんのところの……」
「一条寺 正人だ。悪いが、うちのお得意様に手を出されても困る。事情があるなら聞かなくもないが?」

挑発に近いその言葉に、しかし詠人は激しない。むしろ、静かに、しかしはっきりと怒りに震えながら、語り始めた。

「…………事情、だと? いいさ、それなら話してやる……」

そして、彼は言う。

「あの日……9年前のあの日、僕達家族はあの男にバラバラにされた。母さんは殺され、父さんは姿を奪われ、マナまで……ッ」
「待て。マナちゃんはこうしてここにいるぞ。なぜ、彼女を狙う」

その至極当然の問いに、今度こそ詠人は激昂した。憎しみとも違う、それは命より大切なものを奪われたことに対する、無垢なる怒り。

「ッ、そいつが、その『紛い物』が僕の妹だと!? ふざけるな!!」
「!! な、んで……」

ショックのあまりよろけるマナを、正人がそっと支える。
その様にすら、詠人は怒りを向ける。

「妹は、マナはもういない……あの日、あの時に死んだんだ!! 力に食われて消えたんだ!! 僕の家族はもういない!! いないんだ!! お前は、ただの偽物だ!!」





「―――――ッ!!!!」

今度こそ、マナは衝撃を受けた。自分の存在を完全否定されるという、衝撃を。

「お、兄ちゃ、ん……」
「僕を兄と呼ぶな、紛い物……今度こそ、消えろぉッ!!」

牙に包まれた腕が、唸りをあげて迫る。だが、マナが動けなくても正人は健在。ましてや怒りに曇った攻撃が届くはずもなく、加速した思考で読み切り、完全に合わせた。

「く!!」
「お前の言いたい事は理解した……だがな、だからってマナちゃんを殺す理由にはならない!!」
「いいや違う……そいつがいる限り、マナはこの世界に縛られる……紛い物を殺し、姿を取り戻すことが、僕がマナにしてやれるせめてものことだ!!」

詠人の叫びは、確かに妹を、マナを愛していたからこそのものだった。だが、だからこそ、今ここにいるマナの心に、それは刃となって突き刺さる。
自分は人ではない。
そんな、彼女の心の傷を、抉るような一撃となって。

「―――――……」

まともに声を挙げることも出来ず、ただマナは震える。
そんな彼女を抱え、正人はこの場からの離脱を試みる。正直、詠人の「ハングイーター」は相手にするには分が悪すぎた。

(一撃でも受けたら終わりだ……何とか、あの猛攻をしの―――ッ!?)


横合いから感じた悪意に、咄嗟に正人は飛び退った。だが、

「ッ、ぐ!!」

右肩に灼熱感が走った。目を向けると、そこには小ぶりのナイフが突き刺さっていた。
さらに、声がする。

「っと、失敗したな……そこの人外を狙ったんだけど。悪いね、君を傷つける気はなかったんだ」
「!?」

振り向いた先にあったのは、黒ずくめに眼隠しという異様な風体の人影。ゲンブを通して話は聞いていた、そいつは。

シン・シー!? まずい、こんな時に限って……!!)

今の一撃はかなり効いた。正直、動けないマナを抱えての戦闘は、この2人相手では無謀に過ぎた。
間違いなく、死ぬ。

「すまないね、詠人君。千載一遇の好機を逃してしまった」
「いや、十分です。後は紛い物を殺すのみ……!!」

つまり、「人外」たるマナを排除すべく、詠人はシンを誘ったのだろう。人外を示せば、彼奴は確実に乗って来る。ましてや詠人の思っていることをそのままぶつければ、間違いなくシンはマナを「敵」と看做す。

(まずいか……ッ!!)
「さて、やろうか」
「ええ、今度こそトドメを」


「「待てぇぇぇぇぇッ!!」」





絶体絶命の危機に、またしても乱入者が現れた。今度は、黒髪に黒い目を持った少年。
が、反対側から飛び込んで来たもう一人は、動きやすそうな服装をした、見たことのない少女。

シスイ!? ……と、誰、だ?)

少なくとも、正人は知らない。飛び込んで来たシスイの方も目を丸くしている。どうやら完全に偶然鉢合わせたらしく、少女の方も驚いている。
が、シスイはさすがにアースセイバーだけあり、半瞬で我に帰るとシンと詠人に向き合った。

「……今は、こっちが先だ」
「そうね」

少女が応える。シスイは彼女に話しかけたわけではないようだが、この際それはいい。

「名前は?」
「ルナ・ブルーフィ……来るわよ!!」

直後、詠人がマナ目掛けて踊りかかって来た。シスイは反射的に「天子麒麟」を発動して己を強化したが、それよりルナの方が速い。

「はァッ!!」
「!! ご、ハッ!?」

一瞬の交錯でどうやって見切ったのか、ルナの放った蹴りは正確に詠人のみぞおちにヒットしていた。しかし詠人もただでは終わらず、牙だらけの左腕をかすめさせていた。

「痛ッ!」

ルナの肩口から一閃、傷が走る。一方の詠人はルナの無力化を確信した。彼の能力は、発動している能力を無効化し、なおかつコピーする力。かすめたとはいえ当てた以上、ルナの能力は使えなくなったはずだ。どんな力かは知らないが、これで

「えぇいッ!」

飛び込んで来たルナの一撃が、再び炸裂した。咄嗟に左腕でガードしたものの、大きく吹き飛ばされてたたらを踏む。立て直そうとしたところにいつの間にかルナが踏み込んでおり、そこからはまるで映画のようなアクロバットな動きで攻め立てて来る。

(ま、まさか、素の力か!?)

信じ難いがどうもそうらしかった。一方的に翻弄されるがまま、詠人は叫ぶ。

「くそぉッ、邪魔をするな!!」
「するに決まってるでしょ!! 誰かを殺そうなんてバカな真似、私が見過ごすはずがないんだから!!」

言い放ち、ルナは詠人の顔面目掛けて渾身のストレートを見舞った。
まともに喰らった詠人はふらつきながら後ずさり、そこに襲ってきたドロップキックを喰らって転がった。

一方のシンはシスイとの戦闘中だったが、完全に押されていた。そもそも人間と敵対する気がないこともあるが、最大出力で「天子麒麟」を発動したシスイのオーラが視界一杯に広がり、標的をよく掴めずにいたのだ。
正拳の一撃を気配だけでかわして後方に跳躍し、言う。

「このままじゃジリ貧だな……仕方がない、今回は諦めよう。人外はまだいるんだ、僕の使命は終わっていない」
「待て!」
「……詠人君、悪いけどここは退くよ。僕はまだ用事がある」
「……わかり、ました」

言うが早いか、シン・シーは風に紛れるようにして姿を消した。残る詠人も、敵意に満ちた目でマナを一瞥すると、走り去ろうとする。
その背に、

「待ってくれ、詠人!」

シスイが声をかける。

「スザクやランカちゃんから聞いた……お前は、マナちゃんと一緒に戦った事も、頼みを聞いたことも、シドウさんへの伝言を預かった事もあるって。なのにどうして今、こんなことを!?」
「…………」

しばしの沈黙の後、詠人は口を開いた。

「……あの時は、シドウさんに協力するのが先だったから。家族を失う苦しみは、僕にもよくわかる。それに、下手に手を出して、余計な敵を作るのも面倒だったからな」

だが、と詠人は目だけで振り返る。そこには、怒り。

「シドウさんの目的は果たされた。僕の仕事は終わった。後は……紛い物を殺してマナを弔い、ヴァイスを殺して家族の仇を討つ。それだけだ」

そして、今度こそ振り返ることなく、詠人はその場から消えた。





「た、助かった……シスイ、どうしてここに?」
「いや、完全に偶然……というか、正人さんこそ何でここに?」
「マナちゃんがここに来るのを見たんで、気になって」

危機を脱し、互いに事情を説明するシスイと正人。その二人から少し離れたところで、マナは呆然と立ち尽くしていた。

「……えーと、キミ、大丈夫?」

ルナが気遣わしげに声をかける。が、

「……ぅ、して……どう、して……」

それをきっかけとしたかのように、感情が溢れだす。決壊したダムのように、止められないものが。

「う……うぅ、う……」



「うぁあああぁぁぁああぁぁ…………ッ!」


――――雨に混じって、流れ落ちる。


その日は、雨だった


(唯一の家族に拒まれ)
(その存在を否定され)
(人でなくなった少女は、泣いた)

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最終更新:2011年07月01日 22:14