「……あんたか」
「ああ。聞きたい事があってな」
某日、某所。太陽が照らす道の上、
夜波 詠人と一条寺 正人は邂逅していた。正確には、歩いていた詠人を正人が呼びとめ、詠人が半身に振り返った、という構図。
「聞きたいことっていうのは、あの紛い物のことか」
「それだ。なんで、マナちゃんを紛い物と呼ぶ?」
至極もっともな疑問に、詠人は目を細める。
「……知ってどうする。あんたに何の関係がある」
「マナちゃんはうちのお得意様なんでね。知らない仲じゃない。命を狙われてるのに何も出来ないっていうのは、正直御免蒙りたいんでね」
「………」
平日の昼間だけに、車の通りは意外に少ない。不意に上空に現れた飛行機の爆音が地上に届く頃、詠人が口を開いた。
「……なら、話してやる」
「……僕の家族が
ヴァイスのせいでバラバラにされた……ってのは知ってるだろう」
「ああ。ゲンブさんから、多少は聞いた」
「そうだ。母さんは殺され、父さんは身体を奪われ、マナは力に呑まれた」
「……ちょっと待て。身体を奪われた、ってのはどういうことだ」
冷たい目で、詠人は語る。
「ヴァイス=シュヴァルツ……奴はその力で、他人を操って精神を制御し、自分自身の姿と人格をコピー&ペーストすることが出来る」
「!?」
「そうだ。父さんもその一人だ。ヴァイスの人格を貼り付けられ、代わり身として使い潰された。もういない」
「マナちゃんは、その事を……!?」
「教える義理はない。……話が逸れたな」
車が一台、通り過ぎていった。
「僕はあの日、見た……マナが、僕の妹が、目覚めた力に内側から喰い取られて行くのを。人ではない、別の何かに変貌するのを」
「……だからといって、どうしてマナちゃんを狙う。心も、記憶も、そのままに残っているのに」
「ああ。確かにそのままなら、妹だった。……6年前までは」
「6年前……?」
そうだ、と詠人は応える。その眼に、恐怖と絶望が走り、そしてそれを塗りつぶすかのような怒りが灯る。
「マナが収容された孤児院が、火事になった……その時、僕はたまたま近くにいて、裏手から飛び込んでマナを助けに行った。……けど、間に合わなかった。僕の目の前で、マナは炎に焼かれて、消えてしまった」
「え……?」
正人は混乱した。ゲンブ経由で聞いたマナの話と違う。どういうことか?
「僕の目の前で、焼け死んでしまったんだ。……身体が燃え尽きて、後に残ったのは、あいつの姿と記憶をそっくり映し取った、能力そのものだった」
「!」
ここに来て正人はようやく理解した。なぜ、詠人はマナを「紛い物」と呼び、憎しみを向けるのか。
それは、今のマナが、人の姿をした能力が、彼の妹である「
夜波 マナ」を内側から喰い尽した張本人だからだ。
彼の目の前で、人としての、本物のマナは死んだ。残ったのは、その姿と記憶をコピーした……奪った、能力そのもの。なるほど、確かに妹の仇と言えよう。
「そいつはその場で消えた……けど、僕にはわかった。昔から、そういうわけのわからない感覚だけは鋭かったからな。そいつはまだ存在している、とわかった。だから、仇を取りに来たんだ。ヴァイスまで見つけたのは僥倖だったけどな」
「………」
決意のほどと憎悪が並々ならぬものであることを悟った正人は、去り際、詠人に問うた。
「……今のままでは……ダメなのか」
「ああ」
答えは、いともあっさりと。
「僕達家族をバラバラにしたヴァイスを、マナの姿と心を奪って成り替わった紛い物を、僕は絶対に許さない」
そして、それ以上の問答を拒むかのように、立ち去る。が、
「詠人」
その背に、正人もまた、並々ならぬ決意と怒りをぶつける。
「次に戦う時は敵同士だ。……全力で、屠る。手加減などしないし後の事も考えない」
「お前は、敵だ」
「…………そうか」
興味なさげにそれだけ言うと、夜波 詠人はその場から今度こそ、立ち去った。
「………」
残された正人の横を、真っ赤なスポーツカーが猛スピードで走り抜けていった。
決意表明は憎しみ深く
(その意志は)
(その決意は)
(あまりにも暗く、哀しかった)
最終更新:2011年07月19日 22:02