『悲恋を遂げた乙女』
本当に本当の話だよ
昔ある所に一人の女性がいたの
その女性は教養が高くて、とても可憐で優しい、正に「大和撫子」の様な人だったの
そしてその女性には恋人がいて、お互い愛し合っていたんだって
でもある日、恋人と些細な事で喧嘩しちゃったの―――。
「カイトさんだって知ってたでしょう!?」
「だからこうして謝ってるじゃないか!」
ある日の事。
私―――如月 麗華は今、猛烈に怒っています…!
原因は、机にある壊れた漆塗りの箱。
これは私にとって大切な物なのです。
それをこの人は落として壊してしまった、ですって!?
私はあまりのショックと激しい怒りで、言いたいこと全てそのままぶつけています。
「あの箱は亡きお母様から頂いた大切な物…それを壊してしまうなんて!」
「それは重重分かっている!」
「本当に分かって仰るのなら、手が滑ったりしません!!」
「この…頑固者ッ!!」
「何ですか分からず屋ッ!!」
そして私はこう言ってしまったのです。
「大っ嫌いです! もう二度とその顔をお見せにならないで下さいッ!!!」
それを聞いたカイトさんは、最初は面食らった顔をしましたが、次の瞬間には嫌悪の表情を浮かばせました。
「ああ分かったよ! 望み通りもう二度と顔は見せねえからな!!」
と言って、襖を荒々しく閉めて、私の部屋から出て行きました。
私はしばらく壊れた箱を眺めながら、カイトさんに対しての不満を口にしていましたが、次第に落ち着いてくると、今度は憂鬱と後悔に襲われました。
「私は…何て事を…」
「大嫌い」「二度と顔を見せないで」…カイトさんを傷つけてしまった……。
そもそも、他に言い方があった筈。
なのに私は感情をそのままぶつけてしまった。
「謝らなくては…」
カイトさんはあんなに謝っていたのに、一番非がある私が謝らないだなんて、カイトさんに申し訳ありません。
でも、どうも素直に謝る気分にならない。
「麗華」
「お父様」
私の部屋に入ってきたのはお父様だった。
お母様を亡くして寂しい思いをしていた私を、お父様はいつも気遣ってくれました。
お父様は私の一番の理解者なのです。
「先程、カイト君が何やら仏頂面で出て行ったが…何かあったのか?」
「えと…実、は、喧嘩してしまって…」
「喧嘩?」
「はい…カイトさんが、お母様から頂いた箱を落として壊してしまって…それで私、ついカッとなって…」
「…そうか」
「わざとじゃないのは分かってるのに、酷いことを…」
「…麗華」
お父様が肩に手を置いて言います。
「お前は今どうしたい?」
「え、えと…カイトさんに、謝りたいです…」
「ならそうすればいい」
「え?」
「今思った事をやっとかないと、後で後悔してしまうぞ」
「……はい!」
お父様に後押しされ、私はカイトさんを追いかけました。
「カイトさん、どこかしら…」
外に出たのはいいものの、カイトさんの姿が中々見当たりません。
心当たりのある場所を行ってみますが、何処にもいない―――と思いきや。
「あ…」
民芸品屋さんの前に、カイトさんの姿がありました。
どうやら、箱の代わりを探してるようです。
本当に、悪い事をしてしまった……。
早く謝らなくては。
そう思った私は、信号が青になった事を確認しつつ、手を降りながらカイトさんを呼びました。
「カイトさーん!」
「…! 麗華―――」
カイトさんの表情が視界に入ったその時。
横から車が私めがけて突っ込んできました。
「麗華ーーーーッ!!!!」
カイトさんが走ってきます。
そして、庇う様にして私を抱き込みました。
何もかもが、スローモーションに見える。
しかし次の瞬間には、私達は血塗れになって倒れていました。
「れ…か…」
頭から血を流したカイトさんが、私を呼びかけます。
私は上体を何とか起こし、カイトさんの元へ這いずるように寄りました。
「カ…カイトさ…ん…」
「麗華…」
私の声を聞いたカイトさんが、痛々しいながらも、嬉しそうに笑いました。
私は思わず、カイトさんの手を握りました。
何で…何で……私を庇って…?
「無事…でよかっ…た…」
「カイ…トさん…何故……?」
「…大事な…恋…人…だから…な…」
「………」
「箱…ごめん…な…」
私の手から落ちる、カイトさんの手。
私の、せいで。
私があんな事を言わなければ。
私が車に気づいていれば。
カイトさんは死ななかった。
死ななかったら、仲直りだって、出来た。
でも、叶わなかった。
それは一生、叶わないこと。
「カイト…さん…私の方こ…そ…ごめんな…さい…」
薄れ行く意識。
カイトさんに寄り添う様に、倒れる私。
数分も経たない内に、私の意識は、
闇の中に消えました。
暗い、闇の中に。
「撫子さん、どうかしましたか?」
「あっ、いえ…何でも、御座いません」
「そうですか。あまり無理をしないで下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「では、お休みなさい」
「お休みなさい」
カイムさんが寝床につく為、部屋に戻っていきました。
あれから、どれくらいの年月が経ったのか。
百物語として語られて存在し始め、後に主に出会い、次に皆さん方に会い。
生前と変わらぬ幸せを得たものの、私の心にある傷は、消えぬまま。
男の方に親切にされる度、カイトさんの事を思い出し、胸が痛みます。
特に、カイムさんの時は。
「……っく…」
何故、カイムさんにあの人の面影を見出だしてしまうのでしょう。
カイムさんはカイトさんではないのに。
別人、なのに。
「もう、あんな思いは……嫌、です…」
小さく嗚咽を漏らす私。
その時夜空には、満月が浮かび上がっていた。
最終更新:2011年08月08日 16:26