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レッド・クライシス

その男は走っていた。
特に目的地があるわけではない。が、彼は逃げるように走っていた。
やがてたどり着いた倉庫の裏で、彼は壁に寄りかかり、大きく息を吐いた。

「嘘…だ、何で…。」
血の色の眼には未だ驚愕が消えずにいた。
理由は先程遭遇した少女だ。

彼は「怪人赤マント」。
夕暮れ時に、子供が一人路地裏を歩いていると眼の前に現れる。
そして、赤と青のどちらが好きか問うのだ。
それを問われた者は、その気がなくともどちらかを選んでしまう。

彼が備えた能力。彼は「絶対選択」と呼ぶ。
二つ以上の選択肢から必ず一つを選ばせる。
そして、赤と答えれば血まみれにし、青と答えれば水に沈める。
いずれにせよ、彼に遭遇した子供は一人として助からなかった。

――はずだった。

「何で、あの子は選ばなかったんだ?いや、それよりも…。」
彼は後ろを向いた。今まで彼が通った道が、変わらずそこにある。
ずり落ちた白い仮面が、軽い音を立ててアスファルトに落とされた。
「何で、俺の心境を見抜きやがった…?」

人間に語られることで生まれ存在する。それが都市伝説。
しかし、昭和初期が最盛期であった彼は最早殆どの人間に忘れ去られていた。
人間が存在を忘れる事。すなわちそれは都市伝説の「死」。
その恐怖が間近に迫っている彼は次第に自信を失くしていた。
今は何よりも名を広めなければならない。
焦燥に駆られていた彼はなおも夕刻、路地裏を彷徨っていた。

その自信の無さを、あの女の子は一目見ただけで見抜いたのだ。
理由が分からない。そのような類の能力者にも見えなかった。
怪我をした青い狐を抱えていた。家路へ向かう最中だったのかもしれない。
「…確かめなければ。あの子、一体何者なんだ…。」

恥辱と衝撃で逃げてしまったことは置いておき、翌日同刻、彼は先日の路地裏にいた。
息を殺して待っていると、予想通りやってきた。
彼は仮面を確認し、路地に一歩踏み出した。
眼の前にいる小さな女の子は此方を見上げ、一言。

「あれ?昨日の…。」





ブランカ・白波と名乗った少女。
話してみると優しくもしっかりした印象があった。自分の自信の無さを見抜いたのも頷ける。
聞いたところ、自分が眼を合せなかったことに原因があったらしい。そこは素直に謝った。

それから彼女とは同じ路地裏で時々話した。
日没間近だから長い事話せなかったが次第に彼女とは打ち解けていった。
何気ない愚痴や世間話ばかりになってしまったが、その時だけは彼は現実を忘れることができた。

しかし、そんな日々も長くは続かなかった。

にわか雨だろうか。大粒の雨が地面を激しく打ちつける。
彼は傘もささずに、いつもの路地裏に立っていた。
「…こんな雨だもんな。今日は流石にこれないか。」
そう呟く彼は、悲しげに眼を伏せた。

「これでいいんだ。あの子に、辛い別れを経験させずに済む。」
空を振り仰ぐと、雨は容赦なく仮面と血の色の眼を襲った。
その足元の輪郭はぶれ、失いかけていた。
「…最後にさよならが言えないのは、俺が辛いけど。」

原型を失くした足先は、まるで電子が上へ上るように消えていく。
誰も知らない都市伝説に、意味などない。
自分は「存在」へと戻り、深い闇に還される。

もし、また出会うことができたら。
その時はもう一度、他愛もない話をしよう。
きっとそれは、叶うことのないささやかな希望だけれど。

「サヨナラ。」

誰もいない空間に彼はささやき、「実体」を失くした。
涙とも雨ともつかない透明な滴を一つ、水たまりに落として。





白い天井が真っ先に視界に入った。
見覚えのある天井。彼ははっとし、体を起こした。
ウスワイヤの一室だ。しかし、そこには彼以外誰もいない。
「…何で、こんな所に?俺、「存在」に戻ったんじゃ…。」

そうだ。確かシンと偶然出会ってしまい、その場で惨殺されたはず。
なのに実体を持ったまま、彼はベッドに寝ていたのだ。
どういうことだ?とあたりを見回すと、小さな机に何かが置いてあるのを見つけた。

「何だこれ?メモか?」
取り上げると、そこにはきれいな字で
『クランケに感謝しなさいよ。生まれが違えど同じ都市伝説。私だって気が気じゃなかったんだから。』
と書かれていた。

思いかえす。そういえば、暗闇を彷徨っていたときに、女の声が聞こえてきたっけ…。
「…あっ!」
そう思いかえし、彼ははっと顔を上げた。
急いでベッドから降り、フックにかかっていたシルクハットとマントを取り上げる。
メモ書きはポケットに仕舞い、彼は部屋を飛び出した。

『探し人。早く見つけないと、とんでもないことになりかねないわ。』
シン・シーが、彼女の元へ向かってるかもしれない。
目的は恐らく、初めて出会ったときに抱えていた青い狐。
彼女達が危ない。そう思うだけで居てもたっても居られなかった。

「今の俺じゃ敵わないだろうな…。でも。」
取り出した白い仮面をつけ、右手には巨大な鎌を召喚した。
(俺にだってやれることはあるはずだ…!)


レッド・クライシス


「さぁ、「都市伝説・怪人赤マント」の本領発揮哉…!!」

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最終更新:2011年08月16日 14:00