アットウィキロゴ

黒井さんと百物語

「今日は特に被害は見当たらないでありマスね」

建物の屋根に佇む一つの影。
顔と上半身に包帯を巻き付け、ボロボロの軍服を身に纏い、大きな鋏を持つその姿は、人間とはかけ離れたものだった。
百物語第九八話の妖怪、”切り裂き魔のとおりゃんせ”こと、キリである。
彼は春美からの言い付けで、一般の妖怪への注意の呼び掛けと救助を行っている所だった。

「しかし、いかせのごれは広いでありマスな……ん?」

キリの視界にある景色が入る。
駅のホーム、電車、人々。
これだけだと普通に見えるだろう―――ホームの屋根に座っている少女がいなければ。
しかもその少女からあまり人らしさが感じられない。
つまり妖怪なのだ。

「無防備な……仕方ないでありマスね」

キリは建物の屋根から屋根へと軽々と飛び移り、ホームの屋根に辿り着いた。
そして少女に呼び掛ける。

「そこのお嬢さん」
『んー?』

間延びした返事が返ってきた。
こちらを振り向いた顔には、きょとんとした表情が浮かんでいる。

「貴方、妖怪でありまショウ?」
『そういうキミも、でしょー?』

けたけたと笑う少女。
その笑みにはやはり、人らしさが感じられない雰囲気が混じっている。

『キミ、何の妖怪?』
「何って…」
黒井さんはねー、都市伝説の妖怪なんだー』
「黒井さん……貴方の名前でありマスか」
『うん、黒い服を着てるから『黒井さん』。分かりやすいでしょー?』

確かに分かりやすい。
しかし安直すぎる気もするが。
そんな事を考えながら、キリは本題に入った。

「最近、人外ばかり狙われているのを知っているでありマスか?」
『知ってるよー、”正義の味方”でしょ? この前会ったよ』
「……は?」

少女―――黒井さんの口から出た言葉に、キリは驚きを隠せなかった。
だが、そこを更に追い討ちをかけるように黒井さんが言う。

『あ、別に怪我とかしてないから、だいじょーぶ。逃げ切れたから』
「…逃げ切れた?」
『うん。黒井さんね、黒井さんが見える人を自分の世界に引き込めるの』
(能力…みたいでありマスね)
『それでー、その人とゲームするの』
「ゲーム?」
『そう。コインロッカーに捨てられた黒井さんを1分以内に見つけられたら、お菓子とか飲み物とかあげるんだけどー、見つけられなかったら無し、そんで追放ー。でもその人が来たときは、負けたら黒井さんの世界から4日間出られないって事にしたけどね』

黒井さんが続ける。

『結局見つかったけどー、見つかっても自分の世界消えて姿くらますだけだし。それで逃げたー』

そこでキリの頭にある事が浮かんだ。

「…都市伝説…コインロッカー……貴方が、噂の”コインロッカーの少女”…?」
『せいかーい!』

無邪気に拍手する黒井さん。
その仕草は、妖怪である事を忘れてしまうほど、年相応の少女の様だった。





「そうか、この駅が都市伝説の大元でありマシたか…」
『知ってるんだー』
「立場上、妖怪絡みの事で知らない事は無いでありマスから」
『……もう一度聞くけど、キミは何の妖怪なの?』
「…”切り裂き魔のとおりゃんせ”、でありマス」
『キミが? 百物語第九八話の?』
「…知っているのでありマスか?」
『駅っていうのはー、色んな情念とか、何か色々入ってくるからー。というか、百物語の妖怪だけは、よく分かんないけど”最初から”知ってる』
「”最初から”…? どういう事でありマスか?」
『分かんない』

黒井さんのあっさりした即答に、キリは思わず項垂れそうになる。

「ならどれくらい知っているのでありマスか?」
『えっと…第二三話”ゴム飛び少女”でしょー。後は第三四話”魂喰らいし人形”に第五一話”剣闘士の恨み”…それからー』
「結構知ってマスね。もしや話の内容も知ってるのでありマスか?」
『うん、でも一話だけ全く分かんないのある』
「それまた何故?」
『こっちが知りたいよー』
「…そうでありマスか」

こんな普通の幽霊少女が、あのシン・シーから逃げ切れた上に百物語の妖怪を熟知していている?
キリは益々疑問に感じた。

「……貴方は、一体…?」
『黒井さんは、黒井さんだけど?』
「そういう意味では―――」
『黒井さんは、無意味だよ』

突如、黒井さんの表情が陰鬱なものへと変わった。

『黒井さんなんか、どうだっていいんだ』
「?」
『人間は、皆誰かの為に生き、必要とされる意味のある存在。でも黒井さんは、誰かの為にならない、誰からも望まれない。無意味な存在なんだよ』
「………」
『だから。黒井さんが生きてようが、何もならないんだ』

キリは知ってしまった。
この少女は、人間を羨ましがっている事を。
自分の存在は人間と違って、無意味で必要とされない存在であると、感じている事を。

「…本当に、そうでありまショウか」
『え?』
「…小生は、ある人間の為に存在し、必要とされていマス」
『人間、に?』
「ええ。その人は妖怪である小生の事を大切に思ってくれていマス」
『ふうん…』
「だから、小生と同じ妖怪である貴方にも、いつか必要としてくれる者が現れマスよ」
『……そうかなあ?』
「きっと、いつか」
『…そっかあ』

キリの励ましが効いたのか、少女の表情は再び明るいものに変わった。
そこでふと、キリはある事を思い付く。

「……黒井さん」
『何ー?』
「小生の主に、会ってみマスか?」
『主?』
「先ほど言った人間の事でありマス。小生を含む百物語の妖怪達は皆、その人間をそう呼びマス」
『いいけど、何で?』
「主は妖怪や幽霊といった者を、友人の様に接しマス。だからきっと、貴方にとって必要としてくれる者になってくれるでショウ」

それだけではない。
黒井さんは、百物語の妖怪の事をかなり知っている。
もしかしたら、現在行方不明中の第一話についての手掛かり及び、第一三話のミナの話の詳細も分かるかもしれない。
一話だけ分からないのがネックだが。

「どうでありマスか?」
『行く!』
「なら、小生の背中に乗るでありマス」

黒井さんがキリの背中に乗る。
それを確認したキリは、急いで秋山家の寺院へと向かった。
一つの視線に気付かずに。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年08月21日 13:50