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落着か、急転か

―――夢を見ていた。
一人娘が生まれた、あの日。


元々自身、病を抱えていた。そのせいか、一時は母子ともに命が危ぶまれた。
夫や父は反対した。お前まで失うわけには行かない、と。
それでも、譲らなかった。

『私の命のために、この子を殺せっていうの? 絶対に嫌よ、そんなことは』
『し、しかし、無理に産めばお前まで……』
『聞いて。私はね、あなたの妻になったこと、そしてこの子を授かった事を誇りに思ってる。もし、ここで命を惜しんでこの子を産まなかったら……たとえ助かったとしても、その先一生後悔することになる。私はそんな人生、絶対に嫌よ』
『アカネ……』
『私は母親になる。もう、決めたのよ』



―――そして迎えた、出産の日。
恐れられていた事態が、起こってしまった。
病を抱え、消耗していた身体が出産に耐えきれず、命が消えようとしていたのだ。

そればかりか、このままでは生まれて来る子供も危なかった。
それでも、

(私は死ねない……まだ死ねない! この子を、私の子をこの手に抱くまで、死んでなるものですか!!)

途切れかかる意識を、気力だけで繋ぎとめていた。
と、

「!」

不意に呼吸が楽になり、身体にのしかかっていた重さが消えた。
時同じくして、産声が聞こえる。

(ああ……!)

看護師が抱かせてくれた、愛娘の重み。その感覚は、娘の産声は、今でも忘れていない。




(……でも、私は………)



「………!?」

開いた視界に飛び込んで来たのは、薄暗い部屋の天井。視線だけで窓を探し、外を見ると日が沈みかけていた。もう夕方も遅いようだ。

(ここは……?)

首を少し動かして、部屋を探る。その視界に、程なく異様なものが飛び込んで来た。

(!?)

シルクハットにマントを纏った、どうみても怪しい人物。
しばらく呆然と眺めていると、向こうが驚いたように反応した。

「うわ! ……め、目が覚めたの哉」
「………ここは? あなたは誰?」

目覚めた彼女が真っ先に聞いたのは、場所と相手の素性。謎の人物は、

「あー、やっぱり覚えてない哉……結構前のことだからなぁ」
「一体何を……ちょっと待って?」

よく見ると、シルエットに見覚えがある。確か、以前、夕方に……。

「………………あぁ、思い出したわ。6、7年前かしら、ブランカが会わせてくれた人ね」
「おぉ、覚えていてくれたんですか。……って、やっぱり本人?」
「何を言ってるのかよくわからないわ。初めから説明してくれない? ……もっとも、私自身何がどうなってるのか理解できてないんだけど」
「ごもっとも。とりあえず、自己紹介から。……改めまして、俺はエトレクと言います。ええと、何て言うか」
「! やっぱり、あの時の『怪人赤マント』ね。私はアカネ。白波 アカネよ」




しばらくの間、エトレクから簡単に経緯を聞いたアカネは、諸々の事実を咀嚼するように瞑目し、少しして顔を上げた。

「……森で私が倒れていて、それをその、クランケって人がここまで連れて来てくれた、というわけね」
「そうなります。それで、俺はそれを目撃して、ここ……天河探偵事務所まで追ってきたわけで」
「なるほど……」

アカネが考え込んだのを見計らって、今度はエトレクが声をかける。

「……こちらからも質問があります」
「何かしら?」
「……ランカちゃんからお話を聞きましたが、確かあなたは、随分前に亡くなられたはずでは?」
「……そのはず、よ」
「はず、とは?」

白波 アカネは死んでいた。それが事実……の、はずだった。

「確かにあの日、私はあの人……シドウさんの『目』を受けて、命を繋いでいた力を閉じられたわ。けど、ね」


「その後、私の部屋と同じ形の場所に閉じ込められていたのよ」


「部屋?」
「そう、部屋。家と同じ構造みたいなんだけど、私は外には出られなかった。ついこの間、ブランカとアズールが来てくれるまでは」
「あの2人が?」

無言で頷き、アカネは話を続ける。

「……私はその時、誰に何にか、願った。もう一度、あの子達の傍に行きたいって。そうしたら、突然目の前が真っ白になって……」
「気付いたらここにいた、と」
「そうなるわ。……けど、本当にどうして私が……死んだはずなのに……」

それでエトレクも思い出した。そうだ、一番聞かねばならぬことがあったではないか。

「アカネさん、失礼ですが、あなたは……」

その質問を口にしようとした時だ。

「お、目が覚めたのか、その人」
「うむ、とりあえず当面の心配は去ったぜよ」

部屋に入って来た、3つの人影があった。




「……そういうわけで、ここで探偵をやってる天河 星だ。こっちは助手の秋山 月光と」
「初めまして、クランケ・ヘルパーです」
「どうも、よろしく頼むぜよ」
「ええ、よろしく」

自己紹介を簡単に終えたあと、早速だが、と星は本題を切りだす。

「白波 アカネさんだっけ? 答えてほしいんだが、あんたは人間か? それとも妖怪か?」
「わかりません。それは、私の方が知りたいくらいです」

あっさりすっぱり言ってのけるアカネであった。

「僕が見た限りじゃ、心拍も呼吸もあるのに脈拍だけがないっておかしな状況だったんですが」
「え? ……あら、本当。ないわね、脈」

手首に指を触れて確かめて見ると、確かに脈がない。胸に手を当てると、確かな鼓動が伝わって来るというのに。

「……パニックとか起こさないでくれるのは助かるんじゃが、何でまたそうも落ちついていられるんじゃ?」

あまりに泰然自若としたアカネの態度に、違和感を覚えた月光が問う。が、返って来た答えは、

「落ちついてなんかいられませんよ。今までで一番、気が動転してます。後になってみたら、自分がこの時何をしてたか思い出せる自信はありません」

パニックが度を越して飽和しただけだった。
それはともかく、と星が言う。

「まあ、本人にもわからないってのは珍しいケースじゃないが……」
「しかし弱ったのう……こうなると、誰に聞けばいいのか見当もつかん」
「僕もお手上げですよ」

言った通り、手を上げて降参のポーズをとるクランケ。
アカネに心当たりのあろうはずもなく、しばし部屋の中を沈黙が包む。
だが、しばらくしてエトレクが「そういえば……」と呟いた。

「星さん、『アルマ』と言う名前に心当たりは?」
「あるま?」

言われて記憶を探る星。そういえば、以前ウスワイヤを訪れた時、そんな名前を聞いた覚えがある。

「……聞いたことしかないけど」
「俺も主からちらりと聞いた程度なんですが、何でもアースセイバーの中に、そういうコードネームの人物がいるらしいんです。解析に特化した能力を持ってるらしいんですが」
「! そうか、その御仁ならアカネ殿に何が起こっておるのか分かるかも知れんな」
「それが一番いいか……その人は、どこに?」

クランケが問うと、エトレクは今度は「それが……」と俯く。

「アースセイバーの中でも結構特殊な任務に就いているらしくて、大半のメンバーはコードネームしか知らないとか……」
「なんじゃそれは? それではどうしようもないぜよ」
「一応、一部メンバーはコンタクトを取れるらしいんですが」
「……迂闊にウスワイヤに知らせるのは時期尚早だと思う。とりあえず、ゲンブさん辺りから探りを入れて見るか」
「それで、私はこの後どうなるんですか?」

横合いからアカネの声。
振り向いた星が言う。

「さすがに今日は遅いから、ここにいてくれ。それで、あんた自身はこれからどうしたい?」
「……家に帰りたいです。あの子達の、ところに」
「やっぱり、そうですか。それなら、俺が明日送って行きましょうか?」
「ええ、お願いしま」

言いかけてアカネははた、と思い出した。少し前だが、「部屋」の窓からブランカの様子を見たことがある。その時、彼女に何かしていた影の存在を。

「……エトレクさん、ちょっと聞きますけど」
「はい?」
「あの、山吹色の髪で、幽霊みたいな女の子って、知りません?」
「山吹……」

考えるまでもなく答えは出た。結構前から寺にいる、あの人しかいない。

「……心当たりが一人います。何なら、明日ついでに寄って行きます? 見えるかどうかわからないですけど」
「多分見えると思います。一度は見えましたから」

話が一段落ついた、と見た所で、クランケが言う。

「とりあえずはそれで行こう。アカネさんには、その『アルマ』との連絡が付き次第、検査を受けてもらう事になりますけど、いいですね?」
「異存はありません。お願いします」

答えるアカネの目には、不安と動揺、それ以上に強い光があった。



落着か、急転か

(目覚めた彼女)
(その存在は、まだ不確定)


「……ところて、流也はどこに行った?」
「星殿が乗り込んで来た時、『ちょっと出て来る』と……」
「あいつ一人で出したら帰って来られないだろ!! 探しに行くぞ!!」
「や、やはりそうなるがか? ……二人とも、すまんが後を頼むぜよ」

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最終更新:2011年09月07日 09:49