「……行っちゃいましたね」
「気付かなかったのかしら……」
エトレクと女性が去った後、琴音とミナは顔を見合わせた。二人が出て来た所はちょうど入口から一方的に死角になる位置だったようで、向こうは二人に気付かなかった。
それとは別に、琴音には気になることがあった。
「……うーん」
「どうしたんですか?」
「あの人……どこかで見たような気がするのよね」
必死で思い出そうとしていると、
「あれっ、琴音さん!? 帰って来てたんですか?」
「? あら、春美ちゃん」
ミナ達の「主」たる少女が顔を覗かせた。
「んー、入れ違っちゃいましたね」
「さっきの人? 何かあったの?」
「実はですね……」
春美から事の次第を聞いた琴音は、「あっ!」と顔を上げた。
「な、何ですか?」
「そっか、思い出した……アカネちゃんだ、あの人」
「え、ご存じなんですか?」
「中学時代の同級生よ。卒業してからあんまり連絡してなかったけど……そっか」
旧友の複雑な事情に、それでも琴音は安堵する。そして、
「エトレクさんが探してるのがランカちゃんじゃないかと思って、ちょっと確かめに行っただけよ。アカネちゃんに伝えておいてくれる?」
「わかりました」
「……外から家を見るの、本当に久しぶり」
「そう、ですか……」
ずっと「部屋」にいたアカネにとっては、久方ぶりに外から見る我が家だった。まさか「よかったですね」とは言えず、エトレクは曖昧な答えを返すことしか出来ない。
(って、しまった)
さっき「あれがランカちゃんの家です」と言ったが、よくよく考えれば元々アカネはここに住んでいたのだ。知っていて当然である。
「…………」
玄関口に立ったアカネは、ドアの取っ手を握る事を少し躊躇っているように見られた。何度か差し出しては引っ込め、を繰り返した後、意を決したように強く握り、ゆっくりと扉を開ける。
かすかな金属音と共に扉が開き、かつてそこにいた人をもう一度、中へ誘う。
「――――」
7年の時を経ても変わらぬ風景―――椅子が微妙に新しいくらいか―――に知らず息をのみ、ややあって、その唇が言葉を紡ぐ。
「―――――ただいま」
万一に備えてエトレクを玄関口に残し、アカネは慣れた調子で、しかし静かに2階に向かう。そこに、「二人」の娘がいるはずだ。一人はこの腹を痛めて生んだ、愛娘。もう一人はその娘が繋げた命。
自分の部屋の前を通り過ぎる時に一瞬足が止まったものの、隣にある娘の部屋の前に立ち、ノックをする。
だが、
「……あら?」
何度かノックしたのに、返事がない。人の気配はあるので、中にいるのは確実だが。
「……入るわよー?」
呟いてそーっとドアを開け、中を見る。すると、返事がなかった理由がわかった。
「あらら……」
ベッドの上で、二人の娘―――ランカと
アズールが、寄り添いあって眠っていた。よっぽど疲れたのか、たまに身動きする以外はそのまま寝息を立てている。
「ん……お母さん……」
「……私の夢を見てるの? ……起きたら、オムライス作ってあげるわ」
「いいんですか? お邪魔しちゃって」
「無理に起こすのも何だし、今の時間だと何もすることがないしね。お礼の一環よ」
玄関先で待っていたエトレクに戻って来たアカネが告げた言葉は、「上がって行かない?」だった。
誘われるままに入り、リビングで机を挟んで向かい合う。
「とりあえず、ゆっくりしてて、お茶くらい御馳走するわよ」
「は、はあ、いただきます」
だが、言葉に反してアカネは動かない。にこにこ笑ったまま、エトレクを見ている。
「……?」
ある種のプレッシャーを感じつつ、エトレクは自分が何かまずいことでもやらかしたのか、と頭を巡らせる。
が、一向に答えが出ず、思わず頭を押さえようとして、
(あ)
気付いた。シルクハットを被ったままだった。確かに、他人の家に招かれて帽子を被ったままというのは少し失礼だ。
「し、失礼しました」
「いえいえ、気にしないで」
言葉とは裏腹に、エトレクが気付いて帽子を取ったのと同時に、アカネは台所に向かった。その様子を見て、「怪人赤マント」は密かに思う。
(そうか……ああやってランカちゃんを育てたんだな。何が悪いのか、何がいけないのか、自分で気づけるように)
出された緑茶の苦さを味わいつつ、密かにエトレクは感嘆した。と、
「?」
「あら」
隣の部屋から(どこか陰鬱な)音楽が流れて来た。電子音のようなこれは、携帯の着信だ。
「私の携帯ね、これ」
「持ってたんですか?」
「ええ。私がいなくなった後は、ランカが使ってたみたいだけど」
「そうなんですか……(にしても何で「呪い」?)」
ホラーソングが着うたになっていることに首を傾げるエトレクをよそに、携帯を取ったアカネは画面を確認する。通話ではなく、メールだった。内容は、
『
ヴァイスに関する進展はなし。4時頃、一度家に戻る シドウ』
「……シドウさん、帰ってくるのね」
「え、あの人が?」
白波 シドウ……エトレクはついこの間会ったばかりの、ランカの父にしてアカネの夫。その眼で見た者の能力を文字通り「封じ込めて」しまう力の持ち主。一瞬で場を制圧したあの気迫は、未だに忘れようがない。
しかし、気迫というならこの人も負けてはいない。
「今は1時過ぎか……ちょうどいいわ。ランカを放って外ばっかりほっつき歩いてたわけ、キッチリ聞かせてもらうとしましょうか」
携帯を片手で閉じてそう言うアカネの後ろ姿は、何に対してなのか闘志に燃えていた。
帰還と波乱の予感
(娘が目覚めて)
(父が帰って来る)
(その時こそ、波乱の始まりだ)
(……俺は、どうすればいいの哉)
最終更新:2011年09月07日 19:08