いかせのごれ高校、職員室の一画でのお話
「先生方はいじめってどう思いますか?」
昼休みの終わりごろ、
カイムは突然思いだしたかのように
その場にいたミキヒサと
コウタに尋ねた
「……どうしたんです?やぶからぼうに」
「いやあ、ニュースを見てたらそのひとつが気になりまして」
「『高2男子墜落死 いじめが背景か』っちゅうのっす?」
「そう、それです」
コウタのパソコンに表示されているその記事
先日、他県の高校で起きたいじめ事件が記載されている
「学校でのいじめを苦に、か。昔はあんまりなかったんっすけどねえ」
「ま、最近の子供はえげつないもんじゃし、言っちゃえば仕方ないやよ」
「僕は、思うんです。僕ら教員が動けば、こんなことにはならなかったんじゃないかって」
真剣なカイムの様子に、ミキヒサは眉をひそめた
「けんど、そう簡単に無くなりはせんと思うんやけど」
「ん、こういう事は子供同士のいざこざなんで、大人が手を出していい範囲ってものがありますよね」
「あー、同意見っす」
何かが気になったのか、カイムは落ち込んだ様子をどこかに置く
すべてを見透かすような目で2人の様子を眺めて、話題を移した
「そういやうちの学校っていじめとかあるんですかね?」
「うんにゃ、うちの情報網によれば、一年であるっぽいやよ」
「一年というと、アズマ先生って担任でしたよね」
「ん?ああ、そうだけど」
ミキヒサの、微かに不意打ちを食らったような様子を見逃さない
クエスチョンマークを浮かべる彼に対し、一呼吸置いて再び口を開く
「先生のクラスでも、いじめって」
リーンゴーン
カイムの言葉を遮って、時を知らせる鐘が鳴り響く
「あ、予鈴」
「カイム先生、次授業っしょ?生徒またしちゃ悪いやよ」
「……わかりました、それじゃあまた後で」
コウタに急かされるまま、授業準備も早々に立ち上がる
去り際に彼は、ふっと微笑んだ
「……。」
面食らったミキヒサは、そんな彼の背を目で追ってから、ため息を吐く
確かにこの学校にはいじめがある、らしい
風のうわさだ。1年2組で陰湿なものがあるという、信憑性のあるうわさ話
クラス担任であるミキヒサは、対策を考えながらも良案が浮かばず頭を悩ませていたとこでもある
養護教員のタマキに相談しようかと考えてから、日はそう浅くない
「なんか、ダリぃパターンになっちょりません?」
「カイム先生、あの様子だと勘付いてそうだしなあ」
「んー、そろそろどうにかせにゃならんかもっすよ?」
「そう、ですよね。……ん?」
人も出払いはじめ、広くなってきた職員室
その扉をバタバタと開け、1人の女子生徒が入ってきた
「し、失礼します!」
「……緑音?」
ぜえぜえと息を切らせながら、ミキヒサの元へ来るその生徒
――
緑音ののか。1年生で、以前いじめを受けていた1人だ
最近では保健室によく居座っているらしいが……
「っ、先生」
見上げる少女は、今にも涙を落としそうにしながらそれを耐えている
「どうした、どこか具合でも……」
「先生、みっちゃんが、みっちゃんが」
時が、止まった気がした
風のうわさが囁いている陰湿ないじめ、その被害者こそがみっちゃんこと張間ミクなのだ
嫌な予感に冷や汗がドッと噴きでるのがわかった
「あいつに、張間に何かあったのか!?」
「みっちゃん、女子トイレで、クラスの女の子達に……」
「暴力がか?」
横から聞いてきたコウタに、頷いて答えた
話す度声は擦れ、留めていた涙がぼろぼろと零れ落ちる
「冬也君が、虐められて、みっちゃんのせいだって、でも、違って」
嗚咽を抑えながらの言葉は、最早単語の寄せ集めだった
それでも必死に話す姿は、とても痛々しく映る
「緑音」
「ふえっ?」
ぽん、と急に頭を撫でられ、びっくりするののか
「教えてくれて、ありがとう」
そして彼はコウタに1、2何かを告げて、職員室を飛び出した
* * *
廊下を走ってはいけない、小学生が習う事だ
なんで走ってはならないのか?ぶつかれば怪我をして危ないからだ
ならば、ぶつかる事で発生するそれよりも、もっと大きな傷を癒すためなら走ってもいいのか
もしその行為が、無意味だったとしても?
答えはNOの筈なのに、ミキヒサはその答えを弾き出すことさえも出来ずにいた
生徒が向ける目も、その声も、知らない
女子トイレに入るという行為の意味も、今はどうでもいい
「張間!!」
中で待っていたのは、一人の少女
「……張間?」
床に横たわる少女に、目を疑った
酷い暴行を受けたのだろう、制服は薄汚れ、全身痣だらけだ
「こん、な」
立ち尽くす彼の声に反応したのか、小さな呻き声が聞こえた、気がした
「っ、張間!」
「・・・?」
「張間!っおい張間!!」
「・・・せ、んせ・・・?」
小さなその体を抱き寄せれば、顔までも青く腫れていて
年頃の女の子には、あまりにも酷な暴力の痕
―――ああ、俺のせいだ
「せんせ、あの・・・」
「っいい、何も喋るな・・・!今保健室に連れて行くから・・・!」
今まで、軽く見ていた
可能性を知りながら、目を背けていたんだ
『―――子供同士のいざこざなんで、大人が手を出していい範囲ってものが―――』
こんなの、ただの言い訳だ
どうしてこんなことになるまで動かなかったんだ
『―――僕ら教員が動けば、こんなことには―――』
カイム先生の言葉が突き刺さる
考えている間にも、自体は深刻化していたというのに
「・・・ごめん、なさい・・・ボク・・・」
「ごめんな、・・・っごめんな・・・!!」
居た堪れなくなり、ぎゅっと抱きしめた
どうして謝るんだ
こんなに酷い目にあったのに、救いの手を差し伸べる事が出来なかったこんな教師に
気付けば、涙が落ちた
悔しさからか、悲しさからか。溢れたのは自分から
違う、俺じゃない
泣きたいほどの傷を負ったのは、目の前の少女の筈だ
そうわかっていても、流れ落ちるそれは止めどなく溢れてきた
チャイムの鳴る音
力が抜けていく少女の体
どこか遠くで聞こえるざわめき
全てが現実のものと理解した俺は
少女をきつく抱き締めながら、声を押し殺して、ただ泣いた
臆病ものは、誰だ
最終更新:2011年10月07日 18:30