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‐走れない麒麟と飛べない朱鷺‐

「……そうか。俺が眠っている間に、そんな事が……」

 『千年王国』によるウスワイヤ襲撃事件から一夜が明けた。

 場所は、ウスワイヤ内にある医務室。ハヤト達から昨日の出来事を聞かされたシスイは、暗い表情を隠せなかった。

「その時、戦える能力者には全員出てもらったんだけど……この様だ。悪い」

 言いながら、ハヤトは悔しげな表情を浮かべる。彼も昨日の戦闘で負傷したらしく、所々に包帯らしき物が見えた。

「謝るのは俺の方だ……一番肝心な時に、全くの役立たずだったんだからな」
「仕方ないわ、シスイは大怪我してたんだもの……」
「……なぁ、シスイ。お前は昨日、一体何と戦っていたんだ?」

 今までずっと聞きたくてしょうがなかったと言う風に、ハヤトが問いかける。それはどうやら、スイネも同じ気持ちのようだった。

「莉絵さんに聞いたんだけど……お前の怪我、ほとんど刃物でやられた傷だったって……」
「…………」
「……まさか、『千年王国』の奴らか?」

 シスイはしばらく沈黙すると、やがて目を閉じてため息をついた。

「……俺を襲ったのも、どうやらジングウの計画の一部だったみたいだな」
「マジか……つか、お前が手も足も出ない相手って、一体何だよ……」

 自称「弱者」の都シスイであるが、それは実質謙遜に近いものがある。彼の本領発揮は、その能力を最大限に活かす事が出来るチーム戦であるが、かと言って彼単独の戦闘能力は決して侮れない。「非武装」をひたすら貫き、己の能力と徒手空拳のみで戦い抜いてきた彼の力は、アースセイバーに所属する者の多くがそうであるように、もはや高校生と言う枠には収まらない領域にまで達している。何より、今までの彼が積み上げてきた実績が、それをすべて証明してくれている。

 その、腐ってもアースセイバー、都シスイが敗北した。彼がどんな人間であるかを知っていればこそ、ハヤトはシスイの現状が信じられなかった。

「一体どんな奴だ、シスイ!? 今後そいつと戦うかもしれねぇ、一応話して――」
「……悪いが、それは出来ない」
「……え?」

 シスイの言葉に、二人の思考は思わず硬直した。

「な、何でだよ?」
「そいつを倒すのは俺だからだ……やられっぱなしは、性に合わない」
「んな!? そんな事言ってる状況じゃないだろ!?」
「駄目だ。俺は俺の筋を通す」
「シスイー!?」

 ハヤトがどんな意見を述べようとも、シスイは「俺が倒す」の一点張りで、彼を倒した者の詳細について一切口を開こうとしない。この、あまりにも「我が侭」過ぎるシスイの言葉に、ハヤトは困惑を隠せなかった。

「…………」

 その一方、スイネは彼と違い、冷静な眼差しでシスイを見つめていた。

 シスイの行動は、あまりにも普段の彼の行動から逸脱している。確かに都シスイと言う少年は多少、負けず嫌いな一面を有して

いるが、だからと言ってそこに私情を持ち込む程頭が固く、ましてや勝利に固執するような人格の持ち主ではない。

 だから、スイネは気付いていた。彼は、都シスイは、何かを隠している。

「……行きましょう、ハヤト」
「ええ!? で、でもスイネ……」
「無理よ。彼、未だに非武装やってる、馬鹿みたいな意地っ張りなのよ? こうなったシスイは死んでも口を割らないわ」
「う……」

 言うと、スイネは車椅子を自分で動かし、医務室から出て行こうとする。そしてその後を追うように、ハヤトも続いた。

「……悪い、二人とも」

 彼らの姿が見えなくなってから、シスイはポツリとそう漏らした。

「ったく……シスイの野郎、一体何考えてやがる……!」
「そう彼の事を悪く言っちゃ可哀想よ、ハヤト……シスイが隠し事するのは、大概自分以外の誰かの為、なんだから」
「隠し事って……じゃあ何? あいつ、わざと俺達に、自分が戦った相手の事を黙ってるって言うのか?」
「そーよ……あんな見え見えの嘘をついているんだから、言外に「察してくれ」って言ってるのかもしれないわね」
「……嘘だったのか、あれ……」

 もっとも、スイネは「嘘」と言ったが、都シスイは極力嘘は吐かない少年だ。特に朱鷺子との付き合いが出来てからは、それが顕著になったとスイネは記憶している。だから「見え見えの嘘」のように聞こえたシスイの話は、もしかしたら少なからず彼の「本音」も混じっているのかもしれない。

「……だけど、何だって仲間の俺達にまで隠すような真似を……?」
「さぁ……そればかりは、シスイ本人に聞いてみないと分からないわ」

 はぁ、とスイネはため息をつく。

「全く……毎回思うけど、難儀な星の下に生まれたわよね、彼」
「だな」



「…………」

 突然、メールで「彼」から呼び出され、朱鷺子は「彼」の指定した場所に向かっていた。

「…………」

 表情は「無」。ただ、これは何時もの不機嫌な彼女の顔ではない。どちらかと言えば、どんな顔をすればいいか分からない、と言う顔だ。

 階段を登っていくと、その先にはロープが張ってあり、「立ち入り禁止」となっている。だが、朱鷺子はそのロープを潜り、そして屋上の出入り口へと躊躇無く進んだ。

「よぉ」

 そこに、「彼」――都シスイは待っていた。

 屋上は、彼とアッシュが激戦を繰り広げたままになっていた。フェンスはズタズタ、床も抉れている。そんな傷跡だらけのこの場所で、彼自身もその身に傷を刻みつけながら、シスイは佇んでいた。

「一角……君」
「なーに、びっくりした顔してんだよ……メールで伝えてんだろ、「放課後来てくれ」って」
「その格好……まさか、ウスワイヤからすぐに?」
「おう……問題先延ばしにするの、ごめんだから」

 シスイがそう言うと、朱鷺子の表情に緊張が走った。

「そうか――私と戦うんだね、一角君」
「うんにゃ。友達(ダチ)と戦うとか、まっぴら御免だ」

 そう言うと、シスイはその場にどっかりと胡坐をかいた。

「俺は話に来たんだ。お前と」
「……何を? 話す事なんかないでしょ。一角君は、正義の味方、アースセイバー。私は悪の組織、ホウオウグループ……水と油が相容れないのに、どうして対話が成り立つの?」
「馬鹿言え。今までずっと、普通に成り立ってただろ」
「……それにしたって、説得しようって言うなら聞かないよ」

 両手を大きく広げながら、朱鷺子は言った。

「ホウオウグループは私の居場所。ホウオウ様は私の理想――ホウオウグループを止めるなら、私は死ぬ。だってホウオウ様を裏切ったりしたら、私は存在する価値なんてないもの」
「ッ――」

 朱鷺子の言葉に、シスイは何かを言いかけそうになったが、彼は咄嗟に頭を振り、出かけた言葉を飲み込む。深呼吸をしている辺り、感情に任せて言葉が出そうになったようだ。

「……俺は、」
「え?」
「俺は、ホウオウグループが嫌いだ」
「…………」
「だけどトキコ。お前の事は好きだ」
「……!」
「だから分からない。俺には、一体どうすればいいのか、分からない……」

 シスイは俯き、そして困った表情で、弱った表情で、自分の本音を吐露した。

「ホウオウグループのやり方は酷い。お前らは、自分の目的の為だったら何だって利用するし、何だって犠牲にする。だから、俺は嫌いだ」
「だけどトキコ、お前の事は好きだ。お前のその明るさに俺も元気を貰ってるし、お前の無邪気な性格で俺は癒されてる……友達として、俺はお前を失いたくない」
「だから――だから、わかんねぇ……!」

 シスイは頭を抱え、その場に蹲ってしまった。

 実際のところ、朱鷺子をここに呼びつけたところで、シスイは自分がどうしたいのか等決まっていなかった。ただ、「このままではいけない」という思いだけが胸の中にあり、その感情に急かされるままに、ここへと呼び出してしまった。さっぱりの無計画だったのだ。

 内心で、朱鷺子に会えば、自然と答えが出ると、そんな能天気な事を考えていたりもした。だが実際問題、そんな漫画みたいに都合良くいかなかった。

 アースセイバーと、ホウオウグループ。

 自分と彼女は、相容れない組織に所属する者同士。他ならぬ朱鷺子自身から提示されてしまった現実が、否応無しにシスイを打ちのめす。

(アッシュ……何でだよ。何でお前は、こんな残酷な現実を俺に教えやがった……!)

 いっそ知らなければ良かったと、シスイは思う。こんなに苦しい思いをする位なら、いっそ死ぬまで知りたくなかった。

 分からない。自分は一体どうすればいいのか、シスイには分からなかった。

 その時だった。

「……お話しよう、一角君」

 頭上から降ってきた声に、シスイは顔を上げた。

 自然と、目と目が合った。何時の間にか、朱鷺子は、シスイのすぐ傍にまで近付いていた。

「トキ……コ……?」
「どうしたの? 何で、そんな呆けた顔をしてるの? ――お話しようって言ったの、一角君の方からだよ?」

 そう言って、朱鷺子は笑みを作る。無理をしているのが見え見えだったが、それでも精一杯、自分の為ではなく、シスイの為に彼女は笑っていた。

「今、無理矢理答えを出さなくてもいいよ」
「…………」
「ゆっくり考えて……私、待ってあげるから。一角君が、自分で納得出来る答えを出せるまで、待っててあげるから」
「トキコ……」
「だから、ね? 今は、いっぱいお話しよう。辛いのを忘れられる位、いっぱいお話しよう?」

 ――結局のところ、問題の先送りでしかなかったけれども、

 今のシスイにとって、これ以上は無いくらい、優しい言葉だった。



 ‐走れない麒麟と飛べない朱鷺‐




 その後、夜になっても続いた二人の「お話」は、

 都シスイの為に朱鷺子がお膳立てしたように見えて、その実彼女自身もそれを欲していたかのように見えた。

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最終更新:2011年11月07日 14:27