「お久しぶりです、ワタルさん。こうして会うのは六年振りですね。そちらは、お変わり無いようで」
「ええ。それどころかジングウさん、貴方一度死んだとか聞きましたが?」
「はっはっはっは……まぁ、その話は後でしましょうか」
「……ところでジングウさん。後ろの方は?」
そう言って、ワタルはジングウの後ろに付き従う
サヨリの姿に首を傾げた。ちなみに現在、二人ともメイド服ではなく、スーツを着込んでいる。
「彼女は、私の監視任務を任されている擬人兵・サヨリさんです」
「監視……ですか?」
「ええ。ちょっと今私、グループで問題児扱いされてまして」
(問題児どころか、大問題児ですけどね……)
そう言って、サヨリはため息をつく。
ホウオウグループへの反逆行為とも取れる発言をしたり、かと思えばあっさり両手を挙げて帰ってきたり、閉鎖されていた区画を勝手に開放したり、人目を忍んで発明をしたり――まぁ、問題行為はキリが無い。
が、現在のところ、そうしたジングウの行為がグループへの不利益を生んでいるかと言えば別問題だ。むしろ、そうした問題行為を度外視すれば、ジングウのグループへの貢献度は高い。もっとも、だからこそ、何より規律を重んじる
クロウの心労の原因になっているのだが。
「それでは、お部屋へ案内しますよ」
「カルーアトラズ研究所主任自らですか。あっちと、待遇が全く違いますねぇサヨリさん?」
「あっちの待遇が悪いのは、完全に日頃の行いのせいですよ……」
再びサヨリは、ため息をついた。
「えー!? ジングウ様、サヨリと一緒にカルーアトラズへ行ったの!?」
ミツからその話を聞き、
マキナが珍しく大声を上げていた。
「はい」
「しかも、一週間!? う~、知ってればついていったのにぃ……何でミツ君、言ってくれなかったの!?」
「いえミツも、出発間際に聞かされたものでして」
「うぅ……」
項垂れるマキナの姿を見ていたが、すぐにミツは今まで自分が読んでいた本へと視線を戻してしまう。どうせこれ位でへこたれるような娘ではないと、「彼」も理解しているからだ。
「……ですが正直、ミツも行ってみたかったです」
「お? 珍しい、ミツ君が何かに興味を覚えるなんて」
「それは間違いです、マキナさん。こう見えてミツは、周囲に興味を覚える事の方が多いですよ」
「ふぅん……それで、ミツ君は何でカルーアトラズへ行ってみたいと思ったの?」
パタン、とミツは本を閉じて、マキナの方へと向き直った。本には「エデンの終わりに」とタイトルが記されている。
「博士が言うには、カルーアトラズは、ミツが生み出された場所らしいので」
「――ここは、相変わらずですね」
刑務所内を歩きながら、ジングウはそう言った。
「人の業を、歪んだ正義で閉じ込めたパンドラの箱……そこら中に濁った悪意を感じます」
それが心地良いかのように、ジングウの顔からは薄ら笑いが抜けない。そして彼とは対照的に、サヨリはずっと青い顔をしている。
「これが、カルーアトラズですか……話には聞いていましたけど、本当に酷いところですね……」
「お嬢さん、酷いって言うのはあんまりですよ。ここ、
カルーアトラズ刑務所で収容しているのは、誰もが終身刑、死刑に値してもおかしくないような大罪人ばかりですよ? 奴らを人間として見てはいけません」
「で、でも……」
サヨリが何かを反論しようとしたが、彼女がそれを最後まで口にする事は無かった。ジングウが彼女の方を向き、首を横に振ったからだ。
「悪を許すな。人も許すな……それが地の果て、カルーアトラズ刑務所の方針です。貴方は罪人への人権とか、対応とか、そう言う事を気にしているのでしょうが――実際のところ、これが一番『効率が良い』」
「っ……!」
またしてもサヨリは何かを言おうとするが、それが言葉となって出る事は無い。論争ではジングウの方に分がある事が分かっていて、この男を頷かせるだけの理論や理屈を、自分が持ち合わせていない事を彼女は理解しているのだ。
「……まぁ、そうそう悲観する事ありませんよ。大体、「ただの人間」でここに収容されているのはごく一部で、多くは「ここでなければ」収容出来ない類の人間ですから」
「……能力者の犯罪者、ですか」
サヨリが問いかけると、ジングウは頷いて答えた。
「武装解除出来る凶器の類と違って、超能力を封じる手段って言うのは限られてますからねぇ。そう言った者達を収容しておくには、カルーアトラズは都合が良い。何せ、ずっと「そう言う研究」を続けているのですから」
「……ですが、裏では有能な能力者に法外な値段をつけ、ホウオウグループを始めとした裏組織へ横流ししている……」
サヨリがそう言うと、ジングウが「その通り」とでも言うように、いつもの薄ら笑いを彼女へと向けた。
「全く、矛盾してますよねぇ? 建前は、超能力犯罪の犠牲者を減らす為なのに、その憎むべき超能力を利用して儲けているんですから」
「……そう言う割には、随分嬉しそうですし、楽しそうですね、ジングウさん」
「ええ。今私は嬉しいですし、実に楽しい」
そう言うと、ジングウは両手を大きく広げた。
「罪を、業を、欲望を抱いてこその人間だ! ここにはそれがある! 清々しいまでの偽善によって行われる悪と、欲望のままに行われる悪! 実に「らしい」じゃありませんか!」
「……ジングウさん、悪徳肯定は結構ですから、その芝居がかった調子を止めてもらえませんか? 恥ずかしいです……」
自分だけならまだしも、ワタルがいるのも憚らず、大振りな動作で声を上げるジングウの姿に、サヨリがため息をついた。
(ため息をつくと幸せが逃げて行くって言いますが、私の場合、この人と一緒にいる時点でもう幸せとは程遠いような……)
しかしジングウの姿に呆れるサヨリに対して、ワタルはむしろ感動を覚えているようだった。
「変わってませんねぇ、ジングウさん。『悪あってこその人』、やはりそれを説きますか貴方は」
「ええ――なぜならもし、善が人間の根源であるとするならば、それでは余りにも救いようが無い」
「「悪こそが、人の根本」」
まるで示し合わせたかのように二人が声を揃う。その瞬間、どちらもニヤリと微笑った。サヨリから見てどちらも、ひどく醜悪で、濃い闇に堕ちたものであったが。
「さて――ワタルさん、そろそろ行きましょうか」
「ええ――活きの良いのが揃っていますよ」
二人の言葉を聞いて、サヨリの表情が強張った。
(……いよいよ、ですか)
ジングウがわざわざこんな地の果ての刑務所までやって来た目的。
それは――
「カルーアトラズが……ミツ君の生まれた場所?」
ミツの言った言葉を、マキナは自分でもう一度噛み砕くように呟いた。それに対して、ミツは静かに頷く。
「博士自身は、直接ミツの製造に立ち会った訳ではないんですけど」
「知ってる。ジングウ様その時、自分で作った生物兵器に食べられて、一度死んじゃってるんだよね」
もっとも、その生物兵器の暴走事故は、ジングウが新しい身体へ入れ替わる為に用意した「茶番」だったらしいが。
「ええ。なので事実上、ミツを完成させたのはゼア博士達だったと記憶しています」
「でも、だったらミツ君が生まれたのはここじゃないの?」
「……マキナさん、『リサイクル・プラン』をご存知ですか?」
「え?」
突然別の話を振られ、思わずマキナはきょとんとする。なぜここでそんな話をするのか分からないが、取り合えずマキナは首を横に振った。
「知らない。専門用語なら尚更だよ。私、ゼアの部下ではあるけど、科学者でも何でもないから」
「……そうですか……『リサイクル・プラン』と言うのは、簡単に言うと「死体の再利用」です」
「死体の……再利用?」
いまいち単語の意味が分からなかったらしく、マキナは首を傾げた。
「人間の死体を融解し栄養素のエキスにして、生物兵器の培養液にしたり、合成人間素材の核にしたりするんですよ」
「! ……あぁ、そう言う意味か」
合点がいったように、マキナはポンと手を叩いた。そんな彼女に向かって、ミツは頷く。
つまりは、そう言う事だ。合成人間ミツは、罪人の死体を、その血肉を掻き集めて生み出された、フランケンシュタインの怪物なのだ。
「でもフランケンって感じじゃないよね、ミツ君。目の覚めるようなイケメンだし」
「ミツに性別は無いので、男を表す「Man」と言う単語は不適当かと」
「ミツ君、細かい」
「……まぁ、ミツ自身、フランケンシュタインの怪物みたいだとは思いましたけどね」
ただ、ジングウの悪趣味はそこに止まらなかった。
ミツには「ドラゴンズスキル」の実験機と言う事で、「DS」と言うコードネームが付けられているのだが、それとは別に、ジングウから付けられていたコードネームが「彼」にはある。そのコードネームと言うのが、
『死せる天使』
死体から生み出された、天上の使徒。罪を持たない神の使徒にありながら、その身は業と不純で出来ている。悪趣味な二律背反だった。
ジングウ。彼は平気な顔をして、神の名を汚すのだ。
「ここですか」
三人がいたのは、薄暗い地下室だった。直径五十メートル程の円形、石造りの地下室であり、小型のコロシアムのようであった。
まぁ、実際ここは闘技場に違いない。カルーアトラズ刑務所の暗部の一つ。この石造りの地下室ではかつて、能力犯罪者を閉じ込めて戦わせると言う「催し物」が行われていたのだ。
ジングウ達がいるのは、「戦場」となる広場を見下ろす高台の観客席だ。見渡すと、シギやアルト、メアリーと言った看守達も、これから始まる「催し物」を見に来ていた。
「おや。これはこれは、トキコさんのお父様ではありませんか」
「あん? 誰かと思えば、ホウオウグループのマッドサイエンティストじゃねーか」
「その節はどうも」
「その節っつーとアレか。死体を出来るだけたくさん欲しいとか、あんな狂った依頼を出してきたのあんたが初めてだったよ。おかげでぐら子の奴、自分の食い扶持減ったって愚痴ってたぜ?」
「それはそれは。後で謝っておきましょうか」
「……で、これから何が始まるんだ?」
そう言いながら、シギは下の方を覗き込んだ。見れば、五人程の囚人が広場へと入ってくるところだった。
「何をするのか分からないのに、貴方はここへ来たんですか?」
「分からなくても、面白そうな事をこれからしそうだな、位は分かる」
「さようで。では、始めましょうかね」
そう言うと、ジングウは観客席の端まで歩み寄った。
「やぁ、選ばれし囚人諸君! 私はホウオウグループのジングウだ!」
先程通路で見せたように、芝居がかった調子と動作でジングウは声を上げる。その姿は研究者や科学者であると言うよりも、劇場家、或いは演出家と言った方が似合うようにサヨリには思えた。
「君達には、これから殺し合いをしてもらう!」
ジングウがそう言った瞬間、五本の剣が闘技場の天井から落ちてきて、地面に突き刺さった。突然の事態と、ジングウの言った言葉の内容に、囚人達が困惑しているのがよく分かった。
「この闘技場は今、完全に閉鎖された。開ける手段は、「君達の中で生きている者が一人だけになる事」だ――分かるな、この言葉の意味が?」
ジングウがニヤリと笑う。さも楽しげに、さも面白げに。見上げる囚人達の顔から、表情の色が失せた。
「さぁ、殺し合え! 出られるのは一人だけだ!」
一方的に宣言した後、ジングウは闘技場から背を向ける。
少しの間、周囲は沈黙に包まれていたが、やがて一人分の怒号が辺りに響き渡り、それが合図となって殺し合いが始まった。
「……つまんねぇ」
殺し合いが始まって数分後、シギはポツリと呟いた。
「つまんねぇ。餓鬼の喧嘩かよ、こいつぁ?」
彼らの眼下で、今正に殺し合いが行われているが、それはシギから見て言葉通り「つまらない」ものだった。
ボクシングにしろ、プロレスにしろ、戦いを見て観客が心を震わせるのは、それが見ていて「素晴らしい」戦いであるからだ。
技術と技術のぶつけ合い、魂と魂のぶつけ合い、意思と意思のぶつけ合い。それが人の闘争心に火をつけ、心を揺さぶる。
だが、今闘技場で行われているのは、それとは遠く無縁なものであった。囚人達の誰もが顔を引き攣らせながら、とにかく生き延びようと、そして殺されまいと、技も何もあったものではなく、ただがむしゃらに剣を振っている。
(あー……そう言えば、巫蟲って呪術が中国にあったっけな。人間でやったら、こんな感じなんかねぇ)
「なぁ、アルト。お前、どう思う?」
相棒の副看守長の意見を聞こうとシギが振り返ると、そこには闘技場の方から背を向け、蹲るアルトの姿があった。
「う……げぇ……シギ……お前、よくこんなの見てられるな……!」
「あー、本当にお前人間臭いよなぁ。何でこんな所にいるのか、時々分からなくなるわ」
相変わらずな同僚の姿に、シギは呆れたようにため息をついた。
「ってか、所長も研究部の主任も何考えてる!? こんなの、どう考えてもおかしいだろ!?」
「おかしかねぇさ。これ、言ってみれば刑執行の前倒しだから」
ポケットから煙草を取り出し火を点けながら、シギが言う。
「あそこにいる五人は、全員が全員死刑囚だよ。後は独房で殺される瞬間を待ってる連中ばっかりだ――だから、こんな催し物に使っても何にも問題無い」
「どうせ死ぬ連中だから……!? だからと言って、こんなの――」
アルトが反論しようとしたところで、辺りに身の毛もよだつ絶叫が響き渡った。何事かと思ってシギが下を覗き込むと、
「あー、一人脱落か」
一人の囚人が、胸を剣で刺し貫かれているところだった。夥しい程の血を口から吐いており、刺さった位置から考えて即死だった。
「あ゛ー! あいつ、私が賭けてた奴ー!!」
シギが視線を向けると、メアリーががっくりと肩を落としていた。どうやら看守連中で賭けをしていたらしい。
「おいおい。俺は除け者で何やってやがる、お前ら」
「…………」
不機嫌そうに言うシギに対し、アルトはもはや顔面蒼白だった。この調子なら、彼の胃袋が空になるのはすぐだろう。
「辛いなら、ここにいなくてもいいんだぜ?」
シギはそう言って、再び視線を闘技場へと戻す。
「…………」
アルトは、どうするか悩んでいるようだった。いや、これは悩むと言うよりも、耐えていると表現すべきか。彼は歯をぐっと食いしばり、血が出る程拳を彼は握り締めている。
「…………へっ」
自分の隣にまでやって来た同僚の姿を見て、シギが笑った。彼の隣であるとは、その身を切り刻むように襲ってくる不快感と戦いながら、しかし、今目の前で行われている光景のすべてを記憶しようとしているかのように立っていた。
「はぁ……はぁ……!」
「彼」が最後の一人になった時、頭上から拍手が降ってきた。生き残った囚人が見上げる先には、彼らに殺し合いをさせた、あの男がいた。
「おめでとう! 君は選ばれた! 栄えあるホウオウグループの一員として!」
「な……に……?」
ただでさえ、極限下の生死を賭けた戦いをさせられて今にも狂い死にしそうだと言うのに、男の言葉は意味不明で、「彼」には訳が分からなかった。
しかし「彼」の困惑を尻目に、事態は急速に変わっていく。今まで閉ざされていた出入り口が開いたかと思えば、そこから看守達が雪崩れ込んできたのだ。
「な……っ!?」
訳も分からず、ただ条件反射的に「彼」は身構えた。しかし、取り押さえる事に長けた看守達に敵う訳も無く、あっという間に押さえ込まれてしまう。
「君は今日確かに死ぬ。しかしそれは仮初に過ぎない」
「新たな命を与えよう」
「世界を、合理化する為に」
「何者にも負けない、強大な力を」
それが、「彼」が意識を失う直前に聞いた、最後の言葉だった。
最終更新:2011年11月10日 16:35