外から来た科学者
この研究部で普段行っている研究は、「対能力(アンチスキル)」と言う部門がメインで、「如何にして能力者を無力化するか」と言う事について研究している。カルーアトラズが超能力者を封じ込めておく力を持つのも、この研究部で蓄積された研究結果のおかげにならない。
また、囚人を使った人道無視の研究も行われていたりするのだが、そちらに関しては最近は行われていない――その理由は何も「人道的ではないから」などと言う、人の世の理などではなく、「せっかくの商品を減らされては困る」と言うシギからのしょうもない申告からだったりする。
カルーアトラズにおいて、囚人達に人権はもはや無い。看守達や研究部の連中にされるがままだ。能力者ですら、抵抗は利かない。彼らの牙は、「対能力」の研究成果で無効化させられているからだ。彼らに出来るのは、自らに与えられた不運を嘆き、現状に諦観し、そして受動的に日々を過ごしていくより他は無い。
そんな彼らの境遇を考えれば――ある意味で、今回
ジングウの改造実験の実験台に選ばれた「彼」は、ひょっとすると幸運なのかもしれなかった。
「あ、お疲れ様です」
手術室の扉が開き、ぞろぞろと手術衣姿の男達が出てくる。彼らに向かって彼女、
魑病 歪牙魅は会釈をした。
手術衣姿の男達に混じって、十四歳位の少年の姿もあるが、ユガミはそれが決して見た目通りの存在ではないと言う事を聞かされていた。
ジングウ。
ホウオウグループの特別研究チーム「
千年王国」の主任であり、今回とある目的の為にカルーアトラズへとやって来ているのだ。
「あ、ユガミさん。お疲れ様です」
ジングウの傍にいた
サヨリが、ユガミの存在に気付いて歩み寄ってくる。それに対し、ユガミは会釈で返した。
「サヨリさん、大変ですね。こう、毎日毎日」
「仕方ないですよ。今やっている改造手術は、ジングウさんと私しか出来ませんから」
そう言ってサヨリは肩を竦める。
二人が今やっているのは、ここへ来た当日に「選別」した囚人の人体改造手術だ。普通だったらたった二人で行うような手術ではないのだが、ここ数日ジングウ達だけで行っている。なぜこんな事になっているかと言えば、当初ジングウが研究部の職員達をアテにしていたからだ。彼らに手伝わせて、足りない人員を補うつもりでいたのだ。
しかし、
「残念ですが、ジングウさん。我々はホウオウグループの所属ではありません。他組織の、それもこんなに大掛かりな手術に我々が関与したとなると……」
「……なるほど。確かに、そうなるとカルーアトラズ刑務所の心証はあまり良くありませんね」
カルーアトラズ刑務所所長、
イエスマンからの「待った」により、研究部の力は借りれなくなってしまったのだ。手術室から出てきた職員達は二人を手伝っていたのではなく、その施術風景を見学していただけなのだ。
(と言うか、ジングウさん分かってて協力のお願いしてましたよね、アレ……)
ホウオウグループにカルーアトラズ刑務所が協力した。その明確な既成事実を作り上げてしまう事で、カルーアトラズ刑務所研究部を、そしてあわよくば刑務所そのものをホウオウグループの一員として取り込む算段だったのだろう。イエスマンの「待った」が入った瞬間、誰にも見えない角度で舌打ちをするジングウの顔を、サヨリは見逃していなかった。
(全く、ちゃっかりしていると言うか、何と言うか……)
相変わらずなジングウのやる事に、サヨリはため息を禁じえない。そんな彼女の様子に、ユガミは不思議そうに首を傾げていた。
「……しかし、ジングウさんとサヨリさんって凄いんですね。たった二人であんな大手術をやってしまうなんて」
若干興奮したようにユガミを言う。生物学において優れた才能を持つ彼女にとっても、事実上人体を作り変えてしまう改造手術をたった二人でやってしまう二人は「凄い」と思うのだろう。しかしそんなユガミからの賞賛を、サヨリを首を振って否定した。
「私は、何もしてもませんよ。ジングウさんが「欲しい」と言った器具を取って渡して、その繰り返しだけです。事実上、あの手術はジングウさん一人だけでやっている状態なんですよ」
「ひ、一人で!?」
それを聞いてユガミは、信じられないものでも見るようにジングウの方を向いた。一見すると何時も通りであるが、よく見ると疲労の色が伺える。流石のジングウも、長期に渡る手術で参っているようだ。
「……信じられない。そんな事をする位なら、ホウオウグループの施設に帰ってからすればいいのに……」
「きっと、パフォーマンスなんですよ、あれ」
「え?」
「見せ付けてやりたいんですよ、ジングウさんは。ホウオウグループがどれだけの力を持っているのか、って言う事を」
もっとも、それは結局のところ「建前」であって、実際のところは「待った」をかけたイエスマンへの当て付けと、ホウオウグループの力を見せ付けようとしている、と言うよりも、ジングウと言う人間の力を誇示しようとしていると言う意味合いが強い。自分の力を見せる事で、研究部の職員達にジングウは問いかけているのだ。「そんな所に居て満足なのか」、と。
(本当に……ただじゃ転ばないものなぁ、あの人……)
呆れつつも、そんなジングウに大人しくついて行ってしまう辺り、自分も何だか駄目だなぁ、とサヨリは思うのだった。
「おや、こんな遅くまでご苦労様ですね」
「!」
研究部で一人パソコンに向き合っていたユガミは、背後から突然呼びかけられて思わず振り返った。視線の先には、自分と同い年位の背格好の少年(ただし、中身は二十歳らしい)が、マグカップを手に立っていた。ジングウだ。
「ジングウさん……どうしたんですか、こんな夜中に?」
「いやですね? 働き過ぎてバイオリズムが狂ってしまったようでして……なかなか、寝付けないのですよ」
そう言う彼の手のマグカップの中には、コーヒーが入っているかと思えばホットミルクが湯気を立てている。それによく見てみれば、彼の目元には隈も浮いていた。
「眠気が起きるまで、だらだらと夜の散歩と洒落込んでいたところ……研究室に明かりが見えましたので」
「……そうですか」
そう言って、ユガミは再びパソコンへと向き直る。口下手な彼女は、あまり人とのコミュニケーションが得意ではないのだ。
「……一つ聞かせてもらってもいいかな、ユガミさん」
「はい? 何でしょうか?」
「死体処理として有効な能力を持ち、精神年齢も幼いぐら子さんがこの刑務所に属しているのは分かる。しかし――君みたいな有能で、おまけに若い科学者がこんなところで燻っている理由って言うのは、一体何なのかな」
「っ――」
その言葉を聞いた途端、思わずユガミの手が止まった。
「……燻ってるだなんて。私は、私の意志でここに――」
「――いいや、君の本音はそうは言っちゃいないね」
にぃっ、とジングウの口端が伸び、三日月型の笑みを形作る。
「悪こそ人の根本」であり、欲望は律するものではなく、むしろ欲するべきであるを信条とする彼は、他人の欲望にも敏感だ。猟犬のような嗅覚を持って、抑圧された願望を見つけ出す。どんな綺麗事で着飾ろうが――ジングウの前では丸裸も同然だ。
「曝け出したまえよ、ここにいるのは私と君だけだ――なぁに、私はこう見えて口が堅い。君の欲望一つ、私の胸にしまっておくなど訳無い――」
「――黙れ」
ユガミの語調が変わり、ジングウの語りも止まった。しかし、その顔にはまだ薄ら笑いが張り付いている。その顔はまるで、「しめた」とも「やった」とも言っているかのようだった。
「貴方に――貴方に一体、私の何が分かるって言うんだ」
「分かるさ、分かるとも。君は本当は、こんな場所にいたいなんてこれっぽっちも――」
「煩い!」
ユガミが、手近にあった物を、それが何であるかも確認せずに、ジングウ目掛けて放り投げた。それがジングウに当たった瞬間、ドスッと鈍い音が聞こえた。まるで鋭利な刃物が、生肉に突き刺さったような音だ。
「……え?」
その音の、あまりの不気味さに、恐る恐るユガミは振り返る。そしてジングウの顔を見た瞬間、彼女は思わず息を呑んだ。
「あ……あぁ……!?」
「あー、痛いですよ、ユガミさん。ちょっと手加減してくださいよ、全く」
ジングウの左目に、ハサミが突き刺さっていた。突き刺さった瞳から赤い液体が滴り、まるで涙のように流れ出ている。
ユガミは、頭の中が真っ白になっていた。今まで物に当たる事はあったが、人に当たるのはこれが始めての経験だった。その上、故意にではないとは言え、片目を失うような重傷を負わせてしまった。普段冷静沈着なユガミは、その時パニック状態に陥っていた。
「す、すみません! 今、手当てを――」
「――……なぜ、謝る?」
「な、何でって、私、貴方に酷い事を……」
「馬鹿な事を言いなさるな。貴方は、私の言葉が聞きたくなかったのだろう?」
ハサミが左目に突き刺さった状態であると言うにも関わらず、それが何でも無いかのようにジングウは言葉を紡ぐ。腕を組んだまま、直立不動で。そんなジングウの覇気に呑まれるかのように、ユガミも不思議と冷静になっていた。
「そ、それは……」
「私の言葉が気に入らなかったのでしょう? 私の言葉が嫌だったのでしょう? それを黙らせる為に貴方は行動した。貴方の何が悪いと言うんですか」
「え……えぇ……?」
ジングウの言葉に、反論したいのか、それとも納得しているのか。自分でもよく分からず、ユガミはうまく応答出来ない。そんな彼女を尻目に、ジングウは突き刺さっているハサミを引き抜いた。
「これは、お返しします」
「あ、あの……大丈夫、なんですか?」
恐る恐る問いかける。すると、ジングウはにぃ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「驚かせてすみませんね。『これ位の傷』なら、一晩もあれば治るんですよ、私」
「!?」
「もっとも、痛みはあるので、平気かと聞かれるとそうでもないんですが」
そう言って、ジングウは左目を見せる。まだ白く濁った状態ではあるが、それでもハサミの突き刺さっていた痕跡はもうどこにも無い。人間離れした再生能力に、ユガミはただ呆然とするしかない。
「それでは、私はこれで失礼しますよ」
言って、ジングウは片手をひらひらと振りながら、その場を後にした。後に残されたユガミは、どうしていいか分からず、その場に立ち尽くしている。
「……あ」
ハッと我に返ったのは、ジングウの姿が完全に見えなくなってからだった。そしてその時彼女は、自分がハサミと一緒に何かを掴んでいる事に気が付いた。
「これは……?」
それは、手紙だった。
『貴方にその意志があるならば、我々は貴方を歓迎します』
ひどく簡潔な内容であったが、それは紛れも無くジングウからユガミへの、『千年王国』への招待状だった
最終更新:2011年11月13日 19:31