夜、深夜ともなればいかせのごれの街も歓楽街ならともかく、基本的に街は静寂に包まれる。
今日は雲も無く月がやわらかな光を放ち、夜を静かに照らしている。
そんな夜のとある廃ビルの屋上、風に髪を揺らす人影があった。
年齢は14歳程だろうか、黒いコートを纏い、黒いグローブを身に着け闇に紛れようとする華奢な身体の少女。冷たい風の吹くこの時期など全く意に介さないかのような黒いホットパンツに臍が出るほど短い黒のインナーを着用し、その上に黒い素材不明のアーマーを着けている。太腿が露わになっている脚には膝近くまであるブーツを履いている。
深い藍色の髪を持つ少女は感情の見えない整った顔を月に向けていた。月明かりのせいで白い肌が余計に色を失ったかのように見える。燃えるような蒼い瞳が、月明かりを反射し、光った。
「‥天候に支障は無し。全システムのチェックを開始‥異常なし。『fourchun』のシステムをオンラインに。」
少女は訳の分からない独り言を呟くと、傍らに置いてあったマシェット(軍用鉈)と信じられないほど巨大な『銃』としか形容出来ない物体を軽々と担ぎ上げる。華奢な彼女が持ち上げる事が信じられない以前に、人間が持てるサイズでは無い。
「行動を開始。現在の時刻は日本基準時で2:13。情報ライブラリより対象を検索‥完了。これより通常モードから索敵モードへと移行する。」
また独り呟くと、彼女は銃を担いだまま、跳んだ。距離にして百メートルは有りそうな隣のビルに着々する。人間の跳躍力ではなかった。
先程、廃ビルから跳躍力した漆黒の少女は裏路地を歩いていた。
時間帯的にも最早誰も通る事も無いだろう。
「(『神社組』赤城明夢は有用な情報は保有していなかったが、彼女の情報網は有用であるか。未だ接触していない組織は多い。次はジャーナリスト『千鶴』『
トライアルアークス』『
ドラグリュオン』に接触を試みる。)」
気付くものなら気付くだろうが、彼女の右太腿に小さく『Clairーfourchun』と黒文字が彫られている。そして、その下に小さく目立たぬように『
ホウオウグループ』のマーキングがある。
彼女の正体は『ホウオウグループ』がかつて開発した改造強化人間兵器『fourchunークレア』。モンスターハンターズとの幾度目かの戦いでホウオウグループが討滅された時に破棄された施設で実践に投入される事無く休眠状態で保存されていたのが彼女だ。
本来なら半永久的にそのままのはずであったが、何らかの原因で覚醒、制御する者もいない不安定な状態で起動した。放置されていた事が原因なのか、データに不具合が生じホウオウグループに関する記録と自身の人間時代の記憶を失っている彼女は脳に埋め込まれた極小の電子機器『ナノマシン』の緊急マニュアルプログラムを参照し、欠損データの補完を優先行動としている。
その為、あらゆる超能力者組織と接触を試みているのだ。
『神社組』の赤城明夢は親切に対応してくれたが、彼女の欲している情報は残念ながら保有していなかった。それでも赤城明夢は協力する事を約束してくれ、またいつでも来て欲しいと語っていた。
「(私見としては、彼女は『善人』『お人好し』に分類されるか。別件にて入手した情報によると彼女は『衝撃の悪夢』の超能力の持ち主らしいが‥敵対するよりは余程良いだろう。)」
表情も瞳すらも動かさずに、その裏で『
クレア』は多くの事を考える。
脳をいじり回され、改造された彼女にとって、複数の物事を同時に考えるのは容易い事だ。
だが、転瞬。
ーーーゴッ!
湿った、鈍い音が鳴り響き、クレアの頭が大きく揺さぶられる。
彼女の瞳は無表情のまま大きく見開かれ、そのまま崩れるようにうつ伏せに倒れる。後頭部には真新しい打撃痕があり、生暖かく鉄錆の匂いのする血が溢れている。
彼女の身体は暫く痙攣していたが、やがてその動きも止めた。流れ出た血が染みになって地面を濡らしている。
「ギャハハハハ!!わざわざコスプレ喫茶からの帰り、ごくろーさん!」
動かなくなったクレアの横に立ち下品な笑い声を上げているのはのは角材を持った男だ。
ボロ服を着た薄汚い姿だが、まだ若い男で、目は血走っている。ボロ服には血が固まって変色した物があちこちにこびり付いており、角材には真新しい血が付いている。この男がクレアの頭を殴ったのは疑いようも無い。
「さぁて、後は金目のもんでも漁るかぁ。」
何が楽しいのか、男はニヤニヤしながら彼女に触れようとした。
その時だ。
「あぁん‥?」
「再‥起動‥完了。」
頭を血で染たクレアがゆっくりと起き上がり、立ち上がったのだ。
その視線は、未だ男の方を向いていない。
「‥システムの復旧を確認。欠損部分の修復を完了。生命維持に必要な血液の補充の完了による生命の危険の回避を確認。これにより再起動プログラム及び治癒プログラムを終了。警告、危機管理システム第4行・12項。意図不明の者による殺意を有する攻撃を確認。これより行動プログラム、第15行・224項の記述に従い『
抹殺指令』を実行します。warning!これより特定の外敵を排除、抹殺します。部外者は退避してください。」
そこまで一気に、訳の分からない事を呟いたクレアは、今度こそ本当に男の方を向く。
唖然とした表情の男に対し、全くの無表情のまま彼女は男を品定めするかのように見る。
「敵の構成を看破‥完了。『武装市民/凶行人』‥危険度は低レベル。抹殺を開始します。」
言い切り、彼女は落ちていた銃のような金属の塊を持ち上げ、細長い先端を男に向ける。
無機質でレールのようなその銃口は既にバチバチと火花が散っている。
『レールガン』
莫大な電力エネルギーを持って弾頭を射出するある種の戦略兵器。サイズは兵器のそれよりは遥かに小さいが、それでも長さ2.5メートルはある。
彼女はそれを男にピタリと向けている。
「ひっ‥!!」
男が次に見たのは後ろで倒壊し、炎上している家だった。
そして、その一直線上にある建物が5、6軒ほど火に包まれている。
そして、腰から下が綺麗に無くなり、焦げて出血すらしていない己の体だった。
これだけの大惨事が引き起こされていながら、辺りは恐ろしいほどに静まり返っている。人影の一つすら見当たらない。
「げほっ‥」
何が起きた、と言いかけて男は血を吐いた。体に感覚は無く、痛みも無い。だが、体に力も入らなかった。
「特定の電波を半径12㎞に流し、範囲内の人間の脳と生体電気を一時的に掻き乱し、気絶させました。」
否、人影は一つだけある。先ほど男が殴った少女の姿をした何かだ。
「‥脳への修復不全によるダメージの残存により狙撃に許容値以上の誤差が発生しました。余計に苦しめた事をここにお詫びします。ただいま修復完了と共に至近距離からの狙撃を行います。この方法であれば、計算上あなたは痛みを感じる前に即死します。」
彼女は感情の篭もらない声と表情で男に告げる。男の頭にピタリと銃口を向けている。
「た‥す‥け‥てくれ‥よ‥」
血を吐きながら男は虚ろな目で命乞いをする。だが、今度は彼女は困惑した表情を見せた。年齢相応な可愛らしい姿だが、血まみれの姿では台無しだ。
「何故ですか?仮に私がとどめを刺さずともあなたを救出できる人間は居ません。気絶した人間は一時間は目を覚ましませんから。あなたはこのままだと日本標準時の3:22‥つまり30分後に失血と臓器異常により死に至ります。あなたが生存できる可能性は0.0001%未満で、私でも正確に測定出来ません。それに‥」
彼女は一呼吸置いてから、やはり何の感情も無い瞳で男を見る。
「私は私の意志で行動出来ません。私はプログラム通りに行動するだけです。あなたを抹殺するのは私の意志では無いのです。」
無表情かつ抑揚無い声で紡がれたその言葉は、氷より冷たい。
「や‥め‥」
ーいかせのごれ・叢雲神社ー
「明夢、今朝例の浅倉淳とか言う連続強盗殺人犯が何者かに惨殺されたらしいよ。」
「そうなの?」
朝、珍しく起きていたクロコはテレビを見ながら、珍しくに言う。
「ああ、何でも腰から下と頭だけを丁寧に消し飛ばされていたらしい。ひでぇ話だ。オマケに周囲で何件かの火災があったらしい。」
「ちょっと待って。それで第一発見者は居ないの?」
「なんか周囲の人は気絶者が多数だったらしいが‥まさか!?」
クロコが思い当たったかのように目を剥き、明夢が頷く。
「超能力犯罪、だね。でもそんな大惨事を引き起こすなんて‥出来るのはそうそう居るはずが無い。」
「‥明夢さん。」
突如、境内から明夢を呼ぶ声が聞こえた。見ると黒衣に身を包んだ少女が歩み寄ってきている。
明夢の記憶によれば先日神社に訪れた『クレア』と名乗った少女で改造された人間らしい。
明夢の記憶では表情がかたく、事務的な言葉使いであるものの、良い性格の少女だ。
「あ、クレアちゃん?どうしたの?」
「はい、ジャーナリスト『千鶴』に会いたいのですが、彼女の所在が分からないので。教えて欲しいのですが。」
「ああ、チヅル?うーん、私でもどこに居るかはわからないね。でも、たまに神社に来るからね。ちょくちょく神社に来れば会えると思う。」
「‥情報をありがとう御座います。」
明夢の答えに納得したかのように、彼女は無表情のまま、礼を言う。
明夢はクレアにお茶を進め、クレアはそれを立ったまま受け取る。担いでいた銃をそっと地面に置いた。
「でも最近物騒だよね。何か昨日も事件があったみたいだし。」
そこまで言って明夢はふと気づく。彼女の銃はレールガンだ。しかも建物を破壊するなど造作でもない威力の。昨日の騒ぎで、建物は何かで破壊されていたと言う。
加えてふと見ると銃口に赤錆のような物がこびり付いている。
「(まさか‥まさか‥ね‥?)」
自分に言い聞かせながら明夢はクロコを見る。
しかし彼女も明夢と同じような顔をしていた。
「明夢さん?どうしましたか?」
「い‥いや、何でもないよ。」
無表情ながら、クレアが心配するかのように明夢の顔を覗き込む。
無関心に見えて、彼女は意外と細やかな配慮をしてくれるとても優しい、いい人なのだ。
「(そうだよ‥まさか彼女がそんな事、する訳ないよね。私ったら何馬鹿な考えを‥)」
明夢はお茶を飲み、己の愚考を振り払った。
最終更新:2012年01月11日 20:54