俺は当たり前の日常が、誰よりも嫌いだ。
何の刺激も無い日常、飽きた現実、そんなもんもうまっぴらだ。
「買い物に出かけない?」
最初にそう言ったのはお袋だった。
行くのはだるかったが、賛同したのは俺の気まぐれ。
その日、俺は日常から抜け出す事になる事も知らずに。
デパートに到着するも、やかましいだけの店内に、俺は眉をしかめた。
滅多に外に出ない俺を気遣ったつもりだろうか、だとしたら余計なお世話だ。
わざわざ疲れる場所に行くくらいなら、あの二年一組の細目が言ってた、ホ…ホ…なんだ。
ホウオンだかホンダだかグループの事を調べてる方がよかった。
最近、妙な事件が多発してるのも、ホンダグループ?の仕業なのかな、だったら面白いんだが。
顔を上げようとしない俺に、親父の声がかけられた。
それと同時に、トンデモなタイミングで、銃声が鳴り響いた。
誰かが悲鳴を上げ、複数人であろう男のドスのきいた怒声も響く。
―あぁ、なんだ、ただのテロか。
何か、お決まりのパターンだな、フロアに居る客達は脅されて一か所に集められてる、無論俺達も。
親父とお袋はずっと不安げな表情で、俺を囲むようにしゃがんでいる、守ってるつもりなのか?
テロリスト達が何か喚いてる、あいつらもホウオングループと繋がってたら面白いのに。
まぁ、警察がなんとかして終わるんだろうな、そう思いながら、俺は天井をぼんやり眺めていた。
…多分、警察とテロとのやりとりがあったんだろうが、興味無いんで聞いてなかった。
突然、テロリスト達がフロアから出ていった、仲間に何かを叫んでいたが、その声も聞こえなくなった。
一瞬の静寂、聞こえるのは、店内に流れるBGM、周囲や外のざわめき声、そして時を刻む電子音。
…ん?
ほんの一瞬だけ聞こえた電子音が、妙に気になった。
静寂が打ち破られた、警察が突入してきたらしいが、テロ達はもういない。
人質達が保護されていく中、俺はあの静寂の中、微かに聞こえた電子音の元を探す。
両親の呼び止める声も聞かず、ふらりと足を進める、もう、この状況には「飽きた」。
カチ カチ カチ カチ、音に導かれ、非常階段の誘導灯を見上げる。
小さく聞こえる電子音と、馬鹿にしているかのようにはみ出たコード。
―嗚呼、なんだ。
「ハナっから虐殺目的ってか」
襲撃したのに、あっさり退散したテロリスト達、その時点で「アレ」が何かは分かるだろ。
ぐいっと突然親父に手を引かれた、警察の誘導に従い、ここを脱出するようだ。
でも、もう手遅れだろうよ。
目覚ましベルのような音が鳴り響き、直後「ソレ」が爆発した。
今行こうとした非常階段の誘導灯が爆発し、客や警察を巻き込んだ、尋常じゃない威力だなぁ。
よく聞けばあちこちから爆発音、断末魔の叫びが爆発音に重なり、グロテスクな光景すらもかき消す。
ついに、俺の後ろにあっただろう爆弾も爆発した、ここまで、全て刹那の出来事。
吹き飛ばされ舞う体、焼かれる感覚も四足が引き千切れる思いも、ほんの一瞬だった。
視界が高速回転する、どっちが上だか分からない中、一瞬だけ両親の姿が見えた。
あぁ、死んだな。
親父もお袋も、俺も。
穴に落ちていくように、意識が一気に闇に引きずり込まれる。
暗くなる視界、その最中、俺は床に転がった自分の足を見た。
まぁ、ちょっと面白かったかな。
俺は、目を閉じた。
世界が広がる、爆発で崩れたデパートの景色が見える。
俺がその景色を認識すると、世界が白黒に変わる。
やがて、景色の白が一点に集まり、
闇の中にぽつりと輝く光になった。
爆発音がした。
かすむ視界、曇りガラス越しのようだ、周りがよく見えない。
それでも自分が空高く舞い上がっているのは分かった。
俺、死んだよな?
意識がハッキリしない、それでも体は何所かを目指し続ける。
着地する、飛び降りる、舞い上がる、俺は何所に向かっているんだろうか。
曖昧な思考で考えていたら、再び爆発音が響き渡る。
聞き覚えのある男達の声、瓦礫の音、そこで視界が晴れた。
目の前には、あの「テロリスト」達が俺を凝視していた。
また、俺の正面の壁には、焦げた瓦礫と二人の仲間らしき男が、血を流して倒れている。
俺は、焦げ崩れた壁の穴の境目に立っていた。
…俺は、何をしたんだろう。
俺が状況把握をする前に、後頭部に強い衝撃が走った。
視界が二重に眩み、気持ちいいとは言い難い音が響く、後頭部が焼けるように熱い。
再び暗くなる視界、その端に、俺のものであろう血がついた金属バットを見ると、意識が途切れた。
――だが、今度はすぐに意識が戻った。
後頭部の痛みは無い、うつ伏せになった体を起こすと、耳をつんざくような悲鳴が上がる。
さっきまでの厳つい顔はどこへやら、テロリスト達は顔面蒼白で固まっていた。
一人の男が、喚きながら金属バットで殴りかかってきた。
ガゴンッ
鈍い音が響き渡り、俺は衝撃で背中から倒れた、だがさっきとは何か違う。
衝撃こそは大きかったものの、痛みはほとんど無く、小突かれた程度にしか感じない。
「痛ぇ…」
再び体を起こす、男が持っていたバットに目を向けると、俺の額の形にひしゃげていた。
男がバットを投げ捨て、再び喚きだす、仲間達も武器を手に抜け腰だ、あぁ、うるさい。
体が動き出す、自分とは思えない速さで男の胸倉を掴んだ。
すると、胸倉を掴んだ拳から、ド派手な音を立てて「あの爆発」が起こった。
爆風に目を細め、黒煙がおさまった時、焦げた地面を残して男は消えていた。
手の中には、焦げたシャツの端、テロリスト達が余計に騒がしくなった、うざったい。
腰の抜けたテロリストに手を伸ばす、テロリストの男は、必死に後退りながら、狂ったように叫んだ。
「く、来るな!この化け物!!」
ぞくり、と、何かがこみ上がる感覚を覚えた。
映画を見た。
暗い部屋、ブラウン管に映されるモノクロ映画。
ノイズが酷く、ろくに見れたもんじゃない。
分かる内容は、一人称視点で逃げ惑う男達を爆殺していくという事だけ。
ひでぇ映画だな、俺は体育座りでその映画を眺めていた。
ノイズが酷くなる、また男が死んだ、下半身が見えた。
最後の1人の頭を掴んだ、再びノイズが酷くなり、ついに何も見えなくなる。
無限にも思える砂嵐、それが晴れると、画面は焦げた壁だけを映していた。
割れた鏡が目に入る、その時、ブラウン管の画面が、俺の視界に変わった。
急に鮮やかに写される景色に、俺は何度も瞬きをする。
そこは、多分テロリスト達の隠れ家だったんだろう。
だが、テロリスト達はもう居ない、この世のどこにも居ない。
分かってたよ、あの映画の意味なんか。
抉れ崩れた壁と床、焦げ目に混じって残る赤。
床に転がるのは、靴や銃と、人の一部。
俺はさっきの鏡を見る、焦げ割れながらも、鏡としての機能を残していた。
頬に一滴だけついた血、瞳の色は黒のはずなのに、黄土色に光る目。
それ以外は、何一つ変わり無い俺の顔がうつっていた。
俺は「死んだ」、でも「生きている」。
それだけでも非現実的だというのに、あの男は俺の事をこう言った。
『化け物』
化け物なんて、空想上だけの生き物だと思っていた。
本当に居たら、会えたら、どれほど刺激を感じられるんだろうと何度も思った。
だが、今、化け物は俺の目の前にいる。
何度も望み、焦がれた物が、焦げた鏡に無表情でうつる。
俺は『化け物』になったんだ。
俺が『非現実』になったんだ。
俺が『非日常』、『ありえないモノ』。
ああ、お袋、飽きたあんたにも、今なら感謝してやるよ。
鏡にうつる「化け物」は、口の端を釣り上げ、満足そうに目を細めた。
何年ぶりだろう、いや、初めてかもしれない、こんなに「嬉しい」のは。
『化け物』、『非現実』、『非日常』。
そう、これが俺の『ノゾムモノ』。
こみ上がるモノを抑えきれず、それは口から零れ落ちた。
「ククッ」
「このあいだスト地で、テロ達っぽい爆殺死体がいつくも見つかったってよ」
「うぇ、マジで!?ヤバくね?」
「だからヤバいっつったろ、行かなくてよかったー」
あの日からほんの数日後、俺は普通に学校にいた。
生徒二人は「噂」を聞き終えると、駄弁りながら教室を出ていった。
どうも俺は話題倉庫みたいな扱いだが、どうでもいいや。
チャイムが鳴り響く、もうすぐ授業か、屋上に向かう為、俺も教室を出た。
あそこ、スト地だったんだな、あの後どうやって帰ったのかは覚えていない。
この噂だって、今朝女子が喋っているのを聞いただけだ。
その噂のせいか、スト地怪奇スポット説がちまちま流れている。
ま、どいつもこいつも暇潰しだろうし、すぐに他の噂で埋もれるだろう。
だが、怪奇スポットはともかく、爆殺死体はガチな事を、俺だけは知っている。
屋上の扉を開け、屋上の真ん中で大の字に横になる。
真っ青な空を仰ぐ、でも思い出すのはあの日の、赤い光景。
ククッと声を零しほくそ笑むと、俺は拡がる空に手を伸ばした。
「…もっと使いたいなぁ、「コレ」」
輝く太陽を手の平で覆い、俺は再び刺激を「ノゾム」。
最終更新:2012年01月23日 11:33