「………わ!?」
あの一件から数日が経ったある朝の日、
張間みくが昇降口で靴を履き替えようとした時であった。
靴棚を前にして素っ頓狂な声を上げた幼馴染に、
カイリは背後から声をかけた。
「…どうしたの?」
「あ、カ、カイ君…あのね…これ…」
慌てた様子のみくが差し出したのは、いつも彼女が履いている上履き…ではなく、それとは真逆の、
新品同様の真っ白い上履きであった。靴棚を開いたら上履きがなく、授業開始ギリギリの時間まで靴を探すというのが常であったが、
今日は初めからそこにあった上に、まるで魔法をかけられたガラスの靴のように、新しい上履きが入れられているのだ。
これには流石にカイリも驚いていたのだが、冷静に考え、彼女にこう尋ねた。
「…買い換えた?」
「そっ、そんなことないよ…!だってボク、持ち帰ってないし…」
「じゃあ、誰かが間違って入れたとかじゃ……?」
ふと、カイリは背後に視線を感じ、みくを背にして振り向くと、そこには靴棚の影から漫画のようにこちらを見つめる赤と緑が二つ。
みくもカイリもよく知る、双子の
ヒオリと
ミドリだ。二人はカイリと視線が合うと、にんまり笑い、互いに顔を合わせてハイタッチをした。
「やったなミド!だーいせいこう!」
「みくもカイリも驚いて大成功!」
「えっ、えっ、な、何したの?ヒオくん、ミドちゃん…?」
うろたえているみくを余所に、二人は影から躍り出て彼女を挟むと、嬉しそうにみくへ告げた。
「みくに新しい上履きプレゼントー!」
「みくはいい子だからなー!サンタからプレゼントだ!」
「サッ、サンタって時期違う…」
「「じゃ、またあとでー!!」」
「あっ」
みくの頭を同時にぽんと叩くと、ヒオリとミドリは手を繋ぎ、土足のまま嵐のように走り去ってしまったのであった。
ぽかんとしているみくを尻目にカイリは、あの二人の仕業ならば、盗んだわけではないのだろう、と判断し、
履き替えた上履きの靴先をとんとんと地面に付けながら、彼女に声をかける。
「あの二人がプレゼントって言うなら、受け取れば?」
「で、でも…」
「人の好意には甘えるべきだよ。」
「………」
少しだけ、カイリの顔と上履きを交互に見つめながら困惑していたみくであったが、素直に真新しい上履きを履き換えると、
カイリの横に並ぶ。彼は軽く頷き歩き出すと、彼女もその後を追ったのであった。
その日の朝は、いつもの朝よりも少しだけ幸せだと、みくは感じた。
「あ、の…」
「ん?…あれ、確か君は一年の…」
昼休み。火波スザクがトイレに行こうと教室を出たら、入り口で張間みくと遭遇したのであった。
ここ最近何かと噂に聞いていた彼女はびくびくと怯えた様子で自分を見上げており、一体何の用事だろうかと、
スザクはなるべく安心させるよう、優しい声色で尋ねた。
「どうしたんだ?誰かに用事でも?」
「え、と…その………ザキ…せんぱい…に…」
「…ん?」
聞き取れないと顔を近付けたら、みくは勢いよく彼女に袋を突き出してきた。
目の前に突き出されたのは焼き菓子らしきものが中に入っているラッピングされた小さな袋であった。
一瞬何事かと呆けてしまったスザクに、みくは何故か目に涙を溜めながら叫ぶ。
「アっ、アオザキ先輩、に、ありがとうございます、って、っお願いします!!!」
「へ?あ、おい!!」
そう叫んだみくは勢いよく頭を下げると、困惑しているスザクの制止も聞かず、
一目散にその場から逃げ出してしまったのであった。
「…な、何なんだ…一体全体…」
「どーしたの?鳥さん。」
教室の入り口で呆然と突っ立っているスザクにトキコは声をかける。
しかし、その視線が右手の袋に写るや否や、目を輝かせて教室の方を振り向くと、こう叫んだのであった。
「鳥さんが女の子からお菓子貰ってるー!!!」
「な゛っ、ちが!!」
「おー、鳥さんモテるなぁ。」
「まぁ鳥さんだしな。」
「そういう趣味だったのかお前!」
「おいトキコはいいのか!?」
「姉様…」
「ちが、違うってアオイ!これはケイスケにって!!」
好き勝手騒ぐクラスメイトに暴走しかねない妹を危惧したスザクは咄嗟にそう弁解すれば、彼らの視線は一斉に蒼崎啓介へと向けられた。
当の本人はお弁当を食べているので下を向いていたのだが、顔を上げると大量の視線に驚き、思わず箸を落としてしまったのであった。
「…俺がどうかしたか?」
「まぁたまたしらばっくれちゃってレーザー君!」
「ケイスケ、いつの間に一年の子とデキて…!」
「…は?」
「あいえすいませんなんでもないです。」
「ごめんなさい。」
囃し立てようとした
ハヤトとトキコに、ケイスケはドスを聞かせ視線で制すると二人はいとも簡単に土下座して謝罪したのであった。
ため息を付きながら彼は立ち上がると、空になったお弁当箱を仕舞い、教室を出た。スザクの横を通り過ぎる際、手からお菓子を取り上げるのを忘れずに。
「あっ」
「俺になんだろ?有難く貰っとく。」
悪びれる様子も一切なく強奪したお菓子を片手に廊下を歩き去っていく同級生の背中を見送りながら、
スザクはぽつりと呟いた。
「何なんだ…ホントに…」
「あれ、タガリ先輩も貰ってたよ。」
「え?」
いつの間にか土下座から立ち上がっていたトキコはスザクの背中越しからそう教えたのであった。
蒼崎啓介に
汰狩省吾、そして張間みく。何か通ずる点でもあったのかとますます頭を悩ませるスザクに、
ニヒヒ、とトキコは笑った。
「多分ハリネズミちゃんがお礼したかったんじゃないの~?精一杯の感謝の気持ちってね。」
「…トキコは何か知ってるのか?」
「んー、秘密。」
「………」
結局、火波スザクは悶々とした想いを抱えながら昼休みを終えたらしい。
「…なんか、みっちゃん変わった?」
「えっ?」
放課後。
緑音ののかと共に帰り道を歩いていた張間みくは唐突に告げられた。
何が変わったのか、むしろ悪い方に自分は変わってしまったのかと徐々にうろたえ始めていると、
ののかは続けてみくに喋った。
「うーん、最近のみっちゃんは前のみっちゃんと違うなぁって…」
「ち、違う、の…?」
「うん、なんか臆病じゃなくなった、っていうのかな?結構あっちこっち走ってるし、
笑ってることも多いし、楽しそう!」
「…そう、かな?」
確かに、あの一件を通して確実に何かが変わっているとみくは薄々感じていた。
目に見えた変化としては、いじめが少なくなったことだ。物が消えるのは相変わらずだが、
あの時のように休み時間に誰かに呼び出され暴力を振るわれることが少なくなったのだ。
誰かに連れ出されようとしたならば、そこを
都シスイや汰狩省吾といった先輩達が止めてくれる。
机や黒板に落書きをされたのであれば、冬也やカイリといった同級生が一緒に消してくれる。
自分はその好意に甘え、そして時には相談をし、いじめに耐えてきた。
そうしている内に彼女は気が付いたのだ。自分ひとりだけだと思っていた周りにはたくさん人がいたことに。
それは、あの時汰狩省吾から言われた言葉そのものであった。
「…あのね、ののかちゃん…」
「ん?」
「…ボク、やっと先輩の言葉が分かったんだ。ボクは独りじゃないって…だから、きっと、変わっていってるんだと思う…」
まだまだ自分は臆病だ、自責の念も拭う事が出来ない。
けれども、周りにいる人々のおかげで自分は無意識に変わろうとしているのだ。
そう思うと、張間みくは嬉しくてたまらなかったのであった。
明日ももっと、自分は変われるのだろうか。
そのような淡い期待を抱いて見上げた空は、もうすぐ夜が訪れる薄暗い夕焼けの空であった。
*
「ねー、サヤカ。」
「んー?」
「最近さ、みくの周りに人いすぎね?」
「あ、私も思うそれ。なんか気持ち悪いよね。」
「ねぇ、なんであんな奴護ろうとするんだか…わけわかんない。」
「だよねー!ばっかみたい!」
「アハハハ!ねぇ、サヤカもそう思うでしょ?」
「んー…」
「…ちょっと、サヤカ?聞いてんの?」
「あぁ、ごめん。聞いてなかった。」
「ちょ、っだからハリマがさぁ!!」
「あー、ごめん。その話、また後で。いこ。」
「え?うん…」
「………」
「…なんだよあれ、こっちはアンタの為にやってんのに!」
「ほんと!お高くとまってえらそーに、ホントサヤカってむかつく。」
「…ねぇ、最近、ハリマいじめ上手くいかないよね。」
「え?そうだけど…」
「じゃあさ、…
次、サヤカにしない?」
臆病の変化と
翌朝、サヤカが登校し、教室に向かう為の階段を昇っていると取り巻きの一人が彼女の前に現れた。
自分の友人の友人、そういった遠い関係にあたるどうでもいい人間であった。
朝の日差しをバックに自分の正面に立つ彼女は、気持ち悪いほど笑顔を浮かべていた。
「…サーヤカ!」
「…何?あんた…」
気持ち悪い、と言葉を続ける前に彼女は両手を伸ばし、明るい声でこう言った。
「オハヨウ♪」
どんっ
次の瞬間、サヤカの身体に軽い衝撃が走り、世界が反転した。
※時系列調節の為、一部分加筆修正させて頂きました。(2012/11/11)
最終更新:2012年11月11日 12:20