「何?」
ルーツからの連絡を受けた
クロウの最初の一言は、それだった。
AS2「アッシュ」に関する監視の命令。その末尾に併記されていた「生死不問」の要綱。これが、何者かによって付け加えられた改竄らしい、という内容の連絡を受け、
「ここに来て、また問題か……」
クロウは本気で頭を抱えたくなった。気を配るべき案件は嫌というほどあるにも拘わらず、またも問題が持ち上がった。しかも今度は内部で。
「監視命令自体は未だ続行中だが、生死不問の意味がわからなかった。まさか改竄とは……」
『ナハトとミーネが調査と報告は続けてるけどよ、どーも望み薄らしいぜ』
「だろうな……」
今度は慨嘆も露わに、溜息をつく。実際に指令が出てから、既に結構な時間が経過している。伝達のプロセスがプロセスだけに、犯人を見つけるのは至難以上に不可能と思えた。
『俺の方でも一応洗ってはいるんだがよー。痕跡も、証拠も、一切残ってねえ。
スパロウにも聞いてみたが、何も知らんとさ』
「一体どんな忍者だ、そいつは」
冗談のようなつまらない皮肉が出て来るほど、クロウは余裕がなくなっていた。
ホウオウグループの中に裏切り者がいる。それは、考えるに恐るべき事態だった。今までそれと思しきメンバーも何人かはいたが、明確な動きを起こさないため放置して来た。
しかし今回は違う。
千年王国のメンバーが対象とはいえ、下手をすれば内部争いに発展しかねない爆弾を投げ込んで来たのだ。しかもたったの一文で、それも指令文書の改竄という形で。
由々しいというにも余りある事態だった。
『クロウ? まさかとは思うが、この指令誰かに伝えたか?』
「トキコとリオトだな、今の所』
『オーライ。トキコには俺から連絡しとく、リオトはそっちでヨロ』
「了解だ。くれぐれも迂闊な手は打つな、と言い添えておいてくれ」
言い交し、クロウは携帯を切る。
(さて……)
「おや、お邪魔でしたか?」
「!」
横合いからの声に振り向くと、たった今話題に上がっていた当人、アッシュがそこに立っていた。いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて。
「お前か……」
「ええ、何だかお久しぶりですね」
どうしても警戒感が先に立つのは、
ジングウが生みの親であるゆえか。
それを知ってか知らずか、アッシュは言う。
「今の、お友達ですか?」
「……ああ。あまり付き合いはないが」
「そうですか……何とも羨ましいですね、僕には」
そういうアッシュの表情は全く変わらなかったが、声音には少しばかり暗いものが混じっていた。それに気づかないクロウではなかったが、
(寝た子を起こす必要もあるまい)
とあえて無視した。
「そういうものか。ところで、今日はどうした」
「兄さんが今日は休みだったので。つまらないので、早引けです」
「そうか」
クロウ自身は特にアッシュに用があるわけではない。
踵を返すと、背後から声が。
「どちらへ?」
「さあな……」
答えるでもなく曖昧に返すと、今度こそクロウはその場を去った。
一人その場に残されたアッシュは、クロウの背が見えなくなるまで佇んでいたが、ややあって小さくつぶやいた。
「完璧な改竄工作、ですか」
その笑みが、少しだけ不敵なものに変わる。
「証拠も痕跡もゼロ……ですがクロウさん、一人いるでしょう? それが出来る男が、このいかせのごれに」
そのつぶやきを聞いた者は、幸か不幸か誰もいない。
彷徨の鴉、銀角の予感
最終更新:2012年08月06日 14:31