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恐怖と悲哀と悪戯と

カイムとの会話を終えたミナは、元の廃病院の霊安室に戻っていた。
現状の彼女は「心霊スポット」と定義された場所以外では、秋山神社(と、不確定だがストラウル跡地)でないと長時間の実体化が出来ないのだ。とりあえずの用件を済ませた今、ミナに出来ることはここで待機することだけだった。
無論、協力を求められれば全力で支援するつもりだが。

「線路は続くーよー、どーこまーでーもー……♪」

すっかりホコリを被った寝台に座り、空元気を振り絞るように、お気に入りの歌を口遊む。
時間は深夜。春美はさすがにもう休んでいるだろうが、百物語組の仲間達は今なお奔走しているはずだ。古来より、夜こそが怪異のゴールデンタイム。人の目の届かぬ闇こそが、怪異の住まう場所だ。
先人の言に倣いて、「疑心は暗鬼を生ず」と言ふ。

「野ーを超え山越ーえー、谷越ーえーてー♪」

百物語組十三話・「恐れを映す鏡」ミナ。彼女はまさに、それを体現する存在だった。
それは、まさに今という時間で、ここという場所だからこそ、全開に発揮される。

「はーるかな……!?」

その中、自らの領域と化している廃病院全体に感覚を張り巡らせていたミナは、閉ざしたはずの入口が強引に開けられたのに気付き、口をつむいだ。琴音ならすり抜けて来るはずだし、仲間達ならそれぞれの手段で直接ここに入って来る。以前来た姉妹か、とも一瞬思ったが、すぐにそれを打ち消した。人数が多すぎる。最低でも7人。

(まさか……!)

恐れていた事態がついに起きてしまった。肝試しの若者たちが入って来たのだ。インターネットで拡散したデマに引っ張られ、この病院を探検するために。

(ど、ど、どうしよう!?)

ミナは困り果てた。彼女の能力は、本来心霊スポットへのジャンプと、相手の抱く感情を自身に投影し、それを現象として示現させること。だが今はその制御が効かず、相手の抱く「恐怖」のみを投影。さらに、引き起こされる現象は本来精神的な影響(具体的に言うと怖がらせて、竦ませる)にとどまるはずが、物質的な影響力を持つという嬉しくないおまけまでついてしまっている。しかもこの能力、ミナ自身の抱く感情によって暴発するという最悪の欠点が付属している。本来ならばこんなことはないのだが、春美が「語って」いる最中に何らかのアクシデントが発生し、中途半端に具現化した結果がこれだ。さらに悪いことに、ここでの彼女は明確な実体を持ちながら、ふとももの中ほどから下が存在しない。発見されればパニックが起きるのは間違いなく、そうなればそれがミナ自身に投影されて能力が暴発し……。

(に、逃げなきゃ!!)

幸いというか、ここが心霊スポットと呼ばれているのはミナがいるからだ。ここに彼女がいない……具体的には他のスポットや神社に行っている間はただの廃墟でしかない。ならば、そのどこかに逃げればいい。
そう決断した彼女は、恐らくもっとも影響の少ない「百物語組」のホームグラウンド・秋山神社に跳ぼうとして、

「!!?」

失敗した。そして、すぐにその原因に気付いた。

「う、嘘……そんな……」

予期せぬ闖入者……その感情が病院全体を渡るミナの感覚に引っかかり、彼女の能力が発動する「場」を作り上げていた。つまり、

(こ、このままじゃ跳べない!!)

その「場」が図らずも壁となり、ミナの転移を阻んでいたのだ。

(あ、ああ……)

追い詰められたミナの前で、

「な、なあ、やっぱりやめないか?」
「馬鹿言うな、ここまで何もなかったんだぜ。後はここでおしまいだ」
「おう……」

霊安室の扉が、きい、と音を立てて開いた。



肝試しに誘われた時は、正直半信半疑だった。
いかせのごれの一角にある廃病院……そこにまつわる噂。

『決して踏み入ってはならない。だが、踏み入ってどうなるかはわからない。なぜなら、そこに踏み入った者は誰ひとり生きて帰っていないからだ』

この手の噂は、大概が誇張されたデマに過ぎない。

(は、馬鹿らしい)

だからこそ、悪友の誘いに乗ってこの廃病院を訪れた。
深夜とあって、中は異様なほど静まりかえり、不気味な雰囲気を醸し出していた。懐中電灯の明かりを頼りに、一歩一歩奥へと進んでいく。言い出しっぺの悪友は先頭をずんずん進んでいき、自分はカメラを持って撮影を担当している。「もし霊が映ったら局へ売り込もうぜ」とはそいつの言だ。

(ある意味正気じゃねえよな、こいつも)

自分はもうある意味開き直っているが、ついてきた5人は怯え、また怖がっている。
だが、予想に反して廃病院では何も起こらなかった。逐一映像も確認しているが、霊も何も映らない。

(見ろ、やっぱデマじゃねえか)

そう。確かに、彼のその愚痴は正しかった。
悪友が、

「おっしゃ、開けるぜ」

そう言って、霊安室の扉を威勢よく開けるまでは。



「ひ……!」
「……あ?」



自分を含め、7人全員が一瞬思考停止した。
霊安室の中に、女の子がいた。白いブラウス一枚という扇情的な格好で、おびえた表情で。そして、

「!?」

その足は、ふとももの中ほどから消失し、闇に消えていた。

「ぁ―――」

悪友が目の前の現象を理解できず、声にならない呻きを漏らした、その瞬間だった。霊安室の奥にあった棚が、ガターン!! と音を立てて崩れた。
その音が全員を正気に引き戻し、間をおかずパニックに陥れた。

「うわっ、わ、うわああああ!!」
「出た、出たぁぁぁっ!!」

泡を食って逃げ出す若者たちだったが、階段を駆け上がったところで、

「!! ぎゃああああ!!」

真っ白な顔の女に横から覗きこまれ、恐慌を来すことになった。そして、彼らは無我夢中のまま、入口に走ろうとして、

「ま、待って……うあああ!?」

そこをふっ、と横切った影(実際は偶然通りかかった別の幽霊だったが、この際関係ない)に怯え、上へ上へと走っていった。




(あぁ、あああ……駄目、駄目よ、このままじゃ……)

霊安室のミナは、恐慌を来す若者達に冗談抜きで頭を抱えていた。彼らの抱く恐怖が自身に伝わり、それが制御のできない怪奇現象をまき散らす。今やこの廃病院は、怨念渦巻くこの世の地獄と化していた。それに伴い、ミナの瞳が濁った血の色に染まる。

現象の大半はミナの能力「恐れを映す鏡」による幻影だが、現状それは今の段階での話。若者達がより強い恐怖を抱けば、それは物理的な干渉力を以って彼らに襲い掛かる。
そうなれば――――。

(ど、どうすれば、どうすればいいの!?)

必死に事態を収拾しようと試みるミナだったが、中途半端な今の状態では現象が制御下に入らない。むしろ、その混乱を糧にますます濃密な、さらにリアルな現象を引き起こしていく。

(ダメ……これ以上は、ダメ……!!)

そして、意外とはやく「その時」はやって来た。



この病院には屋上がない。最上階、端の病室に追い詰められた若者達は、完全にパニックに陥っていた。
姿の見えない何かが、さっきから追って来るのだ。そこかしこでラップ音が響き、窓からは誰かが覗きこみ、また入り込み、ドアの隙間から覗く目があり、厨房と思しき場所からは包丁がくるくると宙を舞う。
命の危険と未知への恐怖から、彼らは半ば正常な判断力を失いつつあった。それを敏感に察知するミナは、だからこそ怯える。

(ダメ、やめて、お願い)

今、彼らに忍び寄る、最後の怪異に。

(お願い、だから)
「お、おい! 何だあれ!!」

若者の1人が気づいた「それ」は、大穴の空いた壁から伸ばされる、白い手。それが、一番近くにいた若者の襟に伸びる。

(やめて)
「何―――う、わぁっ!?」

彼が気づいた時には既に遅く、凄まじい力で引っ張られ、壁に引きずり込まれていく。そしてそれは、

(ダメ)
「わっ、うわあっ!!」
「や、やめろ!」
「離せ、離してくれ!!」
「い、嫌だ!! まだ死にたくなぃぃぃぃっ!!」

彼ら全員に、容易に波及した。



『やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』
「ぎああぁぁああぁぁぁああぁぁぁっ!!!!!! ――――――』







全てが終わった時、若者達は一人残らず消えていた。病院内を闊歩していた影達もふっ、と掻き消え、全ての気配が消失する。
後には、いつもと変わらぬ静寂。

「……ぅっ……うぅ……」

そして、すすり泣くミナだけが残されていた。

「どうして……どうして、こんなことに……」

傷つけたくなどない。殺めたくなどない。だからここに逃げ込んだのに。結局、それは意味を成さなかった。
7人。7人も、この一晩でいかせのごれから消えてしまった。

「もう、嫌だよ……何で、こんな目に遭うの……」

やり場のないその思いは、ひたすら自責に向けられ、

「主さんも……どうして、最後まで『語って』くれなかったの……」

春美にまで、及んだ。筋違いだとわかっていても、そう思わずにはいられない。
と、

「……最悪ね」
「!」

背後から突然声がした。驚いて跳び上がったが、一瞬おいてその声に聞き覚えがあると気づく。振り向くと姿がない。
それは、

「……トーコちゃん?」
「名答。お久しぶりね、ミナ」

百物語組第六話・「後ろの正面の誰か」トーコ。必ず後ろに現れ、その気にならないと誰にも姿が見えないという特異な能力を持つ彼女は、「神隠し」をモチーフとする百物語の古参組だ。どちらかというと、彼女はミナなどのような「現象そのもの」というより、怪異を「操る」存在に近い。言うなれば「隠し神」か。
そのトーコが、「その気」になったのか、ぐるりと寝台を回り込んでミナの前に現れる。

「どうしたの、こんな時間に……」
「こんな時間だからこそ、よ。夜こそが私の時間だもの」

久しぶりに見たトーコの姿は、以前と変わらぬ着物姿。瞳は墨色。まだ怪異としての力は使っていないようだ。
無表情ながら、その奥に揺蕩う感情をミナは敏感に察する。そして、それがわからないトーコではない。

「……近くを通った時にコロさんから聞いて、何かと思ったら……案の定暴走してたのね」
「…………」

何も言えず俯くミナに、トーコはさらっと言ってのける。

「でも、気にする必要はないわよ。全員無事だから」
「……ぇ?」

唐突な発言に面食らうミナをよそに、トーコの目が血色に染まる。と、今度はまばたき一つの間にその姿が消えた。
と思った次の瞬間には、空間が裂け、そこから7人の若者を一気に抱えたトーコが背中から飛び出してきた。

「わぷっ!?」

そして、滑って転んで下敷きになった。

「と、トーコちゃん!」
「大丈夫……ちょっと、着地を失敗した」

言って立ち上がったトーコは着物のホコリを手で払い、失神している若者達を見る。

「私でなかったら、多分あのままだったでしょうね」
「あ、ありがとう、トーコちゃん……」
「お礼はいいわ。私は、百物語組として仲間を助けただけよ。それよりも」

ここで初めて、トーコの表情が変わる。明らかな不機嫌なそれで、じろり、と若者達を睨む。

「そもそも、こいつらが勝手に入って来たのが原因よ。どうしてくれようかしら……」
「トーコちゃん、乱暴は駄目だよ」
「わかってるわ。……あ、そうだわ」

何か思いついたのか、トーコが顔を上げる。その表情を見て、ミナは目を丸くした。
いつも無表情なトーコが、心底嬉しそうに笑っていたからだ。そしてミナは気づいた。

(悪戯だ……悪戯考え付いた顔だ……!)

そして、その予感にたがわず、若者が持っていたらしいカメラを手に、トーコは非常にいい笑顔で言ってのけた。



「ミナ、私と一緒に神社に来て。こいつら、明日一杯ここに閉じ込めちゃうから」





恐怖と悲哀と悪戯と



「……ところでミナ、前から言おうと思ってたけど」
「?」
「ブラウス一枚はさすがに恥ずかしくない?」
「でも、他にないし……」
「……和服でよかったら、私のを貸してあげるから。もう少しまともな格好しなさい。……まさか、他の人との話し合いにもそれで行ってないでしょうね?」
「え、と……」
「……はぁ」

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最終更新:2012年08月31日 20:14