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アナザー・ナイトメア・アナボリズム

 ストラウル跡地――

 住む者無き、廃墟の群れ。それはまるで、この地にかつて生活の営みの墓標であるからのように立ち並んでいる。

 その奥に立つのは、金色の角を持つ麒麟――都シスイ

「……来た」

 遠くから近付いて来た人影に、シスイは顔を上げる。

 現れたのは銀色の角を持つ麒麟――アッシュ。

 シスイの姿を見とめると、アッシュにはにやりと不敵に笑った。

「こんな場所に呼び出して、どう言うつもりだい、兄さん?」
「負けっぱなしは性に合わないんでな……お前を倒しに来た」
「……あはははははっ」

 シスイの言葉を聞いて、アッシュは無邪気に笑う。

「すごいね、兄さん。この前僕にコテンパンにやられたくせに、僕を倒す? ……撤回するなら今のうちだよ」

 顔は笑っているが、目は全く笑っていない。隙さえあれば、このままシスイの首を狙って飛び掛ってきかねない――それほどまでの殺意が、瞳の中で光っている。

「今なら、逃げてもいいよ?」
「……俺が勝ったら、」

 不遜な態度を取るアッシュを無視し、シスイは言葉を続ける。そんな彼にむっとアッシュは表情を歪めたが、それも一瞬の事ですぐに元通りになった。

「万が一にもあり得ないけど……何? 兄さんが勝ったら、どうすればいいの?」
「俺が勝ったら、二年二組と蓬莱山から手を引け……んでもって、トキコから離れろ」
「……手を引けってのは分かるけどね……朱鷺子ちゃんから離れろって? おいおい、僕は彼女が大好きなんだ。一体兄さんに何の権限があって、そんな事を言えるって言うんだい?」

 あっけらかんと、「自分は全く悪くない」とでも言いたげにアッシュは語る。

「第一さ……そんな口約束、僕が守ると思ってるの、兄さん?」
「お前が守るんじゃない……〝俺が守らせる〟んだよ」
「――?」

 威圧的なシスイの口調。その様子に、アッシュは違和感を覚える。彼の知っている都シスイは、誰が相手であろうとそんな声、そんなしゃべり方をする男ではなかった筈だ。

「――まぁ、いいさ」

 しかしアッシュは、そんな違和感はすぐに思考の片隅へ追いやる。右腕の袖を捲くると、そこに付けている腕時計に触れた。

「〝転送〟」

 その言葉を言った瞬間、アッシュの身体が光に包まれる。その光が消失すると――そこに立っていたのは、二本の角を持つ、漆黒の装甲に身を包んだ「双角獣(バイコーン)」の姿だった。

「後悔させてあげるよ、身の程を教えてあげるよ、兄さん。都市伝説・侵話が一人、この双角獣に刃向かった事をね」
「ご託はいいからかかって来いよ――麒麟の紛い物」
「――本当に、死にたいみたいだね」

 次の瞬間、金色と銀色のオーラが二人の身体から噴き出し、ぶつかり合う。エネルギーとエネルギーの衝突が暴風を起こし、周囲の瓦礫を巻き上げた。

 廃都を舞台に、二頭の王獣が再び向かい合う。それはまるで、歪んだ鏡写しであるかのようだった。

 ――・――・――

「始まりましたね」

 バードウォッチャーから送られてきた戦闘映像を眺めながら、ジングウがポツリと呟いた。

「……武装してませんね、彼」

 映像の中、以前と変わらず徒手空拳で戦うシスイの姿に、サヨリが言う。その表情には、僅かながら困惑の色が混じっていた。

「負けますよ、彼。同じ能力者同士、でもアッシュさんはバイコーンヘッドを着ていて、更に無数の武器を持っている……生身で、能力しか使っていないシスイさんじゃ……」
「普通なら、そう思うでしょうね」
「……? ジングウ、さん?」

 ジングウの様子に、サヨリは首を傾げる。

 この時のジングウはとても冷静だった。彼がこんな風になる時は、そう……何かを観察している時だ。事実、彼の目線は画面から全く離れない。

「都シスイだって愚かじゃない。何かしら、勝算を持ってあの場にいる筈です――武器無しで、バイコーンヘッドを破る方法を」
「それは、一体……?」
「……生き物が進化をするのは、何故か分かりますか」
「え?」

 質問に質問を返され、サヨリは一瞬戸惑う。しかし、すぐに彼女は思考を切り替え、考え込むと、

「……死を回避する為、ですか?」
「そうですね、極論を言えば。その内容は、変化した環境に適応する為だったり、天敵を撃退する為の手段であったり、自らの種を絶やさないようにする方法だったりする訳ですが――どうすれば、進化は起きるのでしょうね」
「それは……」

 サヨリは考えるものの、今度は思いつかなかった。実際のところ、簡単に思いつくようなら今頃、そこら中で色んな生き物が進化しているだろうし、それが正しいのだろうけれども。

「既に、超能力を得る、と言う形で人類から一段階上の存在へと進化している超能力者が――もし、その能力を持ってしても回避出来なかった死と遭遇した時……その時、一体何が起こるのでしょうね」

 その視線は――やはり、目の前の映像に注がれたままだった。

 ――・――・――

「どうした、兄さん!? 全く歯応えが無いじゃないか!」

 アッシュの放った拳が、シスイを捉える。まるでトラックでもぶつかってきたような衝撃に、シスイの身体は吹き飛ばされ、遥か後方にあった廃ビルへと突っ込んだ。

 巻き上がる砂埃と破片。一拍置いて、老朽化した建物にその衝撃は止めだったらしく、ガラガラと音を立てながら崩れ落ちた。

「――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」

 砂埃を吹き飛ばしながら、金色のオーラを纏ったシスイが飛び出してくる。その衣服は、既にボロボロだった。

(――おかしい)

 自分の優勢を信じて疑わないアッシュだったが、少しずつ違和感を覚えていた。

(何十回と殴っている筈なのに――何でこいつ、〝傷一つ〟ついてないんだ!?)

 戦闘開始から今に至るまで、アッシュの攻勢一方、シスイの防戦一方だった。無理も無い話で、身体能力を強化するバイコーンヘッドで武装をしている分、どうしたって基礎値で言えばアッシュの方が遥かに有利だ。攻めに入りたくても、その能力差がシスイを前に進ませてくれない。ただひたすらに、一方的に殴られ、蹴られると言う状況が続いていた。そんな状態を、シスイの着ているボロボロのいかせのごれ高等学校の制服が物語っている。

 だが、しかし、

 ボロボロになっているのは衣服ばかりで、都シスイ自身には全くと言っていい程傷が付いていない。これはあまりにもおかしい。アッシュの拳は鉄筋コンクリートさえもベニヤ板のように打ち破り、その蹴りは鉄骨さえも飴のようにへし折るのだ。そんな暴力を立て続けに受けて生きている事が、ましてや掠り傷一つ負っていない事実は、あまりにも辻褄が合わない。

 攻撃をかわされている? ……否、そんな筈は無い。アッシュの五体に伝わる感触は、確実に対象を捉えている。錯覚なら話は別だが、間違いなくアッシュの攻撃はシスイに当たっている。

 当たっている筈なのに――

「何でだ!? 何で効いてないんだよ――ッ!?」

 堪え切れなくなった様に、アッシュが叫んだ。

 地面の上に倒れ込んだシスイが、ゆっくりと身を起こす。もはや、その上半身を覆い隠す物は何も無く、素肌を外気に曝け出している。泥や埃で薄汚れているものの――その肌にはやはり、傷らしい傷は全く見当たらなかった。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 バイコーンヘッドの胸の部分にある紅玉が輝き、そこから長柄の斧が飛び出してくる。それを両手で握り締めると、アッシュは勢い良く振り上げた。斧が、銀色のオーラに包まれる。

「死ね――ッ!!」

 アッシュが斧を、シスイの脳天目掛けて振り下ろす。それに対して、シスイは自分の右腕を上げた。

 ギンッ、と、金属と金属がぶつかり合う音が、辺りに鳴り響いた。

「……嘘だろ」

 マスクの内側で、アッシュは驚愕の表情を浮かべていた。

「何だよ、その右腕!?」

 アッシュの視線の先にあるのは、斧を受け止めたシスイの右腕だった。そこには、今まではそこに無かった筈の物が出現していた。

 それは篭手だった。指先から肘まで覆い包む、金色の篭手。手甲の部分からは、角を彷彿とさせる赤い突起物が伸びている。それはまるで、麒麟の頭の形によく似ていた。

「――其は、四天の中心に座したる天帝の証」

 シスイの口から、言葉が紡がれる。

 それはまるで、呪文を唱えているかのようだ。

「目覚めよ、黄道の獣。汝が往くは、王の道」

 シスイが、ゆっくりと顔を上げる。その瞳と視線があった瞬間、アッシュの背筋にぞくりと寒気が走った。

「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッ!!」

 言葉が結ばれると同時に、シスイの身体をオーラの量が勢いを増す。腕を包む装甲が開き、そこからより質量の濃いオーラが塊となって溢れ出す。それはまるで、麒麟の鬣を髣髴とさせた。

「ぐあっ!?」

 装甲から噴き出したオーラに押され、アッシュの握っていた斧が弾き飛ばされる。

「何だよ、それ……!?」

 アッシュは、震えが止まらなかった。それは、恐怖から来るものではない。何か、圧倒的なものを遭遇してしまった時に出る――名状しがたい、歓喜にも似た震えだった。

「そんなの、僕は知らないぞっ!!」

 胸の紅玉から武器を転送。二振りの刀を呼び出し、シスイに切りかかる。

 だが、

「〝金装〟」

 シスイが短く言葉を呟く。すると次の瞬間、シスイの髪の色が黒から灰色へと変化していった。肌の色も、褐色に近い色へと変わっていく。

 シスイの身に起きた変化に遅れる形で、アッシュの刃が彼に届いた。その刃は、シスイの身体を切り裂く事無く――薄皮一枚にめり込み、止まっていた。

「何……!?」
「〝火装〟」

 驚くアッシュを尻目に、シスイは刀を振り払うと、今度は別の呪文を呟く。今度は髪がオレンジ色に染まっていき、肌は普段の肌色に近い色合いへと変化する。

 シスイの右腕が炎に包まれる。その炎拳を、彼は思いっきりアッシュの胸に叩きつけた。

「炎――槌ッ!」

 衝撃がまず、アッシュの背中から突き抜ける。斜線上にあった瓦礫や地面が抉られ、スコップで削られたように真っ平らに成る。それから遅れて、アッシュの身体が吹っ飛んだ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!!??」

 バイコーンヘッドが、漆黒の装甲が、「天子麒麟」による強化を受けているにも関わらず、まるでボロ布のように破壊されていく。チタン製の装甲は罅割れ、特殊繊維を何層にも組み合わせて紡がれたインナースーツが引き千切られる。内臓機関は焼き切られ、火花を散らすコードはまるで血管のようだ。

 装甲を剥ぎ取られ、生身になったアッシュが地面に叩きつけられる。その全身には火傷が出来ていた。

「ば、馬鹿な……!? 何で僕が……この双角獣が、生身の相手に……!?」

 自分の身に起きた出来事が信じられないのか、アッシュが震える声で言う。

「生身じゃねぇよ」

 アッシュの傍まで歩み寄り、その姿をシスイは見下ろしていた。

「俺が一人で戦っているとでも思ったか、アッシュ? ……自然と、大地と協力する。それが本来の麒麟の戦い方だ。森羅万象を味方につけた俺に、たった一匹の獣であるお前が敵う訳無いだろ」
「…………!」

 シスイの言葉に合点がいったのか、しかしその事実が信じられないようにアッシュが目を見開く。

「ふ、ふふふ……確かに、全く道理だね……でも、ずるいや兄さん。大自然で武装するとか、そんなの」
「お前に言われたくない――ッ!?」

 その時、シスイ目掛けてどこからともなく炎の塊が飛んで来た。咄嗟に彼はそこから飛び退り、その攻撃をかわす。攻撃をかわしたシスイの頭上を、何かが横切った。

「な――グリフォン!?」

 鷹の頭部と翼、そして獅子の身体。神話に出てくる鷲獅子そのものの生き物が、アッシュのすぐ傍に降り立つところだった。

「よぉ、アッシュさん。見事にぼろっくそやられましたなぁ?」
「イマさんか……まぁね。兄さんを甘く見てた」

 グリフォンが軽い口調でアッシュに声をかけた。そのやり取りで、彼らが仲間同士なのだとすぐにシスイは察し、身構える。

「おおっと、兄ちゃん? 別にオレは、アンタとやり合う為に飛んできたんじゃないですぜ? オレの目的は、ここに転がってる銀角の麒麟なんですよ……っと」

 言いながらグリフォン――イマは、アッシュの身体を咥えると放り投げるようにして自分の背中に乗せる。雑に乗せたため、アッシュは危うく落ちそうになるが、本人がよじ登る形でそれは免れる。

「ちょっとイマさん、僕怪我人なんですけど……」
「そん位で根を上げる程ヤワに出来てないでしょーよ。紛い物とは言え、麒麟なんだからさぁ」

 イマの言葉にアッシュはむすっとするが、彼は全く気にした様子ではない。

「じゃあな、兄ちゃん。縁があったら、また会いましょうぜー」

 大気を掻いて、グリフォンの巨体が舞い上がる。それは瞬く間に空高く昇っていくと、すぐにシスイの視界から去って言った。

「勝った……か」

 そう呟くと、緊張の糸が切れたように彼はその場にへたり込んだ。右腕の篭手は消え、髪と肌の色も何時もの色に戻る。

 アッシュの命を奪いこそしなかったが――誰が見ても分かる位に、この戦いはシスイの圧勝だった。

「サヨリさん。今の映像、ちゃんと記録しましたか?」
「はい、ちゃんと記録しました」
「よろしい」

 サヨリの言葉に、ジングウは満足そうに頷く。それに対して、サヨリは怪訝そうな顔をしている。

「ジングウさんは――分かっていたんですか、初めから?」
「さて、何のことでしょう?」

 サヨリの言葉に、ジングウはそう嘯く。

 それで彼女は確信した。ジングウは、負けると分かっていて、あえてアッシュを向かわせたのだと。

「……シスイさんは、一体何を使っていたのですか?」
「天装……守人に伝わる奥義の一つですよ。五行の属性、火、水、木、金、土を術者に付加する、ただそれだけの技術なんですけどね……麒麟の強化能力と組み合わさる事で、ここまで強力になるとは思いませんでしたが」
「それは知っています……ですが、あの右腕。あんなの、天子麒麟の能力には無い筈です」

 サヨリの指摘に、ジングウはニヤリと笑う――まるで、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの表情だ。

「ナイトメアアナボリズム……それは自らを殺した死因に対する適応能力を目覚めさせ、そして自らの死因を更なる外敵を排除する手段としてその身に同化させる現象……もしそれと似たような現象が、既に特殊能力を持っている人間に起こったとしたら?」
「既に……特殊能力を持っている人間に……?」
「ええ――自分に備わった特殊能力を持ってしても排除出来ず、自らを死の淵に追いやった存在……それを倒せるように、特殊能力が変質、或いは進化する事があるとすれば?」

 ――それは、もう一つのナイトメアアナボリズム。

「私はその現象を、こう呼んでいます」

 ――アナザー・ナイトメア・アナボリズム――

 それは、もう一つの悪夢。

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最終更新:2012年11月07日 20:22